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夢幻都市
砂塵に蠢く
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出口付近のチェクポイントは、工場跡地だった。私は現在進行形で労働中の身である。
「ねえ、端末さん」
「なんでございましょうか。お嬢様」
「私、バイクの改造なんてしたことないのよホントに大丈夫なのこれ」
「わたくしの見立てでは七割そこそこの完成度であると評価します」
「微妙じゃない」
「ですが、お嬢様の器用さは目を見張るものがあるとわたくしは、そう判断し、存外イケるのではという人間的感情論を行使せざるおえません」
最近と言ってもここ数日の話だが、私は端末のAIを端末さんと呼ぶことにした。加えて、このところ端末さんの口調はどんどんどこかの執事のような話し方、言葉回しをするようになっていた。また、さっきみたいに勘のようなものを提案してくる時もある。基本は是非の判断ができない時は確率論を唱えるのだが、稀に勘だと言って私たちに提案してくることもあるのだ。
そして私はというと、紳士からの贈り物を受け取りにこの工場跡にやってきたわげが、サバイバルキットなんていうものは、水の携帯ろ過装置と防塵用ローブだけであり、殆どが今私が四苦八苦しているバイクの改造キットのことであったのだ。
「その回路を下の回路と直結してください」
「オッケー、これでヨシっと。次は車輪かな」
「いえ、それで作業は全工程終了しました」
「えっ、でも車輪が、・・・ないんですけど」
端末さんの指示されるがままにやっていたので完成形が見えていなかったが、どうやらこれで完成らしい。
「わたくしをバイクの燃料タンク付近のラッチに装着してください」
端末さんを言われた通りに取り付けるとライトが光る。
「正常に稼働、いつでも移動可能です」
「一ついいかしら。燃料はどうするの、予備とか持っていくのかしら」
「タンク二つ分あれば、隣のドームまでは余裕を持って移動できますが、高度が出ません」
高度、飛ぶのコレ。もはやバイクではないわね。そんなものを作らせていたなんて、そりゃ五日もかかりますよ。つい溜息が溢れてしまう。
それにしても、よく五日間もバレずに作業ができたものだ。詩姫音貰った端末で音楽を聴いている。そもそも人も車もいないので、外で音を出してもイヤホンなどはいらないのだ。
「詩姫音そろそろ行くわよ」
「うん」
「運転はお任せください。エンジンさえ入れていただければ、即座にオートパイロットに切り替わります」
ふむ、物は試しか。端末さんも張り切っていることだし、お手並み拝見ということで、一つお任せしてみるとしよう。
キーを差し込みゆっくりと回す。エンジンが小気味よく振動している。
「エンジン始動を確認、オートパイロットに移行。操作系を一次的に全てこちらへ譲渡。お嬢様、詩姫音様発車します」
端末さんの合図とともに、ふわっとバイクが浮いた。それに車輪とは違い、摩擦による抵抗が少ない分速度もなかなかのものだ。若が見たらきっと、欲しがるだろうな。
「右折します。前方二キロメートル先、ドーム外へのゲート、人影あり。警備員もしくは警備兵と推測、迂回路を推奨」
「じゃあ迂回して」
「かしこまりました」
ゲートの前を左折しバイクはドーム外壁の通路を登っていく。浮いているので階段も無視して進んでいる。そしてどうやら迂回したの終着点に来たらしく、バイクは丁寧な制動の後停止した。
「ここからどうやって外に」
「ここを降ります」
ここは外の太陽光と風を取り入れるためのちょっとした吹き抜けだが、その外はもうドームの外壁と砂漠しかない。それなりの高さもあり、飛び込むお馬鹿さんはいないと思う。
