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オリュンポスの神々
永久豊穣神ケレス
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今日も懲りずにやって来た。もちろん、ここに。
「待ってたでー。ゼウス。おや、おチビさんらはどうしたん」
「ウェスタの恐ろしさに部屋から出ようとしなかったから1人で来たのよ」
「まあ、傷つくわぁ。あとで部屋に行ってあげなあかんなぁ。いじめ甲斐がありそうや」
私は、ウェスタに対する認識を改める。やはりこの人は恐ろしい。
まあ、1人でここに来させた。あんた達も悪いのよ。コイオス、クリオス。泣きついても助けてあげないからね。
「入り、昨日の分作っといたからね。たーんとお食べよし」
いや、割といい人なのか。
「お邪魔します」
「はい、いらっしゃい」
私は、ウェスタが見えるカウンター席に座る。その方が彼女も話しやすいだろうと思ってのことだ。
彼女の後ろ姿は、割と板に付いたもので、かつてからこうして、人々に料理を振る舞っていたのかもしれい。
「はい、お待ちどうさん」
「ありがとう、いただきます」
山菜が、たくさん盛り付けてあり、真ん中には、肉が、何の肉かは分からないが、とにかく肉が丼の真ん中に鎮座している。
それを一口頬張ると、濃厚な肉が、舌で溶けるようになくなる。
「美味しい」
「せやろぅ。ええ、猪肉使ってるんよ」
猪肉、ギリシャにイノシシっているのかしら。
「森に行けば、ギョーさんおるんやから。」
ウェスタは、こちらの表情を読み取って、言う。彼女が言うなら、いるのかもしれない。
「まあ、こんな話しに来たんとちゃうかったな、あんたが話したいのは、神格についてやね」
「まだ何も言ってないのに、どうしてわかったの?」
「そりゃ、わかるわ。あんたから神格が、チョロっと抜けとることくらい見たらわかる。それで、誰にやられたんや。ケレス辺りか?あの子、よう悪ふざけするしなぁ」
「違うわ。神々は悪くない。人間に抜き取られたのよ」
その言葉のあと、ウェスタは、怒りを露わにして、カウンターの台を拳で強く叩きつけた。その衝撃で、大皿に盛られた数種類の惣菜が、一斉に飛び跳ねる。
私は、驚いてウェスタを見つめていた。
「あ、あらあら、私としたことが、ウフフ、こんな日もあるもんやなぁ。さぁて、その人間、どう調理したろか?微塵切り、それとも釜茹で、焦げるまで炙るのもええな」
ウェスタの表情がだんだんと、猟奇的な笑みを浮かべる。ダメだ、何とかしないと、町の人たちまでも仲良くクッキングされてしまう。
「お、落ち着いて、ウェスタ。私ならこの通り、ご飯を残さず食べるくらい元気だから」
「ほんまや。もう食べたんか?それなら、ええけど・・・。でも、私は、その人間を許すつもりはあらへんから」
一時的に、熱が収まってくれたみたいで、何よりだ。
これで、聞きたかった内容の話ができそうだ。
「ねぇ、ウェスタ。オリュンポスのネットワークって具体的にどういうものなのか、教えてくれない」
「ん、そんなつまらん話、しに来たんか?でもまあ、抜き取られとる部分もそれやし、ここはひとつ、小話と洒落こもか」
「ありがとう、ウェスタ」
コホンと、咳払いをして、「ほな」と話し始めた。
「ゼウス、またの名をユピテル。お前さんが、無くした、オリュンポスのネットワークは、我々オリュンポス神族の意識体を8人で共有しておるもんでな、ウェスタ、ケレス、ユノ、プルト、ネプトゥヌス、ユピテル。そしてサトゥルヌス、レア。サトゥルヌスは、クロノスの仮名でな、他の家族もみんな本名は名乗らんのや。母さんだけは、誰かわからんならるからって本名名乗っとだけど、あんなことになるなんてな。まあ、この話は置いておいて、要は家族の繋がりが、ネットワークというわけや。このネットワークは便利でな、誰かが欠けたら、すぐ察知できるようになってて、今はあんたと、母さんの反応がない。みんなあんたのこと、心配しとるかもな。ネプトゥヌスとは、会うたんやろ」
