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4章
私の使命
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皇子殿下の住むお城の部屋に戻ってから、エイミーとウィルにユリシーズの訃報を告げた。
目の前でわんわん泣いている二人の肩を抱いて「だから、これから家に帰るわよ」と伝える。
言葉を無くしてただ泣いているウィルとエイミーを見ながら、私はかける言葉も浮かばない。
「ユリシーズの葬儀やオルブライト家のことがあるから、クリスティーナに報告して侍女の仕事は終わらせなくちゃならないわね」
「奥様……こんなのって、ひどすぎます。奥様は、もっと幸せになる人です……」
エイミーが泣きながら言うから、私はどこで間違えたのだろうと思う。
ユリシーズが切られた時、そばを離れなかったらもっと違う未来があったのだろうか。私が切られていたら、ユリシーズは無事だったに違いないのに。
「でも、ユリシーズに守ってもらったから、私は無事なのよね……」
「奥様……」
「あの人の後を追ったら、ユリシーズの好意を無駄にするかしら」
「お止めください、奥様!」
「冗談よ」
オルブライト家にも訃報が伝わっているとしたら、人狼の族長はこれから誰が務めるのかしら。
領地のことは、跡継ぎに指定された私が管理しなくちゃいけないわね。
バートレットが領地のことを色々とやってくれるとは思うけれど、これからはオルブライト領のことをしっかりと守りたい。
私が困らないようにと、ユリシーズが遺してくれたのだから。
悲しんでいる暇がないから、涙が出ないのだろうか。
大切な人を失ったというのに、実感が湧かない。
エイミーとウィルの二人がようやく落ち着いた。
「じゃあ、荷物をまとめてくれる?」
「かしこまりました」
ウィルが涙を手で拭おうとしたのを、エイミーがそっとハンカチで拭いてあげていて、ウィルは「エイミーさん、ありがとうございます」と涙の溜まった目で嬉しそうに頬を緩めていた。
この二人が幸せになってくれたら、少しは明るい気持ちになれそう。
「じゃあ、クリスティーナのところに話をしに行ってくるわね」
「はい」
私が出発のためにクリスティーナに事情を説明しに行こうとすると、エイミーは我に返ったのかハンカチを慌てて隠す。
「エイミー、ウィルを慰められるのはあなたなのだから、そばにいてあげて」
「かしこまりました……でも、わたくしは奥様にも……」
「私はいいから」
そう言ってエイミーに微笑んで部屋を出た。
クリスティーナの元に向かおうとすると、どういうわけかまたしても執事長様に出くわす。
「ああ、戻ったのですか」
「はい。そして、本日で妃殿下の侍女はお終いになりそうです。執事長様はわたくしの管理に頭を悩ませずにすみますね」
「……なるほど。かしこまりました」
あっさりと了承されて、そこで私は執事長様の元を離れる。ユリシーズの事情を話す気持ちにはなれかった。
すぐにクリスティーナの部屋に着き、「妃殿下、わたくしです」と声を掛けると、「どうぞ、入って」と中から声がする。
扉を開けて、デスクに座るクリスティーナの元に向かった。
「お義父様……皇帝陛下はなんて?」
クリスティーナには、ほんのり緊張の色が見える。
「ユリシーズが死んだと」
「え……?」
あまりに予想外のことを私が口にしたからだろうか。クリスティーナは何も言えなくなっていた。
「これからわたくしは、オルブライト伯爵領に戻ってユリシーズの跡を継ぐために動こうと思います。葬儀のことは何も決まっておりませんが、それも含めて、ここでお仕事を続けるのは難しくなりました」
「アイリーン……」
クリスティーナは席を立ち、私をそっと抱きしめてくれる。
「強がらなくていいのよ。わたくしの前では」
「いえ、強がってはいないのです。ただ、なぜか涙が出ないだけで……」
私が泣けないのとは対照的に、クリスティーナは泣いていた。
どうして、ユリシーズのことをよく知らないクリスティーナがこんなにあっさり泣けるのだろう。
「あのね、アイリーン。悲しみが深すぎると泣けないことがあるのですって」
「悲しみが深すぎると……ですか」
私は感情がごっそり無くなってしまったみたい。
「いつでも戻って来て。大変だと思うけれど、頑張りすぎては駄目よ」
「はい。クリスティーナにも心配事があるというのに、ここで離れることになってしまって……」
「謝らなくていいのよ。お父様が捕まりそうだから、わたくしもこの後はどうなるか分からないけれど……自分にできることをやって皇室に留まれたらいいなと思っているの」
クリスティーナは公爵様が裁判にかけられているのを知っていたのね。
これからは、あの人の影響力は期待できないと分かって……思い悩んでいたに違いないのに。
「どうか、クリスティーナもご無事で……離れた場所からになりますが、健闘を祈ります」
「ええ、そうね。アイリーン、またわたくしたちは離れ離れになるけれど、いつだってあなたはわたくしの片割れ。あなたの幸せを心から願っているわ」
クリスティーナだって大変なのに。
