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第三幕
⑬ 殿下、先に怒られては困ります!
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甲ッっと言う鋭い足音は、やがて緩やかな太鼓のようなリズムへと変じていった。
聞き慣れない不思議な響きの連なりに最初に反応したのは生者にあらず。
広場のあちらこちらでわけも分からずに生者に取りすがっていた死人たちだった。
—なんだ
——解らない
———が、惹かれる。
ピタリと死霊たちの動きが止まり、その視線が1カ所に吸い付けられる。
その視線の先では象牙色のローブを纏った美しい黒髪の少女が舞うように軽やかに呪力を舞に乗せて死人たちに送っていた。
その呪力に招かれるように、ゆるゆると死人たちがローランの元へと歩み寄る。
いままで縋っていた生者を忘れ、賢明に祓おうと杖を振りかざしていた魔術師を置き去り、ゆっくりとローランの元へと歩いて行く。
唐突にすべきことを失った魔術師たちは杖を振り上げたままの姿で、ぽかんと死人たちの歩む先を見つめていた。
「ロ、ローランか?」「ですね。殿下もお隣にいますし」「じゃが、その隣の死人は誰じゃ?」
ギリギリのところで死人たちから踏ん張っていたクラウスやクララも、他の公国の魔術師たちと同じようにローランを呆けた顔で眺めている。
ローランの動きの意味をかろうじて理解出来たのは、古戦場跡での出来事をつぶさに聞かされていた赤獅子騎士団の騎士たちだけだった。
「騎士団、剣を収めよ。もう心配はいらぬ」
ルドルフの野太い声に応じて、真っ先にカルンブンクルス公国が落ち着きを取り戻す。
それをきっかけに広場は潮が引いていくように落ち着きを取り戻した。
「……見るのは2度目だが、やはり信じられん」
炎を収めつつ、まるで幼子のように大人しくなった死人とローランを見守る。
まるで、いきなり夢の中へと放り込まれたような不思議な感覚がレオンハルトを取り巻いていた。
「あら。お兄さん。いくらなんでも、全部が全部お姉さん任せは良くないわ。少しは手伝ってくれなくちゃ」
「だから、ローランが手出しをさせてくれないんだろうが」
傍らの死人の少女とどこか間の抜けた会話の最中にも、ローランの舞は続いている。
そうして、死人たちが全て祭祀堂に続く階の下に集まると、ようやくローランは舞を止めてレオンハルトに顔を向けた。
「殿下、アイラ。少し手伝っていただけますか? ご助力を願い出てくださった皆さまも、よろしくお願いいたします」
アイラの背後で出番を待ち構えている死人たちにローランが礼を尽くすと、それまでただの影法師に過ぎなかった死人たちは色と容を取り戻した。
それはどこにでもいそうな、ただの村人にレオンハルトには見えた。
「殿下。ほんの少しで結構ですわ。拳1つ分ほどの大きさの炎をいただけますか?」
「あ、ああ。任せろ」
軽く力を込めるだけで、ローランの望む大きさの炎がレオンハルトの前に出現した。
ペンダントを手に入れる前はこれだけでも集中力が要ったのだが、今は拍子抜けするほどに簡単だった。
「こんなに小さくていいのか? もっと大きく出来るが」
「殿下。陛下は鎮めよと仰せになられたのですわ。祓えではございません。これで十分です——アイラ?」
「ええ、お姉さん。ここからは私たちのお手伝いね」
アイラが頷くと、レオンハルトの生み出した炎は集った死人の数だけ分裂した。もはや爪先ほどに小さくなった炎がフワフワとアイラの前に漂っている。
「さあ、みんな。ここに並んでちょうだいな。お友達のみんなは並ぶのを手伝ってあげて」
アイラの言葉に従い、死人たちが行儀良く一列に並ぶ。
「ここに集いし、命を落とされた皆々様。どうか私の話をお聞きくださいまし。皆さまは此度の慰霊においては残念ながら慰めることは叶いませぬ」
—なぜだ!
——我らにも救いを!
