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残滓
帰国
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とんだ春休みだったが私たちは無事に帰ってきた。若も真理亜も何も言わずにただ納得したという表情で荷物の片付けをしている。
整理する暇もない。世界が終わるのも時間の問題だ。
明日からは新学期が始まり。私は三年生になるのだが、学校へは行けないだろう。その旨を若に伝えると「学校に席は残しておくべきだ」と言った。食ってかかろうとしたが別段、辞める理由もなく開くだけ開けた口を閉じて、小さく頷いた。
〈続いてのニュースです。ギリシャ大手の・・・〉
テレビからは、ドーリアカンパニーが地震の被害で倒壊したというニュースが読まれていた。そして肝心のセルバンは、行方不明者のリストに載っていた。またその下には私が捕まっていた時に見かけたメンバーの写真が続けざまにながされていた。
何がしかの洗脳状態にあったのかもしれない。写真の彼らは見るからに温厚そうな面持ちで、あの秘書の女性でさえ柔らかな笑みの写真が扱われていた。
あそこにいた人たちもきっと本当は・・・いや、今さら何を考えても変わらない。時間は神とて操れない。一方通行で歩いた道は振り返れば崖となる。
夕食を済ませ外出すると家を飛び出した。何があるわけでもないが少し夜風にあたりたいと思った。
生温かい外気を感じる。こうした一人の夜は久しぶりだった。宅地を抜けて丘を少し行くと街を一望できる公園がある。
桜の木が春の風に花びらを乗せて行く。春が来た。実りの季節ではあるが、ここはまだ涼しい。そして、見下ろす街の灯りが一つまた一つと消えて行く。若に以前貰った懐中時計の長針は午後十一時を指そうとしていた。
「長居しちゃたわね。私は彼女を止められるの」
薄明かりに照らされた桜の木に独白する。その時公園に上がってくるための階段から足音が聞こえてきた。
はじめに頭が見える。艶のある黒髪だ次に額そして目元、顎。それが誰なのか私は知っている。櫻田美麗。
「どう・・・して、どうしてここに」
「・・・・・」
俯向き、疲れたようにこちらへ近づく。一歩また一歩こちらへ近づいてくるにつれ、彼女は美麗ではないと強く感じる。そう彼女は「ガイア」だ。
北ノ峰高校の制服を着て、私の横でぐったりと高台の手すりに肘をついてニヤリと口元をゆがめた。
「そう身構えずとも良い、楽にせよ。何、我はただ嵐の幕開けを告げに来ただけよ」
「・・・・・ッ」
「ん。なんだ、遊ぶ余裕もないのかえ。面白みのない、ああこの少女の姿を見て驚いておるのか。そなたが好んでいたようなのでな。こちらの方が話しやすかろうて。じゃが杞憂だったかのう。ではな最期の時を待つが良い。この星の真の姿を人類は目にするだろう」
強風が足下から吹き荒れ咄嗟に目をつむり再び開けた時には彼女の姿はなかった。
アレはもう神などという次元を超えた存在。全知全能をもってしてもその根源には届かない。どうあっても、どう足掻いてもあの神、ガイアに対抗する力がない。
私にはわかってしまう。今のままでも、変わったとしても生命の根源に立ち向かうなど不可能だ。
「全く聞いて呆れるな」
「誰」
「誰だと、おいおいもう私の声を忘れたか」
桜の木陰から姿を現したのはクロノス、父さんだった。
「この星の真の姿だと奴は馬鹿かこの星には元からそんなものはありはしないだろうに」
「父さん、それはどういう」
「真の姿とはなんだ。ん。そんなものその辺の土でも眺めていれば良いだけだ。何を偉そうに、ハッこの星なぞ元を正せばただの石ころだろうが」
「へっへー」
この子供みたいなオヤジは正気だろうか。私はそちらの方が気になる。地球を石ころと言い放つ彼の心情は理解しかねる。
「自慢じゃないが、生憎と俺は父親殺しだ。なんで、奴のことも母親などと思うと吐き気がする。あーヤダヤダ。だがまあウラノスを殺したのは人類ときたか。人類ザマァだな」
な、ななな、なんと言ったかこの馬鹿オヤジは「人類ザマァ」だとやはりあの時闇に葬りさるのが世のため人のためだったとは悔やんでも悔やみきれない。
「それで我が娘はどうするかな。あの時私が父を殺したのは兄妹のためだった。お前に守るべき価値のものがあるのなら、その命をかけて戦い抜くが良い」
それだけいうと父さんは背を向けて高台の階段を下りて行った。一人取り残された私は、ただ考える。
兄妹のためか。私にとっては兄姉なのだが、もちろん彼らの今後もどうなるかわからない。ガイアが人類粛正を成した後のことなど神とて知り得ない。我が父クロノスを除いては明日のことなど知る由もなく、今日を懸命に生きるのみだ。
「父さんまた行っちゃったな」
クロノスは余生を時間旅行で楽しむと言っていた。彼だけが今であり、未来であり、過去である。言ってしまえば、時間の超越者だが調律者だ。正しく地球を運営することしかできないのだから、彼とて自由ではないのだろう。そんな彼がわざわざここに来て、この時代の私に言葉を残した。それだけでも意味がある・・・あるのだが、この裏の意図は一体なんなのだろうか。
私は未全知、未全能だから思考するしかないわけだ。
「でもこれじゃ、まるで・・・・」
そこまで言って私はベンチに腰掛けようと屈み込んだとき、桜の木の下で何かがキラリと光った。
何かあるのだろうかと、近づいてみると月桂樹の装飾が施されたロケットだった。楕円の形でチェーンが付いていて首から下げるみたいだ。
「中、覗いたらダメだよね。でも中身ないと誰のかわからないし」
必要悪。不可抗力。よくわからないけど、仕方ないと言い聞かせ中を拝見した。
「コレって、奏花と華蓮」
中の写真は同じクラスの田島奏花と美沢華蓮そして中心で少し屈んで写っているのは、
「櫻田・・・美麗・・・」
中身は違うが、彼女とは先程ほんの数分前にあったばかりなので、見間違うはずもない。この人物は紛れもなく櫻田美麗その人だ。
「こんなものがどうしてここに」
直接、二人に聞くのがいい。幸いなことに明日から新学期、学校に行く理由を探していた私にとっては、好都合な出来事だ。
四月になったとはいえまだ冷える。ひとまず帰ろう、明日の朝は早い十分に休息を取って、この胸に支えた焦燥を今は隠さなければなるまい。皆を不安にさせては神の名も廃る。
それに若はあの通り心配性だから、遅くなるとまた面倒なことになるしね。
私はこの街の夜景を最後に一度見据えて高台の公園を下りて行った。
整理する暇もない。世界が終わるのも時間の問題だ。
明日からは新学期が始まり。私は三年生になるのだが、学校へは行けないだろう。その旨を若に伝えると「学校に席は残しておくべきだ」と言った。食ってかかろうとしたが別段、辞める理由もなく開くだけ開けた口を閉じて、小さく頷いた。
〈続いてのニュースです。ギリシャ大手の・・・〉
テレビからは、ドーリアカンパニーが地震の被害で倒壊したというニュースが読まれていた。そして肝心のセルバンは、行方不明者のリストに載っていた。またその下には私が捕まっていた時に見かけたメンバーの写真が続けざまにながされていた。
何がしかの洗脳状態にあったのかもしれない。写真の彼らは見るからに温厚そうな面持ちで、あの秘書の女性でさえ柔らかな笑みの写真が扱われていた。
あそこにいた人たちもきっと本当は・・・いや、今さら何を考えても変わらない。時間は神とて操れない。一方通行で歩いた道は振り返れば崖となる。
夕食を済ませ外出すると家を飛び出した。何があるわけでもないが少し夜風にあたりたいと思った。
生温かい外気を感じる。こうした一人の夜は久しぶりだった。宅地を抜けて丘を少し行くと街を一望できる公園がある。
桜の木が春の風に花びらを乗せて行く。春が来た。実りの季節ではあるが、ここはまだ涼しい。そして、見下ろす街の灯りが一つまた一つと消えて行く。若に以前貰った懐中時計の長針は午後十一時を指そうとしていた。
「長居しちゃたわね。私は彼女を止められるの」
薄明かりに照らされた桜の木に独白する。その時公園に上がってくるための階段から足音が聞こえてきた。
はじめに頭が見える。艶のある黒髪だ次に額そして目元、顎。それが誰なのか私は知っている。櫻田美麗。
「どう・・・して、どうしてここに」
「・・・・・」
俯向き、疲れたようにこちらへ近づく。一歩また一歩こちらへ近づいてくるにつれ、彼女は美麗ではないと強く感じる。そう彼女は「ガイア」だ。
