23 / 68
第一幕
㉑ 収支決算の時間でございます!
しおりを挟む
「殿下、それでは赤字でございます!」
「何が、赤字だ! エンチャントを施した鎧も剣も、魔術具に必要な素材も全て騎士団持ちだろうが!」
「心の赤字です!」
唸りを上げて火花を散らしながら睨み合う2人を横目にアルマはノンビリとお茶の準備をしていた。
「ルドルフ様。どうぞ」
「うむ」
断罪の塔の最上階で、アルマの煎れた紅茶の湯気を顎髭に当てて香りを堪能する。窓の外から聞こえる人面鳥の声も気にならないのは、すっかりあの娘に毒されたせいだろうかとルドルフは少し笑った。
「あの地で何があったかはわからんが、それにしても仲の良いことだ」
「ローラン様が楽しそうなのは良いことなのですよう」
たしかに、古戦場跡を浄化出来るかもしれない。
そういう話ではあったが、ローランが加わったことによって判明した真実と得られた武勲は遙かに想像を超えていた。
その分、後始末も大変でしばらくは騎士団は開店休業状態だろう。騎士団の部隊長であるバルドルもコンラートも降ってわいた任務に大わらわだ。
コンラートは帝都に残り、宮廷で中央と7公国からそれぞれ派遣されている貴族の官僚達と調整に追われている。
バルドルはバルドルで、それぞれの公国の領地を駆け巡って、遺品の還るべき場所を特定するという任務に謀殺されていた。
なにしろ、ことは帝国建国以前にまで遡る話だ。
記録に残っていないことも多いし、時の流れに抗しきれずに消えてしまった家系も少なくは無い。
しばらくは帝国を上げての大騒ぎになるだろう。
近く、皇帝主催による慰霊会が開かれるとの話も聞こえてくる。
(殿下が帝冠継承候補としての遅れを取り戻すには十分すぎる武勲だ)
他の帝冠継承候補と比べ、ほとんどまともに実績を積んでいなかったレオンハルトは率直に言って、帝位を継承するのは不可能だろうと目されていた。
しかし、これでその流れも大きく変わる。
「これでローラン様もご自分をお買い上げになれますね」
「うむ。よもやの大殊勲だ。そなたもよくやったぞ、アルマ。褒美は期待しておくが良い。テオもそろそろ正騎士への叙任を考えねばな。あいつもよくやった」
「本当ですか! ふっふっふ。これでテオ兄よりもずっとずっとお金持ちなのです!」
両腕を胸に当てて陶酔しているメイドを見て、思わず苦笑する。
この娘も随分と図太くなったものだ。
最初は塔の囚人を世話する役目を与えられて、泣きそうになっていたというが。
今では平気な顔で塔に出入りしている。
(それもこれも、あの娘か)
ほんのわずかな期間になんと多くのものを変えてしまったのだろう。
「だから、殿下! この明細をちゃんとご覧下さいまし!」
「やかましい。こんな明細、認められるか。討伐に参加した人数は正騎士54名だ。なんだ、この正騎士72名、見習い28名というのは!」
「騎士団の定数でございます! 騎士団で採用していただけるという契約でございます。当然です!」
「かもしれんが、今回は関係ないだろう。別契約だ別契約」
「ダメです。たまたま討伐の任務が間に挟まっただけでございます。そうに決まっているのです。殿下、小さいのは背だけにしてくださいまし。懐まで小さくなっては困ります」
「お前も細くて固いのは体つきだけにしろ。編んだ針金みたいな頑丈な神経しおって」
むきーっと再び睨み合う2人は喧々諤々とじつに賑やかだ。これでは塔の死霊達も出る幕などどこにも無いだろう。
「レオンハルト殿下も粘るのです」
「なに。すぐに折れる。いいか、アルマ。よく覚えておけ」
そういうと、くいっとルドルフは一息に紅茶を飲み干した。
「男はな。年上の女には絶対に勝てんのだ。お前も少し年下の男との出会いを模索した方が良いぞ」
「ほうほう。それは良いことを教えていただいたのです」
レオンハルト15歳。
ローランはたしか16だったか。
外見はもちろん、実年齢でもレオンハルトは実はローランに負けている。
「ルドルフ! のんびり茶など啜っていないで、こっちに来い!」
レオンハルトの悲鳴が塔にこだまする。
結局、商談の行方はルドルフの想像通りに落ち着いた。
第1幕 おわり
幕間に続く
「何が、赤字だ! エンチャントを施した鎧も剣も、魔術具に必要な素材も全て騎士団持ちだろうが!」
「心の赤字です!」
唸りを上げて火花を散らしながら睨み合う2人を横目にアルマはノンビリとお茶の準備をしていた。
「ルドルフ様。どうぞ」
「うむ」
断罪の塔の最上階で、アルマの煎れた紅茶の湯気を顎髭に当てて香りを堪能する。窓の外から聞こえる人面鳥の声も気にならないのは、すっかりあの娘に毒されたせいだろうかとルドルフは少し笑った。
「あの地で何があったかはわからんが、それにしても仲の良いことだ」
「ローラン様が楽しそうなのは良いことなのですよう」
たしかに、古戦場跡を浄化出来るかもしれない。
そういう話ではあったが、ローランが加わったことによって判明した真実と得られた武勲は遙かに想像を超えていた。
その分、後始末も大変でしばらくは騎士団は開店休業状態だろう。騎士団の部隊長であるバルドルもコンラートも降ってわいた任務に大わらわだ。
コンラートは帝都に残り、宮廷で中央と7公国からそれぞれ派遣されている貴族の官僚達と調整に追われている。
バルドルはバルドルで、それぞれの公国の領地を駆け巡って、遺品の還るべき場所を特定するという任務に謀殺されていた。
なにしろ、ことは帝国建国以前にまで遡る話だ。
記録に残っていないことも多いし、時の流れに抗しきれずに消えてしまった家系も少なくは無い。
しばらくは帝国を上げての大騒ぎになるだろう。
近く、皇帝主催による慰霊会が開かれるとの話も聞こえてくる。
