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五線譜から弾けて
光を唄うもの
しおりを挟む
合戦の報酬で得た材料で、ヴィクトルらはギター製作に取り掛かった。念願のギター完成を前に奏音は、合戦の合間に創り上げた曲を紙に写していく。
曲を忘れることは滅多にないが、それでも形にしておきたいと奏音は思った。そして、ちょうど今、五本の線に音を載せ終えたところである。
「よし、タイトルは・・・『僕らは敵じゃない』これに決めた」
コンコンと、奏音が自室にしている離れのドアをノックする音が響く。ビクッと奏音の肩が飛び上がる。
「はーい」
ドアが開かれ、ヴィクトルが得意げな顔をで現れた。
「できたぜ、嬢ちゃん。ちょいと試しに使ってみてくれ」
そう言われて、奏音はヴィクトルの工房にやって来ると、スタンドに立て掛けられたギターを見つけて目を光らせる。
形もさながら、色も奏音が今まで使っていたギターと同じ色で懐かしさが感じられる。
「すごい、すごいよヴィクトルさん」
「あ、あたりめぇよ。ほら、試しになんか奏いてみな」
「うん」
ギターにはベルトが付いており、慣れた手つきで肩に下げる奏音。ギターのネックから本体にかけて弦は無いが、掌の腹がネックに触れると、奏音は不思議な感覚に襲われる。
「ああ」
すうっと、体からネックに触れる左手に何かが流れる感じ。魔術具店で使ったあのギターではなかった感触だった。
「よし、持ったな。嬢ちゃん弦をイメージするんだ」
「はいッ」
奏音は、愛用していたギターの弦を想像する。手に馴染む懐かしさ、弾いた時の音色が今でも全身に染みついている。
そして、「ふうぅ」と奏音が息をついた時、彼女の底にある栓が抜ける感覚の後、一気に濁流が身体を満たして、その逃げ場としてギターに流れ込んでいく。するとギターの本体に埋め込まれた小さな宝石が六つ、上から順番に煌く。
「うっ」
ヴィクトルは思わず腕で目を庇う。それほどまでの輝きがギターから放たれた。ゆっくりと再び瞼を開けると、そこには六本の弦が光るギターを持った奏音が右手を振りかぶるところだった。
ギュイイィィィィィ。
併せて作ったモーの角のピックが、弦を弾いて工房の空気を振動させた。ヴィクトルは目を見開いたまま、奏音のその姿をただ見ていた。
「チューニングしないと、音がズレちゃうな」
「コレが、本当の嬢ちゃんか」
「ヴィクトルさん、チューニングってどうするの」
「えっ、ああ」
感嘆を漏らすヴィクトルとは裏腹に、奏音は淡々とギターをいじり始める。そのとき店の方から魔術具店のお爺さんが来て、満足げに顎髭を撫でていた。
「音がズレるのは、魔力の流れを操れてないからじゃ」
「どういうことですか」
「お嬢さんの魔術が未熟ということじゃよ」
ヴィクトルは手袋を外し、作業台に置くとその上の棚にある本を一冊取り出して奏音に放り投げる。
受け取った奏音はページを数枚めくったあと、目を細めた。
「爺っちゃんの言いたいことは、修行して鍛錬を積めってことだ。もちろん魔術のな」
「大丈夫、お嬢さんは細かい作業は得意そうじゃ。儂のいとこの孫が修練教室を開いとる。紹介しておこう」
「ありがとうございます」
かくして、奏音は魔術を習うことになった。けれどもチューニングするのにこんなに時間がかかるのは、初めてだと奏音は思った。普通ならばチューナーで音を確認して、弦の緩み具合を調節してやるだけだ。まさか、チューニングするのは楽器の方ではなく自分の体の方をチューニングするなんて思っても見なかったのだ。
ギターは、魔術具店のお爺さんが名付けた。「儂がコレを売るなら『ルミナスギター』と言うたとこかえ」という感じで、奏音はこの名前が気に入ったのでそのまま呼ぶことにした。
