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第二幕
⑧ 押しつけられてしまいました!
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さて、とクラウスは白い髭をしごきながらローランをじっと見つめた。
「というわけじゃ、ローラン。たかが試しの塔などと言うのはたやすいが、今の試しの塔は試練にも劣らぬ危険な場所になっておる。このような場所にいきなりレオンハルト殿下が挑むわけにもいかん。入念な調査が必要じゃ」
「それは確かにそうでございますわね。ですが、それほどの被害が出ていて陛下はなぜ放置なされているのでしょうか?」
話を聞く限り、試しの塔の修繕を行ったのはカルネリウス公国だ。
自分たちの帝冠継承候補者が犠牲になっているのだから、気持ちはわかる。
だが、試しの塔の管轄はあくまでも中央の宮廷なのだ。
中央の宮廷、ひいては皇帝陛下がそれを放置するのは少し不自然に思えた。
「帝冠継承候補者に求められておるのは生き残ることそのものじゃからの。どの公国も代わりはいくらでもとまでは言わんが、それなりにおる。1人の公子の命を帝位に優先させる、我らが公国の方がはっきり言えば異端なのじゃよ」
それぞれの公国から推薦される公子は1人きりというわけではない。
死ねば次が送られる。最後の1人が帝位にたどり着けば良いという考えなのだろう。
「公子というのも大変ですわね」
「おまけに呪いで子を生せぬオマケつきだからね。公子は子供のままだし、公女は純潔必須。オレなら逃げ出すね」
「お主は少し、身を慎め。そんな調子ではいつまで経っても国元には帰れんぞ」
クラウスに軽口を窘められたカスパルはへいへいと肩をすくめた。
「それはさておき、こうなりますと誰かが実際に塔に籠もって安全を確かめませんとな。さて、どうしたものか」
副団長のクルトの言葉に全員がバッと視線を逸らし合った。自分は絶対にイヤだというオーラが部屋に充満している。
「こういうことは若い者に任せるべきであろう。万が一の時に責を負うものが必要じゃ」
「そうですな。魔術師団の団長と副団長。2人の進退ぐらいは用意しておかねばならんでしょう」
ささっとクラウスとクルトが示し合わせたように大義名分を盾に逃げ出した。
さすがに窓際経験が豊富なだけあって、こういう時は実に抜け目ない。
「私は中央から妻を貰っておりますから。公国への忠誠心に揺るぎはございませんが、私に何かあれば遺された妻が騒ぎましょう。中央貴族と公国の確執は望むところではございませぬ」
と巧みな保身で3抜けしたのはちょうど真ん中の年齢のデニスだった。いかにも思慮深げだが、その思慮深さは保身にこそ発揮される。
「オ、オレはですね! オレは…………うっ」
といきなり胸を押さえて倒れ込んだのはカスパルだった。そのまま失神したのかピクリとも動かない。
「ちょ、ちょっと! 死んだフリは卑怯ですよ! 起きなさい、このクズ!」
血相を変えてクララがゲシゲシとカスパルの脇腹を蹴り上げる。だが、ウウとかアアとか呻くだけで起き上がる気配はまったく無い。
5股をかけて、5人の女性とその家族に詰め寄られた際にも逃げ切った渾身の演技である。
カスパルの瀕死のフリは医者をも騙す。面会謝絶で逃げ切ったのは伊達ではない。
ついに自分の番がやってきたクララはワタワタと言い逃れを考えた。
「わ、私はほら、アレですよアレ!」
考えたがロクなアイデアが出てこない。老獪さも卑怯さも、年長の男共にはまるで敵わなかった。
「アレとは何じゃ?」
「アレですよソレ! コレがそうして、だから私は不適格なんです!」
「クララ。何を言っているのか理解出来ん。いずれ、残りは2人しかいないのだ。それにそなたの両親はそなたが殿下のお役に立つことを願って魔術師にしたのだろう? 今がその時ではないか」
懇々と安全地帯からそう解くクルトに牙を剝きつつも、うまい言い訳がどうしても出てこない。
代わりに出てきたのは苦し紛れの代替案だった。
「そ、そうです! 2人です! 何も私が試しを受けるわけではないんですから! 2人で確認すればいいんですよ! どうして誰も思いつかなかったんでしょうか!」
それは公子が横死した時と同じ条件で試さねば、原因が分からないと考えられたからだ。だが、確かにクララの言葉にも一理ある。
「ふむ。それは確かにそうじゃの。段階を経て確認すれば、安全はさらに確保されよう。となると、さすがにクララと男が一晩閉ざされた塔でというわけにもいかんの」
なんせ、嫁入り前じゃて。と呟くクラウスの言葉に、むくりとカスパルが復活して悲劇の主人公のように嘆いてみせる。
「ああ。残念だね。クララ、すまない。僕は適任ではないようだ」
「煩い! 死ね、このへたれ! 死んでしまえ! 塔で死ぬより先に私が殺してやる! 100万回死ね、この甲斐性無し!」
「お、落ち着いてクララ!」
錯乱して暴れるクララを後ろから羽交い締めにして押さえ込んだローランに、クララは涙と鼻水でベトベトになりつつ縋り付いた。
「ローランさん! お願いです! お願いですから、一緒に塔を確認してください! 恩に着ますからぁ!」
