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オリュンポスの神々
郷土釜料理店主 ウェスタ
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地上に戻り、レックスに別れを告げたのは、水平線の太陽がもうあと少しで隠れてしまうと言う頃だった。
「お疲れ様、レックス。ネプトゥヌスにもよろしく伝えておいて」
「キュー」
レックスの瞳に映った私は、微笑んでいた。
さて、これからどうしようか。彼に言われた通り、釜飯料理の美味しいお店を探そうか、それとも一度ホテルに戻ろうか。
ともかく、私は、ビーチから街に戻ろうと思った。店を探すにしろ、ホテルに戻るにしろ、街を抜けなくては、話にならない。
「やあ、お嬢さん」
声のする方を向くと、若がこちらに手を振っていた。
若は、道を渡ってきた。
「若、こんなところで何してるの?仕事は?」
「いやいや、お嬢さん例えこの僕ですら、24時間労働しているわけじゃないよ」
それもそうか、しかし私は1つ疑問がある。
「先日、あなたの雇われた会社で殺されかけたんだけど、説明してくれるのかしら」
「何だって」
若は驚嘆する。
私が神格を抜けれたのはおそらく、セルバン・イオーニアの会社、ドーリアカンパニーで間違いない。出て来るとき、会社のロゴを見てきたので見間違いはないはずだ。
「お嬢さん、何かの間違いじゃないかな。僕のクライアントは、女性だよ。手紙の主は、仲介人の友達だと聞いてるよ」
「えっ、それじゃあ」
私は、ホッと胸を撫で下ろす。心のどこかで、若が関わっているのではないかと、疑っていたがそうではないようだ。でも、
「それでも、怪しいわ、本当なの?」
「本当だよ。真理亜に確認してもらえばわかるから」
「もう、真理亜には伝えて私には伝えてくれなかったの」
「そういうつもりは・・・あはは」
若は、笑ってごまかした。私も、
「クスックスッ」
と、困った顔の若を見て私は、笑った。
私たちは、そんなやりとりをしながら、趣のある景観の住宅街を歩いて行く。
「それで、今どこに向かっているの?」
私は、行き先を訪ねた。ただ歩いているようにも感じたが、若の表情から察するに、どこか目的の場所があるようだった。
ちょっとした路地の階段を数段登ると、真理亜とコイオス、クリオスが街路樹の側でこちらを見ていた。
「叔父さん、遅いよ」
「ごめん、ごめん。途中でお嬢さんとばったり出会ってね」
「ヒルデさん、どこを見てきたんですか?」
真理亜は、文句だけ言うと若の返答をスルーする。「叔父さん、悲しい」と若は、消え入りそうなの声で呟いた。
「海を眺めてきたわ」
そういう私も、若の呟きを流して、真理亜の質問に答えた。
「いいですね。海。私も見に行こうかな」
「クリオスも行きたいです姉様」
「じゃあ、一緒に行きましょうか。コイオスは?」
「では、私もせっかくですから同行しましょう」
「じゃあ、僕も・・・」
「叔父さんは、仕事でしょ」
真理亜がピシャリと苦言を呈する。
なんと手厳しいことか。
若は、残念そうにしながらも、私たちを一瞥すると、
「ねぇ、みんなこの近くに美味しい釜飯料理を、仕事場の局長さんが教えてくれたんだけど、行ってみるかい?」
私の体が、ビクッと飛び跳ねた。釜飯料理。そうそうこの辺では聞かない単語である。ならば、そこにオリュンポス族の誰かがいるのは、間違いないと見て、いいだろう。
そのとき、若の携帯端末が鳴動する。
「えっ、なんだって」
若は、大きな声を出して、驚く。
「どうしたのだ。若?」
「お嬢さん、コールだ」
真理亜以外の4人の空気は一変した。
コール。いつ以来だろうか。コールということは、邪神ではなく、天使がやってきたということか。
「位置は、海岸近くの灯台。ここから6キロ先だね」
走って行くか、いや、それでは時間がかかりすぎる。
