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第一幕

⑱ あなたが作ったのですね。何もかも。

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「やめて! やめてやめてやめて!」

 叫び声とも泣き声ともつかない声が響く度に、少女の身体から感情にまかせるだけの呪いが吹き荒れる。

 だが、その呪いは幼子の駄々と同じで無秩序に荒れ狂うだけだ。

「アイラ。あなたの呪いは私には通じないわ」
「どうして邪魔をするの!? 私と同じなのに! お姉さんも私と同じ、死霊を背中に張り付かせた死人遣いのくせに!」

 だからこそ、ローランには少女の呪いが通用しないのだ。
 その力の使い方が同じだからこそ、ローランには少女の呪術をどう封じればよいのか手に取るように理解出来る。
 だが、それがローランには不思議だった。

(あまりにも母様から受け継いだ術式に似ているわ……)

 アイラの髪と肌の色は紛れもなく、帝国近辺の血筋を意味している。だが、その術式は東方のそれだった。
 であれば、この場所で、少女が攫われたという暗殺者の村で学んだはずはない。

「アイラ。貴女の生まれた場所はどこ? 貴女はどこで、貴女の力を活かす術を学んだの?」
「知らないわ! 覚えてない!」
「思い出して、アイラ。貴女はどこから、攫われてきたというの?」
「知らない! 覚えてない! 私が覚えているのはこの村だけ! 私はここしかない!」
「いいえ。それは違うわ、アイラ。知らないはずがない。だって、貴女の呪術はこの村では学べるはずが無いのだもの。ならば、貴女は術を教えた人のことも、その術を教えた人が住んでいた場所も知っているはずよ。貴女に術を教えたのは誰?」

 ローランの言葉に少女の動きが凍り付いた。

「知らない。私は生まれついて術を使えたわ。黒眼邪視の生まれついての才能だって……」
「アイラ。貴女の生まれ持った能力は確かに強いわ。死霊術師として希有の才能と言っても良い。貴女は生まれながらに立って歩くように死者と対話することが出来たはず。けれど――術は使えないわ。術は生まれながらに習得するものではないわ」
「違うわ。私が自分で思いついたのよ。そうよ。そうに決まっているわ」

 弱々しく呟く少女にローランは彼女によく見えるように、印を組み呪言を唱えてみせた。

「知っているわね、アイラ。呪術師なら、一番最初に習う術よ。死者と自分を隔てる境界。この境界を引くことから呪術師は死霊術師は始まるわ。貴女の思いつきなら、私が知っているはずはない」
「なら、きっとこの村で誰かに教わったのよ。覚えてないけど、きっとそうだわ。お姉さんと同じよ」
「いいえ、アイラ。それはありえないわ。なぜなら、私の術はこの国では誰も知らないのだから。私の術は母様から教わったわ。母様は遙か東の国から私をつれて、この国へとやってきた。アイラ、貴女の使う術は私の生まれた国、遙か東の国のもの。この国のものではない」

 嘘よ、と少女はつぶやき縋るようにあらぬ方に目を向けた。
 そこでは、のんびりと男がクワを振るって地面を掘り進めている。

「嘘よ。答えて。お前は私が赤ん坊の頃に私をこの村に連れてきたっていったわよね? 私は道ばたに棄てられていたから、そのまま攫ってきたんだって!」
「はあ。確かにそういったべなあ」
「なら、お姉さんは嘘をついているのよね!?」
「どうでもいいじゃないですか、アイラさん。今さら関係ねえです」

 男は心底、どうでもいいと言わんばかりに少女に向かって告げた。

「アイラさん。アンタがここでずーっとずーっと、同じことを繰り返していてくれれば、それでいいのす。そうすりゃあ、オラもずーっとここで生きていられるのす。それだけで十分のす。アンタの居場所はここだけです。帰る場所なんてありはしねえす。兵隊なんぞ、また集めればいいのす。そこの娘さんとあすこの坊ちゃんを殺してしまえば、いくらも兵はまた集められるのす」

 一気にそれだけを言ってしまうと、男はクワを振る腕を止めて晴れやかに笑って見せた。

「何も難しいことはねえす。オラ、死にたくねえのす。もうあんな怖ろしい思いはこりごりなのす」
「なにを言ってるの。お前は。私の聞いたことに答えてちょうだい!」
「はあ。なら、答えるのす。その通りす。アイラさんは赤子のころにオラが拾ってきたのす」
「ほら! お姉さん! お姉さんは嘘つきだわ!」

 男の言葉に少女は歓喜の叫びをあげた。だが、どうみても男はアイラに合わせて適当に言っているだけだ。
 なのに、その言葉を疑うことなく受け入れる少女は明らかにおかしい。少女は死霊たちを操りながら、その一方でこの男に操られている。

「なら、私にも教えてくださいな。アイラはどこで術を学んだのかしら? 自分で思いついたの? この村で教わったの? なら、この村ではどうして東方の術を学べたの?」

 ローランは男を睨みつけると、鋭く問いかけた。

「はあ。難しいことを聞く娘さんだべ。そったらこと、のに時間がかかるに決まってるべさ。今すぐに答えられっこね」
「考えるのに時間がかかる? でしょうね。辻褄を合わせる話は簡単には思いつかないわ。貴方が。時間をかけて、少しづつ記憶をすり替えて。この村が滅びた後か、それとも貴方たちが生きていたころからなのかは分かりませんけれど」
「攫った子供に言うことを聞かせるのは大変だべ。根気がいるだ。何にも信じちゃなんね。けど、何にも信じねえでは生きられね。喰うもの飲むもの、疑ってたら餓死しちまうだ。アイラさんはオラを信じることを選んだだけだべ。ありがてえこった」

 悪意の欠片もまったくなく、拝むように男はありがてぇと繰り返した。
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