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第三幕
⑧ カルンブンクルス公国の筆頭魔術師。それが今の私です。お忘れ無きよう、アウグスト様。
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久し振りに見たアウグストは酷く退屈でつまらない男に見えた。
その白皙美貌に衰えがあるわけでも、立ち振る舞いから品が失われたわけでもない。
なのに魅力をまるで感じない。
帝冠継承候補者が一堂に会した部屋の中で、ローランはそんなことを考えていた。
スファレウス公国の公女アマーリエ。
そして、その背後に控えるスファレウス公国筆頭魔術師アウグスト・ハーデン伯爵。
事情を知らない者が見れば、似合いのカップルにでも見えたかもしれない。
見栄えは確かに美しかった。
だが、男からは膿んだ熱しか感じない。
昔はそんなことを思ったことは無かったのに。
今のローランが好ましく思える要素を、この伯爵は何一つ持ち合わせていなかった。
「きっと、変わったのは私の方なのでしょうね」
「ん? どうした?」
「いえ。独り言ですわ」
椅子に埋没するかのように座っている少年がローランを見上げながら様子を伺ってきた。
帝冠継承候補者レオンハルト・ロートシルト・カルンブンクルス。
小さな身体で1000年の呪いに果敢に挑もうとしている、この少年こそが今のローランが仕える主だ。
「皆、揃いましたね。それでは、ただいまより帝冠継承候補者による円卓会議を開催します」
そう厳かに宣言したのは、同じく円卓に座するモルガン公国の公子だった。
ただし、彼の背後に魔術師はいない。
今上皇帝の母国であるモルガン公国は帝冠継承候補者を出す権利を持たない。
彼に求められるのは皇帝の名代としての中立の立場だ。
円卓に座する男の中では唯一成人しているのも、そのせいだった。
「本日の議題。カルンブンクルス公国レオンハルト公子より、筆頭魔術師の認可依頼が提出されています」
全員の視線がレオンハルトとローランに集中する。
それぞれの帝冠継承候補者を支える筆頭魔術師は勝手に公国内部で選ぶことは認められていない。
帝冠継承候補者全員が賛同して、初めて認められる習わしとなっている。
今日はローランの筆頭魔術師としての是非を問うための会議であった。
「カルネウス公国。異議は?」
「ない」
心なし笑みを浮かべたまま、フェリシア公女が最初にローランに票を投じた。
アウグストを共通の敵とした同志であると考えたのか、あの日以来フェリシアはしょっちゅうローランを訪ねるようになっていた。
今ではクララのお得意様だというから、わからないものである。
一歩間違えれば結果は真逆になっていただろう。
「ヴィリロス公国。異議は?」
次に問われたのはローランの知らない公国の帝冠継承候補者だった。
まだ若い。というよりも幼い。
今代の帝冠継承候補者では彼女とアマーリエの2人が女性だった。
まだ、幼い彼女はただ1人塔の試しを終えておらず、実質的に脱落していると思われている。
「異議はございません」
愛らしい声がローランを認めた。
気のせいかこちらを見て、会釈する時に頬が軽く染まっていた気がする。
こうしてローランを筆頭魔術師としての資格が問われてゆき、順当に異議無しとの返答が返ってくる。
ローランが身体を強ばらせたのはアウグストのいるスファレウス公国になった時のことだった。
「スファレウス公国。異議は?」
「……無い」
スファレウス公国の帝冠継承候補者、アマーリア・スファレウスが思ったよりもあっさりとローランを認めた。
(少し、不気味な気がしますね)
(気にするな。これからのことだけを考えていろ)
珍しく大上段から断ち切るような物言いに少しムッとくるが、この少年は理由も無くこんなことはしないことも分かっている。
「全員一致を確認しました。よって、ローランをカルンブンクルス公国の筆頭魔術師と皇帝陛下の御名において認可します。カルンブンクルス公国レオンハルト、発言を許可します」
モルガン公国公子に促され、レオンハルトは起立し全員を見回した。
「みな、我が魔術師の承認を感謝する。ただいまを持って、レオンハルト・ロートシルト・カルンブンクルスは正式に帝冠継承の一翼を担うことを宣言する」
拍手などはさすがに起こらなかった。
ただ、円卓の空気が変わったことは確かだった。
「以上をもって、帝冠継承候補者による円卓会議を終了します。最後に帝冠継承候補者に陛下よりお言葉を預かっている。傾聴するように」
(陛下が?)
