62 / 87
第五章
04-2
しおりを挟む「げっ……」
洋太もそう呟いて絶句していると、後方の車からクラクションを鳴らされた歩美があわてて軽自動車を発進させて通り過ぎて行ったが、見えなくなるまで凄い目つきで洋太のほうを見ていた。
様子がおかしい洋太に気づいて、順平が問いかける。
「どうした? 洋太」
「あちゃー……いきなり見つかっちゃったよ……姉ちゃんに……」
「ん? 今そこを通った車か? ……まあ、あのひとは勘が鋭いようだから、遅かれ早かれ気づかれただろうな」
「何お前余裕こいてんの?! あー絶対、家に帰ったらめちゃくちゃ詰められる……」
「そうしたら正直に言えばいいだろう。別に、オレは全く構わないぞ」
「オレが構うの‼ ったく他人事みたいにー!」
洋太の予想通り。その日の夕方、実家に帰った洋太は、待ち構えていた姉の歩美につかまって、洋太の部屋で根掘り葉掘り、つきあうことになった経緯から、これまでのことを尋問された。
この少し前に、洋太が「ラン講師の副業用の拠点」としてワンルームマンションを借りようと思っている、と言った時。リビングのソファで話していた洋太を、驚いたように見つめて心配する母親に、歩美がさりげなく助け舟を出してくれたのだった。
「別にいいじゃない。洋太だって一応は、もういい年した社会人なんだから。親密な女の子とか出来ても、親と住んでる家の自分の部屋に連れてくるのって、ちょっと気まずいだろうし……」
姉の微妙な擁護に赤面しながら、目を剥いて反論する洋太。
「い、いないからね?! オレまだ、彼女とか……!」
「はいはい、わかってるわよ。仮に、出来たらって話――」
そこまで言って、歩美がハーブティーを作っていた手の動きを止めた。
歩美の視線の先には、両手で赤らんだ頬を押さえながら、恥じらうように顔を俯かせている母親の姿があった。息子の彼女とのあれこれを想像してしまったらしい。
その純情な乙女のような反応に、ごく小さな声で、呆れたように歩美が呟いた。
「……このひとって確か、子供二人産んでるのよね……?」
洋太がますます焦って、真っ赤になりながら母親に抗議した。
「ちょっと、お母さんまで?! 本当に彼女とかいないから、オレ! 聞いてる?!」
洋太が回想から現実の自分の部屋に戻ると。
ベッドに腰かけた歩美が非難がましい目つきで、じとーっと自分を睨んでいた。
「……確かに、いなかったわね。”彼女は”……」
「うっ……だから、ごめんって、今まで黙ってて……」
「あたしのことは別にいいけど、本当にどうするのよ? あんた、うちの寺の跡取りなのよ? 自覚持ってる?」
「わかってるよ……でも……」
「でも?」
顔を上げた洋太が、頬を紅潮させつつ真剣な眼で、歩美の眼を見て言った。
「あいつのこと、好きになっちゃったんだから、どうしようもないよ……」
それを聞いた歩美が、ふいに戸惑うように視線を泳がせた。どこか遠くを見る表情をして、ぽつりと独り言のように呟く。
「まあ……そうよね。……本当に好きなら、仕方ないのかもね……」
何故かそれ以上、姉は追及してこなかった。
順平との交際、”おうちデート”用の部屋のことも、しばらくは秘密にしてくれるという。その代わりに、洋太は実家の寺のこと、母親にどうやって話すかなど、ちゃんと将来のことを考える、と約束させられた。
姉は姉で家のことも弟のことも心配してくれるのが伝わってきたので、洋太も素直に頷いた。母親には事故の時に酷く心配を掛けてしまったので、出来ればこれ以上の心労の種を与えることは避けたかった。
そんなこんなで事実上、姉の”公認”(黙認?)を得て、洋太と順平の新しい生活が始まったのだった。檀家や近所の人にバレないように、敢えて市内でも関わりの薄い地区を選んで部屋を決めていた。
二人でエコバッグ持参で近くのスーパーに買い出しに行き、ワンルームの狭いキッチンで並んで料理を作ったり、洋太が選んだテーブルを挟んでラグマットに座って、その日の料理の出来をあれこれ批評しながら仲良く食べたりした。
よく晴れた日は特に目的もなく二人で公園に出かけて、芝生に寝転んでしゃべったり、買ってきたハンバーガーショップのランチセットを食べたりした。
天気の悪い日は洗濯物を持ってコインランドリーに行き、待ち時間にベンチに並んで座って、一つのイヤホンを分け合いながら洋太の好きな音楽を聴いたりした。
たまの贅沢として、洋太のたっての要望で一緒に健康ランドに遊びに行き、帰りにラーメン屋のカウンターで並んで餃子とにんにく入りのラーメンを食べたりもした。洋太が残した分は、当然のように順平が処理した。
季節の移り変わりとともにだんだん気温が下がって来て、風が少し冷たいと感じる時などは、洋太が何も言わないうちから順平が逞しい腕を恋人の肩に回して、自分の高い体温で洋太の冷えた体を温めてくれた。
そして、もちろん夜になれば、シングルサイズの一つしかないベッドで抱擁して、明け方近くまで濃密に愛し合い、眠る時にはぴったりと体をくっつけて眠った。
順平は後戯の後でよく腕枕をしてくれたが、筋肉がつき過ぎて首が疲れると洋太が笑いながら苦情を言うと、それ以来、洋太を腕の中に囲うように、大きなぬいぐるみを抱きしめるような恰好で眠った。身長差がちょうどよかった。
――そんな風にして、二人だけの短いけれども幸せな時間を一つ一つ積み重ねてゆくうちに、気がつけば街のあちこちに、クリスマスの華やかなイルミネーションが飾りつけられる季節になっていた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
アダルトショップでオナホになった俺
ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。
覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。
バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる