32 / 68
第二幕
⑦ やる気が無いのはともかく、確かにちょっと不気味ですわね。
しおりを挟む
他の公国はいざ知らず、カルンブンクルス公国から帝冠継承候補者を支えるために送り込まれる魔術師たちは揃いに揃って事なかれ主義だった。
何しろ、88代を数える歴代皇帝でカルンブンクルス公国出身の皇帝はわずかに5人しかいないのだ。
カルンブンクルス公国では帝冠継承候補者というのは、要するに公国の対面を保つためだけに送り込まれるものと理解されている。
気がつけば1000余年の歴史の中で、公子に随伴する魔術師団は厄介者の隔離先か引退間近の魔術師の最後のご奉公に成り果てていた。
レオンハルトを取り巻く魔術師団も、過去の先輩諸氏に倣ってやる気が無い。
真面目は真面目なので給料分のルーチンワークはちゃんとこなすが、それだけだ。
それで十分だったはずなのだ。
今までは。
※ ※ ※
「えらいことになった……」
レオンハルトの筆頭侍従、セバスティアンに呼び出された魔術師団の長クラウスは話を聞いて真っ青になっていた。
「殿下が試しの塔に挑まれることになった。今後はこれを皮切りに本格的に試練に取り組まれることとなろう。魔術師団はこれをよく補佐し、殿下を助けるように。まずは試練の塔の突破のために力を尽くせ」
と命じられたためだ。
魔術師団の存在意義は帝冠継承候補者が試練を突破するためにあるのだから、断ろうにも理由が無い。
カルンブンクルス公国の候補者が試練に挑むなど、ご冗談をとはさすがに言えるはずも無かった。
実態がいかにそうであっても、建前としては候補者は試練に挑むために帝城に居を構えているのだ。
ことの経緯はどうあれ、命令が下った以上はレオンハルトの命を守るために全力を尽くすのが魔術師団の務めである。
クラウスは執務室に魔術師団の全員を集めると、いつも通りノンビリと毎日の仕事の準備をしている部下達に事の次第を切り出した。
とはいっても、ローランを含め6名しかいないのだが。
「みな、落ち着いて聞くように。セバスティアン様より命が下された。殿下が試しの塔に挑まれるゆえ、これをよく補佐するようにとのことだ」
いつもと同じ朝が始まるのだと思い込んでいた団員達はピタリと動きを止めた。
「試しの塔? 誰がですか?」
「レオンハルト殿下がだ」
呆けた顔の中年魔術士のクルトにそろそろ老境にさしかかったクラウスが答える。
クルトは先代の帝冠継承候補者の時代から、クラウスに至っては先々代から事なかれ主義で乗り切ってきた。窓際は窓際でも筋金入りの窓際魔術士といえる。
一方、そんな事情は知らないローランにしてみれば、なぜ皆がそれほど緊張しているかがわからない。
「たしか、試しの塔というのは……」
と記憶を掘り起こしていた。
ローランの記憶では試しの塔とは、帝冠継承候補者が試練に挑むことを周知するという意味合いが強かったはずだ。
そう疑問を呈するローランにクラウスは重々しく頷いた。
「ローランは知らぬのも無理はない。確かに言うように試しの塔は言ってみれば、ただの通過儀礼のようなもの。いかにお飾りの帝冠継承候補者とはいえ、これぐらいは歴代の候補者の皆さまもこなされておる」
「では、何も問題はないのではございませんか?」
「それがあるから、困っておるのだ」
と、クラウスはまるで国境を数万の兵士が越えたと言わんばかりの重々しさで、言葉を続けた。
「数年前の話になる。カルネウス公国の公子殿下が試しの塔に挑まれた。むろん、誰も心配などせずに翌日には帝冠継承候補者として名乗りを上げる予定だったのじゃが――亡くなられた。塔の中でな。高所から足を踏み外した転落死であった」
「そんなことが、あったのですか」
試しの塔で命を落とすというのはさすがに前例がほとんど無い。無いわけではないが、どれもこれも事故の類だ。カルネウス公国にしてみれば、恥でしかないので文句も言わずに喪に服したという。
「じゃが、話はここでは終わらなんだ。喪が明け、早くも次の帝冠継承候補者がカルネリウス公国から推挙された。そして、試しの塔に挑まれて……やはり亡くなられた。同じく転落死じゃった」
「塔に何かあったのではございませんか? 階段が痛んでいたとか。あるいは塔の試しに問題があったとか」
試しの塔は要するに肝試しだ。
塔の床は処刑台の材木と処刑場の敷石を組み合わせて作られており、タップリと死霊が染みついている。夜になれば死霊が湧き出て、塔の中を徘徊するという仕組みだ。
