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五線譜から弾けて
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レッスン初日、奏音は入学したわけではないので、シュネルが放課後の空いた時間に教えてくれることになっている。
内容は単純で、宝石証明器具の魔力充填をし、灯りが点くかどうかというものでる。しかし、奏音はこの訓練に四苦八苦していた。
「あれー、何で点かないんだろ」
「それは私のセリフよ。どうしてあの奏具は動くのに、低学年用のランプが扱えないのかしら」
「宝石には、魔力が流れて行くのを感じますけど」
「おかしいわね」
続けて別の宝石に魔力を流し込むと、パリンと弾けて宝石は粉々に砕けてしまった。それを見てシュネルは奏音の肩に手を乗せる。
「今日はここまで、魔力の制御はただ流せばいいというものじゃないわ。今日は宿に戻ってこの袋の宝石全てに魔力を流しなさい」
「宿題ですか」
「ええ、そうよ。一流は努力して才能を伸ばすもののことを言うの」
「はい」
宿に戻り早速宿題に取り掛かるが、すでに宝石の破片の山が積み上げられている。
「はあ、ダメだあ」
残り数個、諦めかけた頃扉をノックする音に奏音は振り返る。
「すまんな、邪魔をしたか」
「いいえ、ちょうど煮詰まっていた所だったので」
アヤハがティーセットを持って奏音の部屋を訪ねて来た。奏音は寝巻き姿のアヤハを見て新鮮さを感じるのだった。
「宝石がすぐ壊れちゃって、なかなかうまくいかないんです」
「そうか、こう考えるのはどうだ。宝石の壊れる魔力量を知っておくというのは」
「それはどういう」
「壊れてしまう量を知っておけば、その前に込めるのをやめればいい。限界まで入れるのではなく、限界でやめるという考え方だ」
「いいですね。ちょっと試してみます」
アヤハの案を試した所、一つはうまく行ったが、残りは少なかったり、少し欠けたりとそうそう上手くいくものでもなかった。
そのあとアヤハとお茶を飲み床に潜り込んだのは、夜がふけってからだった。
「及第点ですね。しかし、あと少し充填できます。このあと少しを入れれるように精進しましょう」
「はい、わかりました」
奏音の作った魔力宝石はギリギリのところで魔力が止められている。そのためギリギリの部分にまだ余白があることをシュネルは指摘した。
厳しくもあるが、初等部の小さな子たちも楽々とやってのけるので、奏音はぐうの音も出ないのである。
そういえばと、奏音は昔のことを少し思い出した。バンドの衣装を作ろうとみんなで裁縫していたことがあったが、一人だけミシンが使えず、結局鈴波や鈴波の姉に手伝ってもらったのだ。
「私、そんなに雑な人間だったなんて」
奏音はそう考えると、自分でチューニングしていたことが奇跡のように感じてくるのだった。
「今日は体力づくりです」
感傷に浸っていた奏音は、驚きとともに口元を引きつらせる。
「ゔぇ」
「当たり前でしょ、あなたの奏具を扱うには魔力量の底上げは必須なの。あなた自身の魔力貯蔵量をかさ増しするためにも体力は重要です。体力の指導はアヤハに任せてあるから、競技館へ行きなさい。彼女が待ってるわ」
奏音は二日目、アヤハとトレーニングをした。内容は奏音の知る体育の授業となんならかわりはないが、何故か走る時も筋トレをする時も木剣を持たされた。「これなんか意味あるのかな」そう思いながらも、奏音はトレーニングを終え競技館の床に四つん這いに伏せた。
「はあ、はあ、こんなに・・・走ったの、小学校以来だよー」
「だらしないぞ奏音。一応、傭人冒険者なのだろう」
「いや、私、採取専門なので」
「仕方ない、剣を握れ奏音」
「コラッ」
アヤハの後ろにいつの間にかいたシュネルが、アヤハの頭にチョップする。
「奏音を勝手に騎士の道に引き摺り込まないで頂戴」
「いやあ、ついな」
「ごめんね。アヤハは気がつくとすぐに騎士道に連れ込もうとするから、あなたも気をつけるのよ。でも、二日目にしては結構仕上がってるわね」
「だろ、なんといっても帝国式訓練をさせたからな」
