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4章
覚悟の 2
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私は牢だと言われて連れてこられた上等な部屋で、デスクに座ってひたすら本を読んでいた。
ユリシーズの家では見たこともないような歴史の本が多くて、ちょっと敷居の高さを感じながら帝国史を読んでいる。
「自分の家か?」
人の声がして顔を上げると、部屋に皇子殿下がいた。
「うわあっ! 殿下?! こんな牢に何の御用でしょうか?!」
「……思った以上にくつろいでいるようだ」
いつの間に部屋に入ってこられていたのか気付かなかった。皇子殿下はこちらに向かって歩いてくる。
気配を消す能力でもお持ちなのかしら。このお城はそういう方が多くて心臓に悪い。
「皇室は牢も豪華なのですね……」
「そんな訳があるか。ここは余の部屋だ」
「ということは、この本は殿下の私物ですか?! 申し訳ございません! 帝国の歴史がつい気になりまして」
「いや、もっと気にするところがあると思うのだが」
殿下は私を見て笑っている。牢だと言われて連れてこられた場所で、のんびりと読書をしていたので呆れていらっしゃるのだろうか。
「あの、どうしてわたくしはここに連れてこられたのでしょうか?」
「ああ、『皇族牢』というのは隠語だ。余が個人的に話そうと思ったものをそう言って連れてこさせている」
「心臓に悪すぎます……」
もっとやりようがあるのではないかしら。私、もう命がないかもと思ったわ。
帝国の歴史でも読んでいなければ、ユリシーズの名を呼びながら泣くしかなかったもの。
悪い人ではないのかもしれないけれど、趣味が悪い。
間違いないわ。皇子殿下は人が悪い。
「どうした、アイリーン。先ほどの勢いがなくなっているが」
「……処刑される覚悟をしなくてはと思っていたところだったので、頭が混乱しています」
「アイリーンを処刑したらクリスティーナに益々恨まれる。ただでさえ、余は至らない夫だ」
あ、皇子殿下はクリスティーナが自分を恨んでいると思っているのね。
至らない夫というのは、クリスティーナが望む婚姻関係になれないからということ?
「さあ、アイリーンが話そうとしていたことを聞こうか。ここには他に誰もいない」
皇子殿下はそう言ってデスクの先にある三人掛けのソファにどかっと腰を下ろした。
身体の向きはこちらからは横になるけれど、こちら側に身体を傾けて。
この場所でなら、何を言っても大丈夫だろうか。
私の目線の先に、腕を組んで楽し気にこちらを見る皇子殿下が座っている。
二人きりで話をしたいと申し出たのは私の方で、遠慮なく話せと言われているわけだけれど。
「殿下も、何の話かは分かっていらっしゃるのではないでしょうか?」
「おおかたは、予想がついている」
「そうですよね。だって普通ではありませんもの……」
「普通ではない、か。皇室が普通になる日はくるのだろうか」
皇子殿下は難しい顔をしている。皇室が普通ではないのは分かっている。
はぐらかされているのかしら。それとも本当に普通について考えていらっしゃるのかしら。
「クリスティーナは、皇室で居場所を無くしたりはしないのでしょうか?」
「それならそれで、好都合だと思っている」
「そんなっ……! クリスティーナは皇后を目指しているのに、あんまりです!」
「は。そんなことに興味はない。彼女がそうやって皇后に固執すればするほど、所詮は公爵の娘なのだと思わされる」
そう言うと、皇子殿下は小さなため息をついた。怒っていらっしゃる?