(なに。予想していた。望むところだ)
ローランにはまるで予想出来ないが、レオンハルトには分かっているらしい。
その瞳の中に炎が燃え上がるのが見えた気がした。
「近く開催される慰霊祭にて、第一の試練を解放するとのことです。常ならば新年にしか解放されることはない第一の試練ですが——塔の試しを終えた者がいつまでも誰も挑まない。よって特に今回に限って解放を認めるとの仰せです」
嘲笑するような物言いは、はっきりと既に試しを終えていた3人の継承候補者に向けられていた。
唇を歪めて3人を眺めていたモルガン公国の公子は、ふと表情を改めてレオンハルトに向き直った。
「レオンハルト公子。楽しみにしています。陛下もそうお考えです」
「失望させたりはいたしませぬ。そうお伝えくだされば幸いです」
さして広くない部屋に一斉にざわめきが広がった。
息を飲んだのは帝冠継承候補者達では無く、彼らを支えるそれぞれの魔術師たちだった。
今、はっきりとレオンハルトは第一の試練に挑むことを全員の前で宣言した。
宣言して見せたのだ。挑むように。視線の先の2人に向かって。
そこにいるのは表情を消した、アマーリエとアウグストだ。
(殿下。聞いておりませんわ)
(言ってないからな。さて、あの2人がどうでるかな)
フェリシア公女と語り合った夜遅く、ローランは自分の胸のうちをレオンハルトに明かしていた。
きっと、その時から考えていたことなのだろう。
これはきっとレオンハルトからローランに贈る、ローランのための宣戦布告なのだ。
(けど、黙っているのはやっぱり少し意地悪だと思いますの)
嬉しいけど、少し複雑な気分のままローランは無事にレオンハルトの筆頭魔術として満場一致で認められた。
その白皙美貌に衰えがあるわけでも、立ち振る舞いから品が失われたわけでもない。
なのに魅力をまるで感じない。
帝冠継承候補者が一堂に会した部屋の中で、ローランはそんなことを考えていた。
スファレウス公国の公女アマーリエ。
そして、その背後に控えるスファレウス公国筆頭魔術師アウグスト・ハーデン伯爵。
事情を知らない者が見れば、似合いのカップルにでも見えたかもしれない。
見栄えは確かに美しかった。
だが、男からは膿んだ熱しか感じない。
昔はそんなことを思ったことは無かったのに。
今のローランが好ましく思える要素を、この伯爵は何一つ持ち合わせていなかった。
「きっと、変わったのは私の方なのでしょうね」
「ん? どうした?」
「いえ。独り言ですわ」
椅子に埋没するかのように座っている少年がローランを見上げながら様子を伺ってきた。
帝冠継承候補者レオンハルト・ロートシルト・カルンブンクルス。
小さな身体で1000年の呪いに果敢に挑もうとしている、この少年こそが今のローランが仕える主だ。
「皆、揃いましたね。それでは、ただいまより帝冠継承候補者による円卓会議を開催します」
そう厳かに宣言したのは、同じく円卓に座するモルガン公国の公子だった。
ただし、彼の背後に魔術師はいない。
今上皇帝の母国であるモルガン公国は帝冠継承候補者を出す権利を持たない。
彼に求められるのは皇帝の名代としての中立の立場だ。
円卓に座する男の中では唯一成人しているのも、そのせいだった。
「本日の議題。カルンブンクルス公国レオンハルト公子より、筆頭魔術師の認可依頼が提出されています」
全員の視線がレオンハルトとローランに集中する。
それぞれの帝冠継承候補者を支える筆頭魔術師は勝手に公国内部で選ぶことは認められていない。
帝冠継承候補者全員が賛同して、初めて認められる習わしとなっている。
今日はローランの筆頭魔術師としての是非を問うための会議であった。
「カルネウス公国。異議は?」
「ない」
心なし笑みを浮かべたまま、フェリシア公女が最初にローランに票を投じた。
