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一人より

初フェス!はじめます!

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 カップではトンデモ怪獣と戦い見事生還した奏音。名声は鰻登りとは行かないが傭人のランクが一つ上がったある日、大アルカナの酒場には奏音が出会った皆が一同に介する機会が偶然生まれた。
 ジュリーネとエドはお互い知り合いだったようだが、どこかぎこちない。それを見かねた奏音とヨハナは二人を酒場に誘ったのである。
「今日は集まってくれてありがとう」
「それで、これはなんの集まりなのでしょう」
「大丈夫、今日の議題は考えてありますジュリーさん」
 ババーン。と一人で声に出す奏音は、酒場の注目を一手に集める。何か始まるのかと期待する空気が酒場に立ち込める頃、奏音はある宣言をする。
「フェスを開催しますッ」
「「フェス」」
 一同から疑問と困惑の声が上がった。
「あれぇ、フェス知らない」
「知らない」
「知りませんね」
「知らねぇな」
 三人は口々にフェスの存在を否定する。奏音は身振り手振りでフェスの説明を始めた。
「お祭りなんだよ。屋台が並んで、歌って踊って騒ぐ日のことだよ。本当に知らない」
「祭事は厳かに神を祀る儀式を指しますから、そのような激しい催しは合戦くらいですね」
 ジュリーネは淡々と奏音に説く。それにヨハナはコクコクと頷く。しかしエドは、テーブルの酒を飲み干すと。
「あたしは乗るぜ奏音。何よりも騒ぐ日ってのが気に入った。やるならあたしは付き合うぜ」
 ぷわっとお酒の匂いを口から吐きながら、奏音と肩を組んでエドは耳打ちする。それに吊られてヨハナも「私も奏音ちゃんの手伝いなら喜んでするよ」と勢いで言う。
「はっはっは。そんでアンタはどうすんだ剣姫さん」
 ジュリーネはため息を溢して、「少しばかりはお力添えしましょう」と諦めたように笑って答えた。
「やったぁ。じゃあ早速練習しましょう。曲はたくさんありますから」
 言うが早いか、奏音は立ち上がり店を出ようとする。
「奏音ちゃんお会計まだだよ」
 ヨハナが後ろ姿を見送りながら奏音を引き止める。「そうだった、私の奢りの約束で集まってもらったの忘れてたよ」とお会計を済ませる。
 家に戻るなり、奏音は書き溜めた楽譜を掻き集めて皆の待つジュリーネの邸宅に急ぐ。
 フェスの段取りは、ジュリーネとヨハナが調整する。エドは、パフォーマンスを担当することとなった。そして、練習はジュリーネの邸宅で行われ、奏音はこのひと月ほどの間にになってきたと皆の技術の向上が如実に現れていた。
 奏音は図らずも、本番は凄いことが起こりそうだと感じていた。

