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4章
療養
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私の体調はその後もなかなか良くならなかった。
眠りにつくと、変な夢ばかり見てしまう。幸せな夢は全く見られずに、身体が重くて動けない。
あれから皇子殿下は何も言ってこなかった。
体調が戻ったら、有無を言わさずに皇帝陛下の元に連れて行かれるのだろう。
クリスティーナの侍女を5日ほど休んでいる。
ここまで長く休んでしまうと、どんな顔をして復帰したらいいのかと頭が痛い。
「奥様、朝食はいかがいたしますか?」
「……なにか食べたい。スープみたいなものを頂戴」
「かしこまりました」
ひとりだったら何もできなかったけれど、エイミーが看病をしてくれているお陰で不自由を感じることもなかった。
「起きていられるようになったら、クリスティーナのところに行かなくちゃ。エイミーから執事長様に伝えておいてくれる?」
「かしこまりました。体調が良くなりましたらクリスティーナ様の元にお伺いする予定だと伝えておきます」
仕事にこれだけ穴を開けたら解雇されるかもしれないと思っていたけれど、執事長様もクリスティーナも、何も言ってきてはいないらしい。
「ユリシーズから手紙の返事が来ないわね……私の手紙が届いていないのか、容態が良くなくて連絡ができないのか……」
エイミーは朝食の乗った銀のワゴンからスープボウルを持ち上げたまま動きが止まった。
「旦那様は誠実なお方ですから、手紙を見ていたら返事を書いてくださるはずです。このお城のどこかで止まっているのかもしれませんね」
そう言って笑顔を作っているけれど、明らかに声が上ずっている。
希望を持たせてくれようとしているのはいいとして、思っていないことを言っているのがバレバレなのは嘘をつけない性格だからかしらね。
ユリシーズは公爵様から逃れるために場所を移動をしているかもしれない。
そうなると私の手紙が届いたかも怪しいし、暫くは連絡が取りづらい状況になってしまう。こちらに連絡を寄越すことで情報が漏れかねないから、うまく隠れてくれていると信じたいけれど。
「皇帝陛下に呼ばれたこと、ユリシーズの耳に入ったらどうなるのかしら」
「……」
窓の外を見る。最近出歩けていないのもあって、なるべく気持ちが沈まないようにカーテンを閉めないでもらっていた。
外は明るくなり始めていて、草や木がキラキラと輝いている。昨日は雨が降っていたから、水が反射しているのだろう。
そんなことを考えてベッドの中でボーッとしていると、扉をノックする音がした。
「はい」
ウィルが訪ねてきたのかしらと返事をすると、「アイリーン、起きている?」とクリスティーナの声が聞こえる。
「はい。ベッドからは出られていませんが……」
呼びかけに答えると、扉が恐る恐るといった様子で開いた。
「少し、話せる?」
そっと部屋を覗き込んできたクリスティーナに「はい」と答えると、そろりと身体を滑り込ませるように入って来て、音をたてないように扉を閉めてこちらに向かってくる。
「私も起きられるようになったらクリスティーナのところに行かなくちゃと思っていましたので」
「そう……」
エイミーが慌ててベッド脇に椅子を置いた。クリスティーナはそこに腰を下ろして横になったままの私をじっと見つめている。
「本当に体調が悪そうね」
私をひととおり観察したのか、ぼそりと呟いた。
クリスティーナは私が仮病を使っている可能性も考えて、わざわざこの部屋に足を運んだのかもしれない。
「こんなに長い間寝込んだのは生まれて初めてです。身体は丈夫なほうだと思っていたのですが……」
「仕事のことは気にしなくて良いから、治すことに専念してね」
「ありがとうございます」
「ヒューは、何か言っていた?」
クリスティーナは思い詰めた顔でこちらを見ている。
やっぱり、そこを気にしていたのね……。
「皇子殿下は、公爵様から連絡が来ていないかを確認しに来ました」
「ああ、そうだったの」
明らかにホッとした様子で、表情が和らいでいく。
自分の夫が女性の部屋を訪ねて二人きりになっていたと知れば穏やかではないのは当然だ。皇子殿下にどんな意図があったのかをずっと気にしていたのかも。