おうおうと怨嗟の声が広場に谺する。
思わず身体を強ばらせたレオンハルトの隣で、ローランは変わらぬ笑みを浮かべている。
「憤りは解ります。故に皆さまには帝冠継承候補者レオンハルトより、魂を暖める灯火を贈ります。この灯火にて暖まりながら、今暫くをお待ちくださいませ」
アイラがふわりと分けた炎を1人の死人の前に飛ばした。
死人は大事そうにその炎を胸にかき抱くと、ゆっくりと姿を薄れさせていった。
「さあ、次はどなた?」
—儂にも
——俺にも
炎をくだされ。暖めてくだされと、死人たちは炎を受け取っていく。
—私は炎よりも仲間が欲しい
そう願い出た女の霊は姿形を取り戻した村人がローランの内なる森へと導いた。
「あの者はどうなるのだ?」
「私の内なる森で休みます。ただ、私の望むときにご助力を願うことになりますが。それが森に入るための契約ですわ」
今、アイラがそうしているように。
ローランがレオンハルトにそう語るころには、死人の群れはまるで夢であったかのうようにすっかりと姿を消していた。
「それではお姉さん。またご用があれば、いつでも呼んで?」
「姫さま、我らお役に立てる日をお待ちしてございます」
「深樹の森にてお待ちしております」
影法師と変じた死人たちがするするすると1つに纏まっていく。
気がつけば、朝霧は姿を消して蒼天にまばゆい太陽が輝いていた。
「大義であった」
ふいに背後から、皇帝の野太い声が聞こえてきた。
慌てて頭を垂れて、2人してその場に膝をつく。
「陛下。死人は鎮まりましてございます。我が魔術師の手によって」
「然り。いずれ、先の死人も慰めてやらねばな」
鷹揚にうなずきながら、皇帝は筆頭魔術師を伴いローランとレオンハルトをその場に残して歩み去った。
ローランの呪術に満足したのか、心なしか皇帝の筆頭魔術師の表情も明るい。
続けて皇帝の魔術師団が立ち去ると、儀式は終わったとばかりに広場は騒然とした空気に包まれた。
「やれやれ。どうなるかと思ったが、無事に1日目は終わりそうだな」
「初日からこれでは、明日の試練が心配ですわ。何が飛び出してくるか、予想もつきませんもの」
舞で乱れたローブの裾を直しながら、ローランは軽くレオンハルトを睨みつけた。
「殿下は殿下で後先考えずに、炎を使おうとしますし」
「……お前に言われたくないぞ、ローラン。なんだ、さっきのアレは。お前こそ、明日は大丈夫なんだろうな?」
「問題ございません。少し疲れましたが、どちらかというと体力の問題でございます。ですが、騎士団の方々は大変だったようでございますね」
ローランが騎士団に提供した呪術具は格安の代わりに消耗する。
今回の騒動で多くの付呪が使い物にならなくなったはずだ。
近いうちに代わりを用意する必要があるだろう。
騎士団の予算を考えねば、などと思っていると隣ではローランが妙にソワソワしながらレオンハルトの様子を伺っている。
「言っておくが、叔母上への取りなしは試練対策だけだからな?」
「殿下。切ないですわ——?」
瞳を潤ませるローランにしかめっ面で応えようとして、レオンハルトはこちらに近づいてくる2人に気がついた。
軽口を叩いてくるローランを片手で制して、表情を引き締める。
その態度でローランも歩み寄る人物に気づいたのだろう。おちゃらけた表情から鋭い目つきで背後を振り向いた。
「先ほどは見事でした、ローラン。そなたが妾の元におらぬのが残念でなりません」
「アマーリエ殿下。いかがいたしましたか? スファレウスの皆さまあちらにおられるようですが」
警戒心も露わにアマーリエとその傍らに控える男を睨みつける。
「ローラン、久しいな」
「ええ。本当に。あの時、以来でございますわね。ところで何のご用でございましょうか、ハーデン伯爵」
もはや、アウグスト様と呼ぶ理由も見つからない。
この場で因縁に決着をつけるつもりか、と身構えるローランにアウグストは涼しげな声でローランに静かに告げた。
「ローラン、特別に許してやる。フッガー家に戻るが良い。今後は俺と共にアマーリエ殿下にお仕えせよ」
アウグストの声はローランが拒否することなどまるであり得ないというような声だった。
「寝言は寝てから仰ってくださいまし、ハーデン伯爵。フッガー家のことなど、もはや私には関わりございません」