「なっ、何やらせてるのよアンタわ」
奏音は、ふうと一息つき仰向けに寝転がると、うとうとしてきたのでそのまま眠気に誘われることにした。こうしてアヤハとシュネルは口喧嘩をはじめ、その傍らで奏音は就寝し二日目を終えた。
それからは、長いようで短い二週間となった。アヤハは三日目で一度、都に帰ったが今日の夕方に奏音を迎えに来るためにシュネルの学院にやってくる。
一方で、奏音はシュネルとマキヤそして、学院の生徒五十余人、その他学院の教鞭を執る魔術師、魔導士、寮母さんなどが一堂に会し競技館の舞台に立つ奏音を、物珍しげに眺めている。
「久しぶりのこの感じ、頑張ろうルミナスギター」
ギターを握る指先から魔力が抜けていくのを感じるそして、必要量の魔力充填が完了したギターに弦が張られ、それをおもいきり右手のピックを振り下ろし震わせると、奏音は少し微笑んだ。
チューニングが完璧だったからである。そして首から下げている宝石のついたネックレスが少し暖かくなると、奏音は集まった皆に話しかけ始めた。
「シュネル魔術学院の皆さん、私は五条奏音です。今回は私の卒業試験にお付き合いくださってありがとうございます。学院で過ごした二週間の成果を出せるように頑張りますので最後まで楽しんでいってください。
あゆーれでぃー、れっつしんぐ」
マイクの代わりのネックレスを奏音の声が通り競技館に響き始める。
彼女の最終課題は、ルミナスギターを正常に運用しかつ、その後体力が残っていることである。そのために選んだのがライブの開催であった。と言っても、学院の全校集会の時間を借りて行う小さなものである。だが、奏音の心にはじわり、じわりと熱いものが込み上げていた。
シュネルは辺りを見回し、安堵したように奏音を再び見据える。
「二週間前の彼女とは別人のようです。流石ですね院長」
「いいえ、あれは彼女の努力の結果です。才能に溺れることなく研鑽を積み工夫を凝らす。それを生徒たちにわかってもらえれば良いのですが」
マキヤは驚いたようにシュネルの微笑む横顔を見つめていた。「なるほど、そういうことですか」と納得したように目を閉じると、奏音の歌に身を預ける。
奏音は思い出の曲を歌う。楽しい、楽しいのだが、どこか熱くなりきれない。不完全燃焼という感じがしてはならなかった。一曲歌い終わると、生徒たちは感嘆の声を上げて立ち上がっている。奏音は咄嗟に振り返る。いつもならそこにいる親友は、今はその影もない。
「そっか、私一人なんだ」
そう感じて俯きそうになるが、鈴波やメンバーたちの表情を思い浮かべると、「まだ行ける」そういう気持ちになってくる。
「すう、はあ。上手くできたみたいでよかったです。でも、もう一曲だけお付き合いしてもらっていいですか」
奏音が問いかけると、競技館の隅の入り口付近から拍手が聞こえる。そして波のように次々と拍手は大きくなった。
「聞いてください、私の大切な曲『悠Q+那』」
一人で弾くのは初めてだった。バラードの曲だが、エンディングにはちょうど良い。
奏音は歌いながら思う。こんなにも哀しく切ない気持ちになるのもまた初めてであった。この曲はまさに今の奏音を表す曲である。永遠はなく、死とは何かを突きつける曲だからこそ、今を大切にしたいと思い当時作詞したが、まさか自分がこの歌詞を改めて深く考えさせられることになろうとは。
それでも、この曲は今の奏音にとっては残酷でもあり希望でもある。だからこそ歌う価値がある。
競技館に満ちる奏音の思いは観客である生徒たちに伝播する。ある女子生徒は泣き出し、ある男子生徒は家族写真を見つめ、あるカップルの生徒は抱き合う。そんな光景を見たシュネルは肌に痺れを感じた。
「コレは、あの子の詩が生徒たちの情緒に働きかけている。この想念の共鳴反応、魔術ではない・・・・・」
シュネルは口を一文字に結び、奏音を見据える。
「ロード」
シュネルは魔法を使い奏音の記憶を探り始めた。しかし彼女の記憶は何者かに阻まれ見ることは叶わなかった。
「魔法耐性、それとも別の法則。それにしてもあの子、放って置けないわ」
歌が終わると、歓声ともに拍手が巻き起こる。シュネルを除いて皆、奏音の詩の余韻に浸っていた。
