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五線譜から弾けて

D.C.それとも・・・

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 暗い。ただ暗い。奏音はそう思った。最後に聞こえてきたのはトマトを潰した時のような音、痛みはないがはっきりと自覚している。
「私、死んだの」
「その通り、君は死んでしまった」
 奏音の目の前にはいつの間にそこにいたのか髪の長い少年、いや少女。どちらともつかない人物がそこには確かにいる。けれども、どこかあやふやで大人か子供かもわかりづらい。顔もはっきりとはわからない。刻々と変化しているようでもあるし、モヤがかかったような感じもしている。
 奏音は思わず頬を叩き、目を凝らして正面にいるその人物を観ようとする。
「ああ、ごめんね。私のことは人間には明瞭に知覚できないようになっている。でもこれじゃあ不都合か。ならば仕方ない」
「あっ見える」
「そりゃあね。見えるようにしたからさ。ちなみに私は男でも女でもない」
 ぼやっとした表情で奏音は目の前にいるその人を見ている。
「改めて確認するよ。君は死んだ。死んでしまった。殺されてしまった。殺されてやってしまった」
「はあ。それそうなんでしょうけど、私殺されるようなことしましたか」
 何を言っているんだこの人はと思いつつも、奏音は耳を傾ける。殺されたまではなんとなくわかった。殺されてやってしまったとはどういうことだ。ふと疑問がよぎった。
「殺されてやってしまった。君は犯人のために殺されてあげたようなものだ。この言い方で少しはわかるかな」
「ごめんなさい。いまいち掴めないです。結局、私は犯人が誰か分かっていて、殺されることも分かっていたってことなんでしょうか」
「概ねその通りだ。訂正するのならば、君はその犯人のことを許してしまった。犯人の気持ちを理解してしまった。同情してしまった。それがこの結果を生んだ。そうだね、私から言わせてもらうと、どうしようもなくお人好しで優しい君は、無意識のうちに犯人が犯行を行う前から無罪にした」
 犯人の名前、奏音は目を閉じて考える。しかし考える間でもなく、犯人はわかってしまう。いや、もともと知っていた。
「君が許してあげた犯人それは・・・」
「鈴波、流瀬鈴波」
 目の前の人物は口元を釣り上げて、フッと微笑するとくるりと身を翻し。「ご名答」とだけ呟いた。その人物は「少し歩こう」と奏音を連れ立って辺りを歩き出す。
「私はね。君を責めたいわけじゃない、かといって、その鈴波さんて子に罰を与えるつもりもない。基本生きてる人間に手出しはできないからね。見ているしかないわけなんだけど、君は死でいる」
「だから私に何かする」
 目の前の人物は奏音の方を見ると微妙な笑顔を奏音に向ける。「人聞きの悪い言い方だなあ」と言って、奏音の手の届く距離までやってくると、両手を差し出して告げた。
「右手を取れば、晴れて君は聖人として天の御使見習いになれるだろう。歌声もいいし適正は十分なはずだ。そして左手を取れば、私が少しズルをして君の魂と記憶を別の世界に転送してあげよう。身体は元の体に近いものを用意してあげるから心配しなくてもいい。髪の毛の色や瞳の色、筋量はやや保証できない。性別も同じにしておく。年齢も保証しよう。そして最後にどちらの手を取っても、一つだけ願いが叶うように計らうことを約束する」
 奏音は迷うことなく左手を取った。彼女の願うことはただ一つ、人として歌い続けたい、バンドを組み人の身で歌を届けたい。ただそれだけだった。
