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4章

埋めるなら外堀

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 クリスティーナの部屋に着くと、そこには既に二名の貴族階級者らしい女性がソファに身体を預けながらなにやら楽し気に笑っていた。

「失礼いたします」

 私が部屋に入るとクリスティーナは嬉しそうに微笑んでくれたけれど、他の二名は明らかに顔を曇らせてこちらを見ている。
 クリスティーナに促され、その輪の中に入る形で一人掛け用のソファに腰を下ろした。
 隣に茶色いカールの髪をした夫人、向かいにクリスティーナ、斜め向かいに黒髪に黄色いドレスを着た女性が座っている。
 ええと……私はアイリーンとクリスティーナ、どちらを名乗ればいいのでしたっけ。

「いらっしゃい、クリスティーナ。本日はエルウィン侯爵夫人とディアリング伯爵夫人が一緒よ。お二人は初めましてね。こちら、わたくしの大切な友人、クリスティーナ・オルブライト伯爵夫人です」

 侍女仲間の方にはクリスティーナで行くのね。確かにこの方たちに入れ替わりを知られたら国中に広まりそう。

「初めまして、クリスティーナ・オルブライトと申します」
「あら、こちらが英雄の元に嫁いだ公爵家のクリスティーナ様でいらっしゃいますのね」
「公爵家から伯爵夫人とは、名誉のためとはいえ悔しかったのではございませんか?」

 エルウィン侯爵夫人は茶色の巻髪をくるくると指でいじりながら、嫌味たっぷりの笑い方をしている。大きなリボンがついた赤いドレスを着ていて、子どもが遊ぶ人形のような派手さ。
 ディアリング伯爵夫人は声こそ大人しいけれど、釣り目に釣り針のような鼻をしていて穏やかな性格には見えない。そもそも黄色いドレスに黒い髪は、蜂かしらという彩りをしている。

 それにしても、初めましての挨拶で悔しくないかを聞くなんて。
 これって、私が伯爵夫人という立場で侯爵夫人よりも位が低いと見下されているわけよね。公爵家出身というのは、ご夫人同士の間では関係が無いらしい。

「夫が愛妻家ですので、悔しいなどという感情とは無縁に生きておりますの」

 そう言ってにこりとエルウィン侯爵夫人を見ると、急に扇子を広げて口元に当てながら「あら、それは素敵」と褒められた。
 恐らく、扇子の向こう側で歯ぎしりでもしているのだと思う。

「失礼ですが、オルブライト伯爵は死神伯と恐れられ、目を合わせたら金縛りにあうと言われるほど迫力のある武人ですとか。怖くないのですか?」

 ディアリング伯爵夫人は興味津々といった様子でユリシーズのことを聞いてきた。
 妃殿下の話し相手って、こんなゴシップみたいなことを披露する場なのかしら?

「夫は怖いというよりもかわいらしい人です。わたくしが側室や愛妾を薦めた途端に泣き出してしまうような方ですもの」
「……は?」

 ディアリング伯爵夫人が変な声を上げたと思ったら、エルウィン侯爵夫人も扇子を落としそうになっているし、クリスティーナまでが驚いた顔をしている。

「死神伯は、女性の前で泣かれるのですか?」
「ええ、よく泣きますの」

 なんなら初めて会った時にも泣いていた。昼のディエスはよく泣く人だと思う。人型で鳴けないからかしらね。

「その、どうして側室を薦めると泣いてしまわれるのでしょう? 貴族階級の方でしたら側室や愛妾を持つのは当たり前では?」
「そうですね、あまり大きな声では言えないのですけれど……」

 私が勿体ぶると、クリスティーナを含めた三人が身体を前のめりにして息を呑む。

「わたくし以外の女性を迎え入れるのを考えただけで悲しくなって泣いてしまったのです。妻は生涯わたくしひとりだけでいいと……」
「まあ!」
「そんな方がいらっしゃるのですか?!」

 よし! 乗ってきた。世間で恐れられた死神伯の意外エピソードはウケが良いわね。

「戦場では周りにいた一族を護るのに必死だったと言っていました。夫は、それで怖い印象になってしまったようですが、愛情深い方なのですよ」

 他の方がどうか知らないけれど、妻にあれだけ全力な夫は珍しいのではないかしらね。

「……素敵!」
「そのお話、詳しくお聞かせくださいませ!」

 興奮する二人の夫人。クリスティーナは無言で目を輝かせている。
 あらあら、もしかして私、この場を制してしまったかしら。

 ざまあみなさい、執事長……。
 あなたが私を解雇しようものなら、この場からストライキが起きるくらいの素敵なオルブライト伯爵夫人を演じてみせるわ。
 絶対に、あんな感じの悪い人の思い通りになんかなってやるものですか。