「姉様、このコイオスが先行し足止めを致しましょう。クリオスは、若様と真理亜様の警護を」
「了解ですコイオス」
言うが早いか、コイオスは茜色の空へ飛び立って行った。
私は、若にアイコンタクトをとり、海岸沿いの歩道を駆け出した。
走るのは得意ではないが、20分ちょっとで、灯台に辿り着けるはずだ。今回の天使が、人を襲う類のものでないことを祈るばかりである。
灯台下では、激しい戦闘が繰り広げられている。見たところ、コイオスが優勢に攻めているようにも感じる。
あと少しで着くから、持ち堪えてコイオス。
コイオスと天使の姿を目視できる距離までやってきた。
「あの子は」
私は、目を見張った。やってきた天使は、先日私たちを襲った彼女であったのだ。
「コイオスー」
「姉様、離れて」
コイオスは、後ろ飛び去ると、陣を敷きそこから剣を引き上げる。天使の武器は、先日と異なり剣と盾を身につけていた。
「どうして抵抗するのですか?我が主人こそが、神の中の神であらせられると言うのに」
「それでは、このコイオスも1つ質問がしとうございます。あなたからは血の匂いがします。一体何をしたらここまで血の匂いが染み込むのでしょうか?」
血の匂い。この鉄のような匂いのことか。確かに彼女から匂う。鼻で嗅ぐというより、肌で感じるる匂いだ。
「邪魔をすると言うのなら、排除します」
「そうですか。ならこちらも本気で仕留めさせていただきます」
天使の彼女は、剣を二本構える。それに対しコイオスは、武器を捨て去り、右手で握った拳を左胸にあて、ブツブツと何かを唱え始めた。その間にもコイオスと天使の間合いは縮まるばかりだ。
「コイオスッー」
思はず私は叫ぶが、彼女は微動だにしない。
「貴女に生命活動における禁断症状を与えます。BAD DREAM WORLD」
接近していた天使の歩みは止まり、剣を手放した。そのまま彼女は、地面をのたうちまわり、苦しみ悶えた。
「あ、ああっ、・・・奏花、華蓮」
かと思われたが、
「殺す、殺す、殺す、私を殺したあいつを殺す。絶対に殺すーー」
そう言い残すと、彼女はこの場から飛び去って行った。
ただ呆然とする私とコイオスは、お互いに顔を見合わせた。
「なんだったの?」
「わかりません。ですが、あの天使が他の天使と明らかに違うということは確かです。今後とも、お気をつけください」
コイオスの勝利に終わった戦いは、私の心に少しばかり、疑問を残す結果となった。
とにもかくにも、終わったことだ。蒸し返すのは、帰ってからでも遅くはない。
「戻りましょう。姉様」
「ええそうね」
「若様の奢りなのですから」
「ええ・・・そうね」
私たちは、海岸沿いを眺めると、クリオスが手を振ってこちらにやって来た。
「姉様、コイオスご無事でしたか」
「この通り無事です。が、クリオス持ち場は?」
「はい、若様のたぶれっとの天使の反応が無くなりましたので、お迎えの命を受けやって参りました」
若も随分仕事がマメだ。戦闘が終了して、そう時間は経っていないが、クリオスの到着は、素早かった。
真理亜はベンチに座って、ペットボトルに入った飲料を飲むでいる。その隣では、若が薄っすらと蒼くなりつつある空を見上げていた。
「あっやっと戻ってきた。ヒルデさんもコイオスちゃんもどっか行っちゃうし、私お腹ぺこぺこだよぅ」
「すまないな、ちょっと落し物をしたのを思い出して」
「まあまあ、お店に行こう。すぐ近くだから」
若は、真理亜の腕を引っ張って、立ち上がらせた。
釜飯料理店、ネプトゥヌスが言っていた、私の姉・・・がいる店だと良いんだけど。
「さあ、着いたよ。郷土釜飯料理店アルカディア」
若は、扉をあけて中に入った。開いた扉からは、香ばしいお米の匂いが漂っている。そうこれは、おコゲの匂いだ。すると、クリオスが、私のスカートの裾をクイクイと引っ張った。
「どうしたの?」