「・・・即断か。いいだろう、君の新たなる門出を祝おう、しかしいいことばかりじゃないのは分かっているね。君を別の世界に転送する間に、君の記憶やその後がどうなっているのか知ってもらう必要がある。酷かも知れないけど、君なら大丈夫だろう。目を瞑ってゆっくりと息を吐くんだ、おっと忘れるところだった。私は神を生業とするものだ。これでお別れだが君の行き道に幸多からんことを」
 目を閉じた奏音は内臓が浮き沈みする感覚に襲われていた。気持ち悪さもあるが、それよりも体を押し潰されるような衝撃がある。
 ふと目を開けてみると、バンドのメンバーたちと練習する風景が広がっていた。そして夕日が差し込む教室で、クラスメイトに告白された時の光景と同時に、廊下の影で泣いている鈴波の姿を見た。奏音はその事実を知っていたが、鈴波は奏音が告白を断ったことを知らない。奏音は鈴波のことを思うと言い出し辛く、言い訳にしかならないと思った。友達だったのにどこですれ違ったのだろうか。そう思うと奏音は少しだけ後悔してしまった。その時は正しいと思ったことが最良でなかった事実を見せつけられている。
 ライブ当日、奏音は自分自身の背を見ている。最後の時、照明に押し潰されてパニックに陥る観客、ドラムのスティックを落とす先輩、キーボードの前で腰を抜かす鈴波のお姉さん、そして涙を流しながら潰れた奏音の身体を抱いて謝る鈴波。
「ほらやっぱり、私たちはそれでも友達だよ」
 すれ違ったことを後悔したけれど、必死に謝る鈴波を見ていると、どうしてもそう思えてしまう。奏音の選択も覚悟も間違いではなかった。お客さんにとっては傍迷惑もいいところだろうが、これで良かったと奏音は改めて思った。即死と思われた奏音の口は微かに動いていた。「それでもトモダチだよ」という呟きが最後の言葉だったのだ。
 終わりが近づきもう一度奏音は大きく息を吸って目を閉じた。次に目を開けたときには、ガシャんとどこかのゴミ捨て場に腰を強打していた。
「いてててー」
 奏音はお尻をさすりながら、辺りを見回すがここはどうも見たことのない建物が沢山ある。
 アーチのすごい建物、アンバランスなデザインのビルディング、かと思いきや堅牢な要塞のようなお城。
「一体、ここはどんな世界なの」
 奏音は一気に不安に陥る。こんな得体の知れない場所で音楽活動なんてできるのだろうか。そう思うほかないと思わせる圧倒的な衝撃に打ちのめされている。
 やっとのことで一歩踏み出すと、ゴミ捨て場に捨てられているゴミに目を見やると、奏音は少しだけ驚いた。
「このゴミ、楽器の部品みたい」
 手に取ってみるとますます確信を得た奏音はゴミ捨て場の隣にあるお店を訪ねた。
「すみません」
「らっしゃい、んん、お嬢ちゃんここにはドレスなんて売ってないぜ」
「あっいえ、これを見て、どこかに楽器が売ってるのかなって」
 少し強面の無精髭を生やした店主は、頭をちょいちょいと掻くと、小声で奏音の問いに答えた。
「楽器てぇのは知らねぇけど、それは俺の作った試作品の武器のパーツだ。そんなもんとっとと捨ててこい」
「はあ」
 奏音は店を出ようと扉の取手に手をかけると、店主が声をかけてくる。
「嬢ちゃん、あんまり見ねぇ格好だな、この街は初めてなのか」
 初めてかどうかと問われると、もちろん肯定だと奏音は思うが、同時に次に来る質問はなんとなく予想できてしまう。
「初めてです。というか迷子になってしまって、エヘヘ」
 店主は呆れたように頭を抱えて溜息を吐く。
「ウチはどこだ」
 奏音はこの質問にギクッと肩が反応して飛び跳ねる。さてなんと言おうか、この世界じゃないなどととてもではないが言えない。日本と言ったところで知らないだろう。
「遠い国から来ました。なんて」
「答えになってねぇよ。てことはなんだ、嬢ちゃんもしかして無一文か」
「そういうことになりますね。おじさん鋭い」