「クリスティーナは公爵家に生まれた方なのですから、しかるべきところに嫁ぐのは当然です」
「なんとも不愉快な話だ。アイリーンを身代わりにしてオルブライト伯爵へ嫁がせておいて、自分は子爵令嬢の身分に落ちたという意識もない。そのまま公爵家の後光で皇室に入り込み、大切にされるのが当然だと言いたげじゃないか」
皇子殿下に言われて、あれ? と気づく。
そうか、世間的には子爵令嬢になったのだから、皇室に入るのは難しくなるわけよね。
つまり、クリスティーナがここにいるのは……公爵様の根回しがそれだけ強力だという証拠なのかしら。
「あの、殿下はクリスティーナと夫婦になるのが嫌だったのですか?」
「さあな。そんなことを考える余裕もないくらい、苛立ちが大きい」
「公爵様に対して、ということですか?」
皇子殿下はソファの上で足を組み、背もたれに身体を預けて黙ってしまった。
公爵様に対して苛立っているのは私も同じなので、共感する準備はできているのですけれど。
「クリスティーナに対しても、と言ったら?」
「はい??」
思わずデスクの椅子から立ち上がってしまった。驚きのあまり。
「クリスティーナに対しても苛立っていると言ったら、アイリーンは余に何を言う?」
「クリスティーナは素敵な女性ですが、という話を延々とさせていただきますけれど」
「遠慮させてくれ」
皇子殿下が天を仰いで目を瞑ってしまったから、椅子に座り直してその様子を眺めてみる。
栗色の長髪を邪魔にならないように後ろで束ねていて、細い顎に高い鼻が洗練された雰囲気を漂わせていた。
皇子殿下の造りを見ていると、やっぱりユリシーズは武人なのかなと思う。
身体の厚みが違うし、こうして皇子殿下を見ると、首も随分太かったんだなあなんて思い出した。
皇子殿下の方がまつ毛は長そうだけれど、私はユリシーズの顔の方が好きね。
「アイリーンは、身代わりにされたのにクリスティーナを恨まなかったのか?」
皇子殿下は目を開いて、こちらを見ずに言った。
灰色がかった青い目を横から見ると、ユリシーズの銀色の目を思い出す。
「クリスティーナのせいではありませんし、皇室に入るための教育を施された彼女にはちゃんと皇子殿下と結婚していただきたいと思いました。わたくしは……オルブライト伯爵が脂ぎった中年男性でないことを感謝したくらいですから」
「……余と同じなのはその点だな。選択肢は無かったのだろう」
「あっ……」
そうか、とようやく皇子殿下の境遇に気づく。
私は殿下の位が高いという点ばかりを見ていた。
結婚相手を選べず、抵抗したところで運命が変わらない……。
それはまさに、私と同じ。自由を持たない立場だったのだ。
ユリシーズの家では見たこともないような歴史の本が多くて、ちょっと敷居の高さを感じながら帝国史を読んでいる。
「自分の家か?」
人の声がして顔を上げると、部屋に皇子殿下がいた。
「うわあっ! 殿下?! こんな牢に何の御用でしょうか?!」
「……思った以上にくつろいでいるようだ」
いつの間に部屋に入ってこられていたのか気付かなかった。皇子殿下はこちらに向かって歩いてくる。
気配を消す能力でもお持ちなのかしら。このお城はそういう方が多くて心臓に悪い。
「皇室は牢も豪華なのですね……」
「そんな訳があるか。ここは余の部屋だ」
「ということは、この本は殿下の私物ですか?! 申し訳ございません! 帝国の歴史がつい気になりまして」
「いや、もっと気にするところがあると思うのだが」
殿下は私を見て笑っている。牢だと言われて連れてこられた場所で、のんびりと読書をしていたので呆れていらっしゃるのだろうか。
「あの、どうしてわたくしはここに連れてこられたのでしょうか?」
「ああ、『皇族牢』というのは隠語だ。余が個人的に話そうと思ったものをそう言って連れてこさせている」
「心臓に悪すぎます……」
もっとやりようがあるのではないかしら。私、もう命がないかもと思ったわ。
帝国の歴史でも読んでいなければ、ユリシーズの名を呼びながら泣くしかなかったもの。
悪い人ではないのかもしれないけれど、趣味が悪い。
間違いないわ。皇子殿下は人が悪い。
「どうした、アイリーン。先ほどの勢いがなくなっているが」
「……処刑される覚悟をしなくてはと思っていたところだったので、頭が混乱しています」
「アイリーンを処刑したらクリスティーナに益々恨まれる。ただでさえ、余は至らない夫だ」
あ、皇子殿下はクリスティーナが自分を恨んでいると思っているのね。
至らない夫というのは、クリスティーナが望む婚姻関係になれないからということ?