「中から強い。神格を感じます。なんだかクリオスは、体がぞわぞわします」
私に張り付いたクリオスは、離れようとはしない。対照的にコイオスは、気丈に振る舞っている。
「いらっしゃい。何に様かねえ」
店に入ると、早速女主人が、出てきた。
「5人です」
そう言うと、若が女主人に席へ案内されて行く。それに着いて行こうとすると、「本当に5名様かねえ」と、女主人が、囁いたように思ったのだが、何もなかった風に、彼女は厨房に消えていった。
「注文は何にされますかえ。もといメニューは2つしかありませんけどなあ」
女主人の言う通り「メニュー」と書かれた板には、右から「山の幸」「海の幸」とおおざっぱに続いているだけである。
メニューを決めた私たちは、それぞれ注文する。
若と真理亜の注文したメニュー「山の幸」は、早くテーブルに運ばれた。しかし、コイオスも「山の幸」を頼んでいたのだが、まだ来ていない。
そして、先に料理に手をつけた2人は、なんと言うか、料理に夢中と言うのがふさわしいほど、会話もせずに釜飯を食べている。
「若、美味しか?若?聞いているのか、若ッー」
何度食事の感想を聞いても返事は戻ってこない。むっ、おかしい。2人は、無視しているのではなく、初めから聞こえていないようだ。
その時、女主人がやって来て、私たちが座るテーブル席の隣のカウンター席に座って問いかけて来た。
「お前さんら、どこから来たのかえ?どうも、人の類や無いように見えるなぁ」
この女主人は、私たちのことを見抜いている。やはりこの人が姉なのか。だが、ここはひとまず、この状況について尋ねるべきだろう。
「これは、どういうことでしょうか」
「どうとは、ああこの2人ね。この2人は、わたくしの料理に魅了されてるんよ。正直な人らなんやろうな」
女主人は、「ウフフ」と嬉しそうである。その微笑みは母のような温かみがあった。
「それで、お前さんら神か。悪鬼のものなら情け容赦なく潰すけど、ええな」
今までの空気と一変し、強烈な殺気を感じる。強いと、感じるだけで言えてしまうほどだ。
私は、正体を明かすのは不本意だが、逆らうと後が怖そうなので、「いちよう、神、です」と控えめに答えた。
「そうか、そうか。正直でよろしい。で、そっちの童らもか?」
2人は、私の背後に隠れてただ首を縦に振るばかりである。
「わかった。殺気は解くから、こっちに顔見せて」
チロッと、一瞬顔を出して2人ともすぐに顔を引っ込める。
「ごめんなさい。怖がっちゃって」
「しゃあない。まあいいよ。それで、お前さん名はなんという。わたくしは、ウェスタ。ここの主人にして釜の神」
「私はヒルデ、じゃないくてゼウスよ。それで、こっちがコイオスでこっちがクリオスです」
「おや、ゼウス。母様は男の子だといっていたと思ったけど、違ったんやなあ。それにしても、確かに微弱やけど繋がりを感じるのは、そういうことなんやなあ」
やはり、彼女も私と繋がりを感じるようだ。
すると、ウェスタは私をギュッと引き寄せて抱擁する。下から、コイオスとクリオスの視線を感じる。
「よう、大きなったなぁ。苦労したんやろ。今まで気張ってえらいなぁ」
温かい。そう感じた。物理的にも精神的にも、そう思った。思わず「ただいま」と言いそうになったことは、秘密だが。
「2人の料理ももうなくなるから。魅了しておけへんし、また明日おいで、話ししよ。おチビさんらもおいでや」
やはり、コイオスもクリオスも首を縦に振るばかりである。
若と真理亜は、満足げにため息をつく。だが、私とコイオス、クリオスは何も食べていないことに気がつく。
「いやぁ、噂どおりの美味しさだった。お嬢さんのも美味しいそうだったな」
「えっ、ええ、そうね若」
とりあえず話を合わせて返事をするが、やはり食欲とは正直なものだ。今にも腹の虫がなりそうだ。
「僕は、仕事場に戻るよ、まだやり残したことがあるからね」
「そう、でも休める時に、休みなさいよ」
