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第二幕

⑩ 性格の悪い罠のおかげで、お友達ができました

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 死人の群れに舞い落ちていく羊皮紙を見送っていたローランは天上近くまで続く階段の先に目を凝らした。
 釣られるように、クララも一緒になってじっと暗がりに意識を集中して眉間に皺を寄せる。

「何があるんですか?」
「分からないわ。分からないけど、急に息が出来なくなりました」

 羊皮紙に呪術を使って仮の命を吹き込んだ鳥は、束の間の命ではあるが基本的に本物の鳥と同じものを必要とする。
 当然、呼吸が出来なければ仮の命は失われて、元の羊皮紙へと戻ってしまう。

 つまり、普通の小鳥なら命を失う何かがあそこにはあるということだ。

「何でしょう。あの辺りにだけ効果を発揮する呪いでもかけられているんでしょうか? 天井の梁とかに呪いがかけられているとか?」
「どうかしら……それなら、とっくに見つかってもいいはずよ」

 塔を入念に調べたのはローランたちだけではない。公子を3人も失ったカルネウス公国。公女を送る前に魔術師を送り込んで失敗したヴィリロス公国も同じように調べているはずだ。

「とすると魔術具でしょうか。それなら、こっそり仕掛けておくというのも不可能では無いと思います」
「可能性はあるわね」
「というか、それしか考えつきませんよ。使い捨ての魔術具がどこかに仕掛けられているはずです。それで、きっと意識を失って転落したんですね……」

 クララは螺旋階段の手すりを撫でながら、そっと階下を見下ろした。
 
「でしょうね。死霊達に追い立てられるように上に上にと逃れれば、息が詰まって朦朧としてしまう。そうなれば、こんな手すり役には立たないもの」
「簡単に落っこちます」

 手すりの高さはかなり低い。ローランのちょうど太腿の辺りだ。
 お子様サイズのレオンハルトでも腰の高さには届かないだろう。
 
 おまけに手すりを支える支柱はかなり飛び飛びで、転んだ時に身体を支えてくれるほど密では無い。
 こんなところで転倒しようものなら、簡単に転げ落ちてしまうに違いない。

「誰が考えたかしらないけど、性格悪いですね。もし、1人だったら気がつきませんでした」

 その場合、自分に待ち受けていた運命を思ったのかクララはきゅっとローランにしがみついた。

「ローランが居てくれなかったら、私、私……!」
「こんなところで泣いたら危ないですよ」
「そ、そうですね。ローランの……あ、ごめんなさい。ローランさんですね」

 立て続けに起こった出来事のせいで乱れていた言葉遣いに気がついたクララが、今さらのように訂正した。

「いいわよ、ローランで。その代わり、私もクララと呼ばせてくれるかしら?」

 貴族のご令嬢が名前の呼び捨てというのは少しばかりはしたない。ローランは最初からそんなことはまるで気にしていないが、クララは嫌がるかもしれない。
 こういう細かいところで、我ながら育ちが良くないわねと思わずにはいられない。

 だが、クララはあっさりとローランの提案を受け入れた。

「もちろんですよ。お友達になれたみたいで、ちょっと嬉しいですし」
「良かった」

 ほっと胸をなで下ろすローランにクララはさらに説明を付け加える。

「中央の貴族はどうか分からないですけど、カルンブンクルスってはっきり言って下品ですからね。そんなに気を遣わないでもいいです。騎士団とか言ってますが、国元だと山賊とそんなに変わらないですよ。ピカピカの鎧よりも頭の皮がくっついたままの毛皮の方がお似合いなぐらいです」

 ローランの知っている一番身近な騎士と言えばルドルフだが、確かにそういう蛮族ルックはよく似合う気がする。

 こみ上げる笑いを我慢していると、クララも同じように吹き出すのを我慢しているのが見えた。
 溜まらず、二人して吹き出してしまいバランスを崩しかけて慌てて手すりにしがみつく。

 ようやく落ち着いたところで、さて、とローランは気分を切り替えた。

「とりあえず、ここに留まっても大丈夫か確認はしないとね」
「けど、どうします? まさか登って確認するわけにもいかないですよ」
「方法はあるわ」

 懐から数枚の羊皮紙を取り出すと、ローランはさっきと同じやり方で数話の鳥を作り出した。
 そして、それぞれ高さを変えて階段の手すりに止まらせる。

「これで、もし『何か』が上から下りてくるようなら小鳥もあわせて落ちてくるはずよ。そこから上が危険地帯というわけね」
「また、息が詰まったりしませんか?」

 さっきのことを思い出したのだろう。不安げなクララに安心してと微笑み返す。

「意識を同調しなければ大丈夫よ。さっきは視界を共有しようとしていたから」
「なるほど。それにしても、ローランの魔術って私のと全然違いますね。ものすごく便利そうです。魔術具も羊皮紙だけで作れるとか、お財布にも優しそうですし。ただ、その、血を使うのはちょっとイヤですけど」
「別に血じゃ無くてもいいわよ。書くものが無いから代用しただけ」

 苦笑しながら、そっと小鳥たちを羽ばたかせて配置につかせる。
 ほーっとその様子を眺めていたクララは血が要らないなら、なおのこと便利ですと感心していた。

「これだけ材料費が安いと、魔術具を簡単に作れていいですねえ」
「今のだと、銀貨1枚もかからないわね」

 クララも魔術師なので、自分で魔術具をつくることもあるのだろう。羨ましそうな顔でローランの手元を見つめている。
 西方式は術者の技術をあまり問わない代わり、材料費が半端ではない。

 そのことは大金貨グランクラウンは昔はミスリル銀貨だったことからも簡単に理解できる。貴重なミスリルを貨幣にするのが難しくなったので制定されたのが大金貨グランクラウンなのだ。

「ローランは他にも魔術具を作れるのですか?」
「ええ。少し前もいろいろと作っては売っていたのよ。恋のまじない符だとか」
「あ! あれってローランが作ってたんですか! また、売らないんですか? すっごい人気だったんですよ!」

 まさかこんなところにもファンがいるとは思わなかった。一体、アルマはどこまで売り込みに行っていたのだろう。想像以上に市場が広がっていた。
 それにしても、クララが恋のまじない符とは少し意外な気がする。

「あら。もしかして意中の人が」
「まっさか。代行ですよ代行。ほら、他の公国の人は買いづらいじゃないですか。なので、私がこっそりと。ちょっと手数料は乗っけましたけど」
「……転売対策も必要なのかしら」

 さすが恋バナ。驚異の強さだった。
 この分だと、こっそり闇取引とかされてるのかもしれない。

「ローラン。真面目に魔術師なんかするより、こっちの方が儲かりますよきっと」
「もちろん、再開するわよ。銀貨が私を呼んでるの」
「他の公国への販路はまかせて下さい。こうみえても、顔は広いですからね。ベアトリスなんかには絶対に売ってやりませんよ、ええ。ざまぁみろってんだ」

 ケケケと人の悪い笑顔でほくそ笑むクララに、銀貨銀貨♪と口ずさみながら、ローランはふと空ならぬ塔の天上を見上げた。

 手すりに止まって見下ろしている小鳥たちが、そんな場合かと呆れているようにも見えたが、きっと気のせいだろう。

 夜明けまではまだまだ遠いが、それなりに楽しく過ごせそうな気がした。

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