アウグストを共通の敵とした同志であると考えたのか、あの日以来フェリシアはしょっちゅうローランを訪ねるようになっていた。
今ではクララのお得意様だというから、わからないものである。
一歩間違えれば結果は真逆になっていただろう。
「ヴィリロス公国。異議は?」
次に問われたのはローランの知らない公国の帝冠継承候補者だった。
まだ若い。というよりも幼い。
今代の帝冠継承候補者では彼女とアマーリエの2人が女性だった。
まだ、幼い彼女はただ1人塔の試しを終えておらず、実質的に脱落していると思われている。
「異議はございません」
愛らしい声がローランを認めた。
気のせいかこちらを見て、会釈する時に頬が軽く染まっていた気がする。
こうしてローランを筆頭魔術師としての資格が問われてゆき、順当に異議無しとの返答が返ってくる。
ローランが身体を強ばらせたのはアウグストのいるスファレウス公国になった時のことだった。
「スファレウス公国。異議は?」
「……無い」
スファレウス公国の帝冠継承候補者、アマーリア・スファレウスが思ったよりもあっさりとローランを認めた。
(少し、不気味な気がしますね)
(気にするな。これからのことだけを考えていろ)
珍しく大上段から断ち切るような物言いに少しムッとくるが、この少年は理由も無くこんなことはしないことも分かっている。
「全員一致を確認しました。よって、ローランをカルンブンクルス公国の筆頭魔術師と皇帝陛下の御名において認可します。カルンブンクルス公国レオンハルト、発言を許可します」
モルガン公国公子に促され、レオンハルトは起立し全員を見回した。
「みな、我が魔術師の承認を感謝する。ただいまを持って、レオンハルト・ロートシルト・カルンブンクルスは正式に帝冠継承の一翼を担うことを宣言する」
拍手などはさすがに起こらなかった。
ただ、円卓の空気が変わったことは確かだった。
「以上をもって、帝冠継承候補者による円卓会議を終了します。最後に帝冠継承候補者に陛下よりお言葉を預かっている。傾聴するように」
(陛下が?)
(なに。予想していた。望むところだ)
ローランにはまるで予想出来ないが、レオンハルトには分かっているらしい。
その瞳の中に炎が燃え上がるのが見えた気がした。
「近く開催される慰霊祭にて、第一の試練を解放するとのことです。常ならば新年にしか解放されることはない第一の試練ですが——塔の試しを終えた者がいつまでも誰も挑まない。よって特に今回に限って解放を認めるとの仰せです」
嘲笑するような物言いは、はっきりと既に試しを終えていた3人の継承候補者に向けられていた。
唇を歪めて3人を眺めていたモルガン公国の公子は、ふと表情を改めてレオンハルトに向き直った。
「レオンハルト公子。楽しみにしています。陛下もそうお考えです」
「失望させたりはいたしませぬ。そうお伝えくだされば幸いです」
さして広くない部屋に一斉にざわめきが広がった。
息を飲んだのは帝冠継承候補者達では無く、彼らを支えるそれぞれの魔術師たちだった。
今、はっきりとレオンハルトは第一の試練に挑むことを全員の前で宣言した。
宣言して見せたのだ。挑むように。視線の先の2人に向かって。
そこにいるのは表情を消した、アマーリエとアウグストだ。
(殿下。聞いておりませんわ)
(言ってないからな。さて、あの2人がどうでるかな)
フェリシア公女と語り合った夜遅く、ローランは自分の胸のうちをレオンハルトに明かしていた。
きっと、その時から考えていたことなのだろう。
これはきっとレオンハルトからローランに贈る、ローランのための宣戦布告なのだ。
(けど、黙っているのはやっぱり少し意地悪だと思いますの)
嬉しいけど、少し複雑な気分のままローランは無事にレオンハルトの筆頭魔術として満場一致で認められた。
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