「みんな、付き合ってくれてありがとう。みんなの音が私を支えてくれる気がする」
「なぁに言ってんだ。これからだろうが」
「気がするではなくお互いを支え合って練習して来たのですよ」
「緊張するけど、ここまでしてくれたのは奏音ちゃんのおかげだよ」
 皆、翌日に迫ったフェスに向け緊張が高まる中、互いを鼓舞しこの日もいつもと変わらず練習を行う。
 フェスの当日、奏音の頭の中には懐かしい思い出が巡っていた。前世での記憶。こと切れる刹那の光景。
 後悔している訳ではない、ただ懐かしいと感じるばかりであると。あの日もフェスの前日だった。メンバーたちの顔を最近では思い出す回数も減ってきている。
「スズハ」
「奏音ちゃん、奏音ちゃんッ」
 ハッと、奏音は呼ばれた方を向くとヨハナが心配そうに奏音を見つめている。
「どうしたの。ボーッとして、お腹すいたとか」
「う、ううん。違うけど、違わないかも」
 フェスの開催まであと少しという頃合いだが、緊張するとお腹が減るんだなと奏音は改めて思う。結成一周年記念ライブということもありとてつもなく緊張していたが、奏音はそれを紛らわす為にお菓子をがっついていた事を思い出した。
「飴玉しかないけど、いつも通りの奏音ちゃんで安心したよ。悩みがあるならいつでも言ってね。私たち友達なんだから」
「ありがと、楽しもうねヨハナン」
「うん、私ドキドキが止まらない」
「行こう」
 大アルカナの端の方の街で人々の往来はまばらだが、何が始まるんだという期待に皆一様に広場のステージを一目確かめようと背伸びをして覗き込もうとする。
 ステージでは出てきた四人が各々の奏具の点検を始め、その姿を観客たちは固唾を飲んで見守り、やがて静寂を破るように奏音がルミナスギターの弦を思い切り叩きつけると、モント爺の魔道具店で発注した声量を増大するイヤリングが起動する。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。いっぱい楽しんでいってね。まずはこの曲・・・・・」
 奏音の声は七つ先の通りまで響いていた。
 エドがスティクを三度叩き曲が始まる。ジュリーネの澄んだジューロンヴィキリーが前奏を滑らかに運んで、奏音が言葉を紡いで歌となす。
 ステージでは、ヨハナのマリオネットキーとエドのドラムがそれぞれ魔術効果を発揮させ、演出を担当している。何より人々の関心を惹くのは奏音の歌声を増幅する奏音特性の魔石マイクである。
 ルミナスギターの構造を応用し小型化したものである。声を発すると光属性を帯びた魔石が振動しマイク内で反響し合って音を増幅する。またその反響の遅れがさながら、エコーがかかったようになり、歌声が遠くまで運ばれて行くことになる。もちろんのこと、メンバーそれぞれがこのイヤリングをつけてコーラス部分を歌う。
 はじめこそはそわそわとした場の雰囲気が徐々に奏音たちへの期待に変わり、いつの間にか歓喜に変わっていた。すでに広場は歌を聴きつけてやって来た人々で賑わっている。四人は顔を見合わせてサインを送り合う。次の曲へ移る為でもあるが、喜びが溢れて仕方ないと彼女たちは思った。
「いや~、こんなに集まってくれるとは思ってなかったよ~」
 奏音はひと呼吸置いて広場を眺める。
「まだまだ終わりじゃないから~、時間が許す限り~、私たちと楽しみましょう~」
 ヨハナのキーが静かに辺りを包む、それに連なりジュリーネ、エドがそれぞれ続く。
 先ほどとは打って変わり、透き通るような声が広場に漂い始める。会場はうっとりと溜め息を一様に吐き出し、歌声に酔いしれる。
 そうして四人の初フェスは最後の曲を迎えた。最終のサビを迎える間奏の時ふと奏音は、バンドを組み立てで右も左も分からない頃を思い出していた。
 初ライブは、ライブハウスで演奏した記憶、オープニングだった。あの時は歌もギターも下手っぴだったなあと一人懐かしく思う。コード何それ。譜面暗号みたい。色々と大変なこともあったけど、ここまでやって来たんだ。そう思うと内から溢れ出る何かを吐き出したいと、奏音はグッと足で地を踏みしてお腹に力を込める。
 最後の最後は感情が爆発して何が何だか分からない状態になってしまったが、奏音はスッキリした表情で爽やかに一礼する。
「ありがとうございました」
 顔を上げると様々な種族の街人が嬉しそうに拍手している。
 そうこうしていると、大アルカナの警備隊ががやって来て、観客たちを解散させる。