私が失ったものを想って泣いてくれている。
「わたくしも……私も、クリスティーナの幸せを願っています」
涙は出なかったけれど、クリスティーナがこの場所で頑張っていると思えば、私だってオルブライト領で頑張れる気がした。
目の前でわんわん泣いている二人の肩を抱いて「だから、これから家に帰るわよ」と伝える。
言葉を無くしてただ泣いているウィルとエイミーを見ながら、私はかける言葉も浮かばない。
「ユリシーズの葬儀やオルブライト家のことがあるから、クリスティーナに報告して侍女の仕事は終わらせなくちゃならないわね」
「奥様……こんなのって、ひどすぎます。奥様は、もっと幸せになる人です……」
エイミーが泣きながら言うから、私はどこで間違えたのだろうと思う。
ユリシーズが切られた時、そばを離れなかったらもっと違う未来があったのだろうか。私が切られていたら、ユリシーズは無事だったに違いないのに。
「でも、ユリシーズに守ってもらったから、私は無事なのよね……」
「奥様……」
「あの人の後を追ったら、ユリシーズの好意を無駄にするかしら」
「お止めください、奥様!」
「冗談よ」
オルブライト家にも訃報が伝わっているとしたら、人狼の族長はこれから誰が務めるのかしら。
領地のことは、跡継ぎに指定された私が管理しなくちゃいけないわね。
バートレットが領地のことを色々とやってくれるとは思うけれど、これからはオルブライト領のことをしっかりと守りたい。
私が困らないようにと、ユリシーズが遺してくれたのだから。
悲しんでいる暇がないから、涙が出ないのだろうか。
大切な人を失ったというのに、実感が湧かない。
エイミーとウィルの二人がようやく落ち着いた。
「じゃあ、荷物をまとめてくれる?」
「かしこまりました」
ウィルが涙を手で拭おうとしたのを、エイミーがそっとハンカチで拭いてあげていて、ウィルは「エイミーさん、ありがとうございます」と涙の溜まった目で嬉しそうに頬を緩めていた。
この二人が幸せになってくれたら、少しは明るい気持ちになれそう。
「じゃあ、クリスティーナのところに話をしに行ってくるわね」
「はい」
私が出発のためにクリスティーナに事情を説明しに行こうとすると、エイミーは我に返ったのかハンカチを慌てて隠す。
「エイミー、ウィルを慰められるのはあなたなのだから、そばにいてあげて」
「かしこまりました……でも、わたくしは奥様にも……」
「私はいいから」
そう言ってエイミーに微笑んで部屋を出た。
クリスティーナの元に向かおうとすると、どういうわけかまたしても執事長様に出くわす。
「ああ、戻ったのですか」
「はい。そして、本日で妃殿下の侍女はお終いになりそうです。執事長様はわたくしの管理に頭を悩ませずにすみますね」
「……なるほど。かしこまりました」
あっさりと了承されて、そこで私は執事長様の元を離れる。ユリシーズの事情を話す気持ちにはなれかった。
すぐにクリスティーナの部屋に着き、「妃殿下、わたくしです」と声を掛けると、「どうぞ、入って」と中から声がする。
扉を開けて、デスクに座るクリスティーナの元に向かった。
「お義父様……皇帝陛下はなんて?」
クリスティーナには、ほんのり緊張の色が見える。
「ユリシーズが死んだと」
「え……?」
あまりに予想外のことを私が口にしたからだろうか。クリスティーナは何も言えなくなっていた。
「これからわたくしは、オルブライト伯爵領に戻ってユリシーズの跡を継ぐために動こうと思います。葬儀のことは何も決まっておりませんが、それも含めて、ここでお仕事を続けるのは難しくなりました」
「アイリーン……」
クリスティーナは席を立ち、私をそっと抱きしめてくれる。
「強がらなくていいのよ。わたくしの前では」
「いえ、強がってはいないのです。ただ、なぜか涙が出ないだけで……」
私が泣けないのとは対照的に、クリスティーナは泣いていた。
どうして、ユリシーズのことをよく知らないクリスティーナがこんなにあっさり泣けるのだろう。
「あのね、アイリーン。悲しみが深すぎると泣けないことがあるのですって」
「悲しみが深すぎると……ですか」
私は感情がごっそり無くなってしまったみたい。
「いつでも戻って来て。大変だと思うけれど、頑張りすぎては駄目よ」
「はい。クリスティーナにも心配事があるというのに、ここで離れることになってしまって……」
「謝らなくていいのよ。お父様が捕まりそうだから、わたくしもこの後はどうなるか分からないけれど……自分にできることをやって皇室に留まれたらいいなと思っているの」
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これからは、あの人の影響力は期待できないと分かって……思い悩んでいたに違いないのに。
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クリスティーナだって大変なのに。
私が失ったものを想って泣いてくれている。
「わたくしも……私も、クリスティーナの幸せを願っています」
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