この中で護符も結界術も無しで一晩を過ごす。それぐらいの胆力がなくては1000年もの呪いに打ち克ち玉座に座することは不可能だ。
実に悪趣味かつ合理的な試しと言える。
「無論、調べられた。念には念をということで、陛下の許可を得てカルネリウス公国は公庫を開けて床板も階段も新しく設えたそうな。しかし、3度目もやはり失敗した。カルネウス公国は今代は帝冠継承候補者を出すことは叶わぬじゃろうな」
「試しの塔を終えていない帝冠継承候補者は我が公国とヴィリロス公国の2つだけ。ヴィリロス公国は自分たちの魔術師を調査と称して試しの塔に送り込んだが、やっぱり死んだというわけさ。というわけで、元々帝位にそれほど執着していないウチはともかく、ヴィリロス公国の公女殿下も足踏み状態というわけ」
爽やかな笑顔の好青年魔術師カスパルはそういうと、何の脈絡もなくローランにパチリとウィンクを決めた。
ちなみに彼は女性関係で色々とやらかして、左遷されてきたクチである。
何しろ、88代を数える歴代皇帝でカルンブンクルス公国出身の皇帝はわずかに5人しかいないのだ。
カルンブンクルス公国では帝冠継承候補者というのは、要するに公国の対面を保つためだけに送り込まれるものと理解されている。
気がつけば1000余年の歴史の中で、公子に随伴する魔術師団は厄介者の隔離先か引退間近の魔術師の最後のご奉公に成り果てていた。
レオンハルトを取り巻く魔術師団も、過去の先輩諸氏に倣ってやる気が無い。
真面目は真面目なので給料分のルーチンワークはちゃんとこなすが、それだけだ。
それで十分だったはずなのだ。
今までは。
※ ※ ※
「えらいことになった……」
レオンハルトの筆頭侍従、セバスティアンに呼び出された魔術師団の長クラウスは話を聞いて真っ青になっていた。
「殿下が試しの塔に挑まれることになった。今後はこれを皮切りに本格的に試練に取り組まれることとなろう。魔術師団はこれをよく補佐し、殿下を助けるように。まずは試練の塔の突破のために力を尽くせ」
と命じられたためだ。
魔術師団の存在意義は帝冠継承候補者が試練を突破するためにあるのだから、断ろうにも理由が無い。
カルンブンクルス公国の候補者が試練に挑むなど、ご冗談をとはさすがに言えるはずも無かった。
実態がいかにそうであっても、建前としては候補者は試練に挑むために帝城に居を構えているのだ。
ことの経緯はどうあれ、命令が下った以上はレオンハルトの命を守るために全力を尽くすのが魔術師団の務めである。
クラウスは執務室に魔術師団の全員を集めると、いつも通りノンビリと毎日の仕事の準備をしている部下達に事の次第を切り出した。
とはいっても、ローランを含め6名しかいないのだが。
「みな、落ち着いて聞くように。セバスティアン様より命が下された。殿下が試しの塔に挑まれるゆえ、これをよく補佐するようにとのことだ」
いつもと同じ朝が始まるのだと思い込んでいた団員達はピタリと動きを止めた。
「試しの塔? 誰がですか?」
「レオンハルト殿下がだ」
呆けた顔の中年魔術士のクルトにそろそろ老境にさしかかったクラウスが答える。
クルトは先代の帝冠継承候補者の時代から、クラウスに至っては先々代から事なかれ主義で乗り切ってきた。窓際は窓際でも筋金入りの窓際魔術士といえる。
一方、そんな事情は知らないローランにしてみれば、なぜ皆がそれほど緊張しているかがわからない。
「たしか、試しの塔というのは……」
と記憶を掘り起こしていた。
ローランの記憶では試しの塔とは、帝冠継承候補者が試練に挑むことを周知するという意味合いが強かったはずだ。
そう疑問を呈するローランにクラウスは重々しく頷いた。
「ローランは知らぬのも無理はない。確かに言うように試しの塔は言ってみれば、ただの通過儀礼のようなもの。いかにお飾りの帝冠継承候補者とはいえ、これぐらいは歴代の候補者の皆さまもこなされておる」
「では、何も問題はないのではございませんか?」
「それがあるから、困っておるのだ」
と、クラウスはまるで国境を数万の兵士が越えたと言わんばかりの重々しさで、言葉を続けた。
「数年前の話になる。カルネウス公国の公子殿下が試しの塔に挑まれた。むろん、誰も心配などせずに翌日には帝冠継承候補者として名乗りを上げる予定だったのじゃが――亡くなられた。塔の中でな。高所から足を踏み外した転落死であった」
「そんなことが、あったのですか」