「ハイハイ。じゃあみんな、おやすみ」
若は、手早く会計を済ませて店を出て行った。残された私たち4人も、店を出る。
「真理亜、悪いんだけど先に戻っててくれない。ちょっと寄りたいところがあるの」
「いいですけど、遅くなっちゃダメですよ」
真理亜は、腕時計を確かめる。
「今から、1時間くらいには戻って下さいね」
「わかった」
「では、コイオスが姉様に着いて行きましょう」
コイオスは、見知ったように、私の顔を見つめる。なるほど、お見通しってわけか。
「じゃあ、クリオスちゃん。帰って甘いものでも食べよっか」
「それは何とも魅力的な提案ですね」
と言って、結局クリオスは、真理亜と一緒にホテルに戻って行った。意図して、真理亜に着いてくれたのか、単に甘いものが食べたかったのかは、分からないが、今はありがたい。真理亜を1人で帰すのは、気が気でないからである。
それでも、私は、先程の灯台下に何か敵の手がかりがないか、今日のうちに見ておきたいと思っていた。
「姉様、やはり先程の場所へ?」
「そう、何か手がかりがあるかもしれないでしょ」
「そうですね、羽根、神力の残り香、髪の毛。何かあるでしょう。斬り合いもした事ですし」
そ、そうですね。コイオスは、私と比べて心意気が一段上である。そこまで、深く考えていなかったな私。何かあるとは思うけど。
「目的地まで、長いから、さっきのやつの印象を教えてくれない」
「はい。そうですね、まず思ったことは、使役している神は、かなりの手練れです。あの天使は、どの天使よりも能力値が高いでしょう。前回の事件の時は、数が問題でしたが、今回はこの力に苦戦すると思われます」
なるほどね、一騎当千と言ったところか。神が億を相手にできるとしても、今の私や、転生して力が全盛期より劣るコイオスやクリオスでは厳しいもの無理はない。
「他には?」
「その他で言うなら、やはり他の天使は、機械的ですが彼女はどうも感情的のような攻撃を仕掛けて来ます」
感情的な攻撃とは、いったいどういうことなのだろう。
「感情的な攻撃、つまりは、力押しやフェイント、あとは駆け引き。そういった類の心理的側面が関与する攻撃のことです。姉様、目的地に到着です。散策を開始しましょう」
コイオスは、灯台の入り口付近、私は灯台の一番端の、桟橋近くをそれぞれ天使の手がかりを探す。そういえば、彼女は戦う時も去り際も、哀しそうな表情だった。彼女は、何を想って戦うのだろう。彼女は、どうも天使ではない気がしてならない。
「姉様」
背後から、コイオスが私を呼ぶ。何か見つけたようだ。
コイオスは、両手で何か持っている。鉄・・・の、欠片?
「どうぞ、いいものが手に入りました。これはおそらく、あの天使が振り回していた双剣の破片でしょう」
「でも、どうやって情報を得るの?」
「はい。そこはお任せを」
コイオスが手にした双剣の破片で、指を少し切る。突然のことで驚くが、コイオスは、やや微笑んで、自らの血を破片に落とした。血の雫は、破片に染み込み、文字を浮かび上がらせた。
「出ました」
「大地を、統べし母なる王」
「さすがです、姉様。私は、何と書いてあるかさっぱりですが」
確かに、見たことのない言語ではあるが、どうしてか私は読める。
ともかく、『大地を統べし母なる王』とは、何者であるのだろうか。今わかる程度で言うと女王だということくらいだが、
「姉様、そろそろ時間です。引き上げましょう。真理亜様が、お怒りになられてしまう」
「確かにそろそろ戻らないとね」
「はい。持ち帰りクリオスにも見せて見ましょう。あの子の鑑識はなかなかのものですから」
コイオスは、そう言って微笑む。クリオスは、道端で何でもかんでも拾ってしまうタイプだから、そのことを言っているのだろう。コイオスもまだまだ、幼いがやはり姉なのだろう。