(殿下が帝冠継承候補としての遅れを取り戻すには十分すぎる武勲だ)
他の帝冠継承候補と比べ、ほとんどまともに実績を積んでいなかったレオンハルトは率直に言って、帝位を継承するのは不可能だろうと目されていた。
しかし、これでその流れも大きく変わる。
「これでローラン様もご自分をお買い上げになれますね」
「うむ。よもやの大殊勲だ。そなたもよくやったぞ、アルマ。褒美は期待しておくが良い。テオもそろそろ正騎士への叙任を考えねばな。あいつもよくやった」
「本当ですか! ふっふっふ。これでテオ兄よりもずっとずっとお金持ちなのです!」
両腕を胸に当てて陶酔しているメイドを見て、思わず苦笑する。
この娘も随分と図太くなったものだ。
最初は塔の囚人を世話する役目を与えられて、泣きそうになっていたというが。
今では平気な顔で塔に出入りしている。
(それもこれも、あの娘か)
ほんのわずかな期間になんと多くのものを変えてしまったのだろう。
「だから、殿下! この明細をちゃんとご覧下さいまし!」
「やかましい。こんな明細、認められるか。討伐に参加した人数は正騎士54名だ。なんだ、この正騎士72名、見習い28名というのは!」
「騎士団の定数でございます! 騎士団で採用していただけるという契約でございます。当然です!」
「かもしれんが、今回は関係ないだろう。別契約だ別契約」
「ダメです。たまたま討伐の任務が間に挟まっただけでございます。そうに決まっているのです。殿下、小さいのは背だけにしてくださいまし。懐まで小さくなっては困ります」
「お前も細くて固いのは体つきだけにしろ。編んだ針金みたいな頑丈な神経しおって」
むきーっと再び睨み合う2人は喧々諤々とじつに賑やかだ。これでは塔の死霊達も出る幕などどこにも無いだろう。
「レオンハルト殿下も粘るのです」
「なに。すぐに折れる。いいか、アルマ。よく覚えておけ」
そういうと、くいっとルドルフは一息に紅茶を飲み干した。
「男はな。年上の女には絶対に勝てんのだ。お前も少し年下の男との出会いを模索した方が良いぞ」
「ほうほう。それは良いことを教えていただいたのです」
レオンハルト15歳。
ローランはたしか16だったか。
外見はもちろん、実年齢でもレオンハルトは実はローランに負けている。
「ルドルフ! のんびり茶など啜っていないで、こっちに来い!」
レオンハルトの悲鳴が塔にこだまする。
結局、商談の行方はルドルフの想像通りに落ち着いた。
第1幕 おわり
幕間に続く
10
お気に入りに追加
1,375
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
思わず呆れる婚約破棄
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある国のとある夜会、その場にて、その国の王子が婚約破棄を言い渡した。
だがしかし、その内容がずさんというか、あまりにもひどいというか……呆れるしかない。
余りにもひどい内容に、思わず誰もが呆れてしまうのであった。
……ネタバレのような気がする。しかし、良い紹介分が思いつかなかった。
よくあるざまぁ系婚約破棄物ですが、第3者視点よりお送りいたします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚前交渉は命懸け
章槻雅希
ファンタジー
伯爵令嬢ロスヴィータは婚約者スヴェンに婚約破棄を突きつけられた。
よくあるパターンの義妹による略奪だ。
しかし、スヴェンの発言により、それは家庭内の問題では収まらなくなる。
よくある婚約破棄&姉妹による略奪もので「え、貴族令嬢の貞操観念とか、どうなってんの?」と思ったので、極端なパターンを書いてみました。ご都合主義なチート魔法と魔道具が出てきますし、制度も深く設定してないのでおかしな点があると思います。
ここまで厳しく取り締まるなんてことはないでしょうが、普通は姉妹の婚約者寝取ったら修道院行きか勘当だよなぁと思います。花嫁入替してそのまま貴族夫人とか有り得ない、結婚させるにしても何らかのペナルティは与えるよなぁと思ったので。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
その国が滅びたのは
志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。
だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか?
それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。
息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。
作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。
誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄された私と、仲の良い友人達のお茶会
もふっとしたクリームパン
ファンタジー
国名や主人公たちの名前も決まってないふわっとした世界観です。書きたいとこだけ書きました。一応、ざまぁものですが、厳しいざまぁではないです。誰も不幸にはなりませんのであしからず。本編は女主人公視点です。*前編+中編+後編の三話と、メモ書き+おまけ、で完結。*カクヨム様にも投稿してます。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる