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第四章

06-5

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 驚いたように目を見張った順平。それまでは、どこかぼんやりとしていた洋太が、びくっとして顔を上げた。まるで悪いことして見つかってしまったとでもいうように、涙を浮かべて見開いた茶色の眼には、うっすらと怯えのようなものが見える。
「……ち、ちが……これ、は……」
 真っ赤になって、必死に首を振る洋太。言葉で否定しても、順平の腿にまたがった股間を通して、体が……しまっている以上、隠しようがなかった。
――こんな時に。あられもない姿を赤の他人に見られてしまうかも知れない、危険な状況で……むしろ体のほうは勝手に興奮しているなんて……こんな自分を知ったら、順平に軽蔑されるのではないか? そう思って、洋太は内心で恐怖に震えていた。
 実家の清浄な寺で、周囲から少し過保護なくらいに守られて育ってきた洋太には、本人も気づかない無意識のレベルで、どこか、”性的な事柄”に対して「隠さなければならない、いけないことなのだ」という刷り込みがあった。
 その洋太自身の中の思い込みが、大好きな人から「淫乱な奴だ」と軽蔑されるかも知れない、という怯えに繋がっていたのだが――。
 順平がゆっくりと、俯いた洋太に顔を近づけて、それまで一度も見たことのない、輝くような、嬉しそうな笑顔でこう言った。
「……そうか。洋太は、が興奮するんだな……?」
 そこには、熱愛する恋人が恥じらいつつ隠そうとしている”秘めごと”を、自分一人が共有できるのだ、という幸福を噛みしめる子供のように純粋な歓喜だけがあった。
「えっ……?」
 相手の全く予想外の反応に洋太が呆然としていると。壁に寄り掛かったままの洋太に、さらに体をひたと密着させた順平が細い肩に顎を乗せるような恰好をしてきた。
「心配するな、洋太……。ここは影になってるから、こうして壁にくっついていれば向こうからは見えない。例え、何をしていても……」
「は?……ちょ、順平……何を、って……?」
 順平の体温の高い大きな手が、庭園とは逆側になった浴衣の裾をまくり上げ、指先が尻の割れ目をつーっとなぞった。思わず、びくっと反応してしまう洋太。
「えっ?! な、何……? そんな、今、したら……駄目、待って……順平……っ! あっ……あ……や、め……」
 男の武骨な手の指がそれぞれに尻の肉を揉みこむようにして動きながら、もう一方の手も、大きく割られた浴衣の裾から足の間に入り込み、わずかに震えている洋太の熱い芯を柔く握って、さっきまでよりもやや強く上下にしごいて刺激する。
 急に与えられた強すぎる愛撫に、洋太がたまらず腰を引きそうになるが、壁に縫いつけられた体はそれ以上後ろへ行くことが出来ず、壁との間に挟まった男の大きな手の指が、余計に尻の肉の割れ目に深く食い込むだけだった。
「あ、あっ……?! あんっ……はぁ……っ、順平ぇ……や、だぁ……こん、なっ……とこで……誰か、に、見られちゃ、う……あ、ああっ……!」
 消え入りそうな声で、何度も切なげに”いや”と”だめ”を口にしながらも、その手が握りこぶしを作って男の背中を叩き、行為を止める”合図”を送ることはなかった。
 むしろ洋太は、順平の逞しい肩に必死に縋りつきながら、全身をがくがく震わせ、恥じらいつつも、どこか甘えるようなあえぎ声を熱い吐息とともに漏らし続けた。
 建物の窪みの影で抱き合っている二人から、庭園の池を挟んでほんの十数メートルの辺りまで歩いて来ていたカップルらしい二人が「何だ、やっぱり開いてないのか」とか話しながら引き返して行く声が、洋太の耳にかすかに聞こえてくる。
(い、今……声を出したら……絶対に聞かれて、気づかれる……!)
