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第三章

花森、花を諦める 3

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 東御は芍薬をいけたコップを玄関まで持って行った。
 シューズボックスの中に収納してあった黒檀製の小さな敷板を玄関に置き、その上に花を置く。玄関の雰囲気がぐっと華やかになった。

「八雲さんは、やっぱり先生なんですね」
「どういう意味だ?」
「なんだか知らない部分があるのは寂しいなって、ずっと思ってたんです」
「華道家としての俺を見て、少しでも惚れ直してくれるなら幾らでも見せて行こうと思うが、沙穂にとってはよく分からない世界だろうし……」

 東御は花森を連れてキッチンに戻る。
 テーブルの上に広げた新聞紙と、その上に散らばった葉や茎をまとめて片付けた。

「八雲さんが評価されている世界を知らないのは、なんだか無責任だと思うんです。全部を私に見せてくれようとしないのは、どうしてですか?」
「……華道家の東御八雲という自分が好きじゃない」
「素敵じゃないですか……お花に詳しくて、簡単に綺麗なお花を飾れるなんて」
「素敵だと思ったか?」
「思いましたよ」

 にこりと笑う花森を見て、東御はその頭を抱え込む。
 東御という家に生まれて当たり前のように華道を続けてきたが、名声とは裏腹に不自由な自分を思い知って来た。
 花森に認められて、初めて子どもの頃から続けてきた花の道が意味を持つ。

「さっきは、沙穂に花を諦めさせようとしてすまなかった。失敗した沙穂を見て、無理にこんなことをさせるべきではないと思ったんだ」
「自分が向いていないのは、嫌と言うほど分かりました。花嫁修業だったら落第ですけど」

 花森は抱えられた東御の胸に頬を寄せる。規則的に聞こえる鼓動に耳を当ててその音と振動を感じてみる。

 トク、トク、トク……。

「花嫁修業が落第でも、きっと八雲さんは私以外愛せないと思うんです」
「自信があるんだな」
「違いましたか?」
「違わない」

 鼓動のリズムが変わる。

 トッ、トッ、トッ……。

「八雲さん、ドキドキしてます?」
「誰かが、人を挑発するからだ」
「挑発なんてしてません」

 東御はそっと花森の額に口付けた。
 どんなに父親が認めない相手だろうと、花森だけは手放せない。
 どうしようもなく手元が危うくて、ドジで鈍くさい。それなのに強気なところがまた、かわいい。

 自分の感情をなかなか示せないくせに、愛情が自分に向いていないのは許せないらしい。自分勝手にも思えるが、思う存分重い愛をぶつけていいと言われているのは都合がよかった。

「沙穂に素敵だと言われると、これまでの自分が全て救われるような気がする」
「そういうところ、大袈裟ですね。私が素敵だと言ったことに、そんな価値があるとは思えませんが?」
「他人や家族に否定をされても、沙穂が肯定してくれるなら……それだけで意味がある」
「どうして?」
「愛する人が自分の存在を認めてくれるというのは、何物にも代えがたい」

 人が初めてその感覚を得るのは、恐らく親に愛情を注がれた時なのだろう。
 そういうものを知らない東御にとっては、初めて無償の愛を知って行く。
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