  ***

 午後になると、クリスティーナは私一人を残して二人の夫人を自室に戻らせた。
 夫人からすれば、自由時間が増えるのは嬉しいのだろう。特に私に対して嫉妬らしい反応もなく、すんなりと部屋に戻って行った。

 手紙のことも確認したかったし、クリスティーナと二人きりになれるのはありがたい。
 話を切り出そうとしていると、クリスティーナから「アイリーンと一緒に暮らせるオルブライト伯爵が羨ましいわ」と突然とんでもないことを言われた。

「わたくしね、オルブライト伯爵がアイリーンを愛しているなんて演技ではないかしらと疑っていたの。でも、アイリーンが一緒にいたらそれは毎日楽しいに違いないっていう視点が抜けていたわ。オルブライト伯爵は、ようやく幸せを見つけたということなのね」
「ええと……クリスティーナがユリシーズ側の気持ちを理解するとは思いませんでした」

 ユリシーズと円満な夫婦になった私が羨ましい、なのではなく? 私と結婚したユリシーズが羨ましいってどういう……。

「アイリーン宛ての手紙、わたくしが預かっているから元の持ち主に返さなくてはね」
「あ、それ、実は……」
「執事長に没収されたんですってね。あの人もなんというか……意地が悪いわ」

 クリスティーナはデスクの引き出しから一通の手紙を取り出した。
 そこには、狼の封蝋印が付いたままになっている昨日の手紙が。

「……クリスティーナは中を確認しなかったのですか?」
「確認しろと言われて渡されて、わたくしがそのままの指示に従うと思ったの?」

 不本意そうに眉を下げたクリスティーナに、「いいえ」と咄嗟に反応してしまう私。
 手紙を受け取って、ほっと胸を撫でおろした。
 ようやく、読むことができる。

「ねえ、読ませてとは言わないから、目の前で読んでくださらない? どんなことが書いてあったのか教えて頂戴な」

 クリスティーナは私の座っている席の隣に腰を下ろし、少女のようにせがむ。
 まあ、昼間に散々ユリシーズのことをしゃべってしまったから、いまさら恥ずかしいということもない。
 頷いて、封蝋印を壊して封筒を開けなくちゃいけないのねと戸惑っていると、「ハサミを貸しましょうか?」とクリスティーナに尋ねられた。まさか私が狼をボロボロにしたくなくて封蝋印を開けられないなんて思ってはいないだろうけれど、すごくうれしい。

「ありがとうございます」

 ハサミを受け取って丁寧に封筒を切ると、中からそっと便箋を取り出す。
 封筒も便箋も、執事長様と争ったせいでいくつかの折り目がついていた。封蝋印が割れなかったのが奇跡かもしれない。


『クリスティーナ様
 ご主人様は、意識を取り戻して現在も解毒の処置を施されています。
 奥様を探していらっしゃったのでいただいた手紙を差し出したところ、懸命に奥様の匂いを探っていらっしゃいました。ご配慮ありがとうございました。お陰様で今は落ち着いております。
 以下、ご主人様の代筆です。

 あなたが安全なところに避難してくれて良かったです。
 身体がまともに動かせるようになるまで、もう少しかかりそうなので。
 なにか不自由していることは無いでしょうか。毎日しっかり眠り、食事はとれておりますか?
 恐らく、こちらは暫く狙われ続けることになるでしょう。
 でも、ご安心ください。あなたを人質に取られない限り、私と我が一族は無敵です。
 本当はすぐにでも迎えに行って差し上げたいところですが、自分のまいた種であなたを危険に晒すのは本意ではありません。
 こうして横になり、いかに愚かだったのかを思い知りました。
 オルブライト家にあなたが戻ってくださるよう、こちらもやれることはやるつもりです。ただし、あなたを悲しませる以外の方法で。
 どうか、心を痛めずに待っていてください。必ずあなたを迎えに行きます。

 愛するたったひとりの妻へ あなたの夫、ユリシーズ・オルブライトより。

 以上、ご主人様のお言葉でした。今もずっと奥様の手紙を顔に被せて横になっております。
 どうか、ご主人様のためにも元気にお過ごしくださいますよう、屋敷の一同で願っております。
 ヘクター・バートレット』
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