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第一幕
④ 見習い騎士の憂鬱
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「それで、これが塔の囚人が作ったとかいう魔術具か?」
「はっ」
脂汗を滲ませて畏まる騎士見習いからテーブルに並べられた魔術具に視線を移したルドルフ・オーランドはどうしたものかと自慢の顎髭に手を伸ばした。
テーブルに並べられた魔術具のほとんどは『恋のおまじない』とかいう、よく理解の出来ない代物だ。
なんでも、騎士団の世話を焼いてくれるメイドや宮廷雀の若い女性に飛ぶように売れているらしい。
ちょっとしたきっかけを与えてくれるという他愛の無い魔術具だが、銀貨数枚という破格の値段のせいで注文がまるで追いつかないほどの大人気商品なのだそうだ。
その程度であれば哀れな少女の気晴らしと大目に見るのもさして問題ではなかったが、さすがに目の前の見習い騎士が手に入れたという魔術具は見逃すわけにいかなかった。
「見たところ、ただの胸当てにしか見えませんね」
「こっちも、ただの短剣だよな。つか、胸当ては団支給の普通の鎧だろ」
そう、興味深げに魔術具を覗き込んでいるのは騎士団に属する隊を纏めるバルドルとコンラートだ。
コンラートは故郷に帰れば、爵位も領地も有する貴族の子弟なのだが平民出身のバルドルとは仲が良い。
2人ともタイプこそ違うが、ルドルフの信頼する一騎当千の強者だ。
「そうだ。その胸当ては見習い騎士に与えられる量産品だ。お世辞にも品質が良いとは言えんわけだが……」
ルドルフはコンラートの疑問に答えるように、自らの剣を抜き放った。
刀身から立ち上る、湯気のような淡い光はこの剣が魔力を帯びていることを物語っている。
「フンッ!」
気合い一閃、剣をテーブルの胸当てに振り下ろす。
常識的にはあっさり真っ二つになるはずの胸当ては、しかし青白い輝きと共にルドルフの剣戟をはじき返した。
「え!?」
「嘘だろ、おい!」
驚愕する2人を尻目に、ルドルフはさらに剣を振るう。
その度に胸当ては青白い輝きと共にルドルフの剣を弾き返し、3度目にようやく真っ二つになった。
「というわけだ。どう思う?」
「……驚きました」
貴公子然とした口調のまま、バルドルが呆然と呟く。
そっと彼が指でなぞった切り口は紛れもなく安物の材質だ。決して、見習いの鎧の品質がこっそり上がっていたわけではない。
「テオ。それで、この胸当てにいくら払ったと言った?」
「半金貨1枚でございます」
畏まったままのテオが恐る恐る、ローランに支払った金額を口にする。
それを聞いたコンラートとバルドルは何とも言いがたい珍妙な表情でその場に凍り付いた。
「半金貨? 見習い。怒らないから言ってみろ。大金貨だろ? そんな大金、どっから引っ張ってきたかは聞かないでおいてやる。白状しろ、大金貨だな?」
テオの言う半金貨とは、見習いの給料2ヶ月分に相当する。半人前の給料だから、半金貨というわけだ。
一方、大金貨とは金貨のさらに上位の貨幣で金貨50枚に値する。半金貨なら、実に100枚分。見習いの給料だとざっくり16年とちょっと。
それでもエンチャントされた魔法の防具としてはかなりの破格だ。
それ以前に、そもそも見習いの鎧なんかにエンチャントを施せるはずが無いのだ。
魔力を込めるにはそれ相応の素材が必要になるし、そういう素材はそれだけでとんでもない値段になる。
「まあ、安いだけあって永続的なエンチャントというわけではないらしいがな。今見たように、幾度か攻撃を受ければ効果は消失する」
それでも、十分だがなとルドルフは心の中で付け加えた。
1度の戦いの中で、何度も何度も攻撃を受けていては命がいくつあっても足りはしない。命を落とす騎士や兵士のほとんどは、不運な一撃がきっかけで本来の力を発揮出来なくなり死に至る。
それは幾度も実践をくぐり抜けてきた2人も同じ考えだった。声を揃えて、使い捨てでも安すぎるとうなずいていた。
「団長。これは買いでしょう」
「コンラートの言うとおりだと、私も思います。半金貨1枚なら、見習いでも十分に出せる金額です。なんなら団で立て替えても良い。見習いを正騎士に育て上げることを考えれば安い買い物です」
「儂もそう思う。正直、団で正式に採用しても構わんぐらいだ。だがな……問題はこ魔術具を作ったのが、囚人だというのがな」
ヘプトアーキー帝国は別名を『呪われた帝国』などと言われるだけあり、伝統的に死霊や妖魔に対抗するための魔術具は他の大陸諸国に比べてかなり発展している。
しかし、その発展はともすれば術者を選ばぬ代わりに高価な素材をふんだんに必要とするという方向へと進化しており、とにかくコストが馬鹿にならない。
おまけにイタチごっことでも言うべきか、帝国の古戦場跡や廃城、そして他ならぬ宮廷に色濃く残る呪いや死霊はヘプトアーキーの退魔術に対して耐性がついている。
そこに降ってわいてきたローランの魔術具は喉から手が出るほど欲しい。
欲しいのだが、婚約者と自らの家族を呪殺したという疑いをかけられている囚人を大っぴらに採用するのはさすがに騎士団の裁量を越えている。
「ですが、団長。あの塔にいるということは――そういうことでしょう?」
「証拠は無いがな」
バルドルの言葉にルドルフは重々しくうなずいた。
あの塔に入れられる囚人の罪状がただの名目だということは帝国では、誰もが知ってはいるが口には出せない公然の秘密だ。
ルドルフ自身、これまでに何人も権力争いに巻き込まれ無実の罪で狂い死んでいった貴族を知っている。
その悲劇の貴族が死霊となって仲間を引き寄せるというのだから、とことん救われない話だ。
「まして、中央の伯爵家が絡んでおる。こちらもそれ相応の後ろ盾が無いと話にならん」
言い換えれば、確固たる後ろ盾があれば無罪放免はさすがにあり得ないにしても行動の自由ぐらいはなんとか確保出来るはずだ。
「団長。ひょっとして」
それなりに家格の高い貴族の一員であるコンラートは、ルドルフの言葉にピンと来る物があったらしい。1人グッドアイデアとばかりにうなずいている。
「レオンハルト殿下にお話してみようと思う」
「で、殿下!?」
ルドルフがその名前を口にしたとたん、それまで縮こまっていたテオが悲鳴じみた叫び声を上げた。
何事だとばかりに3人の視線がテオに集中する。
魔術具に明るくないテオにしてみれば、少しでも良い武具が手に入ればぐらいの気持ちだった。あとは妹のアルマに押し切られたというのもある。
だが、そうやって給料ンヶ月分と引き換えに手に入れた武具はテオの想像を遙かに上回るものだった。
これは1人で抱え込む秘密では無いと、慌てて上官に報告したのだが、まさか騎士団トップ3が問題視した挙げ句、雲上人にまで飛び火するような大事になるとは夢にも思っていなかった。
テオ自身が何かしらの責任をとることは免れないにしても、アルマの連座だけは避けなくては。
そんな悲壮な覚悟を決めて立ち上がる。
「だ、団長殿! 隊長殿! 勝手をいたしまして、申し訳ございませんっ! この責は俺……私1人に帰するところです! 何とぞ、囚人の世話係の連座だけは……」
いきなり声を張り上げた見習いの騎士を見つめていた3人はぽかんとした後に堰を切ったように声をあげて笑い出した。
「何を言っておる。誰もお主を責めてなどおらんわい。いずれ許可を出したのは儂なのだから、儂の責任よ。ヒヨコに押しつけるほど耄碌はしとらん。が、まあその物言いは殊勝よな」
フム、と暫く視線を宙にさまよわせた跡、ルドルフはヨシと強くうなずいた。
「テオと言ったな。儂と一緒に殿下に、その娘がどんな者かをご説明してさしあげろ。こういうことは伝聞だと要らぬ偏見が混じるからな。なに、心配するな。殿下はさほど礼儀作法に煩い方では無い。これも勉強だと思え」
「だ、団長!? そ、そんな。俺、じゃない私ごときがですか!?」
今度こそ、本気の悲鳴を上げるテオにルドルフは満足そうにうなずいてみせた。
「はっ」
脂汗を滲ませて畏まる騎士見習いからテーブルに並べられた魔術具に視線を移したルドルフ・オーランドはどうしたものかと自慢の顎髭に手を伸ばした。
テーブルに並べられた魔術具のほとんどは『恋のおまじない』とかいう、よく理解の出来ない代物だ。
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ちょっとしたきっかけを与えてくれるという他愛の無い魔術具だが、銀貨数枚という破格の値段のせいで注文がまるで追いつかないほどの大人気商品なのだそうだ。
その程度であれば哀れな少女の気晴らしと大目に見るのもさして問題ではなかったが、さすがに目の前の見習い騎士が手に入れたという魔術具は見逃すわけにいかなかった。
「見たところ、ただの胸当てにしか見えませんね」
「こっちも、ただの短剣だよな。つか、胸当ては団支給の普通の鎧だろ」
そう、興味深げに魔術具を覗き込んでいるのは騎士団に属する隊を纏めるバルドルとコンラートだ。
コンラートは故郷に帰れば、爵位も領地も有する貴族の子弟なのだが平民出身のバルドルとは仲が良い。
2人ともタイプこそ違うが、ルドルフの信頼する一騎当千の強者だ。
「そうだ。その胸当ては見習い騎士に与えられる量産品だ。お世辞にも品質が良いとは言えんわけだが……」
ルドルフはコンラートの疑問に答えるように、自らの剣を抜き放った。
刀身から立ち上る、湯気のような淡い光はこの剣が魔力を帯びていることを物語っている。
「フンッ!」
気合い一閃、剣をテーブルの胸当てに振り下ろす。
常識的にはあっさり真っ二つになるはずの胸当ては、しかし青白い輝きと共にルドルフの剣戟をはじき返した。
「え!?」
「嘘だろ、おい!」
驚愕する2人を尻目に、ルドルフはさらに剣を振るう。
その度に胸当ては青白い輝きと共にルドルフの剣を弾き返し、3度目にようやく真っ二つになった。
「というわけだ。どう思う?」
「……驚きました」
貴公子然とした口調のまま、バルドルが呆然と呟く。
そっと彼が指でなぞった切り口は紛れもなく安物の材質だ。決して、見習いの鎧の品質がこっそり上がっていたわけではない。
「テオ。それで、この胸当てにいくら払ったと言った?」
「半金貨1枚でございます」
畏まったままのテオが恐る恐る、ローランに支払った金額を口にする。
それを聞いたコンラートとバルドルは何とも言いがたい珍妙な表情でその場に凍り付いた。
「半金貨? 見習い。怒らないから言ってみろ。大金貨だろ? そんな大金、どっから引っ張ってきたかは聞かないでおいてやる。白状しろ、大金貨だな?」
テオの言う半金貨とは、見習いの給料2ヶ月分に相当する。半人前の給料だから、半金貨というわけだ。
一方、大金貨とは金貨のさらに上位の貨幣で金貨50枚に値する。半金貨なら、実に100枚分。見習いの給料だとざっくり16年とちょっと。
それでもエンチャントされた魔法の防具としてはかなりの破格だ。
それ以前に、そもそも見習いの鎧なんかにエンチャントを施せるはずが無いのだ。
魔力を込めるにはそれ相応の素材が必要になるし、そういう素材はそれだけでとんでもない値段になる。
「まあ、安いだけあって永続的なエンチャントというわけではないらしいがな。今見たように、幾度か攻撃を受ければ効果は消失する」
それでも、十分だがなとルドルフは心の中で付け加えた。
1度の戦いの中で、何度も何度も攻撃を受けていては命がいくつあっても足りはしない。命を落とす騎士や兵士のほとんどは、不運な一撃がきっかけで本来の力を発揮出来なくなり死に至る。
それは幾度も実践をくぐり抜けてきた2人も同じ考えだった。声を揃えて、使い捨てでも安すぎるとうなずいていた。
「団長。これは買いでしょう」
