47 / 68
第三幕
⑥ そうでなければ良いと願っておりました
しおりを挟む
「カルンブンクルスの魔術師は随分と度胸が据わっているのだな。まさか1人で来るとはさすがに予想外だった。てっきりレオンハルト殿下を伴われると思っていたのだが」
明るいオレンジ色の瞳を輝かせ、じっくりとローランを観察していたフェリシア・カルネリウス公女はそういうと快活そうに笑い声をあげた。
明かりらしい明かりは窓から差し込む月明かりだけだが、暗いとは感じない。
巧みに配された魔術具が月明かりを受け止めて、余すこと無く室内へと返している。
さすがに脳筋公国のカルンブンクルス公国とはひと味もふた味も違うな、と思いつつローランは今日された茶菓子に口をつけた。
「お褒めいただきまして恐縮でございます」
「まったく、大した物だ。普通は他の公国で出された茶菓子になど手をつけぬぞ」
「……もしかして、無作法でございましたでしょうか?」
「肝が据わっていると褒めているのだ」
そういって、またも豪快な笑い声をあげる。
フェリシア公女はローランの予想とは正反対の、まるで女騎士のようなさっぱりとした性格の公女殿下だった。
(ドレスよりも絶対に甲冑が似合いそうですわね)
さすがに口に出しては言えないが、全身これ武人というオーラが漂っている。面倒事は全力で回避するカルンブンクルスの魔術師団に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。
てっきり胃がキリキリと痛むような神経戦を予想していただが、1人カルネリウス公国の管轄地を訪れたローランを待っていたのは豪快な公女殿下のさっぱりとした歓迎の茶会だった。
「まあ、こちらも安心した。場合によって帝冠継承を諦めてでも禁忌を犯さねばならぬかと覚悟していたからな」
笑みを浮かべたまま、紅茶と一緒に一口でケーキをのみ込んだフェリシア公女はじっとローランの瞳の奥を覗きこみ、まるで明日の朝食の話でもするようにあっさりと本題を切り出した。
「禁忌、でございますか?」
「そうだ。スファレウスとカルンブンクルスの帝冠継承候補者を、候補者でもない我が直接手にかけるという禁忌だ。犯せば三代に渡って帝冠継承候補を出す権利を失う。もちろん、我の命はない」
思わず言葉を失ったローランは無礼も非礼もそっちのけで、公女の顔を見つめた。
「そこまでの覚悟を決めねばならないほどですの? その、帝冠継承候補者を失うというのは」
「それは違う。言ってはなんだが、帝冠継承候補者は道半ばで命を失うのも勘定のうちだ。謀殺であろうが試練で命を失おうが、覚悟はとうに済ませている」
「では、一体何が……? それが私を招いた理由でございますの?」
給仕を待たずに自らティーポットをひっつかんでお茶のお代わりを補給すると、三度ローランの瞳を覗き込んで頷いてみせる。
「そうだ。アウグスト・ハーデン伯爵。あの男は人の心を支配し操る魔術をどこからか手に入れたのではないのか? と疑っていた。もし、そうであれば——帝冠継承候補者が互いに試練に挑む意味など消し飛んでしまう。1000余年、88代の皇帝の影でどれだけの候補者が命を落としたと思う? その心意気を茶番にするような真似は断じて許せぬ。故にローラン、お主がアウグスト伯に心を支配されておらぬか確かめねばならかった」
一息に言い切ると、初めてフェリシア公女はローランの瞳から視線を逸らした。
「だが、杞憂であった。そなたの魂の主は確かにそなただった、ローラン」
「魔術具を使われましたね?」
ようやく、あの意味深な招待状の理由が理解出来た。
あれは本当に疑心暗鬼を生じさせるためだけに設えられた小道具に過ぎなかったというわけだ。
はたして、フェリシア公女は悪びれることもなくあっさりと認めた。
「使った。我が公国の魔術具は魂の色を見る。ローラン、そなたの魂に誰かの意思が混ざっておれば決して、見逃さぬ」
「……気がつきませんでした」
「そなたの術理を我らが理解しきれぬように、我らの術理もそなたには理解しきれぬというだけだ。そなたの未熟が原因では無い」
見た目の豪快さとは裏腹に、繊細に慎重に幾重にも狡知を張り巡らせている。
どこまで演技でどこまでが本性なのかさっぱりわからない。
そんなローランの思いを知ってか知らずか、フェリシア公女は事もなげに話を続けた。
「アウグスト伯、あれは小心者だ。己の手の中に収まっておらねば一時も安心出来ぬ性格よ。人を殺せば、真っ先に現場に舞い戻るタイプの男だ。であれば、もしもそなたを支配しておれば、あの招待状は無視出来ぬ」
ただ、少しばかり懲りすぎたのは確かだがな。
そうフェリシアは苦く笑ってみせた。
「それで、殿下。どうして、アウグスト様が他人の心を操ることが出来るのではとお疑いになられたのでございますか?」
その答えはもちろん、ローランの予想の中にある。
しかし、こうして眼前にその答えを突きつけられると、やはり平静ではいられなかった。
「ローラン。そなたの義父殿のフッガー男爵の魂には異なる色が混ざっておった」
明るいオレンジ色の瞳を輝かせ、じっくりとローランを観察していたフェリシア・カルネリウス公女はそういうと快活そうに笑い声をあげた。
明かりらしい明かりは窓から差し込む月明かりだけだが、暗いとは感じない。
