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第三章

不束な嫁 5

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「議論が得意なんだな。どこであんな技術を身に着けた?」
「法学部は、在学中ずっと議論ばかりですよ」
「そうなのか……」
「少なくとも、私の大学はそうでした」
「かっこよかった。いつも思うが、沙穂は格好良い女性だな」
「そうですよ? 私の格好良さを舐めないで下さい」

 得意げな顔をする花森の鼻に、東御は鼻を軽くぶつけるようにしてからそっと唇を重ねた。

「チェックインは午後からだと思うが、今日はここに泊まって明日の朝はここから出勤しよう。部屋から庭を見れば新郎新婦の写真撮影風景が見られる」
「私、この格好で会社行って大丈夫ですか?」
「ああ、オフィス向きにも見えるから問題ない」
「……普段と違うから何かあるんじゃないかと思われそうです……。着替えに下着とシャツくらい買いたいんですけど」
「結婚予定を宣言しているんだから、業務時間外に何かあるのが普通だろう。下着やシャツはその辺でいくらでも手に入る。そうと決まったら、必要なものを手に入れに行くぞ」

 東御は花森と手を繋ぎ、先ほどのエレベーターに乗り込んでロビー階で降りる。
 当日予約をとって支払いを済ませると、花森の手を引いて急ぎ足で建物から出た。

「待ってください、早いですよお」

 ヒールのついたパンプスで一生懸命歩く花森を、東御はしまったと振り返る。

「タクシーを使うか?」
「いえ、すぐそこに駅ビルがありますし」

 苦笑した花森を見て、東御は気まずそうに手を繋いでいない方の左手で首を掻く。

「気持ちが逸る。今のうちに沙穂を思い切り甘やかして、明日にでも入籍したいと思わせたい。俺はもっと沙穂に求められたい」
「ちょっ……こんな街中で何をおっしゃっているんですか……!」

 花森は突然何を言うのかと東御に対して焦りながら、周りの人通りを気にして首から上が真っ赤になっている。

「街中で白状したくなるくらい切実だ。跪いてプロポーズし直したい」
「いいです、そんなことしなくても……」

 花森は左手を東御に握られたまま言葉に詰まる。
 周りに人が行き交っているのを見ながら、こんなところで話すことではないと首を振った。

「後で……二人きりになったら言います」
「分かった。早く二人きりになろう」
「もう、いつも二人きりじゃないですか。焦らないで下さいよお」

 花森は隣の東御の視線に、いつになく熱いものを感じる。
 こんなに余裕のない様子を見せられると困る、と左手を握る東御の右手に視線を移した。

「結婚て変なシステムだなって思ってたんですよ」
「急になんだ? 学生時代の思い出か?」
「はい。日本の離婚率ってご存じですか?」
「3組に1組とか4組に1組とか聞くが」
「よくそういう数字が独り歩きするんですが、離婚率って年間の件数における人口対比でしか出ていないんです。厚生労働省の人口動態で離婚したカップルの件数を人口比にすると1.57%、その年の婚姻率が人口比で4.3%です」(※厚生労働省人口動態統計<令和2年>)
「単純にその婚姻率と離婚率を比較すると2.7組に1組が離婚しているというわけか」

 結婚前になぜ離婚率の話だ、と東御は隣の花森に訝し気な目を向ける。

「日本は未婚率が上がっていますからね。人口比で出している離婚率は下がっています」
「なるほど」
「離婚理由は、性格の不一致が多いのですが、あとはDV関係が主です。婚姻後に豹変する相手が多いことが理由で……」
「……豹変か」
「同居して10年以内に離婚するカップルが過半数です」
「まさか、それで不安なのか?」

 東御は立ち止まりそうになって人の波に合わせてまた歩き出す。

「結婚って、リスクが高すぎると思いませんか? 八雲さんは私と離婚をしたら財産分与の問題が出ますよ?」
「ちょっと待て。さっき父親に啖呵を切ってくれたのは……」
「それはそれです。父親としての源愈さんに問題があると思ったので」

 一連の会話をしていて、東御は愕然とする。
 頭が良いというのも考えものだ。花森は離婚に対する知識が多すぎる。
 この間までは結婚に納得してくれているようだったが、やはりどこか引っかかるところがあるらしいと、東御は頭を抱えた。

 人通りの多い表通りから一本道を入って行き、ビルの裏手にある静かな駐車場で立ち止まる。

「沙穂は、結婚にまだ不安があるのか?」
「無いと言ったら嘘になります。それ以前に、八雲さんにとって私……」
「あんな風に、あの父親に対抗できる女がこの世にあと一人と居るとは思えない。沙穂が必要なら財産くらいくれてやる。至らない夫になるかもしれないから、直した方が良いところは常にお互い話し合おう」
「やっぱり、八雲さんと私じゃ釣り合わない……」
「俺が沙穂以外を愛せると思うか?」
「でも……そのうち、取り返しのつかない失敗をしてしまうかもしれません」

 東御は、具体的に不安が襲って来たらしい花森を静かに抱きしめて背中をさする。

「俺が、沙穂と別れて別の誰かと結婚しても良いのか?」
「嫌です」
「俺も、沙穂が誰かと付き合うなんて考えたくない」
「……それは、そうですよね」
「これから過ごす季節が、全部沙穂と一緒のものであって欲しい。どんなことが起きても、それは沙穂を選んだ宿命だと思う」

 花森はこれまで何度でも考えた。
 華道家の東御八雲を支える妻としても、れいわ紡績の営業課長の妻としても、自分で良いのかという気持ちが消えない。

 東御と暮らす毎日に不満はない。会社で公の関係になったことすら、恥ずかしくても温かな気持ちを覚えた。

「私が、自分に自信が無いからだと思います」
「あんな風に堂々と議論ができるのに、か?」
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