「そうじゃった。お嬢さん使い終わったらちゃんと中の魔力を発散させんと、壊れちまうからのう気をつけるんじゃぞ」
そう言い残して、お爺さんは帰って行ってしまった。
「そこの、そう、嬢ちゃんの腹の辺りにあるそのレバーを開いて引けば、魔力を発散できるようにしてある」
奏音は言われた通りに本体上部にあるレバーを引くと、本体の中心部が割れて中の鏡面構造が露出し、ギターの上部と下部が翼のような形状に展開し、たちどころに中に溜まっていた光属性を纏った魔力の粒子が放出される。
「綺麗」
「さて、飯にするか。コーデルに終わったと言ってきてくれ。俺は片付けてから行くからよ」
「はい」
コーデルはちょうど店の札をOpenからclosedに変えているところだった。
「コーデルさん、終わりました」
「そうかい、そんじゃ夕飯を作んないとね。ヴィクトルは」
「片付けをしてからダイニングに来るそうです。私は夕飯の支度のお手伝いを」
「わかったよ。そうだね、今日はブーのフライにでもするかい。奏音はサラダを作っておくれ」
「はい、任せてください」
ブーのフライとは、豚カツのようなものだ。少しばかり厚い衣と、ブーの肉の芳醇な味がよく合う家庭料理の一つ。
奏音は夕飯を食べ終えて、お茶をすすっていると、そのまま机に突っ伏して眠ってしまった。
「あらら、寝ちゃったわね」
「無理もねえさ。あの量の魔力を一度に使うなんて。普通の人間だったら干からびちまう。魔族でもトップクラスの連中じゃなけりゃ、ひいひい言うだろうな」
「そう」
「おっと、いけね。ほらコレ」
「なんだいコレ」
「モント爺さんのいとこの孫、シュネルの魔術学院の紹介状さ。モント爺さんが置いてった」
コーデルは溜息を吐くと、紹介状をヴィクトルに帰す。
「授業料は爺さん持ち、ただ道中はこの子一人だ」
「大丈夫なのかい。あそこには竜の巣があるって」
「嬢ちゃんは一人でここに来た。もしここに行くなら俺たちはこの子を信じてやるしかねえと思う」
「・・・・・」
翌々日、準備を整えた奏音は街道の突き当たりにある門で出立の事務処理をしていた。
ここ大アルカナ帝国では、出門後の期間をあらかじめ告げておく必要がある。民事上の措置だという。
奏音はここで、ある人と待ち合わせをしていた。
「奏音、待たせたな。では行くか」
「はい、行きましょう。アヤハさん」
「すまんな。手続きは面倒だが、法なのでな。従ってもらうしかない」
「ところでアヤハさんはどうしてシュネルさんのところに」
「ああ、シュネルは私の古い友人で、時折会いに行くんだ。ついでに魔攻騎士志望の生徒の面談もするんだ」
アヤハは馬を二頭用意していた。奏音は流石だなと思うばかりである。なんなら奏音は徒歩で行く覚悟を早朝していたくらいだ。そのことをアヤハに話すと彼女は腹を抱えて大笑いした。
「すまん。しかしあの距離を徒歩で行こうなんて。今度、兵たちの修練のメニューに加えておくとしよう」
ごめんなさい兵隊の皆さん。と奏音は心の中で謝って苦笑を浮かべながら、「ほどほどに~」としかいえなかった。
現在二人が向かっているシュネルの魔術学院は、カップとワンドの国の境で山の中腹にある。帝国の北門から馬でかれこれ三日かかるため、徒歩では1週間ほどだという。
山の麓に到着し、休むために焚き木を挟んで二人は腰を下ろす。
「星が綺麗ですね」
「そうだな、昔は私も寄宿学校で天文を学んでいた」
「星が好きなんですか」
「いや、ただ輝ける星に憧れていたのだ」
星空を見上げて、アヤハはどこか遠いところを見るように目を細めた。パチンと、火の粉が音を立てたときアヤハ再び語り出す。
「奏音は大アルカナ帝国の闇を知っているか」
「闇ですか」
