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第一幕

⑫ やはり、こういう場所はどうにもやりきれません

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 とっくに夜も明けたというのに、古戦場跡に一歩踏み入れたとたんに濃い霧が立ちこめていた。
 少し前を行く護衛の騎士の背中が辛うじて見えるぐらいで、ともすればそれも濃霧に溶け込んで見えなくなりそうになる。

「相変わらず、霧が濃い」

 そう不機嫌に唸ったのはローランとレオンハルトの隣で馬を進めるルドルフだった。

「ここはいつもこうなのか?」
「はい、殿下。死霊を減らせば、かなり見晴らしは良くなるのですが」

 それでも、それほど間をおかずに戻ってしまうのだろう。首筋に入り込んでくる不快な湿気には死霊からしみ出す、独特の魔力が含まれているのがローランには感じられた。

 軽く空を見上げれば、渦巻く濃霧に紛れて死霊がうろうろと所在なげに飛び回っているのがローランの目にはよく見える。
 かなり昔に死んだ霊らしく、もうほとんど人間性は感じとれない。言ってみれば、残骸のようなものだ。

(きっと、惨いことがあったのでしょうね……)

 手綱を軽く当てながら、ローランはかつて戦場で何があったのかに思いを馳せる。
 よほどのことがなければ、これほど厄介な未練が戦場に残ったりはしないはずだ。

 遠くから馬のいななきと騎士たちの叫び声が聞こえる。どうやら、討伐が始まったらしい。ときおりぼんやりと霧の向こうに見える青い光は騎士が死霊の攻撃を防いだ証だった。

「始まりましたな」

 ルドルフの言葉も少ない。いつもならば、先頭をきって騎士団を率いているのだろうが今回は子供と娘のお守りが任務だ。きっと歯がゆい気持ちでいるのだろう。

 今回の討伐では古戦場跡の両端を二手に分かれた騎士団が駆け抜けて、死霊を減らしていくというのが基本方針になっていた。
 
 遊撃隊のローラン達は中央を突っ切りながら、戦場に死霊達を引き留めている『何か』を探す。
 見つかれば、合図代わりの魔法の灯りを打ち上げれば左右に展開した騎士たちが救援に駆けつけるという作戦だ。
 見つからなければ、そのまま遊撃隊は戦場から離脱して別の合図を上げる。
 その場合、騎士たちは一度戦場の外に離脱してから集合し、改めて討伐を再開する。

「それでローラン。その何かとやらは見当がついているのか?」

 馬に揺られながら、ランタンを片手に掲げたレオンハルトが油断なく周囲に目を配る。
 ローランは霧の奥に目を凝らしながら、うなずいた。

「はい。このまま、真っ直ぐ戦場跡のほぼ真ん中の方ですね。そこに何かがあります」
「なぜわかる?」
「死霊の動きをみればわかります。ルドルフ様、何か心当たりはございますか?」

 ルドルフは少し考えて、思い当たりがないと首を振った。

「いえ。中央には何もありませんな。むしろ死霊の数が一番多くなるのは、その周辺です。そこが窪地になっておるのですよ、この戦場跡は」

 戦場では高地を取れば一気に有利になる。上から下へと矢を当てるのは簡単だが逆は難しく、同様に下から攻め込むのも難しい。
 自ら窪地へと嵌まりこむような軍はいないだろう。

「理屈だな。窪地を避けるように軍が激突したと考えれば、その周囲に一番死霊が多い理由も納得出来る――ローラン、中央になにかあるというのは勘違いでは無いか?」
「いいえ。間違いございません。戦の理屈は私にはわかりかねますが、死人の理はよく存じております」

 訝しげなレオンハルトの声をローランはきっぱりと否定した。
 ローランに見えている死霊の動きは、まるで巨大な竜巻のように大きく渦を巻いていた。その竜巻の目のようにぽっかりと真ん中に穴が開いている。

 ルドルフの言うように確かに中央には死霊の気配は感じられず、その周辺が一番多い。だが、その動きは間違いなく中央にある何かに束縛されている。

(むしろ、その何かがあまりにも強すぎて近づけないのかもしれない)

 であれば、一筋縄ではいかないだろう。
 いずれ、必ずそこに何かがあるはずだ。

「となると、死霊の群れを突っ切らねばなりませんな」
「一度、体制を整え直した方が良いか?」

 合図を上げてここに戦力を集中させれば、突破はたやすいだろう。
 だが、それで中央に何も無ければ空振りに終わってしまう。
 その後、さらに浄化のための戦闘を継続することは困難だ。

 ルドルフは遊撃隊となっている部隊の戦力と過去の戦いの経験を照らし合わせた。そこに留まって戦うのはさすがに無茶だが、一丸となって突っ切るだけならばさほど難しくは無い。 

「いや。このまま参りましょう。死霊どもの流れにあわせて、突破するだけなら問題はございませぬ。幸い、死霊除けの魔術具も揃っておりますしな」
「わかった。ルドルフ、指揮は任せる」
「承りましたぞ、殿下。全員、集結せよ! 今より突撃体制を取る!」

 ルドルフの胴間声が濃霧を吹き散らす勢いで轟き渡る。
 思わず、両端に散っている主力部隊まで集結してしまうのではないかというほどの大音声にローランが思わず耳を塞いでいると、視界の端に見慣れない小さな炎がいくつも灯るのがわかった。

「魔法?」

 ローランの呪術では無い。ローランが母から継いだ東方の呪術にはこうした直接的な呪文は含まれていなかった。むしろ、東方の呪術そのものが直接的な破壊には向いていない。

「言っただろう。足手まといにはならんと」

 炎を召喚したレオンハルトは得意そうにローランを見上げたのだった。
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