「では行きます」
「詩姫音しっかり掴まってるのよ」
外に勢いよく飛び出したバイクは、ドーム外壁のアーチを沿うように下っていく。詩姫音は私の腹部をしっかりとホールドしている。ちょっと苦しいくらいに。
「跳びます」
車輪の代わりに取り付けたバーニアが音を立てて吹き上げ、私たちは一瞬だけ宙を舞った。そして粉塵を巻き上げながら着地すると、再びゆったりと走り出した。
「詩姫音、大丈夫」
「だ、大丈夫だよ。お姉ちゃん」
「お二人ともご無事でなによりです」
日差しは確かに厳しいが、あまり灼熱というほど暑くはない。ドーム内の日の当たる場所の方がむしろ暑いと思う。バイクで揺られながら風を感じている間にバイクは岩陰に停車した。
「今日はここでキャンプすることをオススメします」
「端末さんありがとう。マップを表示してもらえるかしら」
「かしこまりました」
バイクから二人とも降りると、端末さん地図を表示する。ホログラムの画面を詩姫音と二人で眺める。「現在地は・・・・・」と端末さんが説明を始めた。
現在地は、私たちのいたドームから南西に二十キロメートルの地点のちょっとした岩石の密集地帯、七百メートルほど西に行けば中規模のオアシスがあるようなので、そこから水を汲むことができそうだ。早速、携帯ろ過装置の出番ということだ。
「時刻は」
「pm17:24です」
「了解。ということだから詩姫音、端末さんとお留守番しててね。私は水を汲んでくるから。端末さん詩姫音を頼むわね」
「かしこまりましたお嬢様。では詩姫音様私とテントの準備を一緒にしましょうか」
「・・・うん、わかった」
詩姫音は不安そうに返事をする。私は詩姫音の頭をそっと撫でて出発した。
何かあれば端末さんがなんとかするだろう。私が一人で行くことにも反対しなかったし。むしろ詩姫音を不慣れな場所で振り回すわけにもいかないだろうから。
砂漠の砂粒は白くて細かく、サラッとしている。表面は熱いが少し掘ればひんやりしていて、ちょっと気持ちがいい。オアシス付近はそんな砂が水と混ざって、どろっとしている。
折りたたみ式のポリタンクを膨らませて、ろ過装置と連結させるそしてポンプから、水を吸い出してポリタンクに水を入れようと、ポンプの吸水口をオアシスに近づけたとき地面から鈍い音がする。
「音・・・地震、じゃあないよね」
私が振り向くと触手のようなものが、砂の中から突き出して私の方に近づいてきていた。
戻るとかえって詩姫音を危険に晒しかねない。詩姫音を留守番させて正解だったわけか。つくづく私は運がいいと思う他ない。
「私を狙ったのがアンタの運の尽きよ。覚悟なさい」
私は、バイクのハンドルもとい私の主兵装である。煌刃ブレードを両手に構え、敵が襲いかかってくるのを待つ。
触手は今のところ一本、襲って来るその瞬間を逃さず見切る。右からの回転で触手を三つに切り分けてやると、驚いた触手の持ち主は、地鳴りとともに姿を現した。
「そんなに慌ててどうしたのかしら」
目がないがその代わりに口の周りには触手が無数に生えている。つまりあの触手はこの怪物の触覚器官、痛みには敏感なのだろう。けれども胴体は手も足もないが鱗はあるようなので、ミミズではなく爬虫類、蛇の一種なのだろうが、でかい。そして何より触角は柔らかく長さも自在に伸縮できるらしく。出たり引っ込んだりと忙しく、なんと言っても気味が悪いし食べられる瞬間は想像したくないな。
早いとこ終わらせたいので、胴体部を狙い切り込んで行くが、やはり鱗が硬く切れそうにない。
「やっぱりか。あの触手だらけの頭を狙うしかないのね」
頭を狙うと言っても胴体ほど手薄でもないため、触角が私の移動する振動を感知してガードを固めている。
「だったら、何本か貰うから」
捕縛しようと伸ばしてきた触角を片端から切り裂いていく。頭を狙い振り下ろした刃は、触角に阻まれる。そして着地するが、着地した場所が悪く砂に足が取られ思わず膝をついてしまった。
「しまった。うわあああ」
膝をついていない方の足に巻き付いた触角が私を口元まで運んで行く。しかし、この蛇はやはり甘いのだ。
「残念だったわね。脚じゃなくて手に巻きついておけばよかったのに」
逆さ吊りの状態で下顎から上顎目掛けて剣で貫くと、どうにか脳に届いたのか怪物は触角の締め付ける力は抜けて、するりと私を離すと、私は背中から砂漠に落ちた。
「最後の抵抗ってわけね。いたたた」
刺さっている剣を抜くと、プシャっという音と共に赤い血飛沫が飛び散る。
「なるほどねぇ。こんな化け物がいる外になんか、誰も来たがらないわけだ」
水を汲み詩姫音の元に戻ると、血塗れの私に驚いたのか。少しばかり口を震わせていたが、訳を説明すると安心したのか、私をグイと引っ張ってオアシスに連れて行かれた。
確かにこの血生臭い体を水で流してしまうのも良いかもしれない。
「ヒルデお姉ちゃんの服、私が洗っておくね」
「・・・・・じゃあ、お願いね」
少し迷ってお願いすることにした。私的に詩姫音には、一人ででも逃げてもらうために、体力を温存しておいて欲しいところではあるのだが、折角の好意を損なわせるのも無粋だとも思うのである。
「うん、わかった。しっかり洗うね」
ほら、こんなにやる気に満ちている顔をして、嬉しそうな笑顔を浮かべる子を悲しませるなんてできないよね。
詩姫音は初めてお手伝いをする子供のような表情で私のスーツを水に浸けている。
「ふぅ・・・・・」
血と怪物の粘液とでベタつく髪の毛を洗い、ふわっと掻き上げる。あらかた取れたようだが、臭いは少し残っている。
「うっ、生臭い」
半分諦めていたことだけれど、半分期待していたのもあって、落胆を隠せないが、なんとか誤魔化そう。下着のままオアシスに入ってきたがもういい、全身浸かってしまおう。
膝上くらいの水深しかないが、私は倒れ込むように入水する。力む筋肉の力を抜くと体は自然と水面に浮かぶ。目の前にはどこまでも澄んだ蒼い空があるだけだった。
「雲もないや」
そろそろ戻ろうと立ち上がると、水を吸った髪が重い。頬や体に貼り付く毛を首を振って振り払おうとしたが逆効果。さらに絡みつくので、結局は手で水気を払い詩姫音の元に戻った。
「綺麗になったかしら」
「・・・ううん」
「どれどれ」
まあ、血だもんな。水だけで綺麗にするのは難しいだろう。せいぜい私でも薄めて目立たなくするのが限界だし。詩姫音の仕事は結構頑張った方だと私は思うな。
「ありがと、詩姫音。また、お洗濯お願いするわね」
私はあえて慰めず、感謝と期待の言葉をかけてあげた。この子はきっと慰めても、あまり喜ばないタイプだろうから、ならば次の機会に期待するとハッキリ言ってあげる方が、成長の足しになるだろう。
夕刻、焚き火を起こし暖をとる。私は夕食を準備しているが、詩姫音は暖かくなったのかとても眠たそうだ。
「詩姫音、もうちょっとできるからまだ寝ちゃだめよ」
「だい、じょ・・・うぶ、だょぅ」
大丈夫じゃないやつ。
バイクのシートに詩姫音が洗ってくれた私のスーツを掛けている。詩姫音は岩のすぐそばに椅子を置いて、端末さんとお喋りをしていたのだが・・・。
「端末さん、詩姫音にあんまり難しい話してないよね」
「肯定です。この世界の歴史と社会制度について・・・」
「うわ、それ私でも聞きたくない話だよぅ」
私は端末さんの言葉を遮って否定する。詩姫音もそりゃあ寝るよね。私だって真面目モードじゃないと聞いてられない話題だと思う。
「では、音楽などいかがですか」
「例えば」
「そうですね、こういうのはいかがでしょう」
端末さんのチョイスは、ゆったりとしたピアノソロの曲で、確か古典派、それともロマン派。音楽の知識は特に無いので忘れてしまったが、コレはより一層眠気を誘う。