「そうだ。我が国では人身売買を主とした闇取引が横行している」
奏音はふと、バルミロの二人と出会った頃の会話を思い出す。彼女も無一文でバルミロを訪れたときは奴隷商から逃げ出してきたのかと勘違いされていた。
「帝国ではあるが、現在は皇帝の席は空席なのだ。それ故に民政を強いられるが、中々上層部はまとまりがなくてな、法があるようでない。奏音も感じたかと思うが、北門で出門期間は聞かれても荷物確認はなかっただろう」
「そういえば、そうですね」
帝国の法は二世代前の皇帝のものを使い古しており、時代にそぐわないものであった。帝政の衰退は時代に立法という概念すら薄れさせてしまっていたのだ。
「自由な国と言えば聞こえは良い。安否確認の法が残っているだけよしとする者もいるが、売られていくものたちの自由はどこにあるのかと私は卒業を控えた頃に思ってな、勢いだけで騎士になったのだ。蓋を開ければ騎士の使えるべき王もなく、私もまた血迷っていたというわけさ」
「私も自由ってなんなのか、考えたことはあるけど自由は多分、測れないものだと思うからしっかりとした形では表せられないと思うんです。だから私は歌うのかもしれない」
「・・・それは、どういうことなんだ」
アヤハは後ろで結んでいた髪を解いて、髪の毛先の方で緩めに束ね直した。奏音は焚き火を見つめて答える。
「私の場合は歌ってる時が私にとっての自由なんだって伝えるために・・・なんていうと偉そうだけど」
「なるほど、そうだな。君らしい」
そしてまた二人は星空を見上げる。
「私の自由か、私はまだそれを得ていない。けれども・・・。すまないが寝る前に君の詩を聴かせてもらえるかな」
「ええ、私の歌で良ければ。私はいつでも歌っていますから」
奏音は、ギターを取り出し弦を一つずつ弾く。チューニングは不完全でも、音程ではなくリズムを取るくらいならできるだろうと、弾き始めたのだ。
透き通る声は、まるで星のように闇を照らしている。アヤハは、「ここにも星の光があったか」と瞼を閉じ光を唄うかのような、優しい唄声と温かな詩に聴き惚れていた。
シュネル魔術学院、立派ではないが質素でもない平家造りの校舎が、奏音の目の前にある。
「着きましたね」
「ああ。意外そうな顔をしているな奏音。しかし中に入れば今度は驚きに変わるだろう」
「はあ」
空返事が漏れ出てしまうが、以前から何度も足を運んでいるアヤハは、手早く馬を馬宿に連れて行く。
アヤハの後ろについて奏音が、恐る恐る校舎の入り口を覗き込む。ドアノブも取手もないドアをどう開けるのか奏音は考えていた。
「ノックをしてくれ奏音。君の用事を先に済ませた方がいいだろう。シュネルはそういったことにはうるさい奴なんだ。学生時代、寮生活していたんだが、ノックをせずに部屋に入ったらかれこれ二時間は説教されたものだ」
押しドアだと、奏音がこのドアの開け方を考えついた時、アヤハが奏音を脅かしたため、開けるために伸ばされた腕は、途中でノックをするために伸ばし直された。
コンコン。
木ならではの少し高い音が響くと、ドアは左右にスライドして開かれた。そして背の高い女性が奏音を見下ろしている。
「こんにちは、あのぉ、五条奏音と言います。シュネルさんですか」
「いいえ、わたくしは古代文字担当のマキヤと申します。五条さんのことは院長から聞き及んでいます。そちらはアヤハ様ですね。お久しぶりにございます」
「ああ、マキヤさんとは一年ぶりくらいかな」
「去年は遺跡調査に赴いておりましたので。どうぞ、お二人とも中へ」
学院の建物の外見は、年期の入った木造の平家そのものだったが、中はとても広く奏音は「迷うな」と瞬時に悟った。
内部の構造は奏音も馴染みのない壁や窓から出来ている。