明日は、明日で再びウェスタの店に赴かねばならない。だから早く寝て、次の神の手がかりを聞かないといけない。またあの店に行くかと思うと、少し頭が痛いが仕方ない。今は、一刻も早く神格を取り戻さなければならないのだから。
「お疲れ様、レックス。ネプトゥヌスにもよろしく伝えておいて」
「キュー」
レックスの瞳に映った私は、微笑んでいた。
さて、これからどうしようか。彼に言われた通り、釜飯料理の美味しいお店を探そうか、それとも一度ホテルに戻ろうか。
ともかく、私は、ビーチから街に戻ろうと思った。店を探すにしろ、ホテルに戻るにしろ、街を抜けなくては、話にならない。
「やあ、お嬢さん」
声のする方を向くと、若がこちらに手を振っていた。
若は、道を渡ってきた。
「若、こんなところで何してるの?仕事は?」
「いやいや、お嬢さん例えこの僕ですら、24時間労働しているわけじゃないよ」
それもそうか、しかし私は1つ疑問がある。
「先日、あなたの雇われた会社で殺されかけたんだけど、説明してくれるのかしら」
「何だって」
若は驚嘆する。
私が神格を抜けれたのはおそらく、セルバン・イオーニアの会社、ドーリアカンパニーで間違いない。出て来るとき、会社のロゴを見てきたので見間違いはないはずだ。
「お嬢さん、何かの間違いじゃないかな。僕のクライアントは、女性だよ。手紙の主は、仲介人の友達だと聞いてるよ」
「えっ、それじゃあ」
私は、ホッと胸を撫で下ろす。心のどこかで、若が関わっているのではないかと、疑っていたがそうではないようだ。でも、
「それでも、怪しいわ、本当なの?」
「本当だよ。真理亜に確認してもらえばわかるから」
「もう、真理亜には伝えて私には伝えてくれなかったの」
「そういうつもりは・・・あはは」
若は、笑ってごまかした。私も、
「クスックスッ」
と、困った顔の若を見て私は、笑った。
私たちは、そんなやりとりをしながら、趣のある景観の住宅街を歩いて行く。
「それで、今どこに向かっているの?」
私は、行き先を訪ねた。ただ歩いているようにも感じたが、若の表情から察するに、どこか目的の場所があるようだった。
ちょっとした路地の階段を数段登ると、真理亜とコイオス、クリオスが街路樹の側でこちらを見ていた。
「叔父さん、遅いよ」
「ごめん、ごめん。途中でお嬢さんとばったり出会ってね」
「ヒルデさん、どこを見てきたんですか?」
真理亜は、文句だけ言うと若の返答をスルーする。「叔父さん、悲しい」と若は、消え入りそうなの声で呟いた。
「海を眺めてきたわ」
そういう私も、若の呟きを流して、真理亜の質問に答えた。
「いいですね。海。私も見に行こうかな」
「クリオスも行きたいです姉様」
「じゃあ、一緒に行きましょうか。コイオスは?」
「では、私もせっかくですから同行しましょう」
「じゃあ、僕も・・・」
「叔父さんは、仕事でしょ」
真理亜がピシャリと苦言を呈する。
なんと手厳しいことか。
若は、残念そうにしながらも、私たちを一瞥すると、
「ねぇ、みんなこの近くに美味しい釜飯料理を、仕事場の局長さんが教えてくれたんだけど、行ってみるかい?」
私の体が、ビクッと飛び跳ねた。釜飯料理。そうそうこの辺では聞かない単語である。ならば、そこにオリュンポス族の誰かがいるのは、間違いないと見て、いいだろう。
そのとき、若の携帯端末が鳴動する。
「えっ、なんだって」
若は、大きな声を出して、驚く。
「どうしたのだ。若?」
「お嬢さん、コールだ」
真理亜以外の4人の空気は一変した。
コール。いつ以来だろうか。コールということは、邪神ではなく、天使がやってきたということか。
「位置は、海岸近くの灯台。ここから6キロ先だね」
走って行くか、いや、それでは時間がかかりすぎる。
「姉様、このコイオスが先行し足止めを致しましょう。クリオスは、若様と真理亜様の警護を」
「了解ですコイオス」
言うが早いか、コイオスは茜色の空へ飛び立って行った。
私は、若にアイコンタクトをとり、海岸沿いの歩道を駆け出した。