「さあ、アイリーンが話そうとしていたことを聞こうか。ここには他に誰もいない」
皇子殿下はそう言ってデスクの先にある三人掛けのソファにどかっと腰を下ろした。
身体の向きはこちらからは横になるけれど、こちら側に身体を傾けて。
この場所でなら、何を言っても大丈夫だろうか。
私の目線の先に、腕を組んで楽し気にこちらを見る皇子殿下が座っている。
二人きりで話をしたいと申し出たのは私の方で、遠慮なく話せと言われているわけだけれど。
「殿下も、何の話かは分かっていらっしゃるのではないでしょうか?」
「おおかたは、予想がついている」
「そうですよね。だって普通ではありませんもの……」
「普通ではない、か。皇室が普通になる日はくるのだろうか」
皇子殿下は難しい顔をしている。皇室が普通ではないのは分かっている。
はぐらかされているのかしら。それとも本当に普通について考えていらっしゃるのかしら。
「クリスティーナは、皇室で居場所を無くしたりはしないのでしょうか?」
「それならそれで、好都合だと思っている」
「そんなっ……! クリスティーナは皇后を目指しているのに、あんまりです!」
「は。そんなことに興味はない。彼女がそうやって皇后に固執すればするほど、所詮は公爵の娘なのだと思わされる」
そう言うと、皇子殿下は小さなため息をついた。怒っていらっしゃる?
「クリスティーナは公爵家に生まれた方なのですから、しかるべきところに嫁ぐのは当然です」
「なんとも不愉快な話だ。アイリーンを身代わりにしてオルブライト伯爵へ嫁がせておいて、自分は子爵令嬢の身分に落ちたという意識もない。そのまま公爵家の後光で皇室に入り込み、大切にされるのが当然だと言いたげじゃないか」
皇子殿下に言われて、あれ? と気づく。
そうか、世間的には子爵令嬢になったのだから、皇室に入るのは難しくなるわけよね。
つまり、クリスティーナがここにいるのは……公爵様の根回しがそれだけ強力だという証拠なのかしら。
「あの、殿下はクリスティーナと夫婦になるのが嫌だったのですか?」
「さあな。そんなことを考える余裕もないくらい、苛立ちが大きい」
「公爵様に対して、ということですか?」
皇子殿下はソファの上で足を組み、背もたれに身体を預けて黙ってしまった。
公爵様に対して苛立っているのは私も同じなので、共感する準備はできているのですけれど。
「クリスティーナに対しても、と言ったら?」
「はい??」
思わずデスクの椅子から立ち上がってしまった。驚きのあまり。
「クリスティーナに対しても苛立っていると言ったら、アイリーンは余に何を言う?」
「クリスティーナは素敵な女性ですが、という話を延々とさせていただきますけれど」
「遠慮させてくれ」
皇子殿下が天を仰いで目を瞑ってしまったから、椅子に座り直してその様子を眺めてみる。
栗色の長髪を邪魔にならないように後ろで束ねていて、細い顎に高い鼻が洗練された雰囲気を漂わせていた。
皇子殿下の造りを見ていると、やっぱりユリシーズは武人なのかなと思う。
身体の厚みが違うし、こうして皇子殿下を見ると、首も随分太かったんだなあなんて思い出した。
皇子殿下の方がまつ毛は長そうだけれど、私はユリシーズの顔の方が好きね。
「アイリーンは、身代わりにされたのにクリスティーナを恨まなかったのか?」
皇子殿下は目を開いて、こちらを見ずに言った。
灰色がかった青い目を横から見ると、ユリシーズの銀色の目を思い出す。
「クリスティーナのせいではありませんし、皇室に入るための教育を施された彼女にはちゃんと皇子殿下と結婚していただきたいと思いました。わたくしは……オルブライト伯爵が脂ぎった中年男性でないことを感謝したくらいですから」
「……余と同じなのはその点だな。選択肢は無かったのだろう」
「あっ……」
そうか、とようやく皇子殿下の境遇に気づく。
私は殿下の位が高いという点ばかりを見ていた。
結婚相手を選べず、抵抗したところで運命が変わらない……。
それはまさに、私と同じ。自由を持たない立場だったのだ。
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