巧みに配された魔術具が月明かりを受け止めて、余すこと無く室内へと返している。
さすがに脳筋公国のカルンブンクルス公国とはひと味もふた味も違うな、と思いつつローランは今日された茶菓子に口をつけた。
「お褒めいただきまして恐縮でございます」
「まったく、大した物だ。普通は他の公国で出された茶菓子になど手をつけぬぞ」
「……もしかして、無作法でございましたでしょうか?」
「肝が据わっていると褒めているのだ」
そういって、またも豪快な笑い声をあげる。
フェリシア公女はローランの予想とは正反対の、まるで女騎士のようなさっぱりとした性格の公女殿下だった。
(ドレスよりも絶対に甲冑が似合いそうですわね)
さすがに口に出しては言えないが、全身これ武人というオーラが漂っている。面倒事は全力で回避するカルンブンクルスの魔術師団に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。
てっきり胃がキリキリと痛むような神経戦を予想していただが、1人カルネリウス公国の管轄地を訪れたローランを待っていたのは豪快な公女殿下のさっぱりとした歓迎の茶会だった。
「まあ、こちらも安心した。場合によって帝冠継承を諦めてでも禁忌を犯さねばならぬかと覚悟していたからな」
笑みを浮かべたまま、紅茶と一緒に一口でケーキをのみ込んだフェリシア公女はじっとローランの瞳の奥を覗きこみ、まるで明日の朝食の話でもするようにあっさりと本題を切り出した。
「禁忌、でございますか?」
「そうだ。スファレウスとカルンブンクルスの帝冠継承候補者を、候補者でもない我が直接手にかけるという禁忌だ。犯せば三代に渡って帝冠継承候補を出す権利を失う。もちろん、我の命はない」
思わず言葉を失ったローランは無礼も非礼もそっちのけで、公女の顔を見つめた。
「そこまでの覚悟を決めねばならないほどですの? その、帝冠継承候補者を失うというのは」
「それは違う。言ってはなんだが、帝冠継承候補者は道半ばで命を失うのも勘定のうちだ。謀殺であろうが試練で命を失おうが、覚悟はとうに済ませている」
「では、一体何が……? それが私を招いた理由でございますの?」
給仕を待たずに自らティーポットをひっつかんでお茶のお代わりを補給すると、三度ローランの瞳を覗き込んで頷いてみせる。
「そうだ。アウグスト・ハーデン伯爵。あの男は人の心を支配し操る魔術をどこからか手に入れたのではないのか? と疑っていた。もし、そうであれば——帝冠継承候補者が互いに試練に挑む意味など消し飛んでしまう。1000余年、88代の皇帝の影でどれだけの候補者が命を落としたと思う? その心意気を茶番にするような真似は断じて許せぬ。故にローラン、お主がアウグスト伯に心を支配されておらぬか確かめねばならかった」
一息に言い切ると、初めてフェリシア公女はローランの瞳から視線を逸らした。
「だが、杞憂であった。そなたの魂の主は確かにそなただった、ローラン」
「魔術具を使われましたね?」
ようやく、あの意味深な招待状の理由が理解出来た。
あれは本当に疑心暗鬼を生じさせるためだけに設えられた小道具に過ぎなかったというわけだ。
はたして、フェリシア公女は悪びれることもなくあっさりと認めた。
「使った。我が公国の魔術具は魂の色を見る。ローラン、そなたの魂に誰かの意思が混ざっておれば決して、見逃さぬ」
「……気がつきませんでした」
「そなたの術理を我らが理解しきれぬように、我らの術理もそなたには理解しきれぬというだけだ。そなたの未熟が原因では無い」
見た目の豪快さとは裏腹に、繊細に慎重に幾重にも狡知を張り巡らせている。
どこまで演技でどこまでが本性なのかさっぱりわからない。
そんなローランの思いを知ってか知らずか、フェリシア公女は事もなげに話を続けた。
「アウグスト伯、あれは小心者だ。己の手の中に収まっておらねば一時も安心出来ぬ性格よ。人を殺せば、真っ先に現場に舞い戻るタイプの男だ。であれば、もしもそなたを支配しておれば、あの招待状は無視出来ぬ」
ただ、少しばかり懲りすぎたのは確かだがな。
そうフェリシアは苦く笑ってみせた。
「それで、殿下。どうして、アウグスト様が他人の心を操ることが出来るのではとお疑いになられたのでございますか?」
その答えはもちろん、ローランの予想の中にある。
しかし、こうして眼前にその答えを突きつけられると、やはり平静ではいられなかった。
「ローラン。そなたの義父殿のフッガー男爵の魂には異なる色が混ざっておった」
2
お気に入りに追加
1,373
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

もう、終わった話ですし
志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。
その知らせを聞いても、私には関係の無い事。
だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥
‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの
少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる