上 下
4 / 68
第一幕

② それではここから稼ぎましょう

しおりを挟む
 アルマから受け取った護符は柔らかい金属の糸で編んだ布に精緻な魔法陣を施したとても凝ったものだった。

 よくよく目を凝らせば、ぼんやりと青白く糸の一本一本が魔力を帯びているのがわかる。こんなことは普通の金属ではありえない。
 
「え? ちょっと……まさかミスリル銀!? 嘘でしょ? バカじゃ無いの!?」

 ミスリルと言えば、押しも押されぬ魔術素材だ。魔法と馴染みやすく、どんな魔法も込めることが出来る。それだけに値段もまた素晴らしい。
 こんなものを使えば、確かに金貨が吹っ飛んでもおかしくはない。

 おかしくはないが、たかが低級妖魔を退ける程度の護符にこんな高価な素材を使う理由がわからない。
 マジマジと護符に刻まれた魔法陣を指でたどったローランは、やがて母から教わった東方式の呪術とヘプトアーキー帝国で使われている西方式の魔法は発想が根本から異なっていることに気がついた。

「なんて、もったいない……」

 東方式では目的に合わせて、術式を組む。呪術者のレベルに大きく左右されるが、シンプルで無駄が無く、何よりも懐に優しい。
 一方、アルマが壊してしまった西方式の護符は術者のレベルに左右されないように素材でカバーしていた。
 
 これでは確かに爵位持ちの貴族ぐらいにしか手を出すことは出来ないだろう。アルマが真っ青になるのもよくわかる。

「ねえ、アルマ。この国の魔術具って、みんなこの護符のように高価なのかしら?」
「そ、そんなに詳しくはないですけど……私みたいな身分の低い者に預けるぐらいですから、きっと他の魔術具はもっと高価だと思いますよ?」
「それじゃあ、領地や爵位を持っている貴族はともかく、下級の貴族や平民には手が届かないんじゃないのかしら?」

 生まれ故郷のことはもうボンヤリとしか覚えていないが、少なくとも呪術が貴族の専売特許だったという記憶は無い。
 魔物や泥棒除けの呪術具はちょっとした商会なら、どこでも当たり前のようにつかっていたはずだ。

「魔術具なんて高価なもの、平民や下級貴族が使えるわけないじゃないですか。普通は縁なんかないですよ。せいぜい、ポーションだとか毒消しだとか、ちょっと魔法で加工したお薬ぐらいです」
「嘘でしょう……」
 
 ローランなら、もっと安価に色々な魔術具を作ることが出来る。

 この国とは系統の違う東方式の呪術を母から受け継いだということもあって、あえてこの国の魔法には触れずに来たのが仇となった。

 よもやこんなところに商売の種が転がっていようとは。

「……不覚だわ。私ともあろうものが、まさかこんな金貨の生る木を見逃していたなんて」
「え?」

 おもわずドスの効いたローランのつぶやきに、アルマは思わず顔をあげた。

「ねえ、アルマ。私はこう見えても、附呪の魔法を使えるのだけど。良かったら、もう少しマシなものを作ってあげましょうか?」

 アルマの護符は素材こそ高価だが、魔法陣から読み取れる術式は大したものではない。ローランからみれば、見習いの習作レベルだ。

「ほ、本当ですか! い、言っておきますけどお金無いですよ、アタシ!」
「5枚」

 バッと喜びに顔を赤らめたアルマにローランはズバッと対価を告げる。

 いくら獄中生活で世話になっているとは言え、ローランの商魂が「タダ」という言葉を許さない。正統な対価は必要だ。

 それでも金貨10枚に比べればタダのような値段である。

 だが、アルマはローランの告げた価格を魔術具の常識的な価値から金貨と判断したらしい。崖から突き落とされた羊のような悲鳴をあげてローランにすがりついた。

「だから、お金無いって言ってるじゃないですか! 金貨なんて5枚でも10枚でも同じです! もっと安くしてくださいよう!」
「金貨!? 銀貨に決まってるでしょう。金貨を貰うほどの仕事じゃないわよ。それに貴女にはいろいろとお世話になってるわけだし。まあ、お友達価格で、そうね……今回限りで3枚までは考えてもいいけど」

 思わずアルマの迫力に気圧されて、さっそく値引いてしまう。
 ローラン自身は自分に商才があると信じているが、実はあまりこちらの才能はないのかもしれない。

 それはともかく、銀貨と聞いたアルマはローランにすがりつく腕に力を込めてさらに、にじり寄った。

「ほ、本当ですよね! 嘘だったら怒りますよ! ご飯抜いちゃいますよ!」
「ほ、本当よ。疑うなら後払いでもいいから、どうかしら?」
「買います! 銀貨3枚は痛いけど、金貨よりずっとマシです!」
「あの、5枚が適正な……」
「3枚ですよね! ありがとうございます!」

 押し切られてしまったが、とりあえず商談は成立した。

 なんとなく、巧妙に値切られただけじゃないかしらと納得出来ない気分は残るものの、契約は契約である。
 ローランは粗末な寝具の布を切り取ると、そこに必要な素材を書き出した。

「悪いけど、これを用意してくれないかしら。何しろ、何もないから……」
「高価な素材は無理ですよ。ええと、羊皮紙にインク。それから筆? 筆って絵筆ですか?」
「ええ、大丈夫よ。その代わり、出来るだけ細いものをお願いね。それからインクはなるたけ黒いものを。青いのや茶色のは使えないから気をつけて」
「これだけですか? ミスリルも宝珠も何もなし?」
「ええ。これなら銀貨5枚も納得でしょ?」

 狐に化かされているような顔つきで、なんども書き付けとローランの顔を見比べる。ややあって、半信半疑といった感じでアルマはこくりとうなずいた。

「良かった。それから、これはお願いなんだけど……もし、私の作る護符に満足してもらえたら仕事仲間に宣伝してくれないかしら? もちろん、手数料は払うわよ?」
「それはいいですけど……何か意味があるんですか?」
「地獄の沙汰もお金次第っていうでしょ?」

 いまいち、ピンとこないというアルマにローランはにっこりとうなずいてみせた。確かに囚人がお金を稼いでも使い道が無いと普通は思うだろう。

 だが、ローランには別の思惑があった。

 おそらく、ローランに下される判決は奴隷落ちだろう。
 シルヴィアが伯爵家に嫁ぐという契約がなされている以上、ローランが死罪となることはないはずだ。
 死罪となればさすがにフッガー男爵家も咎が及ぶ。
 それは義妹も義母も避けたいに違いない。

(奴隷ならば、買えるのよね。問題は私の値段だけど……)

 金銭で売り買いされる奴隷ならば、自分自身で買い取ることも理論的には可能だ。問題はローランにいくらの値が付くかということだが、オークション形式で売り飛ばされるので、こればかりはわからない。

(さ。頑張って稼がないと!)

 これ以上、あの義妹や義母の思い通りになってたまるものか。自由を手に入れて、なんとしてもアウグストから母の形見を取り返すのだ。

 ローランは気合いを入れると、冷え切った食事にナイフとフォークを突き入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。

水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。 兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。 しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。 それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。 だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。 そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。 自由になったミアは人生を謳歌し始める。 それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

処理中です...