 そう思ったら、息が止まりそうな緊張感とともに、何故か、ぞくぞくするほど興奮してしまって、洋太は混乱と快感のあまり、気が遠くなりそうだった。
 それを許さないかのように、洋太の下半身を、前から後ろから愛撫する手の動きがいっそう激しく執拗になり、叫び出しそうになる紅い唇を先回りのキスがふさいだ。
「ん――っ……!」
 洋太がくぐもった声を漏らすと、びくっ、びくっと全身を震わせながら、尻の肉をつかまれて浮き上がった側の脚をぴん、と爪先まで張りつめさせた。ディープキスで口をふさがれた顔は上気して、潤んだ茶色の眼からは涙が溢れそうになっている。
「洋太……いっぱい、出したな……」
 唇を離した順平が優しく、慈しむような口調で、洋太の顔と同じく赤く染まった耳に囁いた。手の中にこぼされた”雫”を大事そうに、大きな掌の中に握り込む。
(何? どうしたんだ、オレの体……? 熱くて、凄く高く昇って、それから――)
 洋太が急激に高まった快楽の余韻に震えつつ、順平に腰を抱かれて朦朧としながら荒い息をついていると。
 ふいに順平が切なそうに恋人の顔を見つめて、熱い吐息を漏らしながら、洋太の顔のすぐそばで、低く、切羽詰まった声で言った。
「悪い、洋太……。オレも今から、イきたい……いいか?」
「……え……?」
 言葉の意味を理解できないまま、洋太が潤んだ茶色の眼でぼんやり順平を見上げると。次の瞬間、尻の肉をつかんでいた手が指先で洋太の後ろを広げつつ、もう一方の手はいつの間にか腰から離れて尻に移動し……ずぷり、と異物感が中に入ってきた。
「……っ……?!」
 洋太が呼吸を忘れるほどに驚いて、大きく眼を見開いた。
 すでに順平の男らしい、長くて太い中指が、第二関節よりも先まで埋め込まれて、内部で曲げたり伸ばしたりの動きを別の生き物のように繰り返している。
 ついさっき洋太が吐き出した雫を潤滑剤の代わりにして、適度な湿り気を与えられた指は、先に度重なる快楽で腰から下がとろかされていたこともあり、そのまま意外なほどスムーズに奥へ奥へと侵入してきた。
 状況が呑み込めず声も出せずに、洋太が順平の肩にしがみついている間に、先ほどの二人は敷地の外へ出て行ったようだったが、洋太は最早それどころではなかった。下半身の異物感に冷や汗を浮かべながら、目をつぶってどうにか耐える。
 以前ネットで検索して、男性同士は”その穴”を使うらしい、という知識だけは持っていた。しかし、実際にそこに入って来られると、とてもじゃないが快感どころではなかった。本当に、みんなここを使って出来るのか……? と疑問しかない。
(順平のために我慢してあげたいけど……やっぱオレ……こんなの無理なんじゃ?)
 そう思いかけた時――。順平の二本に増やされていた指が、洋太の奥にある内壁の一カ所を擦って、とたんに洋太の腰が、びくんっと大きく跳ねた。
「あっ……え? な、何……今の……?」
 戸惑ったように、洋太が赤らんだ顔で呆然と呟くと、順平が急に、獣のような笑みを浮かべて唇を舐めた。
「そうか……。ここが、イイんだな……? 洋太……」
 不規則に動いていた順平の指が明確な意思を持って、指先で引っ掻いたり、押し込むようにしたりと、先ほどの内壁の一カ所を執拗に愛撫する。そのたびに電流のような快感が全身を貫いて、洋太の腰がびくびくっと震え、中にある指を締め付けた。
「あ、ああっ?! 順平……や、何でっ……こんな、に……あんっ! はあっ……」
 洋太が少しでも体重を逃がして刺激を和らげようと、助けを求めるように順平の首に縋りつくと、その動作と呼応するように、順平が自分の空いているほうの腕を洋太の浮いた膝の下に差し込んで、高々と抱え上げた。洋太がはっ、として眼を見開く。
「……え……? 順平、何すん……」
「洋太……そのまま、少しだけ我慢してくれ……」
 順平が精悍な顔に大粒の汗を浮かべ、何かに懸命に耐えるような表情で、苦しげに恋人を見つめながら、洋太の中から引き抜いた指で、きつく張りつめていたジーンズのチャックを素早く下ろした。
 直後に、大きく広げられた後ろの入口へ、指二本とは比べ物にならないほど巨大な異物感が押し当てられた熱い感触があり、洋太が驚いて声を出す暇もなくそれが一気に中ほどまで侵入してきた。
「――っ‼」
 洋太が声にならない叫び声を上げるように震える口を開けて、はっはっと浅い呼吸を繰り返す。その間にも、後ろにぎっちりと嵌め込まれたモノが、洋太本人の自重も借りてよりいっそう深くまで届き、熱い脈動が内壁を通してもろに中に響いて来た。
 順平が、抱え上げた洋太の脚を前後にわずかに動かすと、その分だけ奥を貫く張りつめた芯の先端が、洋太の一番いいところを強くこする。順平の体と壁との間に挟まれて逃げ場のない洋太が、捕えられた人魚のように悩ましく腰をくねらせた。