走るのは得意ではないが、20分ちょっとで、灯台に辿り着けるはずだ。今回の天使が、人を襲う類のものでないことを祈るばかりである。
灯台下では、激しい戦闘が繰り広げられている。見たところ、コイオスが優勢に攻めているようにも感じる。
あと少しで着くから、持ち堪えてコイオス。
コイオスと天使の姿を目視できる距離までやってきた。
「あの子は」
私は、目を見張った。やってきた天使は、先日私たちを襲った彼女であったのだ。
「コイオスー」
「姉様、離れて」
コイオスは、後ろ飛び去ると、陣を敷きそこから剣を引き上げる。天使の武器は、先日と異なり剣と盾を身につけていた。
「どうして抵抗するのですか?我が主人こそが、神の中の神であらせられると言うのに」
「それでは、このコイオスも1つ質問がしとうございます。あなたからは血の匂いがします。一体何をしたらここまで血の匂いが染み込むのでしょうか?」
血の匂い。この鉄のような匂いのことか。確かに彼女から匂う。鼻で嗅ぐというより、肌で感じるる匂いだ。
「邪魔をすると言うのなら、排除します」
「そうですか。ならこちらも本気で仕留めさせていただきます」
天使の彼女は、剣を二本構える。それに対しコイオスは、武器を捨て去り、右手で握った拳を左胸にあて、ブツブツと何かを唱え始めた。その間にもコイオスと天使の間合いは縮まるばかりだ。
「コイオスッー」
思はず私は叫ぶが、彼女は微動だにしない。
「貴女に生命活動における禁断症状を与えます。BAD DREAM WORLD」
接近していた天使の歩みは止まり、剣を手放した。そのまま彼女は、地面をのたうちまわり、苦しみ悶えた。
「あ、ああっ、・・・奏花、華蓮」
かと思われたが、
「殺す、殺す、殺す、私を殺したあいつを殺す。絶対に殺すーー」
そう言い残すと、彼女はこの場から飛び去って行った。
ただ呆然とする私とコイオスは、お互いに顔を見合わせた。
「なんだったの?」
「わかりません。ですが、あの天使が他の天使と明らかに違うということは確かです。今後とも、お気をつけください」
コイオスの勝利に終わった戦いは、私の心に少しばかり、疑問を残す結果となった。
とにもかくにも、終わったことだ。蒸し返すのは、帰ってからでも遅くはない。
「戻りましょう。姉様」
「ええそうね」
「若様の奢りなのですから」
「ええ・・・そうね」
私たちは、海岸沿いを眺めると、クリオスが手を振ってこちらにやって来た。
「姉様、コイオスご無事でしたか」
「この通り無事です。が、クリオス持ち場は?」
「はい、若様のたぶれっとの天使の反応が無くなりましたので、お迎えの命を受けやって参りました」
若も随分仕事がマメだ。戦闘が終了して、そう時間は経っていないが、クリオスの到着は、素早かった。
真理亜はベンチに座って、ペットボトルに入った飲料を飲むでいる。その隣では、若が薄っすらと蒼くなりつつある空を見上げていた。
「あっやっと戻ってきた。ヒルデさんもコイオスちゃんもどっか行っちゃうし、私お腹ぺこぺこだよぅ」
「すまないな、ちょっと落し物をしたのを思い出して」
「まあまあ、お店に行こう。すぐ近くだから」
若は、真理亜の腕を引っ張って、立ち上がらせた。
釜飯料理店、ネプトゥヌスが言っていた、私の姉・・・がいる店だと良いんだけど。
「さあ、着いたよ。郷土釜飯料理店アルカディア」
若は、扉をあけて中に入った。開いた扉からは、香ばしいお米の匂いが漂っている。そうこれは、おコゲの匂いだ。すると、クリオスが、私のスカートの裾をクイクイと引っ張った。
「どうしたの?」
「中から強い。神格を感じます。なんだかクリオスは、体がぞわぞわします」
私に張り付いたクリオスは、離れようとはしない。対照的にコイオスは、気丈に振る舞っている。
「いらっしゃい。何に様かねえ」
店に入ると、早速女主人が、出てきた。
「5人です」