「ええ、飄々とした人物だったわ。でも、いい兄貴分って感じ、というか何というか。ああいうのなんて言うのかしら」
「ウフフ、相変わらずなやなあの子。今度、いじめに行ったらんと寂しがるわ」
「えっ、ええ、そうね」
ネプトゥヌス、いいえ兄さん、悪女が野に放たれました。
「それで、神格もとい、ネットワークが抜かれた状態の私は、大丈夫なの?」
「そやね。大丈夫か、大丈夫じゃないかで言うたら、大丈夫やろう。でも神器の類いは扱えんと思うわ。自分心当たりあるやろ」
ウェスタは、そう言って私の腰を指指して、暖簾の奥に消えていく。「これこれ」と言って出て来た時には、釜を手に携えて戻って来た。
「なにこれ」
「これが、私の神器。飢餓を救う美食生産釜」
「なにその秘密道具みたいな名前」
「はあ?みたいやなくて、秘密道具や。これがどういったものかはさておき、これら神器の力は、膨大な信仰力を消費する。人間が願い乞へばその分だけ、力を発揮する神だけが持つことを許された道具の数々。その形態は、様々で、私のような、癒しを与えるものから、武器のような力を与えるもの、あとは、天秤を模した罰を与えるものまであるという。あんたのは、武器それも、聖と名高く強大な力と癒しを同時に与えるもののようやけど、なんか足らんな、まあええか。この神器たちは、莫大なエネルギーを必要とする。だから、ネットワークを使ってちょっとづつ、信仰力を借り受ける。そういうシステムや。それにしても、前回は、大変やったやんで。ほいほい、信仰力がなくなっていくからお店休まざるおえんかったんやから」
「ごめんなさい」
「まあ、なんか守れたかは見れば分かるけどな」
ウェスタは、微笑みながら、私の頭を優しく撫でてくれた。
ようするに、今まで聖剣の力を発揮できたのも、彼女たちのおかげだったということか。そうとは知らず、確かに連発して、技を使っていた気がする。私は常にこうして支えられていたのだな。
ポロンポロンと、店の扉に着いた鐘が鳴り響く。
「ヨォーっす。姉さんいるって、お客さん?」
「ありがとう、ケレス。そこ置いといて、ちょうどええわ、あの子がケレス。豊穣の神ケレス」
どうもと、私はすかさずお辞儀する。とケレスは、顎に手を当てて、
「ああ、この子がゼウス。や、こんにちは、紹介の通り私がケレス。こうして姉さんに、店の料理の材料を届けてんの。普段は、畑や水田、牧場でいろんなもの作ってるんだよ」
「お茶でも飲んでくか?」
「いや、いいよ。車待たせてるしね」
そう言って、店をて出て行こうとする。ケレスをウェスタが引き止める。
「なに、追加注文?」
「ちゃうちゃう。この子、あんたと子、連れてたってや」
「別に良いけど、何で?」
「社会勉強や。人間に一番間近で接しとるあんたなら。言わんでも分かるやろ」
そう言われたケレスは、「ふーん。まあ、だいたい姉さんの思惑はわかったわ」などと言って、
「ゼウス、行くよ表のトラックに乗んな」
と、私の腕を引っ張って行く。ウェスタにまだお礼が言えてないと思った私は、ウェスタをチラと見ると、「楽しんで来ーや」と小さく手を振ってカウンター奥から、見送ってくれた。
「今日は、ありがとうウェスタ」
トラックに乗り込むと、私は店に向かって叫んだ。聞こえたかどうかは、わからない。ただ、店の扉が鐘を鳴らして閉じた。
ずいぶん遠くまで、トラックで走って来た。見渡す限り畑と、水田。
4人乗りのトラックは、ケレスの畑の社員、ジェイソンさんがハンドルを握っている。助手席には、その後輩のソルさんがクリップボードとにらめっこしている。
「ごめんな、ジェイソンは無口、ソルは新人で仕事のことで頭がいっぱい。でも、頼れるスタッフなのは確かだよ」
「悪かったな。無口で」
「あら、珍しい。あんたが反論するなんて」
「ケレスさん、この後、三軒まわんないといけないですけど、どうします?僕たちだけで行きましょうか?」