「マキヤ先生、彼女の詩を聴いて何か感じましたか」
「えっ、そうですね。亡くなった母に抱かれていたときのことを思い出しましたね。それと同時に、母がいないという現実を受け入れて母のためにも頑張ろうという気持ちになりましたが・・・」
「そうですか」
「・・・院長」
「いえ、教えていただいてありがとうございます」
「はあ」
奏音はギターの下部のレバーを引き、内部に溜まった魔力を放出すると、ギターのサイドカバーが展開し、翼のような形状の反射鏡のフィンが激しく粒子状の金色の光を発散する。
「うわっ」
思ったよりも大量の粒子が舞い、思わず奏音は声を上げてしまう。しかし、その光景を見た生徒たちからまた拍手が起こった。
テヘヘッ。と照れ笑いをして急いで舞台袖に退場する。舞台袖にはアヤハとシュネルが待っていた。
「奏音、ちょっとお話が。昼食後アヤハと院長室へ来てちょうだい」
お疲れ様を期待していた奏音は、呆けたように「はい」と、つい生返事をしてしまう。アヤハも「どうしたんだ、シュネルのやつ」と去っていくシュネルの後ろ姿を目で追う。
昼食を摂り、院長室へやって来たのは日が真上から少し傾いた頃である。
「アヤハさん来るの早かったですね」
「ああ、叔父上が仕事を引き継いでくれてな。おかげで半日、早く出発できたのだ」
「優しい叔父さんですね」
そうこう話しを廊下でし終わり院長室のドアをノックする。ドアが開き、シュネルはティーセットを机に置くと二人を椅子に座られる。
「それで、あの、お話とは」
「ええ、でもその前に、卒業試験合格よ。と言っても正式なものではないのだけど。私の公認ではあるから安心してね」
「ありがとうございます」
穏やかな表情から一転、シュネルは険しい表情になり、一冊の本を奏音とアヤハに差し出す。
「あなたの詩にはとても・・・そうね、力があるわ」
「そうだろう。奏音の詩はこう言葉にしにくいが心に来るという感じだ」
「でも、それが問題なの」
奏音は、会話についていけてない。なにせ彼女にとっては無意識下で起こっているからである。
「それが、どうしたというのだ」
「奏音の詩は直接、聴くものの心に作用している」
「つまり、どういうことだ」
「奏具の音、奏音の声、それらが合わさって、奏音が云うところの歌が聞き手の感情を誘導しコントロールしている」
奏音は目の前の本をペラペラとめくる。そして、しおりの挟まれているページを見つけ、ゆっくりと読み始めた。
『導きの声』そのものの声は天啓、約束された贈り物は他者を射止め多くの魂を約束の地へと導かん。
本には訳の分からない内容が書いてある。約束だとか天啓だとか、ちょっと痛い内容だと奏音は思った。
「なんですコレ」
「奇跡の書。かつて私たちの先祖は奇跡という力を有していて、個々人を表すものが固有奇跡というものらしい、という伝説よ」
「それで奏音がこの『導きの声』の持ち主だと」
シュネルは静かに頷く。妙に真面目顔のシュネルを見てアヤハはクスクスと笑い始めた。
「すまない。だが、コレは先祖たちの尊さを記したに過ぎない御伽話だ。実際は優秀な権力者だったから、皆そのものの言葉に従ったというだけのこと。声だけでどうこう出来るというものでもないだろう」
シュネルは肩の力を抜き、ため息をついて窓を開ける。
「ええ、もちろん杞憂だといいんですけど」
シュネルはプイとアヤハのお茶を飲み干しティーセットを取り上げた。
「昔のシュネルを思い出してついな。ほらよく二人で絵本を読んではもしも話をしただろ」
「もう、そんな昔の話。今、思い出さなくてもいいでしょ」
二人はいつもどおり痴話喧嘩を始める。その傍らで奏音は本を見つめたままだった。思い当たることは一つ。朧げだが、あの自称神様が奏音の体をいじっていたら、と考えていた。しかし、楽観的な彼女は「まさかねー」と、考えるのをやめて本を閉じた。
この時、奏音は大切なことを忘れていた。奏音には特異技能として『導く声』を取得していることを・・・。
ともあれ、無事にバルミロの玄関をくぐりヴィクトルとコーデルの顔を見ると、疲れがどっと奏音の華奢な身体を襲う。
「お疲れさん奏音」
「今日はゆっくり休みなよ」
