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第一章
鬼上司、苦悩する
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花森沙穂、配属32日目の夜ーー。
東御八雲は久しぶりに幼馴染を呼び出していた。場所はワインの品揃えがいい飲食店。幼馴染は店選びにも厳しいため、東御は抜かりなく1ヶ月前に予約を済ませていた。
同席しているのは、不動産業を営む水柿サユリと書家の家常宗慈の2人。
エスカレーター式の学校に通っていた3人は幼稚園から高校まで一緒だった面子だが、サユリはすっかり経営者として有名になっており、宗慈は海外に呼ばれていることが多いため普段は日本にいない。
そんな事情もあって、この3人で集まるのは半年に1回程度になっていた。
「八雲から会おうとしてくるなんて、絶対何かあったでしょ? 借金?」
サユリは開口一番、東御にそう言って近況を尋ねた。全体に巻かれた髪は金色に近い茶色で、背の高い美人だ。
「サラリーマンなんだから借金で首が回らなくなる事なんかないだろ。オヤジさん健在だし」
宗慈はイベントに出る時の作務衣とは違い、ラフなカットソー姿だった。
無造作に伸ばした髪と力の抜けたファッションの組み合わせは、アーティストというより若手の青年実業家風に見える。宗慈は肩書きをアーティストよりも株式会社SawGの社長として語ることが多かった。
「勿論、金に困ったりはしていない。が、困っていることはある」
「女だな」
宗慈の勘が鋭いので、東御は掴んでいた数枚のワインメニューをテーブルにぶちまけた。
この二人に召集を掛けた1ヶ月前、東御はまさに初めての感情に戸惑っていたタイミングだったのだ。
「わっかりやすーー。恋をサボったバチが当たったんだあーー」
サユリが嬉しそうに言ってくる。東御は宗慈だけを呼べばよかったかもしれないと後悔した。が、やはりここは女性の意見が聞きたい。
「サボったわけじゃない。その……自分の好みがわからなかっただけだ」
「おっ、いいねえ。八雲が自分の好みを学んだんだ。どんなタイプ?」
「……間が抜けている」
東御がしみじみと口にした言葉が、女性の好みに聞こえない。
「なに? どういう意味?」
サユリは意味を尋ねた。間が抜けるのは会話でもよくあることだ。
「間抜けな女性が好みだったらしい」
「……」
「……へえー……」
そこで幼馴染たちの意識がメニューに持っていかれた。
「なんだ、その反応は」
納得がいかなくて東御は二人の反応を尋ねる。
「お酒入んないと聞けなさそうだったの」
「うん、俺も」
サユリも宗慈も幼馴染の恋を応援できるか自信がない。
女性の好みに堂々と「間抜けな女性」と言い切る東御からは、そこはかとない地雷臭がした。
*
「だからぁー……てめえの年齢で新卒に恋とか抜かしてんのがキモイわ」
同い年のサユリに言い切られて、東御は一旦言葉に詰まる。
それが世間一般女性の意見なのだろうか。というか、サユリは会う度に言葉遣いが悪くなっていくのだが、どうも家業を継いでからのような気がする。
「まあ、サユリほどは思わないけど、最近の子ってセクハラとかに過敏じゃない? 流行らないと思うよ、オフィス内恋愛」
恋愛に対して柔軟な宗慈ですら否定的だ。宗慈は性別を超えた恋愛にも肯定的なのに、社内恋愛には広い心を持てないのだろうか。
「じゃあ、諦めろと言うのか?」
「……」
「……」
東御がここまではっきりと気持ちを認識していることは珍しい。その点においては応援したい気持ちもある二人だったのだが。
「諦められそう……?」
「諦められそうだったら相談していないと思わないか?」
「まあ、そうだよなあ」
暫く考え込んでいたサユリは、大きなため息をついた。
「なんか、会社に帰りたくなってきちゃった……」
「おい、サユリが希少ワインを目の前に会社に帰りたいと言ってるぞ」