「私が皇帝陛下に呼ばれたのは、ご存じですか?」
「ええ、聞いたわ」
「皇子殿下は、公爵様から連絡が来ていないかの確認と皇帝陛下に呼ばれたことを伝えに来ました。声がかかるのは初めてで、すごく不安です」
「……そうでしょうね」
クリスティーナはそこで黙ってしまった。
私が呼ばれたこと自体、複雑なのだと思う。帝国の民にとって雲の上の存在である皇帝陛下は、クリスティーナにとっては義父なのだから。
「もともと私は皇帝陛下に買われた身です。私の所有権は恐らく皇帝陛下にあるので……初めて会うことになって緊張しています」
「誰だって、陛下に会うときには緊張するものよ。オルブライト伯爵に限っては、堂々としたものだったと聞いたけれど」
ユリシーズは皇帝陛下の前でも堂々としていたのね。
私と出会う前の印象は「怖い人」だったらしいし、どんな感じだったのか見てみたかった。
「私はオルブライト伯爵夫人ですから、こんなところで怯えていてはいけませんね」
クリスティーナに向かってほほ笑むと、気まずそうに視線を下げられてしまう。
「わたくしが妃の務めを果たしていたら、ヒューとあなたが友人関係になろうが周りは騒ぎ立てなかったはずなの。陛下もきっとヒューと私に対する何らかの思いがあって、アイリーンに興味を持ったのでしょうから……」
自分のせいだとでも言いたげなクリスティーナに、それは違うと首を振る。
「私はもともと駒としてユリシーズにあてがわれた立場です。この辺で一度くらい会っておこうと思ったのではないでしょうか」
元をたどれば、クリスティーナだって巻き込まれた側の立場だ。
ユリシーズはクリスティーナと繋がることで、公爵様に復讐をしようとしていたのだから。
「私、実家にいた時よりもずっとずっと恵まれています。クリスティーナが皇族に入る意志を貫いてくださらなかったら、ユリシーズの元には行けませんでした。皇帝陛下に呼ばれたのは予定外でしたが、自分の所有物が気になったというのであればお望み通りご覧に入れるしかないと思っています」
「アイリーン……」
本当は、すごく怖い。
皇帝陛下にどんな命令をされるか分からないし、公爵様と皇帝陛下は確実に繋がっているだろうから。
眠りにつくと、変な夢ばかり見てしまう。幸せな夢は全く見られずに、身体が重くて動けない。
あれから皇子殿下は何も言ってこなかった。
体調が戻ったら、有無を言わさずに皇帝陛下の元に連れて行かれるのだろう。
クリスティーナの侍女を5日ほど休んでいる。
ここまで長く休んでしまうと、どんな顔をして復帰したらいいのかと頭が痛い。
「奥様、朝食はいかがいたしますか?」
「……なにか食べたい。スープみたいなものを頂戴」
「かしこまりました」
ひとりだったら何もできなかったけれど、エイミーが看病をしてくれているお陰で不自由を感じることもなかった。
「起きていられるようになったら、クリスティーナのところに行かなくちゃ。エイミーから執事長様に伝えておいてくれる?」
「かしこまりました。体調が良くなりましたらクリスティーナ様の元にお伺いする予定だと伝えておきます」
仕事にこれだけ穴を開けたら解雇されるかもしれないと思っていたけれど、執事長様もクリスティーナも、何も言ってきてはいないらしい。
「ユリシーズから手紙の返事が来ないわね……私の手紙が届いていないのか、容態が良くなくて連絡ができないのか……」
エイミーは朝食の乗った銀のワゴンからスープボウルを持ち上げたまま動きが止まった。
「旦那様は誠実なお方ですから、手紙を見ていたら返事を書いてくださるはずです。このお城のどこかで止まっているのかもしれませんね」
そう言って笑顔を作っているけれど、明らかに声が上ずっている。
希望を持たせてくれようとしているのはいいとして、思っていないことを言っているのがバレバレなのは嘘をつけない性格だからかしらね。
ユリシーズは公爵様から逃れるために場所を移動をしているかもしれない。
そうなると私の手紙が届いたかも怪しいし、暫くは連絡が取りづらい状況になってしまう。こちらに連絡を寄越すことで情報が漏れかねないから、うまく隠れてくれていると信じたいけれど。
「皇帝陛下に呼ばれたこと、ユリシーズの耳に入ったらどうなるのかしら」
「……」