二人はいつも通りに迎えてくれたことに奏音は改めて感謝を述べ、食事を済ませ入浴後、早めにベッドに潜り込み眠りについた。
その傍らには、ルミナスギターが月光を淡く反射していた。
内容は単純で、宝石証明器具の魔力充填をし、灯りが点くかどうかというものでる。しかし、奏音はこの訓練に四苦八苦していた。
「あれー、何で点かないんだろ」
「それは私のセリフよ。どうしてあの奏具は動くのに、低学年用のランプが扱えないのかしら」
「宝石には、魔力が流れて行くのを感じますけど」
「おかしいわね」
続けて別の宝石に魔力を流し込むと、パリンと弾けて宝石は粉々に砕けてしまった。それを見てシュネルは奏音の肩に手を乗せる。
「今日はここまで、魔力の制御はただ流せばいいというものじゃないわ。今日は宿に戻ってこの袋の宝石全てに魔力を流しなさい」
「宿題ですか」
「ええ、そうよ。一流は努力して才能を伸ばすもののことを言うの」
「はい」
宿に戻り早速宿題に取り掛かるが、すでに宝石の破片の山が積み上げられている。
「はあ、ダメだあ」
残り数個、諦めかけた頃扉をノックする音に奏音は振り返る。
「すまんな、邪魔をしたか」
「いいえ、ちょうど煮詰まっていた所だったので」
アヤハがティーセットを持って奏音の部屋を訪ねて来た。奏音は寝巻き姿のアヤハを見て新鮮さを感じるのだった。
「宝石がすぐ壊れちゃって、なかなかうまくいかないんです」
「そうか、こう考えるのはどうだ。宝石の壊れる魔力量を知っておくというのは」
「それはどういう」
「壊れてしまう量を知っておけば、その前に込めるのをやめればいい。限界まで入れるのではなく、限界でやめるという考え方だ」
「いいですね。ちょっと試してみます」
アヤハの案を試した所、一つはうまく行ったが、残りは少なかったり、少し欠けたりとそうそう上手くいくものでもなかった。
そのあとアヤハとお茶を飲み床に潜り込んだのは、夜がふけってからだった。
「及第点ですね。しかし、あと少し充填できます。このあと少しを入れれるように精進しましょう」
「はい、わかりました」
奏音の作った魔力宝石はギリギリのところで魔力が止められている。そのためギリギリの部分にまだ余白があることをシュネルは指摘した。
厳しくもあるが、初等部の小さな子たちも楽々とやってのけるので、奏音はぐうの音も出ないのである。
そういえばと、奏音は昔のことを少し思い出した。バンドの衣装を作ろうとみんなで裁縫していたことがあったが、一人だけミシンが使えず、結局鈴波や鈴波の姉に手伝ってもらったのだ。
「私、そんなに雑な人間だったなんて」
奏音はそう考えると、自分でチューニングしていたことが奇跡のように感じてくるのだった。
「今日は体力づくりです」
感傷に浸っていた奏音は、驚きとともに口元を引きつらせる。
「ゔぇ」
「当たり前でしょ、あなたの奏具を扱うには魔力量の底上げは必須なの。あなた自身の魔力貯蔵量をかさ増しするためにも体力は重要です。体力の指導はアヤハに任せてあるから、競技館へ行きなさい。彼女が待ってるわ」
奏音は二日目、アヤハとトレーニングをした。内容は奏音の知る体育の授業となんならかわりはないが、何故か走る時も筋トレをする時も木剣を持たされた。「これなんか意味あるのかな」そう思いながらも、奏音はトレーニングを終え競技館の床に四つん這いに伏せた。
「はあ、はあ、こんなに・・・走ったの、小学校以来だよー」
「だらしないぞ奏音。一応、傭人冒険者なのだろう」
「いや、私、採取専門なので」
「仕方ない、剣を握れ奏音」
「コラッ」
アヤハの後ろにいつの間にかいたシュネルが、アヤハの頭にチョップする。
「奏音を勝手に騎士の道に引き摺り込まないで頂戴」
「いやあ、ついな」
「ごめんね。アヤハは気がつくとすぐに騎士道に連れ込もうとするから、あなたも気をつけるのよ。でも、二日目にしては結構仕上がってるわね」
「だろ、なんといっても帝国式訓練をさせたからな」
「なっ、何やらせてるのよアンタわ」
奏音は、ふうと一息つき仰向けに寝転がると、うとうとしてきたのでそのまま眠気に誘われることにした。こうしてアヤハとシュネルは口喧嘩をはじめ、その傍らで奏音は就寝し二日目を終えた。