「ローラン、カルンブンクルスはお前の居場所にはならぬ。アキテーヌ侯爵への借財ならば、俺が肩代わりしてやる。お前のためだ、俺の元へ戻れ、ローラン!」
思わず一歩前に出て手をあげようとしたローランを、レオンハルトの小柄な身体が遮った。
「ハーデン伯爵。戯れ言はそこまでにしてもらおうか。ローランは我が魔術師。我が公国の魔術師だ」
「殿下。これはローランと私の私事のこと。口出しはご無用に願いたい。元婚約者ではあっても、私とてローランがこのまま不幸になるのはしのびないのです」
ヌケヌケと言い放つアウグストの言葉をレオンハルトは鼻で笑い飛ばした。
「その元婚約者を陥れ、断罪の塔に放り込んだ貴様が抜かすことか!? ローランは我が友アーベルの婚約者だったのだ。貴様ではない。下がれ、下郎!」
聞き慣れない不思議な響きの連なりに最初に反応したのは生者にあらず。
広場のあちらこちらでわけも分からずに生者に取りすがっていた死人たちだった。
—なんだ
——解らない
———が、惹かれる。
ピタリと死霊たちの動きが止まり、その視線が1カ所に吸い付けられる。
その視線の先では象牙色のローブを纏った美しい黒髪の少女が舞うように軽やかに呪力を舞に乗せて死人たちに送っていた。
その呪力に招かれるように、ゆるゆると死人たちがローランの元へと歩み寄る。
いままで縋っていた生者を忘れ、賢明に祓おうと杖を振りかざしていた魔術師を置き去り、ゆっくりとローランの元へと歩いて行く。
唐突にすべきことを失った魔術師たちは杖を振り上げたままの姿で、ぽかんと死人たちの歩む先を見つめていた。
「ロ、ローランか?」「ですね。殿下もお隣にいますし」「じゃが、その隣の死人は誰じゃ?」
ギリギリのところで死人たちから踏ん張っていたクラウスやクララも、他の公国の魔術師たちと同じようにローランを呆けた顔で眺めている。
ローランの動きの意味をかろうじて理解出来たのは、古戦場跡での出来事をつぶさに聞かされていた赤獅子騎士団の騎士たちだけだった。
「騎士団、剣を収めよ。もう心配はいらぬ」
ルドルフの野太い声に応じて、真っ先にカルンブンクルス公国が落ち着きを取り戻す。
それをきっかけに広場は潮が引いていくように落ち着きを取り戻した。
「……見るのは2度目だが、やはり信じられん」
炎を収めつつ、まるで幼子のように大人しくなった死人とローランを見守る。
まるで、いきなり夢の中へと放り込まれたような不思議な感覚がレオンハルトを取り巻いていた。
「あら。お兄さん。いくらなんでも、全部が全部お姉さん任せは良くないわ。少しは手伝ってくれなくちゃ」
「だから、ローランが手出しをさせてくれないんだろうが」
傍らの死人の少女とどこか間の抜けた会話の最中にも、ローランの舞は続いている。
そうして、死人たちが全て祭祀堂に続く階の下に集まると、ようやくローランは舞を止めてレオンハルトに顔を向けた。
「殿下、アイラ。少し手伝っていただけますか? ご助力を願い出てくださった皆さまも、よろしくお願いいたします」
アイラの背後で出番を待ち構えている死人たちにローランが礼を尽くすと、それまでただの影法師に過ぎなかった死人たちは色と容を取り戻した。
それはどこにでもいそうな、ただの村人にレオンハルトには見えた。
「殿下。ほんの少しで結構ですわ。拳1つ分ほどの大きさの炎をいただけますか?」
「あ、ああ。任せろ」
軽く力を込めるだけで、ローランの望む大きさの炎がレオンハルトの前に出現した。
ペンダントを手に入れる前はこれだけでも集中力が要ったのだが、今は拍子抜けするほどに簡単だった。
「こんなに小さくていいのか? もっと大きく出来るが」
「殿下。陛下は鎮めよと仰せになられたのですわ。祓えではございません。これで十分です——アイラ?」
「ええ、お姉さん。ここからは私たちのお手伝いね」
アイラが頷くと、レオンハルトの生み出した炎は集った死人の数だけ分裂した。もはや爪先ほどに小さくなった炎がフワフワとアイラの前に漂っている。
「さあ、みんな。ここに並んでちょうだいな。お友達のみんなは並ぶのを手伝ってあげて」
アイラの言葉に従い、死人たちが行儀良く一列に並ぶ。
「ここに集いし、命を落とされた皆々様。どうか私の話をお聞きくださいまし。皆さまは此度の慰霊においては残念ながら慰めることは叶いませぬ」
—なぜだ!
——我らにも救いを!
