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エピローグ
墓参りへ 1
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実家に着くと、母さんは麦茶だのお茶請けだのを気にしてずっとそわそわしていた。
キッチンと居間をずっと往復して、全く落ち着きがない。
父さんは一度挨拶をしたきり無言になってしまい、居間で置物化している。
僕が家にいたころは二人ともボーっとテレビを観ていることが多かった気がするけど。
宮垣さんが自己紹介をしてお菓子を渡そうとしたとき、母さんが目を潤ませていたのを見てしまった。
僕は、あんな風に困った顔をしながらも嬉しそうに顔をほころばせた母さんを見たことが無い。
息子の彼女って、そんなに嬉しいものなんだろうか。
「母さん、例の爺さんの墓参りなんだけど」
「ああ、住所教えるからうちの車で行けば?」
「爺さんの名前とか墓の場所とか教えて……」
「はいはい。全部書いておくから」
僕らは畳の部屋でぎこちなく座っていて、みんなして戸惑っている感じだった。
宮垣さんが場の気まずさをなんとかしようとしてくれたのか、天気の話だとか電車の話だとかを振ってくれる。
父さんは会話が続かないけれどなんとか返事をしていて、母さんは嬉しそうに宮垣さんと話していた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
早々に爺さんの墓参りに行くことに決めた僕に、父さんは「ゆっくりすればいい」と言い、母さんは「そうなの?」と残念そうに眉を下げた。
「今日、泊まりじゃないんだからあんまりゆっくりできないし」
「泊って行けばいいのに……」
母さんは残念そうだった。いや、宮垣さんが気を遣いっぱなしになっちゃうから、泊まりは無理だ。
僕は父さんから車のキーを受け取ると、宮垣さんと家を出ることにした。
家の車はそこそこ年季の入った国産車で、白い普通車なのになんだかくすんで見える。
まあ、買い物に行くのに使う位だから不具合でもなければ買い替えたりしないのだろう。
「古い車でお墓参りに付き合わせる形になっちゃってすいません」
「いいえー。全然気にならないよ。っていうか、優しそうなお父さんとお母さんじゃない」
「まあ、厳しくはなかったです」
「卑屈にならないの。歩くんが幸せなのを喜んでるって分かったから、あずさは好きになれそうって思った」
宮垣さんは僕の両親に歓迎されたのが良かったのか、機嫌がいい。
こんな何もないところに宮垣さんを連れてくるのは抵抗があったけど、両親も宮垣さんも幸せそうだ。
白い車に乗り込んだ僕たちは、夏の自動車の暑さに驚いて一度車外に出て車内の空気を入れ替える。
車のエンジンをかけてエアコンをつけて車内が冷えてくると、窓を閉めて宮垣さんを助手席に呼んだ。
がたがたと動く車とエンジン音。久しぶりの運転に彼女を乗せる緊張が増していく。
「基本ずっと田舎道ですけど、意外に飛ばしている車もあるので安全運転で行きます」
「うん、よろしくお願いします」
宮垣さんがカチッと助手席のシートベルトを締める。
ちらりとそちらを見ると、助手席に収まっている宮垣さん、かわいい……。
「あの、あずささん」
「うん?」
軽く触れ合った唇同士が、小さな音を立てた。
普段より車の中だと距離がある気がして、僕はこのゼロ距離の感覚が必要になる。
「じゃあ、行きます」
「……はい」
車を出して爺さんの墓に向かう。
よく知った実家の周りの道。僕が小さい頃から少年時代を過ごした故郷。
ここに詰まっている思い出は、大して僕を癒してはくれない。
広めの道を進みながら、暫くは住宅街を進んでいた。
ここに帰って来たいと思ったことは、一度もなかった気がする。
宮垣さんは特に何も言わずにずっと車からその風景を眺めていた。
見て楽しいものなど無いと思うのに、真剣に外を見ているような顔だ。
「何か面白いものありました? まあ、ないですよね」
「ここで、歩くんが育ったんだなあって見てるんだよ」
「そんなに良いものじゃなくてすいません」
住宅の詳細を知ろうとするには早いスピードだし、かといって特別な建物が建っていたりもしない。
「いいものだよ」
宮垣さんは窓の外をじっと見ながら穏やかに言った。
「好きな人のルーツを知るのって、すごくいいものだよ」
キッチンと居間をずっと往復して、全く落ち着きがない。
父さんは一度挨拶をしたきり無言になってしまい、居間で置物化している。
僕が家にいたころは二人ともボーっとテレビを観ていることが多かった気がするけど。
宮垣さんが自己紹介をしてお菓子を渡そうとしたとき、母さんが目を潤ませていたのを見てしまった。
僕は、あんな風に困った顔をしながらも嬉しそうに顔をほころばせた母さんを見たことが無い。
息子の彼女って、そんなに嬉しいものなんだろうか。
「母さん、例の爺さんの墓参りなんだけど」
「ああ、住所教えるからうちの車で行けば?」
「爺さんの名前とか墓の場所とか教えて……」
「はいはい。全部書いておくから」
僕らは畳の部屋でぎこちなく座っていて、みんなして戸惑っている感じだった。
宮垣さんが場の気まずさをなんとかしようとしてくれたのか、天気の話だとか電車の話だとかを振ってくれる。
父さんは会話が続かないけれどなんとか返事をしていて、母さんは嬉しそうに宮垣さんと話していた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
早々に爺さんの墓参りに行くことに決めた僕に、父さんは「ゆっくりすればいい」と言い、母さんは「そうなの?」と残念そうに眉を下げた。
「今日、泊まりじゃないんだからあんまりゆっくりできないし」
「泊って行けばいいのに……」
母さんは残念そうだった。いや、宮垣さんが気を遣いっぱなしになっちゃうから、泊まりは無理だ。
僕は父さんから車のキーを受け取ると、宮垣さんと家を出ることにした。
家の車はそこそこ年季の入った国産車で、白い普通車なのになんだかくすんで見える。
まあ、買い物に行くのに使う位だから不具合でもなければ買い替えたりしないのだろう。
「古い車でお墓参りに付き合わせる形になっちゃってすいません」
「いいえー。全然気にならないよ。っていうか、優しそうなお父さんとお母さんじゃない」
「まあ、厳しくはなかったです」
「卑屈にならないの。歩くんが幸せなのを喜んでるって分かったから、あずさは好きになれそうって思った」
宮垣さんは僕の両親に歓迎されたのが良かったのか、機嫌がいい。
こんな何もないところに宮垣さんを連れてくるのは抵抗があったけど、両親も宮垣さんも幸せそうだ。
白い車に乗り込んだ僕たちは、夏の自動車の暑さに驚いて一度車外に出て車内の空気を入れ替える。
車のエンジンをかけてエアコンをつけて車内が冷えてくると、窓を閉めて宮垣さんを助手席に呼んだ。
がたがたと動く車とエンジン音。久しぶりの運転に彼女を乗せる緊張が増していく。
「基本ずっと田舎道ですけど、意外に飛ばしている車もあるので安全運転で行きます」
「うん、よろしくお願いします」
宮垣さんがカチッと助手席のシートベルトを締める。
ちらりとそちらを見ると、助手席に収まっている宮垣さん、かわいい……。
「あの、あずささん」
「うん?」
軽く触れ合った唇同士が、小さな音を立てた。
普段より車の中だと距離がある気がして、僕はこのゼロ距離の感覚が必要になる。
「じゃあ、行きます」
「……はい」
車を出して爺さんの墓に向かう。
よく知った実家の周りの道。僕が小さい頃から少年時代を過ごした故郷。
ここに詰まっている思い出は、大して僕を癒してはくれない。
広めの道を進みながら、暫くは住宅街を進んでいた。
ここに帰って来たいと思ったことは、一度もなかった気がする。
宮垣さんは特に何も言わずにずっと車からその風景を眺めていた。
見て楽しいものなど無いと思うのに、真剣に外を見ているような顔だ。
「何か面白いものありました? まあ、ないですよね」
「ここで、歩くんが育ったんだなあって見てるんだよ」
「そんなに良いものじゃなくてすいません」
住宅の詳細を知ろうとするには早いスピードだし、かといって特別な建物が建っていたりもしない。
「いいものだよ」
宮垣さんは窓の外をじっと見ながら穏やかに言った。
「好きな人のルーツを知るのって、すごくいいものだよ」
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