それからは、長いようで短い二週間となった。アヤハは三日目で一度、都に帰ったが今日の夕方に奏音を迎えに来るためにシュネルの学院にやってくる。
一方で、奏音はシュネルとマキヤそして、学院の生徒五十余人、その他学院の教鞭を執る魔術師、魔導士、寮母さんなどが一堂に会し競技館の舞台に立つ奏音を、物珍しげに眺めている。
「久しぶりのこの感じ、頑張ろうルミナスギター」
ギターを握る指先から魔力が抜けていくのを感じるそして、必要量の魔力充填が完了したギターに弦が張られ、それをおもいきり右手のピックを振り下ろし震わせると、奏音は少し微笑んだ。
チューニングが完璧だったからである。そして首から下げている宝石のついたネックレスが少し暖かくなると、奏音は集まった皆に話しかけ始めた。
「シュネル魔術学院の皆さん、私は五条奏音です。今回は私の卒業試験にお付き合いくださってありがとうございます。学院で過ごした二週間の成果を出せるように頑張りますので最後まで楽しんでいってください。
あゆーれでぃー、れっつしんぐ」
マイクの代わりのネックレスを奏音の声が通り競技館に響き始める。
彼女の最終課題は、ルミナスギターを正常に運用しかつ、その後体力が残っていることである。そのために選んだのがライブの開催であった。と言っても、学院の全校集会の時間を借りて行う小さなものである。だが、奏音の心にはじわり、じわりと熱いものが込み上げていた。
シュネルは辺りを見回し、安堵したように奏音を再び見据える。
「二週間前の彼女とは別人のようです。流石ですね院長」
「いいえ、あれは彼女の努力の結果です。才能に溺れることなく研鑽を積み工夫を凝らす。それを生徒たちにわかってもらえれば良いのですが」
マキヤは驚いたようにシュネルの微笑む横顔を見つめていた。「なるほど、そういうことですか」と納得したように目を閉じると、奏音の歌に身を預ける。
奏音は思い出の曲を歌う。楽しい、楽しいのだが、どこか熱くなりきれない。不完全燃焼という感じがしてはならなかった。一曲歌い終わると、生徒たちは感嘆の声を上げて立ち上がっている。奏音は咄嗟に振り返る。いつもならそこにいる親友は、今はその影もない。
「そっか、私一人なんだ」
そう感じて俯きそうになるが、鈴波やメンバーたちの表情を思い浮かべると、「まだ行ける」そういう気持ちになってくる。
「すう、はあ。上手くできたみたいでよかったです。でも、もう一曲だけお付き合いしてもらっていいですか」
奏音が問いかけると、競技館の隅の入り口付近から拍手が聞こえる。そして波のように次々と拍手は大きくなった。
「聞いてください、私の大切な曲『悠Q+那』」
一人で弾くのは初めてだった。バラードの曲だが、エンディングにはちょうど良い。
奏音は歌いながら思う。こんなにも哀しく切ない気持ちになるのもまた初めてであった。この曲はまさに今の奏音を表す曲である。永遠はなく、死とは何かを突きつける曲だからこそ、今を大切にしたいと思い当時作詞したが、まさか自分がこの歌詞を改めて深く考えさせられることになろうとは。
それでも、この曲は今の奏音にとっては残酷でもあり希望でもある。だからこそ歌う価値がある。
競技館に満ちる奏音の思いは観客である生徒たちに伝播する。ある女子生徒は泣き出し、ある男子生徒は家族写真を見つめ、あるカップルの生徒は抱き合う。そんな光景を見たシュネルは肌に痺れを感じた。
「コレは、あの子の詩が生徒たちの情緒に働きかけている。この想念の共鳴反応、魔術ではない・・・・・」
シュネルは口を一文字に結び、奏音を見据える。
「ロード」
シュネルは魔法を使い奏音の記憶を探り始めた。しかし彼女の記憶は何者かに阻まれ見ることは叶わなかった。
「魔法耐性、それとも別の法則。それにしてもあの子、放って置けないわ」
歌が終わると、歓声ともに拍手が巻き起こる。シュネルを除いて皆、奏音の詩の余韻に浸っていた。
「マキヤ先生、彼女の詩を聴いて何か感じましたか」
「えっ、そうですね。亡くなった母に抱かれていたときのことを思い出しましたね。それと同時に、母がいないという現実を受け入れて母のためにも頑張ろうという気持ちになりましたが・・・」