「訳ありってことか、ここら辺じゃめづらしくもねぇけどよ。金もねぇ奴をほっぽり出すのもなあ・・・」
 奏音は状況がだよく飲み込めていない。「まあ座れ、茶淹れてきてやる」
 店主は店の奥に引っ込んでいった。奏音は適当に店の椅子に座り、店内を見物する。剣や弓、盾に鎧ここは武具店で、店主の試作品と思われる武器が、店奥の机に少しだけ奏音には見えていた。
「ほらよ、かみさんの絶品の茶だ」
「ありがとうございます」
「そのなんだ。あんたここまでの道のりとか覚えてねぇのか」
「えっ、ああ、道ですか。・・・暗かったかな、あと揺れて気持ち悪かった」
 奏音はおかしなことを言っていないか気になったが、雰囲気はなんだか重苦しい。現に店主は目頭を押さえて、哀れみの表情を浮かべている。
「嬢ちゃん、そうか・・・。よくここまで、わかった。かみさんが帰ってくるまで待ってろ、俺がなんとかしてやる」
 なんとかとは、なんのことだろうたと疑問に思う奏音を尻目に店主は試作途中の武器を持ってきて、完成するとどういう形になるのかを熱弁する。そうこうしているうちに武具店のドアが開き、ポンチョを着た恰幅の良い婦人が店に入ってきた。
「帰ったか、あれがかみさんだ」
「帰ってそうそうあれ呼ばわりとは、随分と偉くなったもんだねあんた」
「そう言うなよ。このお嬢ちゃんは訳ありでな、どうにも奴隷商の荷馬車から逃げ出してきたらしいくてな。帰るあてもないんだってよ。だからここで路銀を稼ぐまで面倒みてやってくんねぇか」
 店主の話に奏音は慌てて訂正を入れる。奏音は別段、困っていたわけでもなく、売られていくわけでもない。しかし、路銀を稼ぐのは大切なことだと改めて思う奏音なのだった。
「そうか、そりゃあ悪かったな。確かに身なりも綺麗だし、奴隷売買される手合いじゃねぇか。そんじゃなんだ、見合いでも断った貴族様ってか」
「んー、どうなんだろう」
 奏音は十数年しか生きてきていないが、脳を働かせて当たり障りのない言い訳を絞り出す。
「商売道具をなくした吟遊詩人みたいな感じですかね」
「・・・・・」
 婦人も店主も茫然と奏音を見つめて、溜息を漏らす。店主は少し唸って、立ち上がり奏音の肩に手を置き、婦人と顔を一度見合わせてから奏音に語りかける。
「嬢ちゃん、俺が奏具は作ってやる、だからよこの店で働くか、冒険者になって魔物を狩るか選ぶといい」
「ええー」
 奏音は驚き椅子から転げ落ちそうになる。
「金がねぇ奴はこの国では生きていけねぇんだ。金が全てってわけじゃないが、住民税ってのがあって、そいつを払わなけりゃならねぇ。旅人でも滞在税ってのを払うことがこの国での決まりだ。だからなんとしてでも金を稼いで税を払うんだ」
「あたしたちもあんたみたいな可愛い娘が、奴隷になるのをみすみす見過ごせないからねぇ」 
 奏音は、焦燥感のようなものを感じ始めていた。けれども、店主と婦人の心意気に圧倒されてもいた。
 そう言ってくれる理由が奏音には疑問であったが、ただ一言「嬢ちゃんアンタの詩を聴いてみたいと思ったのさ」その言葉で、奏音は昔のことをふと思い出す。
 奏音がまだ幼ったとき、家の庭で歌を歌っていると祖母が今から顔を出してきた。その時奏音は歌うのを一度やめてしまったが、祖母が「奏音ちゃんの歌もっと聴かせておくれ」と優しく微笑見かけてくれたことが嬉しくて、奏音は歌うのが好きになった。その時の出来事を重ね合わせていた。
 奏音は立ち上がり、深々とお辞儀をして二人に言った。
「お店のお仕事一生懸命頑張ります。だからどうかお願いします」
 奏音の新しい生活が始まろうとしていた。
 



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