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第三章
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しおりを挟む順平は、初めて洋太の家に招かれて手作りのオムライスをご馳走になり、夜景を見ながら「洋太を好き」だという自分の気持ちを封印しよう、と決意してから……それでも、ほんの数か月の間だったが、確かに”幸せ”だった。
休みのたびにタイミングが合えば自分を呼び出すようになった洋太は、思い付きで色々な場所に順平を連れ回した。それは映画やショッピング、お洒落な飲食店といった定番の実質デートのようなものから、SNSで見たB級グルメ祭や、ふくろうカフェ、遊園地併設のアスレチックパークなどといった、興味はあるけど男一人ではちょっと行きづらい……といった類の流行りのスポットも含まれていた。
天気の悪い日には洋太の家のリビングで、押し入れから引っ張り出してきた、学生時代に友人らとよくやっていたというテレビ画面で対戦するゲームをやらされた。
それはヒゲの中年男のキャラクターがミニカーを運転してキノコや亀をふっとばすという奇妙な内容で、ゲームなどやったことのない順平が当然ながら負けまくると、洋太は手を叩いて大はしゃぎしていた。真面目な顔で体ごとコントローラーを動かしている順平が面白いとも言っていた。
順平にはゲーム自体も、何がそんなに面白いのかいまいちよくわからなかったが、洋太の笑顔が可愛かったのでそれで十分満足だった。同じく家で洋太の好きなお笑いネタ動画を観ている時も、ツボに入って笑いが止まらなくなった洋太が、ひーひーと苦しそうに順平にもたれかかって膝をバンバン叩いて来た時は、動画は1ミリも面白いと思えないが、これはこれでいいものだ……と一人でほっこりしていた。
洋太は和洋問わず甘いものが大好きで、カフェなどに入るとよくデザートを一つに決めきれないことがあった。そういう時は、片方を順平に注文させて「味見」と称して一口食べさせてもらい、さらに「お返し」と言っては、自分のほうからも一口分をスプーンなどで順平の口に入れてくれた。
「はい、順平。あーんして」
にこにこしながら洋太が、パフェやあんみつを一口、順平に食べさせようとする。当然、店内には他の客(多くは女性グループ)がいて、くすくす笑いながらその様子をこっそり見ているのだが、洋太は全く気にしていなかった。
順平自身、笑われていて恥ずかしいという気持ちはないではなかったが、その笑いというのも微笑ましいといったタイプのものだったし、何より、洋太に食べさせてもらうという、新婚の夫のような甘いシチュエーションの魅力には抗しきれなかった。
「美味いか? 順平」
「ああ……」
笑いながら無邪気に質問する洋太に、顔を赤らめた順平が、俯きがちにそう答えるところまでがセットだった。
食べるのが好きな割に、男にしてはやや食が細い洋太は、頼んだものを最後まで食べきれないことも多かった。そういう時に残りを処理するのも順平の役で、若い自衛隊員の無尽蔵の胃袋に感心した洋太が「ブラックホールだ」と言って笑った。
――ただ目の前で呼吸している洋太を眺めているだけで順平の心は満ち足りていた。
何であれ大抵のことには動じない順平とは対照的に、洋太は何を見ても面白がり、好奇心旺盛で、知らなかったものや新しいものを見ると明るい茶色の瞳を輝かせた。
そんな洋太を通して知る世界は、順平が今まで知らなかった鮮やかな色彩に溢れているようで、以前の自分がモノクロの世界に生きていたように感じるのだった。
順平が思いもよらないような視点で物事を見て、考えつくままに楽しげに喋る洋太を見ていると、順平はまるで自分までが、生き生きとした充実した時間を過ごしているような気がして、自然と顔がほころんだ。
それはどこか、苦労を重ねて年老いてしまった人間が、何も知らない幼い子の遊んでいる姿を眺めて微笑むのにも近かったが、順平自身はまだ自分が二十歳そこそこの若者だという実感があまりなかった。
青春も恋愛も一切知らなかった順平は、洋太といる時にだけ、生きている手応えのようなものを、確かに感じることが出来た。
順平にとっては、全ての下らないことや、”クソみたいな”人生そのものが、洋太と関わり、洋太を通して見る時にだけ、生きる価値があるように思えた。
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