アニメで見たことあるなこんなの。
奏音が、以前見たことのあるアニメを思い出していた頃、ちょうど院長室に到着しマキヤが二人を中に通す。
「ありがとうマキヤ先生、そろそろ休み時間です休憩に入ってくだい」
「ええ、チャイムを鳴らしましたら休まさせていただきます」
マキヤは一礼し、院長室から出て行った。
「さあ、適当にくつろいでくれ。君たちは家族みたいなものだし礼儀はいらないだろ」
奏音は初対面であることを言いかけたが、アヤハが既に目の前にあるソファに腰掛けてしまっているため、思ったことを喉奥に押し込んだ。
「そのくせ、ノックだのなんだのと細かいこと気にするのはどうかと思うが」
「礼儀と嗜みは違う、法律と常識みたいなものよ」
「そうかい」
「ごめんなさいね、奏音。アヤハは昔からちょっと品が足りないのよ」
「はあ」
奏音にも二人が口喧嘩をするくらいには、仲がいいことはすぐに分かった。そして机にはいつの間にか、ティーカップがありその中にはお茶が注がれていた。
「モントお爺様から仔細は聞いているわ。魔力のコントロールの仕方、基礎中の基礎だから2週間もあればすぐに終わるわ。で、アヤハは魔攻騎士の勧誘に来たのでしょうけど、今回も志願者はナシよ」
「そうか、魔攻騎士は今年も厳しいことになりそうだな」
「でも、あなたの担当は普通の剣術騎士でしょ、どうして毎度毎度アヤハがわざわざここまで来るのよ」
「私だって気分転換で出かけたくもなるのさ。見合い話だの、子供自慢だの聞いてもつまらないから」
「いい迷惑。でもしょうがないか」
世間話を続ける二人を交互に見ながら、奏音はお茶を飲む。一つ疑問に思ったことは、お茶を飲み干しても、カップ皿に置き目を離すと再びお茶が一定量注がれていることである。
すると奏音はバッと立ち上がり「すみません、お花摘みに行ってきます」と院長室を出た。
曲を忘れることは滅多にないが、それでも形にしておきたいと奏音は思った。そして、ちょうど今、五本の線に音を載せ終えたところである。
「よし、タイトルは・・・『僕らは敵じゃない』これに決めた」
コンコンと、奏音が自室にしている離れのドアをノックする音が響く。ビクッと奏音の肩が飛び上がる。
「はーい」
ドアが開かれ、ヴィクトルが得意げな顔をで現れた。
「できたぜ、嬢ちゃん。ちょいと試しに使ってみてくれ」
そう言われて、奏音はヴィクトルの工房にやって来ると、スタンドに立て掛けられたギターを見つけて目を光らせる。
形もさながら、色も奏音が今まで使っていたギターと同じ色で懐かしさが感じられる。
「すごい、すごいよヴィクトルさん」
「あ、あたりめぇよ。ほら、試しになんか奏いてみな」
「うん」
ギターにはベルトが付いており、慣れた手つきで肩に下げる奏音。ギターのネックから本体にかけて弦は無いが、掌の腹がネックに触れると、奏音は不思議な感覚に襲われる。
「ああ」
すうっと、体からネックに触れる左手に何かが流れる感じ。魔術具店で使ったあのギターではなかった感触だった。
「よし、持ったな。嬢ちゃん弦をイメージするんだ」
「はいッ」
奏音は、愛用していたギターの弦を想像する。手に馴染む懐かしさ、弾いた時の音色が今でも全身に染みついている。
そして、「ふうぅ」と奏音が息をついた時、彼女の底にある栓が抜ける感覚の後、一気に濁流が身体を満たして、その逃げ場としてギターに流れ込んでいく。するとギターの本体に埋め込まれた小さな宝石が六つ、上から順番に煌く。
「うっ」
ヴィクトルは思わず腕で目を庇う。それほどまでの輝きがギターから放たれた。ゆっくりと再び瞼を開けると、そこには六本の弦が光るギターを持った奏音が右手を振りかぶるところだった。
ギュイイィィィィィ。