「だって、うちの会社で課長が部下の新卒の子に手を出してたら許せない」
「手は出していない」
東御は幼馴染に相談して現状を打開しようと思っていたのに、幼馴染の方が悩み始めてしまった。
「来週、その部下と二人で出張に行くんだ」
「羽目外すなよ。二人きりだからって手を出すなよ。ホテルが同じだ、とか考えるんじゃないぞ」
「自信が無いな……」
「八雲、あんたそれ、セクハラで処分食らうわよ」
「いや、そもそも俺はどうも彼女に嫌われている気がしていて」
サユリと宗慈は頭を抱えた。
幼馴染の幸せを願ったら、何事もなく出張が終わるのが一番いい。余計なことをするなと願うしかない。
「一応聞くんだけど、その『間抜けちゃん』に彼氏はいないんでしょうね?」
「いないらしい。無理に作ろうとも思っていない……らしい」
「じゃあ彼氏になろうとしても無理かもしれないな」
またしても沈黙が生まれる。
宗慈は別におかしなことは言っていない。時に正論は要らないというが、この場の正解は分からない。
「告白をしてはいけないだろうか」
「嫌われてるのに??」
「……いや、俺の気持ちを知ってもらうために……」
純粋な東御八雲に対して、幼馴染の2人は憐みを含んだ視線を向けた。
「ちゃんと恋してこなかったからこうなるのね……」
「八雲……。告白っていうのは気持ちを伝えるためにするんじゃない。もうお互いの気持ちが通じ合ったタイミングでする確認作業みたいなものなんだぞ?」
「……は? じゃあ、いつ気持ちを伝えるんだ」
「普段だよ」
「伝わらないんだ、彼女には。それなりに伝えてみたが駄目だったんだ」
「じゃあ駄目なのよ」
結局、堂々巡りになってしまった。
出張のタイミングで告白をしようと思っていた東御に対し、幼馴染の反応は絶対に止めろの一択だ。
「でも好きだ」
「気持ちはわかるよ」
一旦受け止めてはもらえるが、その後は「いい子紹介するよ。その……間抜けっぽい子を極力選んで」という流れになって会はお開きになる。
幼馴染の二人は、東御八雲が出張先で犯罪を犯さないか心配になった。
東御八雲は久しぶりに幼馴染を呼び出していた。場所はワインの品揃えがいい飲食店。幼馴染は店選びにも厳しいため、東御は抜かりなく1ヶ月前に予約を済ませていた。
同席しているのは、不動産業を営む水柿サユリと書家の家常宗慈の2人。
エスカレーター式の学校に通っていた3人は幼稚園から高校まで一緒だった面子だが、サユリはすっかり経営者として有名になっており、宗慈は海外に呼ばれていることが多いため普段は日本にいない。
そんな事情もあって、この3人で集まるのは半年に1回程度になっていた。
「八雲から会おうとしてくるなんて、絶対何かあったでしょ? 借金?」
サユリは開口一番、東御にそう言って近況を尋ねた。全体に巻かれた髪は金色に近い茶色で、背の高い美人だ。
「サラリーマンなんだから借金で首が回らなくなる事なんかないだろ。オヤジさん健在だし」
宗慈はイベントに出る時の作務衣とは違い、ラフなカットソー姿だった。
無造作に伸ばした髪と力の抜けたファッションの組み合わせは、アーティストというより若手の青年実業家風に見える。宗慈は肩書きをアーティストよりも株式会社SawGの社長として語ることが多かった。
「勿論、金に困ったりはしていない。が、困っていることはある」
「女だな」
宗慈の勘が鋭いので、東御は掴んでいた数枚のワインメニューをテーブルにぶちまけた。
この二人に召集を掛けた1ヶ月前、東御はまさに初めての感情に戸惑っていたタイミングだったのだ。
「わっかりやすーー。恋をサボったバチが当たったんだあーー」
サユリが嬉しそうに言ってくる。東御は宗慈だけを呼べばよかったかもしれないと後悔した。が、やはりここは女性の意見が聞きたい。
「サボったわけじゃない。その……自分の好みがわからなかっただけだ」
「おっ、いいねえ。八雲が自分の好みを学んだんだ。どんなタイプ?」
「……間が抜けている」
東御がしみじみと口にした言葉が、女性の好みに聞こえない。
「なに? どういう意味?」
サユリは意味を尋ねた。間が抜けるのは会話でもよくあることだ。
「間抜けな女性が好みだったらしい」
「……」
「……へえー……」
そこで幼馴染たちの意識がメニューに持っていかれた。
「なんだ、その反応は」
納得がいかなくて東御は二人の反応を尋ねる。
「お酒入んないと聞けなさそうだったの」
「うん、俺も」
サユリも宗慈も幼馴染の恋を応援できるか自信がない。
女性の好みに堂々と「間抜けな女性」と言い切る東御からは、そこはかとない地雷臭がした。
*
「だからぁー……てめえの年齢で新卒に恋とか抜かしてんのがキモイわ」
同い年のサユリに言い切られて、東御は一旦言葉に詰まる。
それが世間一般女性の意見なのだろうか。というか、サユリは会う度に言葉遣いが悪くなっていくのだが、どうも家業を継いでからのような気がする。
「まあ、サユリほどは思わないけど、最近の子ってセクハラとかに過敏じゃない? 流行らないと思うよ、オフィス内恋愛」
恋愛に対して柔軟な宗慈ですら否定的だ。宗慈は性別を超えた恋愛にも肯定的なのに、社内恋愛には広い心を持てないのだろうか。
「じゃあ、諦めろと言うのか?」
「……」
「……」
東御がここまではっきりと気持ちを認識していることは珍しい。その点においては応援したい気持ちもある二人だったのだが。
「諦められそう……?」
「諦められそうだったら相談していないと思わないか?」
「まあ、そうだよなあ」
暫く考え込んでいたサユリは、大きなため息をついた。
「なんか、会社に帰りたくなってきちゃった……」
「おい、サユリが希少ワインを目の前に会社に帰りたいと言ってるぞ」
「だって、うちの会社で課長が部下の新卒の子に手を出してたら許せない」
「手は出していない」
東御は幼馴染に相談して現状を打開しようと思っていたのに、幼馴染の方が悩み始めてしまった。
「来週、その部下と二人で出張に行くんだ」
「羽目外すなよ。二人きりだからって手を出すなよ。ホテルが同じだ、とか考えるんじゃないぞ」
「自信が無いな……」
「八雲、あんたそれ、セクハラで処分食らうわよ」
「いや、そもそも俺はどうも彼女に嫌われている気がしていて」
サユリと宗慈は頭を抱えた。
幼馴染の幸せを願ったら、何事もなく出張が終わるのが一番いい。余計なことをするなと願うしかない。
「一応聞くんだけど、その『間抜けちゃん』に彼氏はいないんでしょうね?」
「いないらしい。無理に作ろうとも思っていない……らしい」
「じゃあ彼氏になろうとしても無理かもしれないな」
またしても沈黙が生まれる。
宗慈は別におかしなことは言っていない。時に正論は要らないというが、この場の正解は分からない。
「告白をしてはいけないだろうか」
「嫌われてるのに??」
「……いや、俺の気持ちを知ってもらうために……」
純粋な東御八雲に対して、幼馴染の2人は憐みを含んだ視線を向けた。
「ちゃんと恋してこなかったからこうなるのね……」
「八雲……。告白っていうのは気持ちを伝えるためにするんじゃない。もうお互いの気持ちが通じ合ったタイミングでする確認作業みたいなものなんだぞ?」
「……は? じゃあ、いつ気持ちを伝えるんだ」
「普段だよ」
「伝わらないんだ、彼女には。それなりに伝えてみたが駄目だったんだ」
「じゃあ駄目なのよ」
結局、堂々巡りになってしまった。
出張のタイミングで告白をしようと思っていた東御に対し、幼馴染の反応は絶対に止めろの一択だ。
「でも好きだ」
「気持ちはわかるよ」
一旦受け止めてはもらえるが、その後は「いい子紹介するよ。その……間抜けっぽい子を極力選んで」という流れになって会はお開きになる。
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