北ノ峰高校の制服を着て、私の横でぐったりと高台の手すりに肘をついてニヤリと口元をゆがめた。
「そう身構えずとも良い、楽にせよ。何、我はただ嵐の幕開けを告げに来ただけよ」
「・・・・・ッ」
「ん。なんだ、遊ぶ余裕もないのかえ。面白みのない、ああこの少女の姿を見て驚いておるのか。そなたが好んでいたようなのでな。こちらの方が話しやすかろうて。じゃが杞憂だったかのう。ではな最期の時を待つが良い。この星の真の姿を人類は目にするだろう」
強風が足下から吹き荒れ咄嗟に目をつむり再び開けた時には彼女の姿はなかった。
アレはもう神などという次元を超えた存在。全知全能をもってしてもその根源には届かない。どうあっても、どう足掻いてもあの神、ガイアに対抗する力がない。
私にはわかってしまう。今のままでも、変わったとしても生命の根源に立ち向かうなど不可能だ。
「全く聞いて呆れるな」
「誰」
「誰だと、おいおいもう私の声を忘れたか」
桜の木陰から姿を現したのはクロノス、父さんだった。
「この星の真の姿だと奴は馬鹿かこの星には元からそんなものはありはしないだろうに」
「父さん、それはどういう」
「真の姿とはなんだ。ん。そんなものその辺の土でも眺めていれば良いだけだ。何を偉そうに、ハッこの星なぞ元を正せばただの石ころだろうが」
「へっへー」
この子供みたいなオヤジは正気だろうか。私はそちらの方が気になる。地球を石ころと言い放つ彼の心情は理解しかねる。
「自慢じゃないが、生憎と俺は父親殺しだ。なんで、奴のことも母親などと思うと吐き気がする。あーヤダヤダ。だがまあウラノスを殺したのは人類ときたか。人類ザマァだな」
な、ななな、なんと言ったかこの馬鹿オヤジは「人類ザマァ」だとやはりあの時闇に葬りさるのが世のため人のためだったとは悔やんでも悔やみきれない。
「それで我が娘はどうするかな。あの時私が父を殺したのは兄妹のためだった。お前に守るべき価値のものがあるのなら、その命をかけて戦い抜くが良い」
それだけいうと父さんは背を向けて高台の階段を下りて行った。一人取り残された私は、ただ考える。
兄妹のためか。私にとっては兄姉なのだが、もちろん彼らの今後もどうなるかわからない。ガイアが人類粛正を成した後のことなど神とて知り得ない。我が父クロノスを除いては明日のことなど知る由もなく、今日を懸命に生きるのみだ。
「父さんまた行っちゃったな」
クロノスは余生を時間旅行で楽しむと言っていた。彼だけが今であり、未来であり、過去である。言ってしまえば、時間の超越者だが調律者だ。正しく地球を運営することしかできないのだから、彼とて自由ではないのだろう。そんな彼がわざわざここに来て、この時代の私に言葉を残した。それだけでも意味がある・・・あるのだが、この裏の意図は一体なんなのだろうか。
私は未全知、未全能だから思考するしかないわけだ。
「でもこれじゃ、まるで・・・・」
そこまで言って私はベンチに腰掛けようと屈み込んだとき、桜の木の下で何かがキラリと光った。
何かあるのだろうかと、近づいてみると月桂樹の装飾が施されたロケットだった。楕円の形でチェーンが付いていて首から下げるみたいだ。
「中、覗いたらダメだよね。でも中身ないと誰のかわからないし」
必要悪。不可抗力。よくわからないけど、仕方ないと言い聞かせ中を拝見した。
「コレって、奏花と華蓮」
中の写真は同じクラスの田島奏花と美沢華蓮そして中心で少し屈んで写っているのは、
「櫻田・・・美麗・・・」
中身は違うが、彼女とは先程ほんの数分前にあったばかりなので、見間違うはずもない。この人物は紛れもなく櫻田美麗その人だ。
「こんなものがどうしてここに」
直接、二人に聞くのがいい。幸いなことに明日から新学期、学校に行く理由を探していた私にとっては、好都合な出来事だ。
四月になったとはいえまだ冷える。ひとまず帰ろう、明日の朝は早い十分に休息を取って、この胸に支えた焦燥を今は隠さなければなるまい。皆を不安にさせては神の名も廃る。
それに若はあの通り心配性だから、遅くなるとまた面倒なことになるしね。
私はこの街の夜景を最後に一度見据えて高台の公園を下りて行った。
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