「ええ、あんたたち、休憩して行かないの?」
「昼休憩を長くしてくれ」
「だそうです」
3人で、仕事の話を進めていく。それはもう、神と人という隔りを全く感じさせないものだった。
「わかったわ、でも、その分しっかりと休息を取るように、昼休憩は各自で入って、2時に農作業開始。いいわね」
「「了解」」
トラックはやがて古民家のような場所で止まり、「着いたわよ」と言ってケレスが、トラックから降りて行くのに着いて行く。
「今牧場に2人いるから、戻って来たら、また紹介するわね。適当にくつろいでたらいいから」
「ケレスは?」
「私?私はご飯作るのよ。みんな戻ってくる前にね」
そう言うと、システムキッチンの戸棚から、鍋やらフライパンやらを矢継ぎ早に取り出して、コンロの上に置いて行く。邪魔してはいけないし、ここは、好意に甘えて、くつろがせてもらおう。
私は、リビングと思われる部屋のソファーに腰を下ろし、大きな窓の外に見える庭を眺めた。
庭には、色鮮やかな花々が咲き誇り、風に吹かれている。うっとりとその様子を眺めていると、「ただいま戻りました」とリビングのドアを開けて、先ほどの2人とは違う、女性が2人部屋に入ってきた。
「おかえり、昼飯にするよ。とっとと手を洗ってきな」
「うーす」
「悪いね。ここにいるやつら、悪い奴らじゃないけど、個性が強くてね。まあ、仲良くしてやって。と先に言っておくわ」
そして、ケレスは鍋をダイニングのテーブルに置いて、皿を並べ始めた。「私もやっぱり手伝う」と、私もケレスからフライパンに乗ったパエリアをなかば、奪い取るように受け取って、テーブルに置いた。
「さて、ご馳走も並んだし、私たちは、上の部屋に行こうか」
「えっ、ここで食べないの」
「そうだけど、ここで食べたかったの?」
そういうわけではないが、せっかくここまで用意したのに、別の場所で食事してしまうのは、もったいない気がした。
「ここで食べてもいいけど、あんたには、時間がない。違う」
「そうだけど、でも」
「いいんだよ、私は。それにいくら私があの子らと仲が良くても、神と人との一線は、しっかりしておかないとね」
彼女の意見はもっともなことだ。どれだけ、仲が良くても神と人。だけど、私は、
「まあ、人のこと言えた義理じゃないけどね。時間がない。それは、あんただけの話でもない。ここ最近、どうも作物の育ちが悪い。私たちの農場の経営も厳しいのさ。何が原因なのかはあんたが、一番よく知っているだろう」
私が、よく知っている。確かに、私は当事者で、今回の事件の中心にいることは明白である。
それでも、誰が一番悪いのかは、分からない。どうも、セルバン・イオーニアが黒幕とも思えない。あの時のあの眼といい、雰囲気といい。人間のそれとは違う別の何かが関係しているように思うのだ。
「私は・・・もっと大きな何かが、原因だと・・・思うわ」
「そうか、なら私とのおしゃべりは手早く終わらせないといけないな」
ケレスの書斎に入ると、ケレスは1人がけのソファーにどっかりと座って、いまどき珍しい葉巻に火をつけた。ふぁー。煙が室内に舞う。
「じゃ、始めようか。好きなところに座りな」
私はそう促されて、近場の椅子に腰掛けた。
「あんたが、ゼウスが私たちを訪ねる理由ちゃんと分かってる?」
えっと、奪われた神格を取り戻すためではないのだろうか。
「神格を取り戻すのはついでなの、本来の形、私たちのネットワークに再接続するためだってこと、覚えておきなさい」
「そう言えばウェスタもそんなこと言ってた」
「でしょ。そのためには、私たち全員の協力が必要不可欠なのよ」
オリュンポスの血統の8人でネットワークを繋いでいると、ウェスタは教えてくれた。ネプトゥヌスは私の奪われた神格にネットワークの一部があるとも言っていた。どうやら、神格を取り戻しただけでは、本来の私にはなれないようだ。ならば本来の私とはどんなものなのか。