併せて作ったモーの角のピックが、弦を弾いて工房の空気を振動させた。ヴィクトルは目を見開いたまま、奏音のその姿をただ見ていた。
「チューニングしないと、音がズレちゃうな」
「コレが、本当の嬢ちゃんか」
「ヴィクトルさん、チューニングってどうするの」
「えっ、ああ」
感嘆を漏らすヴィクトルとは裏腹に、奏音は淡々とギターをいじり始める。そのとき店の方から魔術具店のお爺さんが来て、満足げに顎髭を撫でていた。
「音がズレるのは、魔力の流れを操れてないからじゃ」
「どういうことですか」
「お嬢さんの魔術が未熟ということじゃよ」
ヴィクトルは手袋を外し、作業台に置くとその上の棚にある本を一冊取り出して奏音に放り投げる。
受け取った奏音はページを数枚めくったあと、目を細めた。
「爺っちゃんの言いたいことは、修行して鍛錬を積めってことだ。もちろん魔術のな」
「大丈夫、お嬢さんは細かい作業は得意そうじゃ。儂のいとこの孫が修練教室を開いとる。紹介しておこう」
「ありがとうございます」
かくして、奏音は魔術を習うことになった。けれどもチューニングするのにこんなに時間がかかるのは、初めてだと奏音は思った。普通ならばチューナーで音を確認して、弦の緩み具合を調節してやるだけだ。まさか、チューニングするのは楽器の方ではなく自分の体の方をチューニングするなんて思っても見なかったのだ。
ギターは、魔術具店のお爺さんが名付けた。「儂がコレを売るなら『ルミナスギター』と言うたとこかえ」という感じで、奏音はこの名前が気に入ったのでそのまま呼ぶことにした。
「そうじゃった。お嬢さん使い終わったらちゃんと中の魔力を発散させんと、壊れちまうからのう気をつけるんじゃぞ」
そう言い残して、お爺さんは帰って行ってしまった。
「そこの、そう、嬢ちゃんの腹の辺りにあるそのレバーを開いて引けば、魔力を発散できるようにしてある」
奏音は言われた通りに本体上部にあるレバーを引くと、本体の中心部が割れて中の鏡面構造が露出し、ギターの上部と下部が翼のような形状に展開し、たちどころに中に溜まっていた光属性を纏った魔力の粒子が放出される。
「綺麗」
「さて、飯にするか。コーデルに終わったと言ってきてくれ。俺は片付けてから行くからよ」
「はい」
コーデルはちょうど店の札をOpenからclosedに変えているところだった。
「コーデルさん、終わりました」
「そうかい、そんじゃ夕飯を作んないとね。ヴィクトルは」
「片付けをしてからダイニングに来るそうです。私は夕飯の支度のお手伝いを」
「わかったよ。そうだね、今日はブーのフライにでもするかい。奏音はサラダを作っておくれ」
「はい、任せてください」
ブーのフライとは、豚カツのようなものだ。少しばかり厚い衣と、ブーの肉の芳醇な味がよく合う家庭料理の一つ。
奏音は夕飯を食べ終えて、お茶をすすっていると、そのまま机に突っ伏して眠ってしまった。
「あらら、寝ちゃったわね」
「無理もねえさ。あの量の魔力を一度に使うなんて。普通の人間だったら干からびちまう。魔族でもトップクラスの連中じゃなけりゃ、ひいひい言うだろうな」
「そう」
「おっと、いけね。ほらコレ」
「なんだいコレ」
「モント爺さんのいとこの孫、シュネルの魔術学院の紹介状さ。モント爺さんが置いてった」
コーデルは溜息を吐くと、紹介状をヴィクトルに帰す。
「授業料は爺さん持ち、ただ道中はこの子一人だ」
「大丈夫なのかい。あそこには竜の巣があるって」
「嬢ちゃんは一人でここに来た。もしここに行くなら俺たちはこの子を信じてやるしかねえと思う」
「・・・・・」
翌々日、準備を整えた奏音は街道の突き当たりにある門で出立の事務処理をしていた。
ここ大アルカナ帝国では、出門後の期間をあらかじめ告げておく必要がある。民事上の措置だという。
奏音はここで、ある人と待ち合わせをしていた。
「奏音、待たせたな。では行くか」
「はい、行きましょう。アヤハさん」
「すまんな。手続きは面倒だが、法なのでな。従ってもらうしかない」
「ところでアヤハさんはどうしてシュネルさんのところに」
「ああ、シュネルは私の古い友人で、時折会いに行くんだ。ついでに魔攻騎士志望の生徒の面談もするんだ」
アヤハは馬を二頭用意していた。奏音は流石だなと思うばかりである。なんなら奏音は徒歩で行く覚悟を早朝していたくらいだ。そのことをアヤハに話すと彼女は腹を抱えて大笑いした。
「すまん。しかしあの距離を徒歩で行こうなんて。今度、兵たちの修練のメニューに加えておくとしよう」
ごめんなさい兵隊の皆さん。と奏音は心の中で謝って苦笑を浮かべながら、「ほどほどに~」としかいえなかった。
現在二人が向かっているシュネルの魔術学院は、カップとワンドの国の境で山の中腹にある。帝国の北門から馬でかれこれ三日かかるため、徒歩では1週間ほどだという。
山の麓に到着し、休むために焚き木を挟んで二人は腰を下ろす。
「星が綺麗ですね」
「そうだな、昔は私も寄宿学校で天文を学んでいた」
「星が好きなんですか」
「いや、ただ輝ける星に憧れていたのだ」
星空を見上げて、アヤハはどこか遠いところを見るように目を細めた。パチンと、火の粉が音を立てたときアヤハ再び語り出す。
「奏音は大アルカナ帝国の闇を知っているか」
「闇ですか」
「そうだ。我が国では人身売買を主とした闇取引が横行している」
奏音はふと、バルミロの二人と出会った頃の会話を思い出す。彼女も無一文でバルミロを訪れたときは奴隷商から逃げ出してきたのかと勘違いされていた。
「帝国ではあるが、現在は皇帝の席は空席なのだ。それ故に民政を強いられるが、中々上層部はまとまりがなくてな、法があるようでない。奏音も感じたかと思うが、北門で出門期間は聞かれても荷物確認はなかっただろう」
「そういえば、そうですね」
帝国の法は二世代前の皇帝のものを使い古しており、時代にそぐわないものであった。帝政の衰退は時代に立法という概念すら薄れさせてしまっていたのだ。
「自由な国と言えば聞こえは良い。安否確認の法が残っているだけよしとする者もいるが、売られていくものたちの自由はどこにあるのかと私は卒業を控えた頃に思ってな、勢いだけで騎士になったのだ。蓋を開ければ騎士の使えるべき王もなく、私もまた血迷っていたというわけさ」
「私も自由ってなんなのか、考えたことはあるけど自由は多分、測れないものだと思うからしっかりとした形では表せられないと思うんです。だから私は歌うのかもしれない」
「・・・それは、どういうことなんだ」
アヤハは後ろで結んでいた髪を解いて、髪の毛先の方で緩めに束ね直した。奏音は焚き火を見つめて答える。
「私の場合は歌ってる時が私にとっての自由なんだって伝えるために・・・なんていうと偉そうだけど」
「なるほど、そうだな。君らしい」
そしてまた二人は星空を見上げる。
「私の自由か、私はまだそれを得ていない。けれども・・・。すまないが寝る前に君の詩を聴かせてもらえるかな」
「ええ、私の歌で良ければ。私はいつでも歌っていますから」
奏音は、ギターを取り出し弦を一つずつ弾く。チューニングは不完全でも、音程ではなくリズムを取るくらいならできるだろうと、弾き始めたのだ。
透き通る声は、まるで星のように闇を照らしている。アヤハは、「ここにも星の光があったか」と瞼を閉じ光を唄うかのような、優しい唄声と温かな詩に聴き惚れていた。
シュネル魔術学院、立派ではないが質素でもない平家造りの校舎が、奏音の目の前にある。
「着きましたね」