おうおうと怨嗟の声が広場に谺する。
思わず身体を強ばらせたレオンハルトの隣で、ローランは変わらぬ笑みを浮かべている。
「憤りは解ります。故に皆さまには帝冠継承候補者レオンハルトより、魂を暖める灯火を贈ります。この灯火にて暖まりながら、今暫くをお待ちくださいませ」
アイラがふわりと分けた炎を1人の死人の前に飛ばした。
死人は大事そうにその炎を胸にかき抱くと、ゆっくりと姿を薄れさせていった。
「さあ、次はどなた?」
—儂にも
——俺にも
炎をくだされ。暖めてくだされと、死人たちは炎を受け取っていく。
—私は炎よりも仲間が欲しい
そう願い出た女の霊は姿形を取り戻した村人がローランの内なる森へと導いた。
「あの者はどうなるのだ?」
「私の内なる森で休みます。ただ、私の望むときにご助力を願うことになりますが。それが森に入るための契約ですわ」
今、アイラがそうしているように。
ローランがレオンハルトにそう語るころには、死人の群れはまるで夢であったかのうようにすっかりと姿を消していた。
「それではお姉さん。またご用があれば、いつでも呼んで?」
「姫さま、我らお役に立てる日をお待ちしてございます」
「深樹の森にてお待ちしております」
影法師と変じた死人たちがするするすると1つに纏まっていく。
気がつけば、朝霧は姿を消して蒼天にまばゆい太陽が輝いていた。
「大義であった」
ふいに背後から、皇帝の野太い声が聞こえてきた。
慌てて頭を垂れて、2人してその場に膝をつく。
「陛下。死人は鎮まりましてございます。我が魔術師の手によって」
「然り。いずれ、先の死人も慰めてやらねばな」
鷹揚にうなずきながら、皇帝は筆頭魔術師を伴いローランとレオンハルトをその場に残して歩み去った。
ローランの呪術に満足したのか、心なしか皇帝の筆頭魔術師の表情も明るい。
続けて皇帝の魔術師団が立ち去ると、儀式は終わったとばかりに広場は騒然とした空気に包まれた。
「やれやれ。どうなるかと思ったが、無事に1日目は終わりそうだな」
「初日からこれでは、明日の試練が心配ですわ。何が飛び出してくるか、予想もつきませんもの」
舞で乱れたローブの裾を直しながら、ローランは軽くレオンハルトを睨みつけた。
「殿下は殿下で後先考えずに、炎を使おうとしますし」
「……お前に言われたくないぞ、ローラン。なんだ、さっきのアレは。お前こそ、明日は大丈夫なんだろうな?」
「問題ございません。少し疲れましたが、どちらかというと体力の問題でございます。ですが、騎士団の方々は大変だったようでございますね」
ローランが騎士団に提供した呪術具は格安の代わりに消耗する。
今回の騒動で多くの付呪が使い物にならなくなったはずだ。
近いうちに代わりを用意する必要があるだろう。
騎士団の予算を考えねば、などと思っていると隣ではローランが妙にソワソワしながらレオンハルトの様子を伺っている。
「言っておくが、叔母上への取りなしは試練対策だけだからな?」
「殿下。切ないですわ——?」
瞳を潤ませるローランにしかめっ面で応えようとして、レオンハルトはこちらに近づいてくる2人に気がついた。
軽口を叩いてくるローランを片手で制して、表情を引き締める。
その態度でローランも歩み寄る人物に気づいたのだろう。おちゃらけた表情から鋭い目つきで背後を振り向いた。
「先ほどは見事でした、ローラン。そなたが妾の元におらぬのが残念でなりません」
「アマーリエ殿下。いかがいたしましたか? スファレウスの皆さまあちらにおられるようですが」
警戒心も露わにアマーリエとその傍らに控える男を睨みつける。
「ローラン、久しいな」
「ええ。本当に。あの時、以来でございますわね。ところで何のご用でございましょうか、ハーデン伯爵」
もはや、アウグスト様と呼ぶ理由も見つからない。
この場で因縁に決着をつけるつもりか、と身構えるローランにアウグストは涼しげな声でローランに静かに告げた。
「ローラン、特別に許してやる。フッガー家に戻るが良い。今後は俺と共にアマーリエ殿下にお仕えせよ」
アウグストの声はローランが拒否することなどまるであり得ないというような声だった。
「寝言は寝てから仰ってくださいまし、ハーデン伯爵。フッガー家のことなど、もはや私には関わりございません」
「ローラン、カルンブンクルスはお前の居場所にはならぬ。アキテーヌ侯爵への借財ならば、俺が肩代わりしてやる。お前のためだ、俺の元へ戻れ、ローラン!」
思わず一歩前に出て手をあげようとしたローランを、レオンハルトの小柄な身体が遮った。
「ハーデン伯爵。戯れ言はそこまでにしてもらおうか。ローランは我が魔術師。我が公国の魔術師だ」
「殿下。これはローランと私の私事のこと。口出しはご無用に願いたい。元婚約者ではあっても、私とてローランがこのまま不幸になるのはしのびないのです」
ヌケヌケと言い放つアウグストの言葉をレオンハルトは鼻で笑い飛ばした。
「その元婚約者を陥れ、断罪の塔に放り込んだ貴様が抜かすことか!? ローランは我が友アーベルの婚約者だったのだ。貴様ではない。下がれ、下郎!」
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