「心象世界。それを取り戻して初めて、あなたになるのよ」
「心象・・・」
私がかつて心象だと思っていた『アーバンデクライン』それは、父クロノスの心象だった。ケレスの助言を耳にして改めて思った。ここ最近心象に入ったことも夢に見たこともないと。
そこで私は1つ思い立ったことがある。ギリシャに現れた天使、それからあのおぞましい大蛇。
「ケレス、聞きたいことがあるの。一つ目はギリシャに現れた天使。二つ目はこの世のものとも思えぬ大蛇。貴女は何か知らない?」
ケレスは葉巻の煙を勢いよく吐き出す。
「天使は知らないけど、大蛇なら少しは知ってるわよ。役に立つかはわからないけど、聞く?」
私は「教えて」と即答する。今はどんな情報でもいい、役に立つかどうかはあとで考えればいいことだ。
「そいつは神地獄の処刑人。理に犯す神を処断する死の蛇。名を『クロウ・クルーウァッハ』奴がいるところに神の死体ありと言われるほどだ。まあ、ルールを守らないプレイヤーにペナルティーを与える審判と一緒だよ。今の私たちには害はない・・・と思う」
歯切れの悪い締め方だが、今のところ問題でないのならそれに越したことはない。
その時、慌ただしい階段を駆け上がる音が聞こえたかと思うと「バタン」と激しく音を立て、ケレスの書斎の扉が開かれる。
「社長、農園で刃物を振り回している女の子がいるんですけど、どうしたらいいんすかぁぁぁ!」
ソルさんが、半べそをかきながらケレスの袖を掴んでいる。刃物を振り回す女の子。もしかして、
「その刃物って、銛みたいな奴ですか?」
「どうして分かったの。いやそれは別にいいんだけど、社長このままじゃトウモロコシが刈りつくされてしまいます」
ケレスは気だるげに溜息をついて「分かった、分かった」と重そうに腰を上げた。
きっとその女の子はあの天使で間違いない。神力は強力なのに天使らしくない。神を殺すとさへ吐き捨てた彼女。今度こそ何が目的なのかを聞き出さないと。
ケレスが窓から飛び降りるのに続いて、私も二階の窓から飛び降りた。
「待ってたでー。ゼウス。おや、おチビさんらはどうしたん」
「ウェスタの恐ろしさに部屋から出ようとしなかったから1人で来たのよ」
「まあ、傷つくわぁ。あとで部屋に行ってあげなあかんなぁ。いじめ甲斐がありそうや」
私は、ウェスタに対する認識を改める。やはりこの人は恐ろしい。
まあ、1人でここに来させた。あんた達も悪いのよ。コイオス、クリオス。泣きついても助けてあげないからね。
「入り、昨日の分作っといたからね。たーんとお食べよし」
いや、割といい人なのか。
「お邪魔します」
「はい、いらっしゃい」
私は、ウェスタが見えるカウンター席に座る。その方が彼女も話しやすいだろうと思ってのことだ。
彼女の後ろ姿は、割と板に付いたもので、かつてからこうして、人々に料理を振る舞っていたのかもしれい。
「はい、お待ちどうさん」
「ありがとう、いただきます」
山菜が、たくさん盛り付けてあり、真ん中には、肉が、何の肉かは分からないが、とにかく肉が丼の真ん中に鎮座している。
それを一口頬張ると、濃厚な肉が、舌で溶けるようになくなる。
「美味しい」
「せやろぅ。ええ、猪肉使ってるんよ」
猪肉、ギリシャにイノシシっているのかしら。
「森に行けば、ギョーさんおるんやから。」
ウェスタは、こちらの表情を読み取って、言う。彼女が言うなら、いるのかもしれない。
「まあ、こんな話しに来たんとちゃうかったな、あんたが話したいのは、神格についてやね」
「まだ何も言ってないのに、どうしてわかったの?」
「そりゃ、わかるわ。あんたから神格が、チョロっと抜けとることくらい見たらわかる。それで、誰にやられたんや。ケレス辺りか?あの子、よう悪ふざけするしなぁ」
「違うわ。神々は悪くない。人間に抜き取られたのよ」
その言葉のあと、ウェスタは、怒りを露わにして、カウンターの台を拳で強く叩きつけた。その衝撃で、大皿に盛られた数種類の惣菜が、一斉に飛び跳ねる。
