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4章
任務と葛藤と 2
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エイミーは、先ほどまでの勢いなどすっかり忘れてしまったようだった。
「どうしましょう……下手に動いては、公爵様を刺激してしまうでしょうか?」
「そうね。人海戦術でユリシーズとその周りを見張っているのかも」
「理解はしていたつもりですが、公爵様って……公爵様ですものね」
「そうなの。相手はまさかの公爵様なのよ……」
ウィルは私たちの会話をきょとんとした顔で聞いていて、口を挟めないので小首をかしげたりしている。
「うーん、どうしたらいいのかしら……」
「困りましたね」
このままでは、公爵様に動きを把握されながら過ごす羽目になる。
動けない上にユリシーズに対して何もできない状況になってしまうのは避けたいのに。
「そういえば、わたくしが公爵様に連絡を入れるとどうなるのでしょうか?」
エイミーが急に案を出した。
「なにをどうするつもり?」
今、エイミーは公爵様を雇い主としている。その気になれば、私の報告をするという体で連絡を取ることは可能なわけだけれど。
「いえ、まだ具体的には思いついていないのですが、わたくしがここにいることを報告した方が自然なのではと」
「一理あるかもしれないわね」
「ですから、それである程度情報を操作しながら動く、というのはいかがでしょうか?」
「いいじゃない、冴えているわねエイミー」
私たちが盛り上がっていると、ウィルの耳がペタンと折れていた。
これは、落ち込んでいる時の折れ方だ。
「どうしたの? ウィル」
「……あまりお役に立てなくてごめんなさい」
私とエイミーは顔を見合わせてハッとした。
「違うんです、ウィル。あなたのお陰でこうして議論をできているのですから。ああ、わたくしったら、どうしてウィルに感謝を伝える余裕がなかったのでしょう!」
「ごめんなさい、ウィル。有益な情報でショックを受けてしまっただけなのよ!」
慌てて弁解すると、ウィルの耳は元の位置でピンと立ち、顔が少し明るくなる。
「ほら、エイミー。抱きしめてあげるとか、もっと方法があるでしょう?」
人狼は好きな相手とのスキンシップは多い方が好きだ。だからウィルも大好きなエイミーに抱きしめられたり撫でられたりしたら喜ぶはずなのだけれど。
「な、なにをおっしゃっているのですか?! 奥様ったら、そんなはしたないことを!」
真っ赤になって私の提案を否定しているエイミーの隣で、ウィルがとても残念そうにまた耳を折っている。
「ウィルを褒めるのに、そうしてあげたほうが良いって提案をしているのよ」
「わたくし、殿方と手すら握ったことがございませんのに、なんてことを!」
身持ちが堅いというのか、しっかりしているというのか。
相手は人狼なのだから、犬とのスキンシップだと思えばもっと気軽でいいのに。
ウィルから「クゥーン」って悲し気な声が漏れているから、撫でてあげたくなってしまうのをぐっと堪えている。
隣にいるエイミーは、真っ赤な顔で怒っていてそんなウィルの声にも反応できないらしい。
ああ、ただ背中を撫でてあげるだけでもあの悲しげな声を止められるかもしれないのに。
そんなことしたらエイミーの火に油を注いでしまうし、だけど悲し気な声が止まっていないし……忍耐力を求められるわね、これ。
***
「ええと……ここは『オルブライト伯爵が負傷されたので』と記載した方がよろしいでしょうか?」
「そうね、あちらは護衛から報告を受けているでしょうから、私が狙われた事実と、その情報はちゃんと出しておかなければならないでしょうね……」
エイミーが公爵様へ出す手紙を書くというので私は一緒になって考えている。
