上 下
10 / 87
第一章

05

しおりを挟む

 すっかり夜も更けたワンルームの部屋で、気持ちよさそうに洋太がクーラーの涼風に当たりながら、Tシャツの首をぱたぱたと開け閉めして風を入れていた。その座った体が、何故か上下に自動で動いている。
「はー……生き返るなあ……! さっきはマジで茹だるかと思った……」
 洋太の下では、バツの悪そうな顔をした順平が黙々と、体育の教科書にでも載りそうな一回一回床まで顎をつける腕立て伏せを続けている。洋太は両足を投げ出しているので体重のほとんどが順平の背中に掛かっているが、工作機械のように正確な上下動のペースは少しも乱れない。
「523、524……だから、悪かったって、言ってるだろ……527、528、529……洋太っ……」
 腕立て中の順平の背中にゆうゆうと腰かけて涼みながら、まだ少し赤い顔で洋太が口を尖らせた。
「反省が足りないから止めちゃダメだよ順平。オレ本気で怒ってんだから……真夏だったら完ぺき脱水症状で救急車呼んでたからな、あれ。風呂の中であんな、ガチ本番するとか思わないじゃん、普通?!」
 責められている順平は心底申し訳なさそうにしながらも、罰の腕立て伏せ自体には何の苦痛も感じていないようで、放っておけばさらに数百、数千回でも同じペースでやり続けそうな底なしの体力を感じさせた。
「553、554……それは……お前が、あんまり、エロっ……可愛い、からっ、悪……559」
「あ? なんて言った?」
「いやっ、何でもない……562、563……」
 まだ不満そうな洋太が、思い出して今更恥ずかしくなった様子で頭を抱える。
「はー、お前ほんとにさあー……あんな、ご近所の皆さんがまだ、下校とか帰宅とか夕飯の時間帯に、くそデカい音立ててセッ……とか、ほんとに……あああーっ‼! ユニットバスだから少しは防音されてるといいなあ! あと一応、洗濯機も回してたし、カモフラージュになって……?!」
 世間の目を気にして苦悶する洋太の悲鳴を聞き流しながら、順平は腕立てで揺れるたびわずかに浮き上がって、また自分の背中にふよんっ、と密着し直す洋太の短パン越しの尻の感触のほうに否応なく意識が集中してしまっていた。 
 あれほど激しく求め合った後なのに……? と、己の無尽蔵な性欲に呆れながら、順平はまたしても下半身に熱が溜まりそうになるのを抑えつけようと必死の形相だった。
「……あーあ、腕立てじゃ毎日やってるみたいだから全然こたえてないっぽいし、なんかもういいや。順平、そろそろ許してあげるよ」
「お、おう……本当に悪かったと思ってる……これからはお前の体を一番に考える」
「ん……わかった」
 腕立てを中断した姿勢のまま、俯いてぼそぼそと反省の弁を述べている順平の後頭部を指で軽くはじいてから、洋太が立ち上がって背伸びをした。
「さ、アイス食べよっか。順平、冷蔵庫から取って来て」
「うん……すまなかった……」
「もういいってば! じゃあ、今日はじゃんけんなしでオレが高いほうのアイス食べるかんね」
 軽口を言って笑っている洋太とは反対に、順平のほうが今更ながら、がんがんに効かせたエアコンのせいだけではなしに、うっすらと肝が冷えるのを感じていた。 
 順平は、彼自身の肉体の頑強さのあまり、恋人である洋太の体が自分よりはるかに華奢に出来ていることに時として思い至らず、いつかそのせいで自分の命以上に大切に思う人を、何かの形で危険にさらしてしまうのではないか……? そんな恐れが、心の奥底に刺さった小さな棘のように消えずにいるのだった。
 二人が座ったテーブルの上にはコップ2つに入った麦茶が置かれ、クッキークランチが入ったクリーム系の高級カップアイスを洋太が、庶民的なソーダ味のシャーベットのバーアイスを順平が食べている。
「んーっ! やっぱ風呂上がりのアイス最っ高ー‼」
 そう言って幸せそうに目を細める洋太を、他の人間には見せたことのない穏やかな表情で順平が見つめている。その視線に気がついた洋太が、急に自分の手元と相手のそれを見比べてから身を乗り出した。
「あーん」
「……え?」
「そっちも美味しそうだから、一口ちょうだい。ほら、あーん」
 自分が手に持っているソーダバーを欲しがっていると気づいた順平、そのまま食べさせるかと思いきや、ごく自然な動作で自分のアイスを一口かじり、くいっと洋太の顎をつまんで口移しにアイスを食べさせた。
 ソーダ味のアイスを口に含んだまま、洋太が目をぱちぱちさせている。
「……びっくりした。 お前って、こういう少女漫画のモテ男仕草みたいなことするんだ……」
「は? なんだそりゃ?」
「いや別に……こっちの話」
 昔、姉の部屋にあった少女漫画でこういうの見た気がする……と思い出して、一人で苦笑する洋太。
(だって、それじゃまるで、オレがヒロインポジションみたいになっちゃうじゃん。恥っず!)
 そう思って見ると、順平ってほんと男前だよな……と改めて思う洋太だった。異性に限らず、同性の眼から見ても、精悍な男らしい顔立ちや、彫刻のような肉体美、いつも冷静(性欲が荒ぶってない時は!)で、洋太を何より大事にしてくれる態度など羨ましいほどのいい男っぷりだ。
(なんで順平は、オレなんかのこと好きになってくれたんだろう……? 別にそんな美人でもないし……)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

処理中です...