「コンラートの言うとおりだと、私も思います。半金貨1枚なら、見習いでも十分に出せる金額です。なんなら団で立て替えても良い。見習いを正騎士に育て上げることを考えれば安い買い物です」
「儂もそう思う。正直、団で正式に採用しても構わんぐらいだ。だがな……問題はこ魔術具を作ったのが、囚人だというのがな」
ヘプトアーキー帝国は別名を『呪われた帝国』などと言われるだけあり、伝統的に死霊や妖魔に対抗するための魔術具は他の大陸諸国に比べてかなり発展している。
しかし、その発展はともすれば術者を選ばぬ代わりに高価な素材をふんだんに必要とするという方向へと進化しており、とにかくコストが馬鹿にならない。
おまけにイタチごっことでも言うべきか、帝国の古戦場跡や廃城、そして他ならぬ宮廷に色濃く残る呪いや死霊はヘプトアーキーの退魔術に対して耐性がついている。
そこに降ってわいてきたローランの魔術具は喉から手が出るほど欲しい。
欲しいのだが、婚約者と自らの家族を呪殺したという疑いをかけられている囚人を大っぴらに採用するのはさすがに騎士団の裁量を越えている。
「ですが、団長。あの塔にいるということは――そういうことでしょう?」
「証拠は無いがな」
バルドルの言葉にルドルフは重々しくうなずいた。
あの塔に入れられる囚人の罪状がただの名目だということは帝国では、誰もが知ってはいるが口には出せない公然の秘密だ。
ルドルフ自身、これまでに何人も権力争いに巻き込まれ無実の罪で狂い死んでいった貴族を知っている。
その悲劇の貴族が死霊となって仲間を引き寄せるというのだから、とことん救われない話だ。
「まして、中央の伯爵家が絡んでおる。こちらもそれ相応の後ろ盾が無いと話にならん」
言い換えれば、確固たる後ろ盾があれば無罪放免はさすがにあり得ないにしても行動の自由ぐらいはなんとか確保出来るはずだ。
「団長。ひょっとして」
それなりに家格の高い貴族の一員であるコンラートは、ルドルフの言葉にピンと来る物があったらしい。1人グッドアイデアとばかりにうなずいている。
「レオンハルト殿下にお話してみようと思う」
「で、殿下!?」
ルドルフがその名前を口にしたとたん、それまで縮こまっていたテオが悲鳴じみた叫び声を上げた。
何事だとばかりに3人の視線がテオに集中する。
魔術具に明るくないテオにしてみれば、少しでも良い武具が手に入ればぐらいの気持ちだった。あとは妹のアルマに押し切られたというのもある。
だが、そうやって給料ンヶ月分と引き換えに手に入れた武具はテオの想像を遙かに上回るものだった。
これは1人で抱え込む秘密では無いと、慌てて上官に報告したのだが、まさか騎士団トップ3が問題視した挙げ句、雲上人にまで飛び火するような大事になるとは夢にも思っていなかった。
テオ自身が何かしらの責任をとることは免れないにしても、アルマの連座だけは避けなくては。
そんな悲壮な覚悟を決めて立ち上がる。
「だ、団長殿! 隊長殿! 勝手をいたしまして、申し訳ございませんっ! この責は俺……私1人に帰するところです! 何とぞ、囚人の世話係の連座だけは……」
いきなり声を張り上げた見習いの騎士を見つめていた3人はぽかんとした後に堰を切ったように声をあげて笑い出した。
「何を言っておる。誰もお主を責めてなどおらんわい。いずれ許可を出したのは儂なのだから、儂の責任よ。ヒヨコに押しつけるほど耄碌はしとらん。が、まあその物言いは殊勝よな」
フム、と暫く視線を宙にさまよわせた跡、ルドルフはヨシと強くうなずいた。
「テオと言ったな。儂と一緒に殿下に、その娘がどんな者かをご説明してさしあげろ。こういうことは伝聞だと要らぬ偏見が混じるからな。なに、心配するな。殿下はさほど礼儀作法に煩い方では無い。これも勉強だと思え」
「だ、団長!? そ、そんな。俺、じゃない私ごときがですか!?」
今度こそ、本気の悲鳴を上げるテオにルドルフは満足そうにうなずいてみせた。
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