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夢幻都市
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一方その頃、ウェスタの喫茶店では、店仕舞いを済ませた美麗は女将のウェスタが出してくれた、ブラッディオレンジスカッシュの入ったグラスを虚な眼差しで見つめていた。
「元気だしとは言わへん。お店の手伝いも今まで通りにしてくれとるし」
「・・・・・はい」
「あの子はアンタのこと許したんやろ。ほなアンタも自分を許さなあかんで」
「・・・でも、私、私はヒルデに許してもらう資格なんて無いんです。だから私は私を責めずにはいられない。たとえあの人が許してくれても私を許すことなんてできない」
「ふぅ、言うとくけどな、だあれもアンタを責めへんえ。なんでや言うたらアンタを責めてもあの子が喜ばんの知ってるからなぁ。むしろあの子が悲しむのをウチらは知っとるさかい、アンタのことをこうやって抱きしめてあげるんよ」
「・・・私は何もできなかった、私の指先にあの人がいたのに届かな・・・かった」
ウェスタはカウンターテーブルに座る美麗の側に行き、小さく震える彼女を抱きしめる。
「うう、うわああああん」
「泣いて済むなら、ウチの胸をいつでも貸したるからな。今は泣くとええ」
ウェスタは落ち着いていた。神の散り際は呆気なくいつも唐突に訪れることを知っているからだ。忘れられた瞬間に消える。痛みもなく、悲しみもなく、ただ消滅するのを何度か目の当たりにしてきた。ただ今回ばかりは少し違う。
それが冷静さを失わさせずにいる。確かに別れは唐突だが、彼女の本体『ゼウス』とは真理、宇宙といった人類にとって切ることのできないもののはず。しかしヒルデは消えた。消えたというよりも退去させられたという方が正しいとウェスタは感じていた。
「さあさ、顔拭いたら。それ飲んでさっぱりしなはれ」
「・・・・・はい」
ウェスタはカウンターテーブル以外の電気を消して、美麗の隣の席に座った。「ゼウス、もし生きとったら早よ帰って来いや」と心の中で呟いた。もちろん返事があるはずもない。
暗がりの中、室内に寂しく包丁がまな板を叩く音が響く。若田家はここ最近お通夜のように静まり返っていた。
羽沢真理亜は一人で一人分の夕食をこしらえている。本当は食欲も無いほどままならず、口に運んで飲み込んでは結局戻してしまう始末というのを、ここ数週間は繰り返していた。叔父である若田敏彦には黙っているけれど、きっとバレてる。そう感じつつも触れないでくれている叔父に感謝していた。大規模な都市部爆発事故に巻き込まれて、姉のように慕っていた彼女を失ってしまった。
また、騒がしくも憎めない双子の居候も少しばかり暇をもらうと姉の方が言い、半ば放心状態の妹を連れて出て行ったきり戻ってきていない。かく云う叔父にあたっては、八つ当たりするかの様に仕事に打ち込んでいる。
ピタリと包丁を握る手を止めた。
「どうして、居なくなっちゃうの。ヒルデさん、・・・帰って、来てよぅ」
再び包丁を握る手に力が込められる。食材を切るためにではなく。このままいっそのこと。
そう思った時に玄関の開く音が聞こえて、
真理亜の肩は飛び跳ねた。包丁を置いてバタバタと玄関を覗く。
「ヒルデさん、お帰りな・・・・」
そこに立っていたのは、双子の姉コイオスだった。
「遅くなり申し訳ありません。真理亜様、ただいま戻りました」
「・・・あっ、ああ、うん。お帰りなさい、お帰りなさい、コイオスちゃん。クリオスちゃんは」
玄関を登りながらコイオスは語る。
「妹は信頼のおける医師に預けてきました。今は時間が必要でしょうから」
真理亜はゾンビのようにコイオスの元まで行くと、ドサリと腰の力が抜けつい座り込んでしまいそのままコイオスの足に縋り付いて、こぼすまいとしていた涙が溢れ出る。