ご飯を食べたら今夜は早めに寝てしまうのも悪くないなと、私はこの音楽を聴きながら思うのであった。
「ねえ、端末さん」
「なんでございましょうか。お嬢様」
「私、バイクの改造なんてしたことないのよホントに大丈夫なのこれ」
「わたくしの見立てでは七割そこそこの完成度であると評価します」
「微妙じゃない」
「ですが、お嬢様の器用さは目を見張るものがあるとわたくしは、そう判断し、存外イケるのではという人間的感情論を行使せざるおえません」
最近と言ってもここ数日の話だが、私は端末のAIを端末さんと呼ぶことにした。加えて、このところ端末さんの口調はどんどんどこかの執事のような話し方、言葉回しをするようになっていた。また、さっきみたいに勘のようなものを提案してくる時もある。基本は是非の判断ができない時は確率論を唱えるのだが、稀に勘だと言って私たちに提案してくることもあるのだ。
そして私はというと、紳士からの贈り物を受け取りにこの工場跡にやってきたわげが、サバイバルキットなんていうものは、水の携帯ろ過装置と防塵用ローブだけであり、殆どが今私が四苦八苦しているバイクの改造キットのことであったのだ。
「その回路を下の回路と直結してください」
「オッケー、これでヨシっと。次は車輪かな」
「いえ、それで作業は全工程終了しました」
「えっ、でも車輪が、・・・ないんですけど」
端末さんの指示されるがままにやっていたので完成形が見えていなかったが、どうやらこれで完成らしい。
「わたくしをバイクの燃料タンク付近のラッチに装着してください」
端末さんを言われた通りに取り付けるとライトが光る。
「正常に稼働、いつでも移動可能です」
「一ついいかしら。燃料はどうするの、予備とか持っていくのかしら」
「タンク二つ分あれば、隣のドームまでは余裕を持って移動できますが、高度が出ません」
高度、飛ぶのコレ。もはやバイクではないわね。そんなものを作らせていたなんて、そりゃ五日もかかりますよ。つい溜息が溢れてしまう。
それにしても、よく五日間もバレずに作業ができたものだ。詩姫音貰った端末で音楽を聴いている。そもそも人も車もいないので、外で音を出してもイヤホンなどはいらないのだ。
「詩姫音そろそろ行くわよ」
「うん」
「運転はお任せください。エンジンさえ入れていただければ、即座にオートパイロットに切り替わります」
ふむ、物は試しか。端末さんも張り切っていることだし、お手並み拝見ということで、一つお任せしてみるとしよう。
キーを差し込みゆっくりと回す。エンジンが小気味よく振動している。
「エンジン始動を確認、オートパイロットに移行。操作系を一次的に全てこちらへ譲渡。お嬢様、詩姫音様発車します」
端末さんの合図とともに、ふわっとバイクが浮いた。それに車輪とは違い、摩擦による抵抗が少ない分速度もなかなかのものだ。若が見たらきっと、欲しがるだろうな。
「右折します。前方二キロメートル先、ドーム外へのゲート、人影あり。警備員もしくは警備兵と推測、迂回路を推奨」
「じゃあ迂回して」
「かしこまりました」
ゲートの前を左折しバイクはドーム外壁の通路を登っていく。浮いているので階段も無視して進んでいる。そしてどうやら迂回したの終着点に来たらしく、バイクは丁寧な制動の後停止した。
「ここからどうやって外に」
「ここを降ります」
ここは外の太陽光と風を取り入れるためのちょっとした吹き抜けだが、その外はもうドームの外壁と砂漠しかない。それなりの高さもあり、飛び込むお馬鹿さんはいないと思う。
「では行きます」
「詩姫音しっかり掴まってるのよ」
外に勢いよく飛び出したバイクは、ドーム外壁のアーチを沿うように下っていく。詩姫音は私の腹部をしっかりとホールドしている。ちょっと苦しいくらいに。