「ああ。意外そうな顔をしているな奏音。しかし中に入れば今度は驚きに変わるだろう」
「はあ」
空返事が漏れ出てしまうが、以前から何度も足を運んでいるアヤハは、手早く馬を馬宿に連れて行く。
アヤハの後ろについて奏音が、恐る恐る校舎の入り口を覗き込む。ドアノブも取手もないドアをどう開けるのか奏音は考えていた。
「ノックをしてくれ奏音。君の用事を先に済ませた方がいいだろう。シュネルはそういったことにはうるさい奴なんだ。学生時代、寮生活していたんだが、ノックをせずに部屋に入ったらかれこれ二時間は説教されたものだ」
押しドアだと、奏音がこのドアの開け方を考えついた時、アヤハが奏音を脅かしたため、開けるために伸ばされた腕は、途中でノックをするために伸ばし直された。
コンコン。
木ならではの少し高い音が響くと、ドアは左右にスライドして開かれた。そして背の高い女性が奏音を見下ろしている。
「こんにちは、あのぉ、五条奏音と言います。シュネルさんですか」
「いいえ、わたくしは古代文字担当のマキヤと申します。五条さんのことは院長から聞き及んでいます。そちらはアヤハ様ですね。お久しぶりにございます」
「ああ、マキヤさんとは一年ぶりくらいかな」
「去年は遺跡調査に赴いておりましたので。どうぞ、お二人とも中へ」
学院の建物の外見は、年期の入った木造の平家そのものだったが、中はとても広く奏音は「迷うな」と瞬時に悟った。
内部の構造は奏音も馴染みのない壁や窓から出来ている。
アニメで見たことあるなこんなの。
奏音が、以前見たことのあるアニメを思い出していた頃、ちょうど院長室に到着しマキヤが二人を中に通す。
「ありがとうマキヤ先生、そろそろ休み時間です休憩に入ってくだい」
「ええ、チャイムを鳴らしましたら休まさせていただきます」
マキヤは一礼し、院長室から出て行った。
「さあ、適当にくつろいでくれ。君たちは家族みたいなものだし礼儀はいらないだろ」
奏音は初対面であることを言いかけたが、アヤハが既に目の前にあるソファに腰掛けてしまっているため、思ったことを喉奥に押し込んだ。
「そのくせ、ノックだのなんだのと細かいこと気にするのはどうかと思うが」
「礼儀と嗜みは違う、法律と常識みたいなものよ」
「そうかい」
「ごめんなさいね、奏音。アヤハは昔からちょっと品が足りないのよ」
「はあ」
奏音にも二人が口喧嘩をするくらいには、仲がいいことはすぐに分かった。そして机にはいつの間にか、ティーカップがありその中にはお茶が注がれていた。
「モントお爺様から仔細は聞いているわ。魔力のコントロールの仕方、基礎中の基礎だから2週間もあればすぐに終わるわ。で、アヤハは魔攻騎士の勧誘に来たのでしょうけど、今回も志願者はナシよ」
「そうか、魔攻騎士は今年も厳しいことになりそうだな」
「でも、あなたの担当は普通の剣術騎士でしょ、どうして毎度毎度アヤハがわざわざここまで来るのよ」
「私だって気分転換で出かけたくもなるのさ。見合い話だの、子供自慢だの聞いてもつまらないから」
「いい迷惑。でもしょうがないか」
世間話を続ける二人を交互に見ながら、奏音はお茶を飲む。一つ疑問に思ったことは、お茶を飲み干しても、カップ皿に置き目を離すと再びお茶が一定量注がれていることである。
すると奏音はバッと立ち上がり「すみません、お花摘みに行ってきます」と院長室を出た。
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ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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