「私も寂しいですが、姉様はきっと亡くなってはおられません」
「どうして、コイオスちゃんはどうしてそう思うの」
いつも姉の方は冷静だと思っていたが真理亜はコイオスもおかしくなってしまったのかと思ったがそうではなかった。
「遺体が無いからです」
「・・・・・」
「確かにあの日は火事で沢山の人が怪我をしました。亡くなった方もおられました。ですが身元不明の遺体は無く、皆さんの身元は確認済みで、誰がいて誰がいないのかはハッキリしていました。なのに姉様だけいないなんてことはありえないんです」
コイオスは声を荒げて言い切った。しかしコイオスには確証があった。ゼウスの身体に発生した魂がヒルデであり、そのあり方はすでに定着していた。身体だけでは信仰力は貯めれても発揮するための魂が無くては意味がないからだ。
加えてヒルデは強力な信仰力のせいで神体として完成されすぎていたため、不可視化することができなかった。俗的に言えばオーラが強すぎてかえって目立つためである。
コイオスはそのことを知っていた。もし遺体があればその遺体の周囲に残る強力な信仰力の残滓でわかるはずなのだ。しかしそれが無い、綺麗さっぱりと跡形も無く消えていたのだ。
「でも、それじゃあどうして連絡してくれないの」
「姉様ですよ、電話なんて使えません。最近やっと、かかって来た電話の受話器を取ることができるようになったんですから」
「・・・・・そう、だったね。あの人ったら頭がいいのに天然で世間知らず」
「ですから、姉様を信じて下さい。それがきっと姉様の力になるはずですから」
「そうね、わかった。私は信じることにする。その方がヒルデさんもここに帰って来やすいもんね」
立ち上がった彼女の目に、光が灯っていた。一つの希望を胸にまた立ち上がったのだ。
「さてここは大丈夫そうだが」
「フッ、我が姉コイオスは皮肉にもその本業を果たすか」
「では、そろそろ行くか」
「信仰力が少しでもあれば望みはある」
夜の都市部、火災によって放棄されたビルの屋上からのぞく影が二つ。若田家を一瞥すると、スッと消えてしまう。
「元気だしとは言わへん。お店の手伝いも今まで通りにしてくれとるし」
「・・・・・はい」
「あの子はアンタのこと許したんやろ。ほなアンタも自分を許さなあかんで」
「・・・でも、私、私はヒルデに許してもらう資格なんて無いんです。だから私は私を責めずにはいられない。たとえあの人が許してくれても私を許すことなんてできない」
「ふぅ、言うとくけどな、だあれもアンタを責めへんえ。なんでや言うたらアンタを責めてもあの子が喜ばんの知ってるからなぁ。むしろあの子が悲しむのをウチらは知っとるさかい、アンタのことをこうやって抱きしめてあげるんよ」
「・・・私は何もできなかった、私の指先にあの人がいたのに届かな・・・かった」
ウェスタはカウンターテーブルに座る美麗の側に行き、小さく震える彼女を抱きしめる。
「うう、うわああああん」
「泣いて済むなら、ウチの胸をいつでも貸したるからな。今は泣くとええ」
ウェスタは落ち着いていた。神の散り際は呆気なくいつも唐突に訪れることを知っているからだ。忘れられた瞬間に消える。痛みもなく、悲しみもなく、ただ消滅するのを何度か目の当たりにしてきた。ただ今回ばかりは少し違う。
それが冷静さを失わさせずにいる。確かに別れは唐突だが、彼女の本体『ゼウス』とは真理、宇宙といった人類にとって切ることのできないもののはず。しかしヒルデは消えた。消えたというよりも退去させられたという方が正しいとウェスタは感じていた。
「さあさ、顔拭いたら。それ飲んでさっぱりしなはれ」
「・・・・・はい」
ウェスタはカウンターテーブル以外の電気を消して、美麗の隣の席に座った。「ゼウス、もし生きとったら早よ帰って来いや」と心の中で呟いた。もちろん返事があるはずもない。