そう言うと、若が女主人に席へ案内されて行く。それに着いて行こうとすると、「本当に5名様かねえ」と、女主人が、囁いたように思ったのだが、何もなかった風に、彼女は厨房に消えていった。
「注文は何にされますかえ。もといメニューは2つしかありませんけどなあ」
女主人の言う通り「メニュー」と書かれた板には、右から「山の幸」「海の幸」とおおざっぱに続いているだけである。
メニューを決めた私たちは、それぞれ注文する。
若と真理亜の注文したメニュー「山の幸」は、早くテーブルに運ばれた。しかし、コイオスも「山の幸」を頼んでいたのだが、まだ来ていない。
そして、先に料理に手をつけた2人は、なんと言うか、料理に夢中と言うのがふさわしいほど、会話もせずに釜飯を食べている。
「若、美味しか?若?聞いているのか、若ッー」
何度食事の感想を聞いても返事は戻ってこない。むっ、おかしい。2人は、無視しているのではなく、初めから聞こえていないようだ。
その時、女主人がやって来て、私たちが座るテーブル席の隣のカウンター席に座って問いかけて来た。
「お前さんら、どこから来たのかえ?どうも、人の類や無いように見えるなぁ」
この女主人は、私たちのことを見抜いている。やはりこの人が姉なのか。だが、ここはひとまず、この状況について尋ねるべきだろう。
「これは、どういうことでしょうか」
「どうとは、ああこの2人ね。この2人は、わたくしの料理に魅了されてるんよ。正直な人らなんやろうな」
女主人は、「ウフフ」と嬉しそうである。その微笑みは母のような温かみがあった。
「それで、お前さんら神か。悪鬼のものなら情け容赦なく潰すけど、ええな」
今までの空気と一変し、強烈な殺気を感じる。強いと、感じるだけで言えてしまうほどだ。
私は、正体を明かすのは不本意だが、逆らうと後が怖そうなので、「いちよう、神、です」と控えめに答えた。
「そうか、そうか。正直でよろしい。で、そっちの童らもか?」
2人は、私の背後に隠れてただ首を縦に振るばかりである。
「わかった。殺気は解くから、こっちに顔見せて」
チロッと、一瞬顔を出して2人ともすぐに顔を引っ込める。
「ごめんなさい。怖がっちゃって」
「しゃあない。まあいいよ。それで、お前さん名はなんという。わたくしは、ウェスタ。ここの主人にして釜の神」
「私はヒルデ、じゃないくてゼウスよ。それで、こっちがコイオスでこっちがクリオスです」
「おや、ゼウス。母様は男の子だといっていたと思ったけど、違ったんやなあ。それにしても、確かに微弱やけど繋がりを感じるのは、そういうことなんやなあ」
やはり、彼女も私と繋がりを感じるようだ。
すると、ウェスタは私をギュッと引き寄せて抱擁する。下から、コイオスとクリオスの視線を感じる。
「よう、大きなったなぁ。苦労したんやろ。今まで気張ってえらいなぁ」
温かい。そう感じた。物理的にも精神的にも、そう思った。思わず「ただいま」と言いそうになったことは、秘密だが。
「2人の料理ももうなくなるから。魅了しておけへんし、また明日おいで、話ししよ。おチビさんらもおいでや」
やはり、コイオスもクリオスも首を縦に振るばかりである。
若と真理亜は、満足げにため息をつく。だが、私とコイオス、クリオスは何も食べていないことに気がつく。
「いやぁ、噂どおりの美味しさだった。お嬢さんのも美味しいそうだったな」
「えっ、ええ、そうね若」
とりあえず話を合わせて返事をするが、やはり食欲とは正直なものだ。今にも腹の虫がなりそうだ。
「僕は、仕事場に戻るよ、まだやり残したことがあるからね」
「そう、でも休める時に、休みなさいよ」
「ハイハイ。じゃあみんな、おやすみ」
若は、手早く会計を済ませて店を出て行った。残された私たち4人も、店を出る。
「真理亜、悪いんだけど先に戻っててくれない。ちょっと寄りたいところがあるの」
「いいですけど、遅くなっちゃダメですよ」
