angel observerⅡ 六神の加護

蒼上愛三(あおうえあいみ)

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攻防

櫻田美麗

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 私は今セルバンと相対していた。目前の彼の余裕のある笑みはあいもかわらず、こちらがやってくることを予期していたかのような超然とした態度であった。
「よくきた茶でも淹れさせよう」
「生憎だがこちらは急ぎの用があってね。ゆっくり茶を飲む時間などないのだよ。御老体」
「カカカ。最近の若者は全く遊びがない。よかろう、だがひとつだけ良いか全ての現象における原因はワシではない」
 そんな、彼が原因でなければ誰がこんなことを。それに彼は世界淘汰の宣言をしている。それだけで証拠は十分だった。
 しかし彼はさらりと自らの無罪を主張した。
「じゃあ、誰が一連の事件の黒幕なの」
 老人の眉がピクリと上がる。
「それを考えるのが君たちの役割じゃないかな。教えてどうする。私は敵だぞ」
 セルバンと私たちがいるのは彼の会社の一階ロビーで、彼は中央の大きな階段の上にいて、私とオケアノスはそれを見上げる形でその場にいた。吹き抜けになった天上の天窓から一人の少女がガラスを破り降り立つ。
 およそだが、数十階あるところから自由落下で降りてきた。
 私だけでないその場にいた誰もが少女を見つめた。
「殲滅します」
 ポソリと呟かれたそれが合図だった。少女が最初に捉えた獲物は私たちではなくセルバンだった。
 彼女の着地時に巻き上がった砂埃が落ち着いてきた頃には、ボトリと鈍い音を立てて、セルバンの首が階段を転がり落ちていた。
 私は「ウブっ」と吐き気を覚えたが、口に手を当ててなんとか堪える。
「君の目的は我々の排除ではないのか」
「違います。私の任務は人類の排除です。があなたたちは人類と異なります。それに戦力的にこの人物の方が低かったので優先的に消去したまでのこと」
 足下にあるセルバンの死体は黒い煙を吐き出してしぼんでいく。
 私の思い違いでなければ、あの煙は彼女の体にまとわりついてはいないだろうか。
「死してなお私を呪おうと・・・いいですよ。あなたのその呪い甘んじて受けましょう」
 そう言うと彼女はその場に倒れ込んでしまった。何が起きているのかてんでわからない私たちは、倒れた彼女の様子を伺う。
 どうやら本当に意識はないようだ。するとオケアノスが驚いたように声を上げた。
「まさか・・・」
「どうしたの」
「この少女は人間だ」
「そう、やっぱり」
「なんだ気がついていたのか」
「なんとなくよ。気配が、毛色がちょっと違うような気がしての」
 人間だということは驚いたが、天使でないことは薄々感じ取れていた。出会った時から纏っていたオーラみたいなものに違和感を感じていたのだ。
「あら、揃っているわね二人とも」
 妙に慣れてしまったこの声、それと嫌にシリアスな雰囲気を壊してしまう発言。そうプルトだ。
「ちょっと面倒なことになりそうだと思って見に来たのよ。まあ、案の定て感じかしら。うふ」
「冥界の紳士が何ようだ。冥界を離れてしまっても良いのかな」
「んもう、いま言ったじゃないの。だ・け・ど、いい男だから許しちゃうわ」
 そうだ、冥界は入るのは簡単だが出るのは難しい場所だ。げんにこのオカマは私をロケットにくくりつけて外へ放り出した張本人である。
 そういえばあの時の文句を言っていない。
「それで面倒なことって何なの」
「それはね彼女の主人はセルバンじゃなかったってことよ。セルバンの魂は体が誰かに持ち去られたと言っていたわ。こっちは埋葬だからねえ、入れてすぐ掘り起こせば状態のいい体が手に入るわけだけど、全く人の仕事増やさないで欲しいものだわ」
 プルトは鼻を鳴らして腕を組む。彼女は未だ動かない。やはりこれは、前回の神田聖司の件と同様かもしれない。
「心に入るしかないのかな」
「あら、わかってたのじゃあ話が早いわね。あなた、彼女の中に入りなさい。残念だけど私もオケアノスも心象には入れないわ」
「どうして」
「こっちはこっちでやることがあるのよ」
 私は何のことだかわからないが、「そういうことだ」とオケアノスも言っているし、何か大事なことなのだろう。 
「はいはい。男同士仲良くね」
「誰が男ですって。しのごの言わずに動く」
 私はさっそく倒れている彼女を仰向けにして、彼女の胸に手を添えイメージする。それは吸い込まれるようでもあり、溶けるようでもある感触。
 彼女の意識は完全になく拒まれることなく最奥まさに深層に達した。
 柱が四本。真ん中の玉座をいや、儀式の何かの台みたいなものに本当の彼女を縛り付けている。
 私は声をかけてみた。
「ねえ、大丈夫じゃ・・・ないわよね」
 とりあえずこの鎖をなんとかしないと。鎖をガチャガチャいじってみるが解けるどころかより重くなっている気がした。
「無駄よ。ごめんね、ここまできてくれた優しい誰か。これは誰にも解けない鎖。私は死んだの」
「解けないって、まだ諦めるには早いわ」
 少女は首を横に振る。そして目だけをこちらに向けて語り出す。
「この私は私の心。あなたは違うみたいでもわかる。私は櫻田美麗さくらだみれい私は去年死んだの怖くて、震えて、悲しくて、助けも呼べなかった。この鎖はある人が私を守るために私を閉まってあるの」
「ある人って」
「ごめんなさい。覚えてなくて何が起こったのかはよくわかる。だけどその人の顔も声も靄がかかっているみたいでよくわからないの。」
「そう・・・なんだ」
「私はここに閉まわれてずいぶんたつけど、三つに体を分けられた。怒りは狂ったように出て行って、悲しみは哀愁を漂わせ、楽しさは喜び飛び跳ねて、私の中から出て行ってしまった。でもねふとした時彼女たちは戻ってきて一つになった。だからもう大丈夫」
 そう言って彼女は少し微笑んだ。
「でもこのままじゃ」
「違うよ。私はここにいたいからここでいい。このままの状態は悲しいことではないの。閉じ込めた理由はわからない。だから怒りの私は彼女を憎む。悲しみは泣く。喜びはそれを楽しむ。でも全部私だから」
 彼女の表情はやわらかいままで、なにかを慈しむようでもあった。ただ会話に出てきた『彼女』というという存在が気になる。櫻田美麗の憎んでいた『あの女』と同一人物とみて間違いない。
「ねえ、優しい誰か」
「・・・私はヒルデよ」
「ヒルデさん。いいお名前ね。来てくれたのはとても嬉しい。こう見えても私には友達がいたの。あなたと同じくらい優しい友達」
「そうなのか」
「ええだから今日のところは帰ってもらっていいかしら。どうにも本体が動かなくて、今日はもう寝るわ。でもあなたは私を止めに来た。・・・うん、知ってるよ私が無理なことお願いしてることは。優しいヒルデだからお願いするの」
 美麗とても眠そうだ。それは私でなくてもわかるだろう。というより、もう眠ってしまったのではないかと思うほど安らかな表情をしている。
 やはり今日のところは出直した方がいいかもしれない。だけれど彼女が次に目覚めた時、刃を交えなければならないという覚悟もまたしなければならない。
 私は彼女の心象を出た。言葉通り彼女は寝息を立てて眠っていた。
「オケアノスたちはもういないわね」
 さて、どうしたものか。私はここを離れるわけにはいかないけれど、他のみんなも気になる。それに彼女も
「クゥッ」
 冷やりと殺気を首筋に感じとっさに身体を屈め、ゴロンところがに後ろ向くとそこには槍のような大剣のようなものを抱え佇む櫻田美麗の姿があった。
「どうして」
「あ、あっあ・・・あああ」
 声が出てない、それよりも彼女から魂を感じない。おそらく魂は眠っていて体だけで動いている。
「戦うしかないの。せっかく」
 振り上げた凶器の衝撃波を受け流す。地面を二つに引き裂き建物の強化ガラスを粉々にした。
「せっかく分かり合えたのに」
 美麗の体は限界を超えた動きをする。というのも、数百はあろう武器から伸びる鎖を持って無差別にビル内の柱を破壊し始めた。
 建物ごと私を押しつぶすつもりなのだろう。確かに天井は吹き抜けだがその周りの鉄骨やらコンクリートで潰すこともできる。だけど私にはこれがある。
「また私に力を貸して、イカロス」
 ブワッと点火時から勢いよく飛び立った。私は崩れる前に吹き抜けから外界へ逃げ出した。しかし彼女は追ってくる。羽もないのに崩れる残骸より早く瓦解する瓦礫を飛び継ぎ私の懐にやってきた。
「何よアレ、反則じみた能力じゃない」
「あああッ」
「重っ、キャアア」
 振り下ろされた武器に押し負けて私は地面に叩きつけられる。背中への衝撃を感じつつも今は目の前の相手を見据える。
「ツゥ。もう、戦うしかないんだね」
「・・・」
「そうか。そうね初めから敵だったわね、私たち」
 手に力を込めると私の手には力を失ったはずの名もなき聖剣がしっかりと私の手の中に強く温かく金色に輝いていた。
 美麗の持つ武器は形を変え上下に開き大砲のようになり桜色をした光の矢を放つ。対して私はこの剣の輝きを彼女に放つ。
 二つの光はぶつかり合うと私の光が彼女の光を切り裂き進んで行く。
「これで終わらせる。お土産持って行きなさい」
 私はさらにもう一振りし十字になった光刃は完全に彼女の桜光の波を抜け彼女に直撃した。しかし彼女は倒れることなく自然落下から私を串刺しにしようと武器の刃を突き立ててきた。
「このッ」
 彼女は私の軽い剣と同程度の速さで斬り合いを繰り広げた後、後方に跳び退き距離をとる。
 睨み合いが続く。だが沈黙も束の間、美麗は突貫の姿勢に入る。速度は今までの比ではない。けれどこれがおそらく最後のチャンスだった。容易には進行方向を変えられない姿勢で、かつ背中が無防備な状態はこの時だけだ。そう思い私は手にした剣の先彼女に向ける。
「ごめんね」
 私は強くない。そう人ひとりの存在証明たる体さえ守れやしない。神なんてこんなものだ。だけど、彼女の心くらいは救える力があるはずだ、だから・・・。
 彼女の突貫を宙で受け流し、腕に握りしめた剣を伸ばす。
「Candenti Salutem Gratia」
 その先から光が彼女を包み込み、爆発にも似た眩しさで彼女の体は桜色の光とともに溶けてしまった。後に残るのは花びら焔だけである。
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