「そうですか」
「・・・院長」
「いえ、教えていただいてありがとうございます」
「はあ」
奏音はギターの下部のレバーを引き、内部に溜まった魔力を放出すると、ギターのサイドカバーが展開し、翼のような形状の反射鏡のフィンが激しく粒子状の金色の光を発散する。
「うわっ」
思ったよりも大量の粒子が舞い、思わず奏音は声を上げてしまう。しかし、その光景を見た生徒たちからまた拍手が起こった。
テヘヘッ。と照れ笑いをして急いで舞台袖に退場する。舞台袖にはアヤハとシュネルが待っていた。
「奏音、ちょっとお話が。昼食後アヤハと院長室へ来てちょうだい」
お疲れ様を期待していた奏音は、呆けたように「はい」と、つい生返事をしてしまう。アヤハも「どうしたんだ、シュネルのやつ」と去っていくシュネルの後ろ姿を目で追う。
昼食を摂り、院長室へやって来たのは日が真上から少し傾いた頃である。
「アヤハさん来るの早かったですね」
「ああ、叔父上が仕事を引き継いでくれてな。おかげで半日、早く出発できたのだ」
「優しい叔父さんですね」
そうこう話しを廊下でし終わり院長室のドアをノックする。ドアが開き、シュネルはティーセットを机に置くと二人を椅子に座られる。
「それで、あの、お話とは」
「ええ、でもその前に、卒業試験合格よ。と言っても正式なものではないのだけど。私の公認ではあるから安心してね」
「ありがとうございます」
穏やかな表情から一転、シュネルは険しい表情になり、一冊の本を奏音とアヤハに差し出す。
「あなたの詩にはとても・・・そうね、力があるわ」
「そうだろう。奏音の詩はこう言葉にしにくいが心に来るという感じだ」
「でも、それが問題なの」
奏音は、会話についていけてない。なにせ彼女にとっては無意識下で起こっているからである。
「それが、どうしたというのだ」
「奏音の詩は直接、聴くものの心に作用している」
「つまり、どういうことだ」
「奏具の音、奏音の声、それらが合わさって、奏音が云うところの歌が聞き手の感情を誘導しコントロールしている」
奏音は目の前の本をペラペラとめくる。そして、しおりの挟まれているページを見つけ、ゆっくりと読み始めた。
『導きの声』そのものの声は天啓、約束された贈り物は他者を射止め多くの魂を約束の地へと導かん。
本には訳の分からない内容が書いてある。約束だとか天啓だとか、ちょっと痛い内容だと奏音は思った。
「なんですコレ」
「奇跡の書。かつて私たちの先祖は奇跡という力を有していて、個々人を表すものが固有奇跡というものらしい、という伝説よ」
「それで奏音がこの『導きの声』の持ち主だと」
シュネルは静かに頷く。妙に真面目顔のシュネルを見てアヤハはクスクスと笑い始めた。
「すまない。だが、コレは先祖たちの尊さを記したに過ぎない御伽話だ。実際は優秀な権力者だったから、皆そのものの言葉に従ったというだけのこと。声だけでどうこう出来るというものでもないだろう」
シュネルは肩の力を抜き、ため息をついて窓を開ける。
「ええ、もちろん杞憂だといいんですけど」
シュネルはプイとアヤハのお茶を飲み干しティーセットを取り上げた。
「昔のシュネルを思い出してついな。ほらよく二人で絵本を読んではもしも話をしただろ」
「もう、そんな昔の話。今、思い出さなくてもいいでしょ」
二人はいつもどおり痴話喧嘩を始める。その傍らで奏音は本を見つめたままだった。思い当たることは一つ。朧げだが、あの自称神様が奏音の体をいじっていたら、と考えていた。しかし、楽観的な彼女は「まさかねー」と、考えるのをやめて本を閉じた。
この時、奏音は大切なことを忘れていた。奏音には特異技能として『導く声』を取得していることを・・・。
ともあれ、無事にバルミロの玄関をくぐりヴィクトルとコーデルの顔を見ると、疲れがどっと奏音の華奢な身体を襲う。
「お疲れさん奏音」
「今日はゆっくり休みなよ」
二人はいつも通りに迎えてくれたことに奏音は改めて感謝を述べ、食事を済ませ入浴後、早めにベッドに潜り込み眠りについた。
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