 浴衣の裾を割って大きく広げられた洋太の両脚の奥に、焼けるように熱く硬い芯が全て収まってしまうと、順平が大きく息をつきながら洋太の耳元に汗ばんだ顔を寄せ、低く甘い声で愛おしそうに囁いた。
「はっ……洋太の、中……すげえ熱くて、気持ちいい……。今から、動くぞ……っ」
 順平の内側からせり上がる衝動に比べれば、信じられないほど静かに、ゆるゆると腰を動かし始めた。それでも熱く硬い芯に奥を貫かれて、揺さぶられる洋太にとっては十分に強すぎる刺激で、涙目になりながらうわ言のようにあえいだ。
「あっ、あ……ん、はあ……順平ぇ……あっ、そこ……っ、いや……あ……」 
 後ろへの負担を和らげてやろうと、順平が洋太の耳たぶを舌で飴玉のようにしゃぶりながら、時折歯を立てる。さらに空いていたほうの手で股間のモノを優しく包んでいじってやると、急激に高まる快感に耐えきれないように洋太が顎をのけぞらせた。
「ひぁ……っ?! あ……やめ、っ……ああっ! あんっ! 順平、それだめっ! は、あっ……ああんっ!」
 ほとんど泣くような声で洋太が、絶え間なくあえぎながら順平の首にしがみつき、切なげに眉を下げて赤らんだ頬をすり寄せる。順平が腰の動きを次第に激しくしながら、壁に縫い付けた洋太の首筋に唇を這わせて、凄絶な笑みを浮かべて言う。
「は……っ、洋太、好きだ……もっと、滅茶苦茶に、乱れて……オレの、ことだけ、考えててくれ……っ、洋太……はあっ、洋太……!」
 自分の内側で高まり過ぎた未知の快感に恐怖を感じて、洋太が子供のように順平にすがりながら助けを求めた。濡れた紅い唇が震えている。
「ああっ、んっ! あっ……や、だ……怖い、順平……っ! 体が、変で……何か、来ちゃう……っ! オレ怖いよ……どうしよう、順平ぇ……あ……あんっ! あっ! ああっ! はあっ、あああんっ!」
「大丈夫だ、洋太……オレが、いるから……っ、は……すぐに、イかせてやるぞ……洋太……好きだ……っ」
「あ……ああっ! 順平ぇ……あっ、好き……っ! ああっ、ああああ――っ‼」
 順平が、汗ばんだ精悍な顔に、愛おしさで蕩けそうな笑みを浮かべながら、洋太の潤んだ茶色の眼をすぐ近くで見つめて、低く甘い声で愛の言葉を囁いた。
 そうしながら、洋太の中を深く貫いて揺さぶる律動を最高潮に高めると、折れんばかりに抱きしめた腰の奥に熱い奔流を叩きつけるように吐き出し、二人同時に目眩いのする未知の高みに達していた。

 赤い大鳥居のある夜の参道を、ぼんぼり祭から帰る人々の列が駅のほうへゆっくりと進んで行く。
 その行列の中ほどに、浴衣姿の洋太を背負った順平の長身が、頭半分ほど抜け出しながら混ざっていた。
「……ほら、見て。あの子、疲れて寝ちゃったのかしら?」
「ほんと、かわいいわね。弟さんかな……?」
 近くを歩いているご婦人方がひそひそ声で微笑ましそうに噂している。視線の先にいる洋太は、順平の背中に安心しきったように体を預けて小さな寝息を立てていた。
 順平はわずかに頬を赤らめながら幸せな気持ちで、腕と背中に自分の筋肉にとっては羽のように軽い洋太の体重を感じていた。
 あのピロティホールのある箱のような建物の壁に縫い付けるようにして、大好きな洋太と初めて結ばれた後――。
 快感が高まり過ぎたのか気絶して、そのまま眠ってしまった洋太の下半身を、自分のチェストバッグに入れてきたウェットティッシュで丁寧に拭き清め、目にも止まらぬ速さで装着していたゴムと一緒に処分すると、スマホで検索しながら、崩れた浴衣の着付けも可能な限り直してやった。
 順平の肩には今でも、未知の快感に怯えて、可愛くすがってきた洋太の手の感触がありありと残っていた。甘く切なげなあえぎ声も、順平の芯をきゅうっと締めつけていた中の熱さも……そのどれもが、ここにいる大勢の誰も知らない、自分だけの大切な想い出なのだと思うと、顔が自然とゆるむほど嬉しかった。
 気持ちいいことが好きで、少しだけ痛くされたり、恥ずかしいシチュエーションに興奮してしまうという洋太の性癖みたいな部分も、夢で何度も見た人形のように綺麗なだけの洋太より、生身の人間らしく思えて、愛おしくてたまらなかった。
(……こうしていると、オレと洋太、”家族”に見えるのか……何だか嬉しいな……)
 順平の背中に顔をくっつけた洋太が、寝言らしく何かむにゃむにゃと口を動かしている。順平はその優しい温かさを感じながら、いつまでも、どこまででも、こうして洋太を背負ったまま歩いて行きたい……と思うほどだった。
 それが叶わないことは、わかっている。洋太を実家の寺まで送り届けたら、自分は駐屯地の隊舎へ帰らなければならないから。
 それでも、今、この瞬間だけは――。
 祭の余韻にほんのりと明るい夜空の下、世界中の誰も手を出せない、自分一人だけの愛しい洋太を感じていたい……そう思う順平だった。



(第五章に続く) 
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