私は、驚いてウェスタを見つめていた。
「あ、あらあら、私としたことが、ウフフ、こんな日もあるもんやなぁ。さぁて、その人間、どう調理したろか?微塵切り、それとも釜茹で、焦げるまで炙るのもええな」
ウェスタの表情がだんだんと、猟奇的な笑みを浮かべる。ダメだ、何とかしないと、町の人たちまでも仲良くクッキングされてしまう。
「お、落ち着いて、ウェスタ。私ならこの通り、ご飯を残さず食べるくらい元気だから」
「ほんまや。もう食べたんか?それなら、ええけど・・・。でも、私は、その人間を許すつもりはあらへんから」
一時的に、熱が収まってくれたみたいで、何よりだ。
これで、聞きたかった内容の話ができそうだ。
「ねぇ、ウェスタ。オリュンポスのネットワークって具体的にどういうものなのか、教えてくれない」
「ん、そんなつまらん話、しに来たんか?でもまあ、抜き取られとる部分もそれやし、ここはひとつ、小話と洒落こもか」
「ありがとう、ウェスタ」
コホンと、咳払いをして、「ほな」と話し始めた。
「ゼウス、またの名をユピテル。お前さんが、無くした、オリュンポスのネットワークは、我々オリュンポス神族の意識体を8人で共有しておるもんでな、ウェスタ、ケレス、ユノ、プルト、ネプトゥヌス、ユピテル。そしてサトゥルヌス、レア。サトゥルヌスは、クロノスの仮名でな、他の家族もみんな本名は名乗らんのや。母さんだけは、誰かわからんならるからって本名名乗っとだけど、あんなことになるなんてな。まあ、この話は置いておいて、要は家族の繋がりが、ネットワークというわけや。このネットワークは便利でな、誰かが欠けたら、すぐ察知できるようになってて、今はあんたと、母さんの反応がない。みんなあんたのこと、心配しとるかもな。ネプトゥヌスとは、会うたんやろ」
「ええ、飄々とした人物だったわ。でも、いい兄貴分って感じ、というか何というか。ああいうのなんて言うのかしら」
「ウフフ、相変わらずなやなあの子。今度、いじめに行ったらんと寂しがるわ」
「えっ、ええ、そうね」
ネプトゥヌス、いいえ兄さん、悪女が野に放たれました。
「それで、神格もとい、ネットワークが抜かれた状態の私は、大丈夫なの?」
「そやね。大丈夫か、大丈夫じゃないかで言うたら、大丈夫やろう。でも神器の類いは扱えんと思うわ。自分心当たりあるやろ」
ウェスタは、そう言って私の腰を指指して、暖簾の奥に消えていく。「これこれ」と言って出て来た時には、釜を手に携えて戻って来た。
「なにこれ」
「これが、私の神器。飢餓を救う美食生産釜」
「なにその秘密道具みたいな名前」
「はあ?みたいやなくて、秘密道具や。これがどういったものかはさておき、これら神器の力は、膨大な信仰力を消費する。人間が願い乞へばその分だけ、力を発揮する神だけが持つことを許された道具の数々。その形態は、様々で、私のような、癒しを与えるものから、武器のような力を与えるもの、あとは、天秤を模した罰を与えるものまであるという。あんたのは、武器それも、聖と名高く強大な力と癒しを同時に与えるもののようやけど、なんか足らんな、まあええか。この神器たちは、莫大なエネルギーを必要とする。だから、ネットワークを使ってちょっとづつ、信仰力を借り受ける。そういうシステムや。それにしても、前回は、大変やったやんで。ほいほい、信仰力がなくなっていくからお店休まざるおえんかったんやから」
「ごめんなさい」
「まあ、なんか守れたかは見れば分かるけどな」
ウェスタは、微笑みながら、私の頭を優しく撫でてくれた。
ようするに、今まで聖剣の力を発揮できたのも、彼女たちのおかげだったということか。そうとは知らず、確かに連発して、技を使っていた気がする。私は常にこうして支えられていたのだな。
ポロンポロンと、店の扉に着いた鐘が鳴り響く。
「ヨォーっす。姉さんいるって、お客さん?」
「ありがとう、ケレス。そこ置いといて、ちょうどええわ、あの子がケレス。豊穣の神ケレス」