真理亜は、腕時計を確かめる。
「今から、1時間くらいには戻って下さいね」
「わかった」
「では、コイオスが姉様に着いて行きましょう」
コイオスは、見知ったように、私の顔を見つめる。なるほど、お見通しってわけか。
「じゃあ、クリオスちゃん。帰って甘いものでも食べよっか」
「それは何とも魅力的な提案ですね」
と言って、結局クリオスは、真理亜と一緒にホテルに戻って行った。意図して、真理亜に着いてくれたのか、単に甘いものが食べたかったのかは、分からないが、今はありがたい。真理亜を1人で帰すのは、気が気でないからである。
それでも、私は、先程の灯台下に何か敵の手がかりがないか、今日のうちに見ておきたいと思っていた。
「姉様、やはり先程の場所へ?」
「そう、何か手がかりがあるかもしれないでしょ」
「そうですね、羽根、神力の残り香、髪の毛。何かあるでしょう。斬り合いもした事ですし」
そ、そうですね。コイオスは、私と比べて心意気が一段上である。そこまで、深く考えていなかったな私。何かあるとは思うけど。
「目的地まで、長いから、さっきのやつの印象を教えてくれない」
「はい。そうですね、まず思ったことは、使役している神は、かなりの手練れです。あの天使は、どの天使よりも能力値が高いでしょう。前回の事件の時は、数が問題でしたが、今回はこの力に苦戦すると思われます」
なるほどね、一騎当千と言ったところか。神が億を相手にできるとしても、今の私や、転生して力が全盛期より劣るコイオスやクリオスでは厳しいもの無理はない。
「他には?」
「その他で言うなら、やはり他の天使は、機械的ですが彼女はどうも感情的のような攻撃を仕掛けて来ます」
感情的な攻撃とは、いったいどういうことなのだろう。
「感情的な攻撃、つまりは、力押しやフェイント、あとは駆け引き。そういった類の心理的側面が関与する攻撃のことです。姉様、目的地に到着です。散策を開始しましょう」
コイオスは、灯台の入り口付近、私は灯台の一番端の、桟橋近くをそれぞれ天使の手がかりを探す。そういえば、彼女は戦う時も去り際も、哀しそうな表情だった。彼女は、何を想って戦うのだろう。彼女は、どうも天使ではない気がしてならない。
「姉様」
背後から、コイオスが私を呼ぶ。何か見つけたようだ。
コイオスは、両手で何か持っている。鉄・・・の、欠片?
「どうぞ、いいものが手に入りました。これはおそらく、あの天使が振り回していた双剣の破片でしょう」
「でも、どうやって情報を得るの?」
「はい。そこはお任せを」
コイオスが手にした双剣の破片で、指を少し切る。突然のことで驚くが、コイオスは、やや微笑んで、自らの血を破片に落とした。血の雫は、破片に染み込み、文字を浮かび上がらせた。
「出ました」
「大地を、統べし母なる王」
「さすがです、姉様。私は、何と書いてあるかさっぱりですが」
確かに、見たことのない言語ではあるが、どうしてか私は読める。
ともかく、『大地を統べし母なる王』とは、何者であるのだろうか。今わかる程度で言うと女王だということくらいだが、
「姉様、そろそろ時間です。引き上げましょう。真理亜様が、お怒りになられてしまう」
「確かにそろそろ戻らないとね」
「はい。持ち帰りクリオスにも見せて見ましょう。あの子の鑑識はなかなかのものですから」
コイオスは、そう言って微笑む。クリオスは、道端で何でもかんでも拾ってしまうタイプだから、そのことを言っているのだろう。コイオスもまだまだ、幼いがやはり姉なのだろう。
明日は、明日で再びウェスタの店に赴かねばならない。だから早く寝て、次の神の手がかりを聞かないといけない。またあの店に行くかと思うと、少し頭が痛いが仕方ない。今は、一刻も早く神格を取り戻さなければならないのだから。
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