窓の外を見る。最近出歩けていないのもあって、なるべく気持ちが沈まないようにカーテンを閉めないでもらっていた。
外は明るくなり始めていて、草や木がキラキラと輝いている。昨日は雨が降っていたから、水が反射しているのだろう。
そんなことを考えてベッドの中でボーッとしていると、扉をノックする音がした。
「はい」
ウィルが訪ねてきたのかしらと返事をすると、「アイリーン、起きている?」とクリスティーナの声が聞こえる。
「はい。ベッドからは出られていませんが……」
呼びかけに答えると、扉が恐る恐るといった様子で開いた。
「少し、話せる?」
そっと部屋を覗き込んできたクリスティーナに「はい」と答えると、そろりと身体を滑り込ませるように入って来て、音をたてないように扉を閉めてこちらに向かってくる。
「私も起きられるようになったらクリスティーナのところに行かなくちゃと思っていましたので」
「そう……」
エイミーが慌ててベッド脇に椅子を置いた。クリスティーナはそこに腰を下ろして横になったままの私をじっと見つめている。
「本当に体調が悪そうね」
私をひととおり観察したのか、ぼそりと呟いた。
クリスティーナは私が仮病を使っている可能性も考えて、わざわざこの部屋に足を運んだのかもしれない。
「こんなに長い間寝込んだのは生まれて初めてです。身体は丈夫なほうだと思っていたのですが……」
「仕事のことは気にしなくて良いから、治すことに専念してね」
「ありがとうございます」
「ヒューは、何か言っていた?」
クリスティーナは思い詰めた顔でこちらを見ている。
やっぱり、そこを気にしていたのね……。
「皇子殿下は、公爵様から連絡が来ていないかを確認しに来ました」
「ああ、そうだったの」
明らかにホッとした様子で、表情が和らいでいく。
自分の夫が女性の部屋を訪ねて二人きりになっていたと知れば穏やかではないのは当然だ。皇子殿下にどんな意図があったのかをずっと気にしていたのかも。
「私が皇帝陛下に呼ばれたのは、ご存じですか?」
「ええ、聞いたわ」
「皇子殿下は、公爵様から連絡が来ていないかの確認と皇帝陛下に呼ばれたことを伝えに来ました。声がかかるのは初めてで、すごく不安です」
「……そうでしょうね」
クリスティーナはそこで黙ってしまった。
私が呼ばれたこと自体、複雑なのだと思う。帝国の民にとって雲の上の存在である皇帝陛下は、クリスティーナにとっては義父なのだから。
「もともと私は皇帝陛下に買われた身です。私の所有権は恐らく皇帝陛下にあるので……初めて会うことになって緊張しています」
「誰だって、陛下に会うときには緊張するものよ。オルブライト伯爵に限っては、堂々としたものだったと聞いたけれど」
ユリシーズは皇帝陛下の前でも堂々としていたのね。
私と出会う前の印象は「怖い人」だったらしいし、どんな感じだったのか見てみたかった。
「私はオルブライト伯爵夫人ですから、こんなところで怯えていてはいけませんね」
クリスティーナに向かってほほ笑むと、気まずそうに視線を下げられてしまう。
「わたくしが妃の務めを果たしていたら、ヒューとあなたが友人関係になろうが周りは騒ぎ立てなかったはずなの。陛下もきっとヒューと私に対する何らかの思いがあって、アイリーンに興味を持ったのでしょうから……」
自分のせいだとでも言いたげなクリスティーナに、それは違うと首を振る。
「私はもともと駒としてユリシーズにあてがわれた立場です。この辺で一度くらい会っておこうと思ったのではないでしょうか」
元をたどれば、クリスティーナだって巻き込まれた側の立場だ。
ユリシーズはクリスティーナと繋がることで、公爵様に復讐をしようとしていたのだから。
「私、実家にいた時よりもずっとずっと恵まれています。クリスティーナが皇族に入る意志を貫いてくださらなかったら、ユリシーズの元には行けませんでした。皇帝陛下に呼ばれたのは予定外でしたが、自分の所有物が気になったというのであればお望み通りご覧に入れるしかないと思っています」
「アイリーン……」
本当は、すごく怖い。
皇帝陛下にどんな命令をされるか分からないし、公爵様と皇帝陛下は確実に繋がっているだろうから。
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