どうもと、私はすかさずお辞儀する。とケレスは、顎に手を当てて、
「ああ、この子がゼウス。や、こんにちは、紹介の通り私がケレス。こうして姉さんに、店の料理の材料を届けてんの。普段は、畑や水田、牧場でいろんなもの作ってるんだよ」
「お茶でも飲んでくか?」
「いや、いいよ。車待たせてるしね」
そう言って、店をて出て行こうとする。ケレスをウェスタが引き止める。
「なに、追加注文?」
「ちゃうちゃう。この子、あんたと子、連れてたってや」
「別に良いけど、何で?」
「社会勉強や。人間に一番間近で接しとるあんたなら。言わんでも分かるやろ」
そう言われたケレスは、「ふーん。まあ、だいたい姉さんの思惑はわかったわ」などと言って、
「ゼウス、行くよ表のトラックに乗んな」
と、私の腕を引っ張って行く。ウェスタにまだお礼が言えてないと思った私は、ウェスタをチラと見ると、「楽しんで来ーや」と小さく手を振ってカウンター奥から、見送ってくれた。
「今日は、ありがとうウェスタ」
トラックに乗り込むと、私は店に向かって叫んだ。聞こえたかどうかは、わからない。ただ、店の扉が鐘を鳴らして閉じた。
ずいぶん遠くまで、トラックで走って来た。見渡す限り畑と、水田。
4人乗りのトラックは、ケレスの畑の社員、ジェイソンさんがハンドルを握っている。助手席には、その後輩のソルさんがクリップボードとにらめっこしている。
「ごめんな、ジェイソンは無口、ソルは新人で仕事のことで頭がいっぱい。でも、頼れるスタッフなのは確かだよ」
「悪かったな。無口で」
「あら、珍しい。あんたが反論するなんて」
「ケレスさん、この後、三軒まわんないといけないですけど、どうします?僕たちだけで行きましょうか?」
「ええ、あんたたち、休憩して行かないの?」
「昼休憩を長くしてくれ」
「だそうです」
3人で、仕事の話を進めていく。それはもう、神と人という隔りを全く感じさせないものだった。
「わかったわ、でも、その分しっかりと休息を取るように、昼休憩は各自で入って、2時に農作業開始。いいわね」
「「了解」」
トラックはやがて古民家のような場所で止まり、「着いたわよ」と言ってケレスが、トラックから降りて行くのに着いて行く。
「今牧場に2人いるから、戻って来たら、また紹介するわね。適当にくつろいでたらいいから」
「ケレスは?」
「私?私はご飯作るのよ。みんな戻ってくる前にね」
そう言うと、システムキッチンの戸棚から、鍋やらフライパンやらを矢継ぎ早に取り出して、コンロの上に置いて行く。邪魔してはいけないし、ここは、好意に甘えて、くつろがせてもらおう。
私は、リビングと思われる部屋のソファーに腰を下ろし、大きな窓の外に見える庭を眺めた。
庭には、色鮮やかな花々が咲き誇り、風に吹かれている。うっとりとその様子を眺めていると、「ただいま戻りました」とリビングのドアを開けて、先ほどの2人とは違う、女性が2人部屋に入ってきた。
「おかえり、昼飯にするよ。とっとと手を洗ってきな」
「うーす」
「悪いね。ここにいるやつら、悪い奴らじゃないけど、個性が強くてね。まあ、仲良くしてやって。と先に言っておくわ」
そして、ケレスは鍋をダイニングのテーブルに置いて、皿を並べ始めた。「私もやっぱり手伝う」と、私もケレスからフライパンに乗ったパエリアをなかば、奪い取るように受け取って、テーブルに置いた。
「さて、ご馳走も並んだし、私たちは、上の部屋に行こうか」
「えっ、ここで食べないの」
「そうだけど、ここで食べたかったの?」
そういうわけではないが、せっかくここまで用意したのに、別の場所で食事してしまうのは、もったいない気がした。
「ここで食べてもいいけど、あんたには、時間がない。違う」
「そうだけど、でも」
「いいんだよ、私は。それにいくら私があの子らと仲が良くても、神と人との一線は、しっかりしておかないとね」
彼女の意見はもっともなことだ。どれだけ、仲が良くても神と人。だけど、私は、