クララの言葉にポンと男共が手を打った。
「殿方がなんですか、みっともない! 揃いに揃って押しつけないでくださいまし!」
「というわけじゃ、ローラン。たかが試しの塔などと言うのはたやすいが、今の試しの塔は試練にも劣らぬ危険な場所になっておる。このような場所にいきなりレオンハルト殿下が挑むわけにもいかん。入念な調査が必要じゃ」
「それは確かにそうでございますわね。ですが、それほどの被害が出ていて陛下はなぜ放置なされているのでしょうか?」
話を聞く限り、試しの塔の修繕を行ったのはカルネリウス公国だ。
自分たちの帝冠継承候補者が犠牲になっているのだから、気持ちはわかる。
だが、試しの塔の管轄はあくまでも中央の宮廷なのだ。
中央の宮廷、ひいては皇帝陛下がそれを放置するのは少し不自然に思えた。
「帝冠継承候補者に求められておるのは生き残ることそのものじゃからの。どの公国も代わりはいくらでもとまでは言わんが、それなりにおる。1人の公子の命を帝位に優先させる、我らが公国の方がはっきり言えば異端なのじゃよ」
それぞれの公国から推薦される公子は1人きりというわけではない。
死ねば次が送られる。最後の1人が帝位にたどり着けば良いという考えなのだろう。
「公子というのも大変ですわね」
「おまけに呪いで子を生せぬオマケつきだからね。公子は子供のままだし、公女は純潔必須。オレなら逃げ出すね」
「お主は少し、身を慎め。そんな調子ではいつまで経っても国元には帰れんぞ」
クラウスに軽口を窘められたカスパルはへいへいと肩をすくめた。
「それはさておき、こうなりますと誰かが実際に塔に籠もって安全を確かめませんとな。さて、どうしたものか」
副団長のクルトの言葉に全員がバッと視線を逸らし合った。自分は絶対にイヤだというオーラが部屋に充満している。
「こういうことは若い者に任せるべきであろう。万が一の時に責を負うものが必要じゃ」
「そうですな。魔術師団の団長と副団長。2人の進退ぐらいは用意しておかねばならんでしょう」
ささっとクラウスとクルトが示し合わせたように大義名分を盾に逃げ出した。
さすがに窓際経験が豊富なだけあって、こういう時は実に抜け目ない。
「私は中央から妻を貰っておりますから。公国への忠誠心に揺るぎはございませんが、私に何かあれば遺された妻が騒ぎましょう。中央貴族と公国の確執は望むところではございませぬ」
と巧みな保身で3抜けしたのはちょうど真ん中の年齢のデニスだった。いかにも思慮深げだが、その思慮深さは保身にこそ発揮される。
「オ、オレはですね! オレは…………うっ」
といきなり胸を押さえて倒れ込んだのはカスパルだった。そのまま失神したのかピクリとも動かない。
「ちょ、ちょっと! 死んだフリは卑怯ですよ! 起きなさい、このクズ!」
血相を変えてクララがゲシゲシとカスパルの脇腹を蹴り上げる。だが、ウウとかアアとか呻くだけで起き上がる気配はまったく無い。
5股をかけて、5人の女性とその家族に詰め寄られた際にも逃げ切った渾身の演技である。
カスパルの瀕死のフリは医者をも騙す。面会謝絶で逃げ切ったのは伊達ではない。
ついに自分の番がやってきたクララはワタワタと言い逃れを考えた。
「わ、私はほら、アレですよアレ!」
考えたがロクなアイデアが出てこない。老獪さも卑怯さも、年長の男共にはまるで敵わなかった。
「アレとは何じゃ?」
「アレですよソレ! コレがそうして、だから私は不適格なんです!」
「クララ。何を言っているのか理解出来ん。いずれ、残りは2人しかいないのだ。それにそなたの両親はそなたが殿下のお役に立つことを願って魔術師にしたのだろう? 今がその時ではないか」
懇々と安全地帯からそう解くクルトに牙を剝きつつも、うまい言い訳がどうしても出てこない。
代わりに出てきたのは苦し紛れの代替案だった。
「そ、そうです! 2人です! 何も私が試しを受けるわけではないんですから! 2人で確認すればいいんですよ! どうして誰も思いつかなかったんでしょうか!」
それは公子が横死した時と同じ条件で試さねば、原因が分からないと考えられたからだ。だが、確かにクララの言葉にも一理ある。
「ふむ。それは確かにそうじゃの。段階を経て確認すれば、安全はさらに確保されよう。となると、さすがにクララと男が一晩閉ざされた塔でというわけにもいかんの」
なんせ、嫁入り前じゃて。と呟くクラウスの言葉に、むくりとカスパルが復活して悲劇の主人公のように嘆いてみせる。
「ああ。残念だね。クララ、すまない。僕は適任ではないようだ」
「煩い! 死ね、このへたれ! 死んでしまえ! 塔で死ぬより先に私が殺してやる! 100万回死ね、この甲斐性無し!」
「お、落ち着いてクララ!」
錯乱して暴れるクララを後ろから羽交い締めにして押さえ込んだローランに、クララは涙と鼻水でベトベトになりつつ縋り付いた。
「ローランさん! お願いです! お願いですから、一緒に塔を確認してください! 恩に着ますからぁ!」
クララの言葉にポンと男共が手を打った。
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