部屋のテーブルでエイミーと向かい合って座り、ウィルは部屋の中でうろうろしながら、耳を澄ましてお城の中の声を色々と聞いてくれているところ。部屋の場所によって、聞こえる声が違うらしい。
耳が良いってどんな感じなのかしら。色々な会話が聞こえるのって大変そうだけれど。
ちなみにウィルは私の護衛という体になっているため、今日はずっと部屋にいてもらった方が良いかなと思っている。
下手に外を歩き回らせると服に収納しきれない尻尾がバレそうだし、室内で妃殿下の侍女の下についている使用人がずっと帽子を被っているというのも位の高い方に見つかったら不敬だと思われかねない。
でも帽子を脱げばふさふさの茶色い耳が顔を出してしまうし。
「こちらに来た理由はどういたしましょう? 公爵様の護衛に襲われたわけで、奥様の行動と狙いをお伝えしなければならないのですが」
「自分が狙われて、怖かったからクリスティーナを頼ったというのは?」
「特に誤魔化さずにお伝えするのですか?」
「この辺は公爵様の関係者にも知られているのだから、誤魔化せないと思うのだけれど」
エイミーはうーんと唸り、「そうでしたね」と難しい顔をした。
ウィルが心配そうにチラチラとエイミーに視線を送っているけれど、当の本人は全く気付いていない様子で眉間に皺を寄せている。
「奥様、もしかすると、わたくしは正直にすべてを書いたほうが良いでしょうか?」
「良くないと思うわ」
全力で否定してしまった。エイミーったら一体何を言い出すのかと思えば。
「『何が起こったのか公爵様の護衛に襲われ、頼る先を探してクリスティーナ様の元に身を寄せました。事情を伝えると、クリスティーナ様は奥様を侍女として雇って下さり、暫くお世話になることが決まりました』と書けば、事実だけになります」
「確かに、公爵様の関係者から入る報告と同じになるわね」
あえてエイミーからも報告をすることで、こちらにも公爵様との連絡ルートを作るのね。
事実を書いておくことで信頼を獲得して、公爵様の次の行動や意図を探るのはありなのかも。
「わたくしから公爵様からの指示を仰いでみてはいかがでしょうか? あちらの狙いを多少は把握できませんか?」
「冴えているわね。それで行きましょう」
エイミーはさらさらと公爵様への手紙を書き終えた。
「奥様も、旦那様にお手紙を出されたのですよね?」
「……昨日、宿で1泊待機していてくれていたはずのオシアンとフレデリックへの手紙を書いて、その中にユリシーズ宛ての手紙を同封しておいたの。多分、届けてくれていると思う」
手紙を出す前に、託したこのお城の使用人の方に全部を読まれているかもしれないけれど、見つかっても問題のない内容にしておいた。クリスティーナのところにいるから心配しないであなたは身体を治すことに専念して、と綴っている。
「きっと旦那様は、その手紙を宝物にして生き延びてくださいますね。わたくしたちは、こちらで出来ることをするしかなさそうです」
「ありがとう、エイミー」
エイミーがユリシーズを心配して怒ってくれたから、早くユリシーズと再会できるようにしなくちゃと思えた。
私と離れたことでユリシーズの弱点が無くなったなんて安心しちゃいけない。
あの人は、私がいなくちゃダメだから。
「わたくしが『お嬢様』と二度と言い間違えないように、オルブライト伯爵夫人としての威厳を示して下さい。この帝国で、『死神伯』を制圧できるのは奥様ただひとりなのですから」
エイミーはそんなことを言いながら手紙を封筒に入れている。
「制圧、ねえ。いまだにユリシーズが『死神伯』だと言われていたのがピンとこないくらいよ」
「旦那様があっさりと切られたのは、奥様には『死神伯』を見せたくなかったからだと思います」
「……どうかしら」
いつも嬉しそうに私に微笑んでくれるユリシーズを思い出す。
あの人は、死神伯と呼ばれていたころの自分を、私には見せたくなかったのだろうか。
それが原因で無抵抗を貫いたのだったら、やっぱり私のせいなんじゃないかと思う。
