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第二幕

⑫ ちょっと周りが見えなくなりかけていたようです

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 クラウスとローランから届けられた報告書に目を通していたセバスティアンは、目元を強くもみ上げると顔をゆっくりと上げた。

 レオンハルトの筆頭侍従でもあるセバスティアンは同時に中央に派遣されている者達の長でもある。
 ことレオンハルトが関わる案件に関してはセバスティアンに義務と責任があった。

「ローラン。この報告書によると、貴女の元実家であるフッガー家、そしてフッガー家と繋がりの深いハーデン伯爵家が関わっている可能性が高い。それで間違いはありませんね?」
「はい」

 答えるローランの声は硬く、握った拳は軽く震えている。
 関わっているのが彼女と浅からぬ縁があるせいか、明らかに冷静さを欠いているようだ。

「クラウス。貴方の考えは?」

 クラウスはいつもの癖で髭を撫でつつ、隣で畏まるローランを横目で眺めながら少しの間、考えを纏めた。

 何しろ、ことは重大だ。
 仮にこの人為的に誘発された事故をもって謀殺だと告発したとする。とすると、これは帝冠継承候補者が殺されたと告発するに等しい。
 しかも被害者は3名だ。
 カルネウス公国は犯人を絶対に許さないだろう。

 当然ながら、訴えられた方も反撃に出る。
 罪を立証出来なければ、訴えた側が窮地に立たされるのだ。

 ましてや、告発側にはフッガー家ともハーデン家に深い恨みを持つであろうローランがいるのである。
 ローラン自身がどう思っているかはこの際、関係無い。

 これまでの経緯から、誰もがローランは男爵家と伯爵家を恨んでいると考えるに違いない。そして、それだけで濡れ衣を着せるには十分なのだ。

 迂闊に動いてはならない。
 半世紀に及ばんとする、事なかれ主義の本能がそう告げていた。

「筆頭侍従殿。その両家が関わっているかどうかは、この際問題ではないのではないかと儂は考えております」
「団長殿!?」
「ローラン。まずは話を聞きなさい」

 血相を変えて叫ぶローランをクラウスは優しく諭した。
 彼女の正義感は尊いが、青い。
 感情のままに叫んでも誰も同意などしてくれないのだ。

「ローランの言うように、間違いなくこの件には何らかの思惑がからんでおる。それにそなたの縁深き者が関わっておるとなれば、捨て置けぬというのも分かる」

 クラウスは幼子を諭すかのようにローランに説明を続けた。
 ローランは怒りのあまり、気がついてはいない。
 一番、危険なのは彼女自身だということに。

「この仕掛けの悪辣なところはの、確実性を棄てておるところにあるのじゃ。帝冠継承候補者の誰かが引っかかれば、それで良い。引っかからなくとも、それはまあ仕方なし。そういう思惑じゃ。何をどうやっても罪にはならぬように手は打たれておる」
「それでは殺された方々はどうなるのです!? まして、お義父さまが関わっているだなんて……」

 拳を握りながら、ローランは唇を噛みしめた。
 あの日、アウグスト配下の兵士に取り押さえられながら見た風景が脳裏に蘇る。
 あの時、義父は何らかの術の支配下にあるように見えた。

 おそらくは母の墓を暴いてアウグストが手に入れた、東方の呪術によるものだ。

(お義父さまは、よりによって母様の遺した術で操られているかもしれないのです……!)

 そればかりは許しがたい。
 ローランは初めて、アウグストを心から許せないと感じていた。
 裏切られ無実の罪で投獄された時にも感じなかった怒りが全身を駆け巡っている。

「よいか、ローラン。この罠を仕掛けた者がどれだけ周到にどれだけ策を積み重ねても、現実は無常にして無情。必ずどこかで綻びが生じる。周到であればあるほど、たった1つの誤算で簡単に破綻する。心配せずとも、機会は来る」
「ですが……」

 なおも愚図るローランにクラウスは彼女の思考に別の出口を見せてやることにした。

「今、そなたが出来ることは殿下をお守りすることではないか。失われた命に憤るも良い。そなたの義父のことを気に病むのは当然じゃ。しかし、それにかまけて守るべきものを失うのは本末転倒ではないか」

 その言葉にローランは我に返ったように力強く頷いた。

「その通りです。まずは殿下が無事に塔の試しを終えることを考えなくてはなりませんね。申し訳ございませんでした」
「よいよい。そなたはそれで良い。というわけで、後は任せるでな」

 人の良い好々爺の顔をぺいっと投げ捨て、クラウスはあっさりとローランに丸投げした。

「話は決まりましたね。ローラン、考えられるだけの対策を。殿下をお守りするのです」
「ただ、殿下は良いとして、この後の帝冠継承候補者の方が気がかりです」

 ローランはどうしても犠牲を避けたいらしく、少しモジモジしながらセバスティアンを見つめた。僭越であるとは理解しているのだろう。

 なら、それで良い。

 セバスティアン自身も無論、放置するつもりはなかった。

「そうですね。それは殿下に一言お願いいたしましょう。塔の中は暑すぎて息苦しいと。その一言で、間違いなく犯人は手を引きますよ。気づいていると教えてあげれば良いのです」
「なんだ。それだけでいいのか?」

 ふいにそう言って姿を現したのは、他ならぬレオンハルトだった。
 慰霊祭の準備で走り回っているせいか、多少の疲れはあるようだが瞳には精気が満ちあふれている。

「殿下。いったい、いつ?」
「ついさっき戻ったばかりだ。で、どうしたローラン。しおらしい顔をして。言っておくが何も買わんぞ」
「それが禁じられていることは殿下が一番ご存じではありませんか。意地悪ですよ、もう」

 禁じられた商売を思い出したローランはぷっくりと膨れ上がった顔で反論した。

「ですが、見てて下さいよ。今、新しいプランを考えているんです。商売は数ですよ数!」
「叔母上に叱られない程度にしておけ。なにかあっても、俺は取りなしたりしないからな」

 目だけが笑っている不思議な渋面でレオンハルトがローランを窘める。
 まるで弟が姉にお説教しているような微笑ましい光景だが、言った本人も言われた本人も大真面目だ。

「分かってますよ。今度こそ取られないように気をつけます! カルンブンクルス公国以外の販路を見つけてやりますから!」
「お、それはいいな。俺も頭を痛めなくてすむ。ま、陰謀だの足の引っ張り合いだのはこっちの仕事だ。男爵家の当主ぐらい、なんとでもしてやるから俺の仕事は取るな。いいな?」
「取りませんよ、そんなもの」

 再び膨れるローランに満足したのか、レオンハルトは快活に笑うと自分のためだけに用意された椅子に腰を下ろした。

「それで方針は? 俺はどうすれば良い?」

 レオンハルトがまっすぐにローランを見つめてくる。その視線に少し落ち着かない自分を感じながら、ローランはすぐにいくつかの対策を口にした。
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