牢獄から始める、ちょっぴりガメツイ宮廷呪術師生活 ~冤罪に婚約破棄。貴族は面倒くさすぎるので、慎みは投げ捨ててこれからはがっつり稼ぎます~

八朔ゆきの

文字の大きさ
上 下
38 / 68
第二幕

⑬ みんな殿下のために頑張ってるんですから、我慢してください

しおりを挟む
「殿下、ご存じですか?」
「何がだ?」

 ローランはレオンハルトの肌に筆を走らせながら、そっと顔を覗き込んだ。

「今、帝城で一番の有名人と言えばレオンハルト・カルンブンクルス公子なんだそうですよ」
「……うるさいぞ」

 そうローランが笑うと、レオンハルトはローランの予想したとおり露骨に嫌そうな顔を見せた。

 好奇の的になるのは不本意だろうが、それでレオンハルトの安全が少しでも買えるというのだから、こればかりは割りきって貰わなくては仕方ない。

 曰く、レオンハルトは自棄になって塔の試しに挑むつもりだ。
 曰く、カルンブンクルス公国はどうやら塔の秘密を解明したらしい。
 曰く、慰霊祭の成功を願う皇帝陛下から直々に塔の試しに挑むように命じられた。

 そんな噂が尾ひれをつけて帝城の中を飛び回っている。
 噂を流して回っているのは、魔術師団の団長のクラウスと副団長のクルトの2人だ。
 先代・先々代の頃から帝城を根城として窓際ライフを満喫していた2人は中央にやたらと顔が広い。
 そのツテを使って、あることないこと吹き込んでは帝城を賑わしていると言うわけだった。

「アイツら、魔術師の仕事はからっきしの癖にこういうことだけはやたらと上手くこなすのは何とかならんのか」

 ローランも同じことを思わないでもないが、2人のしていることをローランが出来るかと言えば出来はしない。逆にローランがレオンハルトに施している呪術を他の誰が施せるかというと、これもローランの他にはいない。
 
「適材適所ですわよ、殿下」

 という結論に落ち着いていた。 

 上半身裸になったレオンハルトの背中に、慎重に呪言を書き込んでいく。

 この呪言があれば、仮に例の罠が発動しても息が詰まることはない。
 これだけ噂が広まり、レオンハルトが注目の的となっている今、そんなことは起こらないとは思うが念には念をというわけだ。
 
 ただ、生きた人間の肌に直接呪言を書き込むというのはなかなか骨の折れる仕事だ。いつもの呪符に使う羊皮紙と違い、生きた肌は他者の呪力を弾いてしまうからだ。

 それを防ぐためには呪力の濃度を調整し、呪符としての効果を保ちつつレオンハルトの肌が異物として弾いてしまわない絶妙な加減が必要になる。

 ただ、呪言を書けば良いというわけではない。

「なあ、ローラン」
「殿下。今、難しいところですので動かないでください」

 ぽたりと汗がローランの額から滴り落ちて、衣服に新たな染みを作る。
 すでに施術は数時間に及んでいた。

「だから、だな。少し痒い場所があって……」
「あと少しで難しいところが終わります。そうしたら掻いてさしあげますから」
「要らん! 自分で掻くに決まってるだろう!」

 文句を言いつつも、ぐっと我慢して見せるところはなかなか可愛いと思う。
 可愛いというと怒るので、もちろん心の中で言うだけだが

 ようやく、筆が肌を離れるとレオンハルトは大きく息を吐いた。

「やっと終わったか。もういいか?」

 もちろん、痒い場所に手を伸ばしても良いかという意味だ。
 ローランとしても、そろそろレオンハルトを解放してあげたいのは山々なのだが、それにはもう一手間必要だ。

 いくつかの薬湯を混ぜ合わせ、筆を刷毛に持ち替えてぺたりとレオンハルトの身体に塗りつける。先ほどまでとは異なる感触に妙に可愛らしい悲鳴が飛び出した。

「こ、今度はなんだ!?」
「最後の仕上げです。バレたら元も子もないですから——はい、もう良いですよ」

 ペチンとレオンハルトの背中を叩いて、合図を送る。ようやく解放されたレオンハルトはやはり身体に違和感を感じているのだろう。自分の身体のあちらこちらをまさぐっていた。

「字が見えなくなったな。これも東方の魔術か?」
「いいえ、字を消すのは砂漠の民から習いました。結婚した時に部族の入れ墨を消すのに使うんだそうです。その応用ですね。呪術と組み合わせたのは私のオリジナルです」

 施術の後片付けをしているローランにレオンハルトはフンと少し羨ましげに鼻を鳴らした。
 
「本当にお前はあちこちに行っているんだな」
「言われてみれば、そうですね。あの頃は必死だったので、そんなこと考えてるヒマは無かったですけど」

 技術だけではない。色々な場所で色々な人々に出会い、色々なことを学んだ。

「子供の頃は必死だったんですよ。覚えられることは何でも覚えました。そうして銀を稼いでご飯や服、それに母様の薬と交換して。知ってます、殿下? 銀はどこの国でも価値があまり変わらないんですよ? 銀貨は最高です!」
「で、がめつくなったと」

 そう言って笑うレオンハルトは言葉に反して妙に楽しそうだった。
 ローランも腹を立てるよりも先に一緒に笑いがこぼれてくる。

 それにちょっぴりガメツイのはローランにとっては自慢の種だったりもするのだ。

「やっぱり、お前は変わっているな。普通、運良く貴族になれたら、そんな生活など忘れたがるだろうに」
「そういうものですか」
「そういうものだ。お前みたいな変わってるヤツを知ってるが、そいつもヘンなヤツだった。そっくりだ」

 ローランの知らない誰かのことを思い出し笑いするレオンハルトに少しムッと腹が立つ。

「誰ですか、それは?」
「秘密だ。ローランばかり謎が多いのは不公平だ」
「なんですか、それ」

 むうっと膨れるローランを見て、やっぱり似てるとレオンハルトは身体を揺らしながら笑い転げていた。

 日が沈めば、いよいよ塔の試しが始まる。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...