試しの塔で命を落とすというのはさすがに前例がほとんど無い。無いわけではないが、どれもこれも事故の類だ。カルネウス公国にしてみれば、恥でしかないので文句も言わずに喪に服したという。
「じゃが、話はここでは終わらなんだ。喪が明け、早くも次の帝冠継承候補者がカルネリウス公国から推挙された。そして、試しの塔に挑まれて……やはり亡くなられた。同じく転落死じゃった」
「塔に何かあったのではございませんか? 階段が痛んでいたとか。あるいは塔の試しに問題があったとか」
試しの塔は要するに肝試しだ。
塔の床は処刑台の材木と処刑場の敷石を組み合わせて作られており、タップリと死霊が染みついている。夜になれば死霊が湧き出て、塔の中を徘徊するという仕組みだ。
この中で護符も結界術も無しで一晩を過ごす。それぐらいの胆力がなくては1000年もの呪いに打ち克ち玉座に座することは不可能だ。
実に悪趣味かつ合理的な試しと言える。
「無論、調べられた。念には念をということで、陛下の許可を得てカルネリウス公国は公庫を開けて床板も階段も新しく設えたそうな。しかし、3度目もやはり失敗した。カルネウス公国は今代は帝冠継承候補者を出すことは叶わぬじゃろうな」
「試しの塔を終えていない帝冠継承候補者は我が公国とヴィリロス公国の2つだけ。ヴィリロス公国は自分たちの魔術師を調査と称して試しの塔に送り込んだが、やっぱり死んだというわけさ。というわけで、元々帝位にそれほど執着していないウチはともかく、ヴィリロス公国の公女殿下も足踏み状態というわけ」
爽やかな笑顔の好青年魔術師カスパルはそういうと、何の脈絡もなくローランにパチリとウィンクを決めた。
ちなみに彼は女性関係で色々とやらかして、左遷されてきたクチである。
11
お気に入りに追加
1,376
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。
水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。
兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。
しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。
それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。
だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。
そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。
自由になったミアは人生を謳歌し始める。
それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!
ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。
貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。
実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。
嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。
そして告げられたのは。
「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」
理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。
…はずだったが。
「やった!自由だ!」
夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。
これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが…
これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。
生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。
縁を切ったはずが…
「生活費を負担してちょうだい」
「可愛い妹の為でしょ?」
手のひらを返すのだった。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる