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第三章 社内恋愛

土曜日デート

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 宮垣さんとの電話を切って、僕は自分で「土曜日」と言ったことを思い出す。
 土曜日は、会社が休みだ。
 つまり、僕たちは週末デートというのをすることになる。

 朗報としては、会社にいる時よりも、誰かに見つからないようにと気にしなくていい。
 まあ、それを気にして僕が土曜日を選んだんだけど。

 どこに行こうか……とさんざん悩んで、僕はやっぱりあの鯖を頼ろうと思った。
 土曜日に、郊外の遊園地で鯖ッキーのミーグリがある。
 誰が好き好んで遊園地に行って鯖の胸ビレを触りたいんだ、と侮っていたら、口コミを見ると午前中に整理券が無くなるくらい人気らしい。


 世の中はよく分からない。

 遊園地なんて、娯楽の増えた最近の若者は来ないのだろうと決めつけていたし、鯖ッキーは人気キャラクターの要素がないし、宮垣さんは会社っぽい格好で現れると思っていた。

 待ち合わせをしたお互いの中間ぐらいの駅。
 宮垣さんと約束した指定の電車の中で、僕は目の前に現れた宮垣さんを見て現実を疑った。

 普段の宮垣さんは、ゆるっとした襟付きシャツに、テロっとしたパンツスタイル。
 髪は下ろしていることが多くてふわふわしている。
 身体のラインを拾わないカジュアルな格好ばかりだった。

 そして、今、僕の目の前に現れた女性は……。
 
 髪をカールに巻いて、後ろで緩く束ねたヘアアレンジ。
 デニム生地のシャツワンピース、深めに開いた襟。首元に光るシルバーのネックレス。
 ワンピースは宮垣さんのラインをなぞっていて、僕はしっかりとその流れを確認する。

 予想外のものを、持っている。
 男にとって凶器ともいえるそれは、会社では全く気にならなかった。
 いつもの格好は、もしかして他人の視線を気にしてああいう緩めのシルエットを選んでいたんだろうか。

 だって……。

「ねえ、なんで固まってるの?」
「いや、いつもと格好が違うから別人かと思っちゃいました」
「まあ、普段はスカート履かないもんね」

 そう言って僕の隣に座った宮垣さん。
 自然に、その二の腕が僕の腕に触れた。

 想像を絶する、マシュマロが……。
 僕は宮垣さんの腕が触れている部分に全神経を集中させる。

 すべすべと滑らかで、とろけるようで弾力もあり……。
 急に、動悸がしそうだ。僕の彼女の刺激が強すぎる。

「ねえ、今日のデートの予定は、鯖ッキーとハイタッチした後、どうする??」
「えっ??」

 先に僕のデートの計画が終わったところから聞きたがるんですか??
 どうする?? どうするって??

「あの遊園地の辺りさ、何もないから移動するよね?」
「まあ、そうですね」
「一緒にさ、スパでお泊りする??」
「それって、何ですか??」
「うーん……そこからか」

 宮垣さんは、後で説明すると言って僕に寄りかかってきた。
 電車の中、自然に絡める指。僕の腕に頭を預ける彼女……。

 幸せだ。この世の全てに祝福をされている気分だ。

「ねえ、辻本くん」
「歩(あゆむ)で良いですよ」
「……歩?」

 なんという甘い響き……。僕の名前って、天使かなんかの名前だったっけ。

「あれから、私のこと考えて妄想とかした?」
「なんてこと聞くんですか」
「えーいいじゃん。どうだったのかなーって」
「……しますよ、そりゃ」

 するに決まっている。宮垣さんと土曜日にデートが出来ると思ったら、そりゃ色んな妄想が捗る。
 どこまで触っても怒られないかを、シミュレーション13番まで細かく妄想した。
 ちなみに、妄想の宮垣さんの方がボリュームは控え目だ。
 現実が想像を超えてくるとは、まだまだ僕の妄想力は至らない。

「そっかあ、よかった」
「よかったですか、まあ、はい」
「私とおんなじだね」
「……はい??」

 おんなじ、とは。どこが僕と一緒だというのか。

「私も、妄想しちゃったんだ」
「それは……どういった……」

 こみ上げるものを飲み込んで、僕の喉がゴクリと鳴る。
 宮垣さんが、僕を妄想したっていうのは……具体的にどんな……。

「やだ、歩くん、何考えてるの?」

 いや、何考えさせてるんですかと言いたいのはこっちの方……。

「その反応。よからぬことを考えたんでしょ?」

 宮垣さんが、小声でこそっと僕に呟いた。

「えっ……ぐっ……ぐっふ……」
「なにその咳。変だね」

 下から見上げるようにこっちを見ている宮垣さん。
 揺れるまつ毛、ぷっくりとした唇、その先にある渓間(けいかん)。目の毒が過ぎる。

 一応弁解をしておくと、僕はおっぱい星人ではない。
 瘦せ型よりは多少柔らかそうな方が好みだけれど、胸のボリュームで女性の価値を決めたりはしない。
 宮垣さんは、腕とか、足とか、柔らかそうだなあと気になってはいた。

 人というのは、山があったら上りたくなるものだと誰かが言っていたな……。
 なぜならそこに、山があるから……。

「私ね、どこまで触られちゃうんだろう、ってドキドキしてたよ」

 宮垣さんは、この電車の中で僕にだけ聞こえるように囁いた。
 この人、なんかタチ悪くない?? こんなところで、なんてことを。
 もしかして僕は、試されているのか??

 今、僕に初めての感情が湧いてきた。

 あの不気味な鯖に会いたい。あいつに会って、正気を取り戻したいんだ。
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