暗がりの中、室内に寂しく包丁がまな板を叩く音が響く。若田家はここ最近お通夜のように静まり返っていた。
羽沢真理亜は一人で一人分の夕食をこしらえている。本当は食欲も無いほどままならず、口に運んで飲み込んでは結局戻してしまう始末というのを、ここ数週間は繰り返していた。叔父である若田敏彦には黙っているけれど、きっとバレてる。そう感じつつも触れないでくれている叔父に感謝していた。大規模な都市部爆発事故に巻き込まれて、姉のように慕っていた彼女を失ってしまった。
また、騒がしくも憎めない双子の居候も少しばかり暇をもらうと姉の方が言い、半ば放心状態の妹を連れて出て行ったきり戻ってきていない。かく云う叔父にあたっては、八つ当たりするかの様に仕事に打ち込んでいる。
ピタリと包丁を握る手を止めた。
「どうして、居なくなっちゃうの。ヒルデさん、・・・帰って、来てよぅ」
再び包丁を握る手に力が込められる。食材を切るためにではなく。このままいっそのこと。
そう思った時に玄関の開く音が聞こえて、
真理亜の肩は飛び跳ねた。包丁を置いてバタバタと玄関を覗く。
「ヒルデさん、お帰りな・・・・」
そこに立っていたのは、双子の姉コイオスだった。
「遅くなり申し訳ありません。真理亜様、ただいま戻りました」
「・・・あっ、ああ、うん。お帰りなさい、お帰りなさい、コイオスちゃん。クリオスちゃんは」
玄関を登りながらコイオスは語る。
「妹は信頼のおける医師に預けてきました。今は時間が必要でしょうから」
真理亜はゾンビのようにコイオスの元まで行くと、ドサリと腰の力が抜けつい座り込んでしまいそのままコイオスの足に縋り付いて、こぼすまいとしていた涙が溢れ出る。
「私も寂しいですが、姉様はきっと亡くなってはおられません」
「どうして、コイオスちゃんはどうしてそう思うの」
いつも姉の方は冷静だと思っていたが真理亜はコイオスもおかしくなってしまったのかと思ったがそうではなかった。
「遺体が無いからです」
「・・・・・」
「確かにあの日は火事で沢山の人が怪我をしました。亡くなった方もおられました。ですが身元不明の遺体は無く、皆さんの身元は確認済みで、誰がいて誰がいないのかはハッキリしていました。なのに姉様だけいないなんてことはありえないんです」
コイオスは声を荒げて言い切った。しかしコイオスには確証があった。ゼウスの身体に発生した魂がヒルデであり、そのあり方はすでに定着していた。身体だけでは信仰力は貯めれても発揮するための魂が無くては意味がないからだ。
加えてヒルデは強力な信仰力のせいで神体として完成されすぎていたため、不可視化することができなかった。俗的に言えばオーラが強すぎてかえって目立つためである。
コイオスはそのことを知っていた。もし遺体があればその遺体の周囲に残る強力な信仰力の残滓でわかるはずなのだ。しかしそれが無い、綺麗さっぱりと跡形も無く消えていたのだ。
「でも、それじゃあどうして連絡してくれないの」
「姉様ですよ、電話なんて使えません。最近やっと、かかって来た電話の受話器を取ることができるようになったんですから」
「・・・・・そう、だったね。あの人ったら頭がいいのに天然で世間知らず」
「ですから、姉様を信じて下さい。それがきっと姉様の力になるはずですから」
「そうね、わかった。私は信じることにする。その方がヒルデさんもここに帰って来やすいもんね」
立ち上がった彼女の目に、光が灯っていた。一つの希望を胸にまた立ち上がったのだ。
「さてここは大丈夫そうだが」
「フッ、我が姉コイオスは皮肉にもその本業を果たすか」
「では、そろそろ行くか」
「信仰力が少しでもあれば望みはある」
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