「跳びます」
車輪の代わりに取り付けたバーニアが音を立てて吹き上げ、私たちは一瞬だけ宙を舞った。そして粉塵を巻き上げながら着地すると、再びゆったりと走り出した。
「詩姫音、大丈夫」
「だ、大丈夫だよ。お姉ちゃん」
「お二人ともご無事でなによりです」
日差しは確かに厳しいが、あまり灼熱というほど暑くはない。ドーム内の日の当たる場所の方がむしろ暑いと思う。バイクで揺られながら風を感じている間にバイクは岩陰に停車した。
「今日はここでキャンプすることをオススメします」
「端末さんありがとう。マップを表示してもらえるかしら」
「かしこまりました」
バイクから二人とも降りると、端末さん地図を表示する。ホログラムの画面を詩姫音と二人で眺める。「現在地は・・・・・」と端末さんが説明を始めた。
現在地は、私たちのいたドームから南西に二十キロメートルの地点のちょっとした岩石の密集地帯、七百メートルほど西に行けば中規模のオアシスがあるようなので、そこから水を汲むことができそうだ。早速、携帯ろ過装置の出番ということだ。
「時刻は」
「pm17:24です」
「了解。ということだから詩姫音、端末さんとお留守番しててね。私は水を汲んでくるから。端末さん詩姫音を頼むわね」
「かしこまりましたお嬢様。では詩姫音様私とテントの準備を一緒にしましょうか」
「・・・うん、わかった」
詩姫音は不安そうに返事をする。私は詩姫音の頭をそっと撫でて出発した。
何かあれば端末さんがなんとかするだろう。私が一人で行くことにも反対しなかったし。むしろ詩姫音を不慣れな場所で振り回すわけにもいかないだろうから。
砂漠の砂粒は白くて細かく、サラッとしている。表面は熱いが少し掘ればひんやりしていて、ちょっと気持ちがいい。オアシス付近はそんな砂が水と混ざって、どろっとしている。
折りたたみ式のポリタンクを膨らませて、ろ過装置と連結させるそしてポンプから、水を吸い出してポリタンクに水を入れようと、ポンプの吸水口をオアシスに近づけたとき地面から鈍い音がする。
「音・・・地震、じゃあないよね」
私が振り向くと触手のようなものが、砂の中から突き出して私の方に近づいてきていた。
戻るとかえって詩姫音を危険に晒しかねない。詩姫音を留守番させて正解だったわけか。つくづく私は運がいいと思う他ない。
「私を狙ったのがアンタの運の尽きよ。覚悟なさい」
私は、バイクのハンドルもとい私の主兵装である。煌刃ブレードを両手に構え、敵が襲いかかってくるのを待つ。
触手は今のところ一本、襲って来るその瞬間を逃さず見切る。右からの回転で触手を三つに切り分けてやると、驚いた触手の持ち主は、地鳴りとともに姿を現した。
「そんなに慌ててどうしたのかしら」
目がないがその代わりに口の周りには触手が無数に生えている。つまりあの触手はこの怪物の触覚器官、痛みには敏感なのだろう。けれども胴体は手も足もないが鱗はあるようなので、ミミズではなく爬虫類、蛇の一種なのだろうが、でかい。そして何より触角は柔らかく長さも自在に伸縮できるらしく。出たり引っ込んだりと忙しく、なんと言っても気味が悪いし食べられる瞬間は想像したくないな。
早いとこ終わらせたいので、胴体部を狙い切り込んで行くが、やはり鱗が硬く切れそうにない。
「やっぱりか。あの触手だらけの頭を狙うしかないのね」
頭を狙うと言っても胴体ほど手薄でもないため、触角が私の移動する振動を感知してガードを固めている。
「だったら、何本か貰うから」
捕縛しようと伸ばしてきた触角を片端から切り裂いていく。頭を狙い振り下ろした刃は、触角に阻まれる。そして着地するが、着地した場所が悪く砂に足が取られ思わず膝をついてしまった。
「しまった。うわあああ」
