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第一章
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しおりを挟むすっかり夜も更けたワンルームの部屋で、気持ちよさそうに洋太がクーラーの涼風に当たりながら、Tシャツの首をぱたぱたと開け閉めして風を入れていた。その座った体が、何故か上下に自動で動いている。
「はー……生き返るなあ……! さっきはマジで茹だるかと思った……」
洋太の下では、バツの悪そうな顔をした順平が黙々と、体育の教科書にでも載りそうな一回一回床まで顎をつける腕立て伏せを続けている。洋太は両足を投げ出しているので体重のほとんどが順平の背中に掛かっているが、工作機械のように正確な上下動のペースは少しも乱れない。
「523、524……だから、悪かったって、言ってるだろ……527、528、529……洋太っ……」
腕立て中の順平の背中にゆうゆうと腰かけて涼みながら、まだ少し赤い顔で洋太が口を尖らせた。
「反省が足りないから止めちゃダメだよ順平。オレ本気で怒ってんだから……真夏だったら完ぺき脱水症状で救急車呼んでたからな、あれ。風呂の中であんな、ガチ本番するとか思わないじゃん、普通?!」
責められている順平は心底申し訳なさそうにしながらも、罰の腕立て伏せ自体には何の苦痛も感じていないようで、放っておけばさらに数百、数千回でも同じペースでやり続けそうな底なしの体力を感じさせた。
「553、554……それは……お前が、あんまり、エロっ……可愛い、からっ、悪……559」
「あ? なんて言った?」
「いやっ、何でもない……562、563……」
まだ不満そうな洋太が、思い出して今更恥ずかしくなった様子で頭を抱える。
「はー、お前ほんとにさあー……あんな、ご近所の皆さんがまだ、下校とか帰宅とか夕飯の時間帯に、くそデカい音立ててセッ……とか、ほんとに……あああーっ‼! ユニットバスだから少しは防音されてるといいなあ! あと一応、洗濯機も回してたし、カモフラージュになって……?!」
世間の目を気にして苦悶する洋太の悲鳴を聞き流しながら、順平は腕立てで揺れるたびわずかに浮き上がって、また自分の背中にふよんっ、と密着し直す洋太の短パン越しの尻の感触のほうに否応なく意識が集中してしまっていた。
あれほど激しく求め合った後なのに……? と、己の無尽蔵な性欲に呆れながら、順平はまたしても下半身に熱が溜まりそうになるのを抑えつけようと必死の形相だった。
「……あーあ、腕立てじゃ毎日やってるみたいだから全然こたえてないっぽいし、なんかもういいや。順平、そろそろ許してあげるよ」
「お、おう……本当に悪かったと思ってる……これからはお前の体を一番に考える」
「ん……わかった」
腕立てを中断した姿勢のまま、俯いてぼそぼそと反省の弁を述べている順平の後頭部を指で軽くはじいてから、洋太が立ち上がって背伸びをした。
「さ、アイス食べよっか。順平、冷蔵庫から取って来て」
「うん……すまなかった……」
「もういいってば! じゃあ、今日はじゃんけんなしでオレが高いほうのアイス食べるかんね」
軽口を言って笑っている洋太とは反対に、順平のほうが今更ながら、がんがんに効かせたエアコンのせいだけではなしに、うっすらと肝が冷えるのを感じていた。
順平は、彼自身の肉体の頑強さのあまり、恋人である洋太の体が自分よりはるかに華奢に出来ていることに時として思い至らず、いつかそのせいで自分の命以上に大切に思う人を、何かの形で危険にさらしてしまうのではないか……? そんな恐れが、心の奥底に刺さった小さな棘のように消えずにいるのだった。
二人が座ったテーブルの上にはコップ2つに入った麦茶が置かれ、クッキークランチが入ったクリーム系の高級カップアイスを洋太が、庶民的なソーダ味のシャーベットのバーアイスを順平が食べている。
「んーっ! やっぱ風呂上がりのアイス最っ高ー‼」
そう言って幸せそうに目を細める洋太を、他の人間には見せたことのない穏やかな表情で順平が見つめている。その視線に気がついた洋太が、急に自分の手元と相手のそれを見比べてから身を乗り出した。
「あーん」
「……え?」
「そっちも美味しそうだから、一口ちょうだい。ほら、あーん」
自分が手に持っているソーダバーを欲しがっていると気づいた順平、そのまま食べさせるかと思いきや、ごく自然な動作で自分のアイスを一口かじり、くいっと洋太の顎をつまんで口移しにアイスを食べさせた。
ソーダ味のアイスを口に含んだまま、洋太が目をぱちぱちさせている。
「……びっくりした。 お前って、こういう少女漫画のモテ男仕草みたいなことするんだ……」
「は? なんだそりゃ?」
「いや別に……こっちの話」
昔、姉の部屋にあった少女漫画でこういうの見た気がする……と思い出して、一人で苦笑する洋太。
(だって、それじゃまるで、オレがヒロインポジションみたいになっちゃうじゃん。恥っず!)
そう思って見ると、順平ってほんと男前だよな……と改めて思う洋太だった。異性に限らず、同性の眼から見ても、精悍な男らしい顔立ちや、彫刻のような肉体美、いつも冷静(性欲が荒ぶってない時は!)で、洋太を何より大事にしてくれる態度など羨ましいほどのいい男っぷりだ。
(なんで順平は、オレなんかのこと好きになってくれたんだろう……? 別にそんな美人でもないし……)
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