私がどんなユリシーズだって受け止めて一緒にいたいと決めた覚悟が、ちゃんと伝えきれていなかったのだから。
「どうしましょう……下手に動いては、公爵様を刺激してしまうでしょうか?」
「そうね。人海戦術でユリシーズとその周りを見張っているのかも」
「理解はしていたつもりですが、公爵様って……公爵様ですものね」
「そうなの。相手はまさかの公爵様なのよ……」
ウィルは私たちの会話をきょとんとした顔で聞いていて、口を挟めないので小首をかしげたりしている。
「うーん、どうしたらいいのかしら……」
「困りましたね」
このままでは、公爵様に動きを把握されながら過ごす羽目になる。
動けない上にユリシーズに対して何もできない状況になってしまうのは避けたいのに。
「そういえば、わたくしが公爵様に連絡を入れるとどうなるのでしょうか?」
エイミーが急に案を出した。
「なにをどうするつもり?」
今、エイミーは公爵様を雇い主としている。その気になれば、私の報告をするという体で連絡を取ることは可能なわけだけれど。
「いえ、まだ具体的には思いついていないのですが、わたくしがここにいることを報告した方が自然なのではと」
「一理あるかもしれないわね」
「ですから、それである程度情報を操作しながら動く、というのはいかがでしょうか?」
「いいじゃない、冴えているわねエイミー」
私たちが盛り上がっていると、ウィルの耳がペタンと折れていた。
これは、落ち込んでいる時の折れ方だ。
「どうしたの? ウィル」
「……あまりお役に立てなくてごめんなさい」
私とエイミーは顔を見合わせてハッとした。
「違うんです、ウィル。あなたのお陰でこうして議論をできているのですから。ああ、わたくしったら、どうしてウィルに感謝を伝える余裕がなかったのでしょう!」
「ごめんなさい、ウィル。有益な情報でショックを受けてしまっただけなのよ!」
慌てて弁解すると、ウィルの耳は元の位置でピンと立ち、顔が少し明るくなる。
「ほら、エイミー。抱きしめてあげるとか、もっと方法があるでしょう?」
人狼は好きな相手とのスキンシップは多い方が好きだ。だからウィルも大好きなエイミーに抱きしめられたり撫でられたりしたら喜ぶはずなのだけれど。
「な、なにをおっしゃっているのですか?! 奥様ったら、そんなはしたないことを!」
真っ赤になって私の提案を否定しているエイミーの隣で、ウィルがとても残念そうにまた耳を折っている。
「ウィルを褒めるのに、そうしてあげたほうが良いって提案をしているのよ」
「わたくし、殿方と手すら握ったことがございませんのに、なんてことを!」
身持ちが堅いというのか、しっかりしているというのか。
相手は人狼なのだから、犬とのスキンシップだと思えばもっと気軽でいいのに。
ウィルから「クゥーン」って悲し気な声が漏れているから、撫でてあげたくなってしまうのをぐっと堪えている。
隣にいるエイミーは、真っ赤な顔で怒っていてそんなウィルの声にも反応できないらしい。
ああ、ただ背中を撫でてあげるだけでもあの悲しげな声を止められるかもしれないのに。
そんなことしたらエイミーの火に油を注いでしまうし、だけど悲し気な声が止まっていないし……忍耐力を求められるわね、これ。
***
「ええと……ここは『オルブライト伯爵が負傷されたので』と記載した方がよろしいでしょうか?」
「そうね、あちらは護衛から報告を受けているでしょうから、私が狙われた事実と、その情報はちゃんと出しておかなければならないでしょうね……」
エイミーが公爵様へ出す手紙を書くというので私は一緒になって考えている。
部屋のテーブルでエイミーと向かい合って座り、ウィルは部屋の中でうろうろしながら、耳を澄ましてお城の中の声を色々と聞いてくれているところ。部屋の場所によって、聞こえる声が違うらしい。
耳が良いってどんな感じなのかしら。色々な会話が聞こえるのって大変そうだけれど。
ちなみにウィルは私の護衛という体になっているため、今日はずっと部屋にいてもらった方が良いかなと思っている。
下手に外を歩き回らせると服に収納しきれない尻尾がバレそうだし、室内で妃殿下の侍女の下についている使用人がずっと帽子を被っているというのも位の高い方に見つかったら不敬だと思われかねない。
でも帽子を脱げばふさふさの茶色い耳が顔を出してしまうし。
「こちらに来た理由はどういたしましょう? 公爵様の護衛に襲われたわけで、奥様の行動と狙いをお伝えしなければならないのですが」
「自分が狙われて、怖かったからクリスティーナを頼ったというのは?」
「特に誤魔化さずにお伝えするのですか?」
「この辺は公爵様の関係者にも知られているのだから、誤魔化せないと思うのだけれど」
エイミーはうーんと唸り、「そうでしたね」と難しい顔をした。
ウィルが心配そうにチラチラとエイミーに視線を送っているけれど、当の本人は全く気付いていない様子で眉間に皺を寄せている。
「奥様、もしかすると、わたくしは正直にすべてを書いたほうが良いでしょうか?」
「良くないと思うわ」
全力で否定してしまった。エイミーったら一体何を言い出すのかと思えば。
「『何が起こったのか公爵様の護衛に襲われ、頼る先を探してクリスティーナ様の元に身を寄せました。事情を伝えると、クリスティーナ様は奥様を侍女として雇って下さり、暫くお世話になることが決まりました』と書けば、事実だけになります」
「確かに、公爵様の関係者から入る報告と同じになるわね」
あえてエイミーからも報告をすることで、こちらにも公爵様との連絡ルートを作るのね。
事実を書いておくことで信頼を獲得して、公爵様の次の行動や意図を探るのはありなのかも。
「わたくしから公爵様からの指示を仰いでみてはいかがでしょうか? あちらの狙いを多少は把握できませんか?」
「冴えているわね。それで行きましょう」
エイミーはさらさらと公爵様への手紙を書き終えた。
「奥様も、旦那様にお手紙を出されたのですよね?」
「……昨日、宿で1泊待機していてくれていたはずのオシアンとフレデリックへの手紙を書いて、その中にユリシーズ宛ての手紙を同封しておいたの。多分、届けてくれていると思う」
手紙を出す前に、託したこのお城の使用人の方に全部を読まれているかもしれないけれど、見つかっても問題のない内容にしておいた。クリスティーナのところにいるから心配しないであなたは身体を治すことに専念して、と綴っている。
「きっと旦那様は、その手紙を宝物にして生き延びてくださいますね。わたくしたちは、こちらで出来ることをするしかなさそうです」
「ありがとう、エイミー」
エイミーがユリシーズを心配して怒ってくれたから、早くユリシーズと再会できるようにしなくちゃと思えた。
私と離れたことでユリシーズの弱点が無くなったなんて安心しちゃいけない。
あの人は、私がいなくちゃダメだから。
「わたくしが『お嬢様』と二度と言い間違えないように、オルブライト伯爵夫人としての威厳を示して下さい。この帝国で、『死神伯』を制圧できるのは奥様ただひとりなのですから」
エイミーはそんなことを言いながら手紙を封筒に入れている。
「制圧、ねえ。いまだにユリシーズが『死神伯』だと言われていたのがピンとこないくらいよ」
「旦那様があっさりと切られたのは、奥様には『死神伯』を見せたくなかったからだと思います」
「……どうかしら」
いつも嬉しそうに私に微笑んでくれるユリシーズを思い出す。
あの人は、死神伯と呼ばれていたころの自分を、私には見せたくなかったのだろうか。
それが原因で無抵抗を貫いたのだったら、やっぱり私のせいなんじゃないかと思う。
私がどんなユリシーズだって受け止めて一緒にいたいと決めた覚悟が、ちゃんと伝えきれていなかったのだから。
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