「まあ、人のこと言えた義理じゃないけどね。時間がない。それは、あんただけの話でもない。ここ最近、どうも作物の育ちが悪い。私たちの農場の経営も厳しいのさ。何が原因なのかはあんたが、一番よく知っているだろう」
私が、よく知っている。確かに、私は当事者で、今回の事件の中心にいることは明白である。
それでも、誰が一番悪いのかは、分からない。どうも、セルバン・イオーニアが黒幕とも思えない。あの時のあの眼といい、雰囲気といい。人間のそれとは違う別の何かが関係しているように思うのだ。
「私は・・・もっと大きな何かが、原因だと・・・思うわ」
「そうか、なら私とのおしゃべりは手早く終わらせないといけないな」
ケレスの書斎に入ると、ケレスは1人がけのソファーにどっかりと座って、いまどき珍しい葉巻に火をつけた。ふぁー。煙が室内に舞う。
「じゃ、始めようか。好きなところに座りな」
私はそう促されて、近場の椅子に腰掛けた。
「あんたが、ゼウスが私たちを訪ねる理由ちゃんと分かってる?」
えっと、奪われた神格を取り戻すためではないのだろうか。
「神格を取り戻すのはついでなの、本来の形、私たちのネットワークに再接続するためだってこと、覚えておきなさい」
「そう言えばウェスタもそんなこと言ってた」
「でしょ。そのためには、私たち全員の協力が必要不可欠なのよ」
オリュンポスの血統の8人でネットワークを繋いでいると、ウェスタは教えてくれた。ネプトゥヌスは私の奪われた神格にネットワークの一部があるとも言っていた。どうやら、神格を取り戻しただけでは、本来の私にはなれないようだ。ならば本来の私とはどんなものなのか。
「心象世界。それを取り戻して初めて、あなたになるのよ」
「心象・・・」
私がかつて心象だと思っていた『アーバンデクライン』それは、父クロノスの心象だった。ケレスの助言を耳にして改めて思った。ここ最近心象に入ったことも夢に見たこともないと。
そこで私は1つ思い立ったことがある。ギリシャに現れた天使、それからあのおぞましい大蛇。
「ケレス、聞きたいことがあるの。一つ目はギリシャに現れた天使。二つ目はこの世のものとも思えぬ大蛇。貴女は何か知らない?」
ケレスは葉巻の煙を勢いよく吐き出す。
「天使は知らないけど、大蛇なら少しは知ってるわよ。役に立つかはわからないけど、聞く?」
私は「教えて」と即答する。今はどんな情報でもいい、役に立つかどうかはあとで考えればいいことだ。
「そいつは神地獄の処刑人。理に犯す神を処断する死の蛇。名を『クロウ・クルーウァッハ』奴がいるところに神の死体ありと言われるほどだ。まあ、ルールを守らないプレイヤーにペナルティーを与える審判と一緒だよ。今の私たちには害はない・・・と思う」
歯切れの悪い締め方だが、今のところ問題でないのならそれに越したことはない。
その時、慌ただしい階段を駆け上がる音が聞こえたかと思うと「バタン」と激しく音を立て、ケレスの書斎の扉が開かれる。
「社長、農園で刃物を振り回している女の子がいるんですけど、どうしたらいいんすかぁぁぁ!」
ソルさんが、半べそをかきながらケレスの袖を掴んでいる。刃物を振り回す女の子。もしかして、
「その刃物って、銛みたいな奴ですか?」
「どうして分かったの。いやそれは別にいいんだけど、社長このままじゃトウモロコシが刈りつくされてしまいます」
ケレスは気だるげに溜息をついて「分かった、分かった」と重そうに腰を上げた。
きっとその女の子はあの天使で間違いない。神力は強力なのに天使らしくない。神を殺すとさへ吐き捨てた彼女。今度こそ何が目的なのかを聞き出さないと。
ケレスが窓から飛び降りるのに続いて、私も二階の窓から飛び降りた。
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鈴宮(すずみや)
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