膝をついていない方の足に巻き付いた触角が私を口元まで運んで行く。しかし、この蛇はやはり甘いのだ。
「残念だったわね。脚じゃなくて手に巻きついておけばよかったのに」
逆さ吊りの状態で下顎から上顎目掛けて剣で貫くと、どうにか脳に届いたのか怪物は触角の締め付ける力は抜けて、するりと私を離すと、私は背中から砂漠に落ちた。
「最後の抵抗ってわけね。いたたた」
刺さっている剣を抜くと、プシャっという音と共に赤い血飛沫が飛び散る。
「なるほどねぇ。こんな化け物がいる外になんか、誰も来たがらないわけだ」
水を汲み詩姫音の元に戻ると、血塗れの私に驚いたのか。少しばかり口を震わせていたが、訳を説明すると安心したのか、私をグイと引っ張ってオアシスに連れて行かれた。
確かにこの血生臭い体を水で流してしまうのも良いかもしれない。
「ヒルデお姉ちゃんの服、私が洗っておくね」
「・・・・・じゃあ、お願いね」
少し迷ってお願いすることにした。私的に詩姫音には、一人ででも逃げてもらうために、体力を温存しておいて欲しいところではあるのだが、折角の好意を損なわせるのも無粋だとも思うのである。
「うん、わかった。しっかり洗うね」
ほら、こんなにやる気に満ちている顔をして、嬉しそうな笑顔を浮かべる子を悲しませるなんてできないよね。
詩姫音は初めてお手伝いをする子供のような表情で私のスーツを水に浸けている。
「ふぅ・・・・・」
血と怪物の粘液とでベタつく髪の毛を洗い、ふわっと掻き上げる。あらかた取れたようだが、臭いは少し残っている。
「うっ、生臭い」
半分諦めていたことだけれど、半分期待していたのもあって、落胆を隠せないが、なんとか誤魔化そう。下着のままオアシスに入ってきたがもういい、全身浸かってしまおう。
膝上くらいの水深しかないが、私は倒れ込むように入水する。力む筋肉の力を抜くと体は自然と水面に浮かぶ。目の前にはどこまでも澄んだ蒼い空があるだけだった。
「雲もないや」
そろそろ戻ろうと立ち上がると、水を吸った髪が重い。頬や体に貼り付く毛を首を振って振り払おうとしたが逆効果。さらに絡みつくので、結局は手で水気を払い詩姫音の元に戻った。
「綺麗になったかしら」
「・・・ううん」
「どれどれ」
まあ、血だもんな。水だけで綺麗にするのは難しいだろう。せいぜい私でも薄めて目立たなくするのが限界だし。詩姫音の仕事は結構頑張った方だと私は思うな。
「ありがと、詩姫音。また、お洗濯お願いするわね」
私はあえて慰めず、感謝と期待の言葉をかけてあげた。この子はきっと慰めても、あまり喜ばないタイプだろうから、ならば次の機会に期待するとハッキリ言ってあげる方が、成長の足しになるだろう。
夕刻、焚き火を起こし暖をとる。私は夕食を準備しているが、詩姫音は暖かくなったのかとても眠たそうだ。
「詩姫音、もうちょっとできるからまだ寝ちゃだめよ」
「だい、じょ・・・うぶ、だょぅ」
大丈夫じゃないやつ。
バイクのシートに詩姫音が洗ってくれた私のスーツを掛けている。詩姫音は岩のすぐそばに椅子を置いて、端末さんとお喋りをしていたのだが・・・。
「端末さん、詩姫音にあんまり難しい話してないよね」
「肯定です。この世界の歴史と社会制度について・・・」
「うわ、それ私でも聞きたくない話だよぅ」
私は端末さんの言葉を遮って否定する。詩姫音もそりゃあ寝るよね。私だって真面目モードじゃないと聞いてられない話題だと思う。
「では、音楽などいかがですか」
「例えば」
「そうですね、こういうのはいかがでしょう」
端末さんのチョイスは、ゆったりとしたピアノソロの曲で、確か古典派、それともロマン派。音楽の知識は特に無いので忘れてしまったが、コレはより一層眠気を誘う。
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