「フェスは終わりだ。みんな風邪ひかないうちに解散だ」
「帰り道には気をつけるのだぞ」
 観客を誘導する隊員の中にはアヤハの姿もあった。アヤハは奏音たちの方を見ると親指を立ててそのまま仕事に戻って行った。
「アヤハには私から礼を伝えておきます」
「助かります。ジュリーさん、さあ、私たちも片付けしないと」
 と言っても、荷物が大きいのは奏音だけだった。奏具はほとんどが、魔術によるものである為、楽器として実態があるのは奏音のルミナスギターくらいである。
 レバーを引き、ギター内部の魔力を一気に放出させる。
「いつ見ても綺麗だね。奏音ちゃんのギターは」
「魔力を反射させて増幅してるからか、放出中はなんだかチクチクするけどね」
「しかし、この魔力量ならば私の剣姫隊でも敵うものがいるかどうか。まだ職を探しているのなら是非スカウトしたいものですね」
 ルミナスギターの光も収まり広場は篝火が灯るのみで、薄暗い街並みに戻っている。警備隊や観客の姿ももう残っていない。
「あたしは一杯やってくるが、誰か一緒に来るか」
「私も行きましょう。今日は飲みたい気分ですので」
 そういうと、エドとジュリーネは広場から酒場の方へと向かって歩き出していった。残された奏音とヨハナは、バルミロに帰ることにした。やることはやった、やりたいこともたくさんできた。思うことも自らが思っていた以上にあることにも気づいた。
 次のライブはもう少し先になりそうだなと奏音は心の中でそう感じる。整理がついたと強がっていただけだったのかもしれない。まだ当時のメンバーのことを忘れられない、比べてしまっているのだろう。それは仕方のないことなのか。彼女の自問はグルグルと頭の中を駆け巡るばかりである。
「私、楽しかった。あんなにも大勢の人の前で自分の演奏も詩も届けられるなんて。昔の私が知ったらびっくりしちゃうと思う」
「そうだね。ヨハナの音ちゃんと聞こえた。練習も沢山したけど、何より楽しいって気持ちが音から伝わってきたよ」
 ライブの途中、振り返りざまに見たメンバーの表情は奏音には眩しくまた、懐かしく思えた。いつか見た新鮮さを忘れてしまったわけではないが、どうしてか朧げな思い出となってぼんやりとしか思い出せなくなっていた。ライブの時は嫌というほど鮮明に湧き上がって来たというのに「変な感じ」と、奏音は吐息混じりにつぶやいた。
 バルミロに差し掛かると、ヨハナは宿屋に戻ると言い、ギルドの近くにある宿屋へ帰って行った。
 ライブの衝動、興奮それらを織り交ぜたうるさいくらいの感情は奏音の中で収まるところを知らない。背反するマイナスな感情も孕んでいるためか、落ち着いて眠ることもできない。
 そっと体を起こしてベッドの傍に置いてあるギターを手に取り魔力を込める。ここが離れでよかったと奏音は思う。弦を弾いてもバルミロ夫妻に迷惑かける心配はない。
 弦を弾く指は無意識に短調を刻む。少し冷える夜には似合うだろうと感じているせいかもしれないし、全く別の要因かもしれない。奏音の離れには、しっとりとした空気が流れている。
「悲しい詩だね」
 いつも間にか開け放たれた扉にはみたことのない獣人族の少女が薄明かりに照らされていた。
「そうだね。今の気持ちを弾いているの、いえ引き摺っているのかもしれない」
 少女にに掛けた言葉ではなく自身へ語りかけるように静かに乾いた唇からこぼれ落ちる。
 獣人族の少女頭にある耳をぴょこぴょこと動かすだけで返事はしなかった。何を思ってそこに立つのか奏音は気にはなったが、ただ唄を聴いてくれる人がいるならと少し激しめに弦を弾いて曲は中盤を迎える。
 そもそも歌詞の締めなど考えずに思いつくままに言葉を紡いでいるだけのうただ、しっくりくるところが締めの落とし所だろうと、奏音は間奏を繋ぎ歌いきる。
 レバーに手をかけ思い切り引くとルミナスギターの開口部が勢いよくせり上がり中の導力部から魔力光放出する。
「キレイ」
「うん、キレイだ」
「悲しいお歌だったけど最後の詩は楽しい詩だったよ。お姉ちゃん」
「・・・」
 思いがけない少女からの言葉に奏音は戸惑う。まさか、楽しい詩を歌っているとは思ってもみなかったからだ。悲しいことばかりが思い出ではない。改めて気づかされたことに奏音は思わず、少女の手を取り「ありがとう」と涙ながらに述べるのだった。

 
 

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