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第五章

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 順平が目を覚ました時、明るく暖かいリビングには、自分以外に誰もいなかった。二~三時間は眠ったのか、毛布をはいで立ちあがり大きな窓のカーテンを開けてみると、みぞれ混りの雨で雪が溶けたのか道が乾いて、雲の間から星が光っていた。
 内容は覚えていないが、とても幸福な夢を見ていたような気がした。
 順平が幼い頃、クリスマスなどという行事は、単に近所のスーパーで、翌日に冷めきった古いゴムのような味の鶏の揚げ物が半額以下で買える日、という他には、何ら特別な意味などなかったというのに。今日一日で、それが全く変わっていた。
 洋太や、他の”普通の”子供達が育ってくる間に見て来た「クリスマスイブ」とは、きらびやかで温かい部屋とプレゼント、美味しいものを腹いっぱいに詰め込んで満ち足りた、楽しいことしかない最高の一日……そういうものだったのだろう。
(……こんなにも違う景色を見て育ったのなら、オレと洋太が同じような人間になるわけがないよな……)
 順平は静かな表情で、星を見上げながら胸の中でひっそりと呟いた。
 昔の自分だったら、そういう育ってきた環境の違いを恨んだり、与えられなかった自らの生まれを呪うことしかできなかったかも知れない。しかし今の順平は、純粋に今日、自分をここへ呼んでくれた洋太と家族に感謝していて、それを嬉しく思った。
「あ、順平起きたのか? よく寝てたなー」
 キッチンの脇のドアが開いて、風呂から上がったばかりらしいパジャマ姿の洋太が、タオルで髪を乾かしながら現れた。
「すまん。ちょっと食い過ぎたみたいだ……あんまり美味かったので……」
 順平が少し赤い顔で恥ずかしそうに言うと、洋太が笑いながら答えた。
「お前でも、そういうことあるんだな。いつも油断しない感じだったから。……あ、冷めないうちに風呂入ってこいよ。脱衣所にお母さんが着替え用意しておいてくれたから。終わったら一緒に二階のオレの部屋へ行こう」
「わかった。……ありがとうな、洋太……」
「ん? 何が?」
「いや……気にするな……」
 順平が夜空を映した湖のような眼を細めながら、洋太を見つめて穏やかに言った。
 
 自衛隊員らしい超早風呂で順平が入浴を終えた後、二人で音を立てないように廊下と階段を移動して、二階の突き当りにある洋太の部屋に入った。手前側に母親の寝室、その隣に姉の寝室があり、洋太の部屋は空いている客間と並んで奥側にあった。
 ちょうど少し前に雨がやんで道路が乾いたので、歩美は同じ地区に住むオタクの幼馴染からネットのゲーム関係のカウントダウンイベントに誘われたとかで、そちらへ泊りに行っていた。
「もう遅いから、静かにしないとな……といっても、うちのお母さんは一度寝たら朝まで眼が覚めないタイプなんだけど」
 音を立てないようにドアを閉めながら、洋太が部屋の中を振り返った。順平が腰に巻いた紐を持ってごそごそしている。
「……これは、この着方で合っているのか?」
 順平が真面目な顔をして尋ねた。洋太より頭半分以上長身の、筋肉質で大柄な順平が着て寝られそうな服が、来客用の男物のガウンしかなかったので、順平はやや丈の足りないそれを見様見真似で着ていた。
 冬でも日に焼けて、長身で引き締まった筋肉質の順平が胸元の大きく開いたナイトガウンを着ていると、布を押し上げる発達した大胸筋と、丈の足りない裾からのぞくふくらはぎにがっちりついた筋肉が、試合に臨むボクサーのようにも見えた。
 逆三角形の上体を引き絞るようにガウンの紐が締まった腰にゆるく巻かれている。
「あー逆だな。洋服と同じでいいんだよ。だからこっちが上で……」
 濃紺色のガウンの合わせが逆になっていたのを洋太が直してやると、湯上りでいつも以上に体温の高くなった順平の褐色の胸板を間近で覗き込む格好になった。洋太の耳元に順平の熱い息が掛かる。
(ワンルームに泊まる時だって、いつも抱き合ったり、それ以上のこともしてるのに……なんかやけにドキドキするな……自分の部屋に順平がいると思うと……)
 洋太が頬を紅潮させて、恥ずかしさをごまかすように部屋を見回した。
 子供の頃に使っていた勉強机やベッドは、さすがにサイズが合わなくなったので、高校を卒業した時に買い替えていた。今はダークブラウンの簡易なシステムデスクと書類仕事に使うノートパソコン、ベッドも同色の板材でシーツや羽毛の掛布団は淡いブルーで統一されている。
 フローリングの床の中央部分にだけ、カーテンと同系色の生成り色のラグマットが敷かれていたが、その上に今は客用の布団を順平のために持ち込んで敷いてあった。
 母親からは順平に客間を貸すことも提案されていたが、こっちのほうがいいと洋太が自分で運んで来たのだ。もちろん、夜中に”そういうこと”になる可能性も考えてのことではあったが――。
「この部屋で、洋太は育ったのか……?」
 順平が感慨深げに部屋の中を見回して、独り言のように呟いた。始めて見る場所なのに、どこか懐かしそうな表情をしている。遠い目をしながら、小さい頃の洋太の顔を思い浮かべているようだった。
「うん。途中までは姉ちゃんと一緒の部屋だったけど。でも、小学校とかで使ってた机とかは古いから捨てちゃったよ」
「残念だな……子供のお前が見ていた景色を、オレも見てみたかった」
「別に面白くないよ? ただの普通の子供部屋だったし……」
「それでもいいんだ。洋太のものなら、何でも……オレにとっては大切だから」
「順平……」
 まっすぐな順平の眼差しに見つめられると、洋太は胸の中に温かいものがこみ上げてきて、思わず頬を赤らめて俯いた。
 ふいに、オレンジと茶の格子模様のネル素材のパジャマの背後から、順平が洋太の肩を抱き寄せた。パジャマの生地一枚を通して、順平のガウン越しの熱い体温がじんわりと伝わって来る。
「あ……そ、その……今夜は……」
「わかってる。荒っぽいことはしない……いったん座るか」
 逞しい腕で洋太の細い腰を抱いたまま、二人でベッドに腰を下ろす。ギシッと部材がきしむ音がして一瞬、洋太は緊張したが、廊下のほうからは何も聞こえてこなかったので、ほっと息をついた。
 順平が洋太のパジャマの肩に顎を乗せて、湯上りで火照った体をより密着させた。そのまま大きな熱い掌がなめらかなネル生地の上から、さわさわと腿や胸をまさぐって来る。この後に与えられるはずの刺激を想像して早くも洋太の下半身が疼いた。
 洋太が熱い吐息を小さくもらすと、順平が下腹に響く、セクシーな低音の声で耳元に甘く囁いた。
「……このベッドで、オレと会っていない時の洋太が毎晩寝てるんだと思うと、興奮するな……」
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