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第二章

幸せなら 2

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 東御は花森の箸が掴んだままになっている食べかけのトマトを口に運ぶ。
 花森の手ごと引き寄せ、そのまま花森の手を握っていた。

「八雲さん、そんなに結婚願望があったんですねえ」

 もぐもぐとトマトを口に入れた東御を見ながら、花森は意外だなあとしみじみする。
 東御はトマトを飲み込むと「いや」と否定して花森の手を開放した。

「結婚願望なんて全くなかった。未だにあるかと聞かれると怪しい」
「じゃあ、入籍しろとか言わないで下さいよ」
「花森沙穂が家族になったら、毎日が楽しそうだからな」
「……落ち着かないことばっかりだと思いますけど」
「それでいい。人生、落ち着かない方がきっと楽しい。俺に家族ができるなら、沙穂がいいと思った」

 花森は箸を置くとそっと立ち上がって東御の頬に触れた。

「家族の何が知りたいんですか?」
「何を知らないのかも分からない。なんでもいい」

 本当に、何も知らないのかもしれない。
 東御の言う家族というものが常に無機質に感じてしまうのは、そこに情らしきものが全くないからなのだろう。

「私だって、夫婦のことは何も知りません」
「でも、両親は円満だったんだろ?」
「さあ……お父さんがお母さんの尻に敷かれていましたけど」
「よく聞くが、鬼嫁ってやつか?」
「そうですね、お母さんはしょっちゅう怒ってましたけど、でも……愛情はありました」

 花森は、小さな一軒家で毎日何かに怒っていた母親を思い出す。
 父親は常に肩身が狭く、花森は三歳上の姉と共に女の強さを発揮していた。
 あれが幸せな家庭なのかと聞かれるといまいちピンと来ないが、東御の家に比べればきっとなんて事のない一般的な家だ。

「あと、三つ上のお姉ちゃんがいます」
「仲は良いのか?」
「服の貸し借りの時だけは仲良かったですけど、基本的には喧嘩が多いですね」
「賑やかそうだな」

 東御は食事をしながら花森の家を想像する。
 姉がいると言われると、急にそんな感じがするなと思えてきた。那由多や松井といった年上の女性と何の抵抗もなく仲良くできているのは、姉がいることも大きいのだろうか。
 口が強いのも、姉のいる次女だと言われると何となくしっくり来る。

「その中に入ってみると五月蠅うるさいだけですよ。早くひとりになりたいってずっと思ってましたし」
「まあ、誰だってないものねだりしかできない。その場にある状態が当たり前になれば、そこからしか物事は考えられないからな」
「哲学みたいですね」
「ヘーゲルの弁証法だな」
「哲学でしたか」

 食事をしながら東御は隣の花森に視線を移す。
 いつも不思議に思っていたが、花森は頭の回転がよく勘も鋭い。間抜けすぎるところが目立って日頃は影を潜めているが、賢い部分にも惹かれていた。
 花森が散々生意気を言って突っかかって来た時にも、東御がそれほど頭に来なかったのは、単に恋していただけではなかったと思う。

 花森には、しっかりとした「芯」と自分なりの主張がある。
 これは家庭環境で育まれたものなのだろうか。
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