上 下
94 / 134
4章

再会

しおりを挟む
 私とエイミーとウィリアムは、大広間のような空間にポツンと立ち尽くしていた。
 奥の方まで歩けば椅子がありそうだけれど、それもうっすらとしか認識できないくらい遠い。

 こぢんまりとした応接室に通されるものだと思っていたし、こんなところで待てと言われてもどうすればいいのかの正解がわからず落ち着かない。
 声を発すれば広い空間に響いてしまうから、エイミーもウィリアムも黙っていた。

 クリスタルガラスを使っているらしいシャンデリアがいくつも掛かっていて、足元の幾何学模様をした絨毯は異国から取り寄せた高級なものだと思われる。
 これまで歩いてきたどんな絨毯よりも、靴が反発されるふかふか感。

 私たちが辺りを観察するだけの時間をすごしていると、「お待たせしました」と部屋の中に入ってくる一人の男性。
 このお城の使用人だろうか。年齢は50代くらい、白髪交じりの髪は乱れないように固めているし、なんだかピシッとした人だ。体格が良くて腰回りがずっしりとしていそうだけれど、離れたばかりのバートレットを思い出した。

「初めまして、クリスティーナ・オルブライトと申します」

 私が腰を下げて挨拶をしようとすると、「堅苦しい挨拶は不要ですよ、クリス様。あなたは子どもの頃、こちらにいらしていたのですから」と私の行動を止めた。

 私は初めてこちらに来たというのに、クリスティーナは結婚して住んでいるこのお城に馴染みがあったということらしい。私はここをよく知っている前提で行動しなくちゃいけないということよね……? これは……居心地が悪い。

「わたくしが公爵家の出身だからと言っても、いまは伯爵夫人という身。オルブライト伯爵の評判が落ちないように気を付けているのです」

 苦し紛れの言い訳をすると、ふむ、と言って私をじっと見ている。
 クリスティーナの入れ替わりを知っている人なのか、そうでない人なのか分からない。どうしたらいいものか……。

「そちらにもご事情があるということですね。では、妃殿下のところまで参りましょうか」
「はいっ、よろしくお願いします」

 いよいよクリスティーナに会える……。
 ここまで順調すぎるのが、かえって不安になってしまうけれど。

 私たちは言われるがままにお城の中を歩いて行く。
 階段を上がり、廊下を進み、時折渡り廊下を歩く。自分が歩いてきた道がどうだったのかもよく分からなくなってきた頃、ようやく目的地に到着した。

 私の背の二倍以上ありそうな花の彫刻がされた美しい扉の前で、案内をしてくれた男性が「お連れしました」と中に向かって声をかけている。

「どうぞ」

 女性の声がしたのを聞き、目の前にいた男性は扉をそっと開いてくれた。
 私は扉の前で腰を落とし、頭を下げる。
 私の後ろに立つエイミーも同じようにしているし、ウィリアムは片膝をついていた。

「顔を上げて」

 女性の声が響いて、私は正面を向く。
 そこには、赤い髪をして青い目をこちらに向けたクリスティーナが立っていた。

「久しぶりね。中へどうぞ」

 そう言ってほほ笑んだクリスティーナは、以前公爵家で会ったときと変わらない。
 でも、結婚パレードで見た時は、私の金髪を真似ていたのに……。

 赤毛を金髪にするためには元の色を抜くはずだから、この短期間で髪色が戻るなんてことは考えられない。
 私は元の髪が金髪だというのもあって色を上から塗っているだけだけれど、クリスティーナの場合は違うはずだ。

「ここでは、『クリスティーナ』のまま過ごしているのですか?」

 口に出すつもりじゃなかったのに、つい本人に向かって尋ねてしまった。

「わたくしの周りの人たちは事情を知る者ばかりなの。結婚式だけはカツラを使って『アイリーン』を名乗ったけれど」

 ふふ、と笑うクリスティーナ。そうか、髪を脱色まではしていなかったのね。
 赤い髪を常に金髪に保つのは大変だからなのか、挙式さえ乗り切れればあとはクリスティーナとして過ごせるからなのか……。

「ねえ、いま、不公平だと思ったでしょう?」

 クリスティーナが両腰に手をあてて責めるように私を見る。

「えっ?! 別にそんなこと……」

 面くらってしまって焦っていると、クリスティーナが顔を近づけてきた。

「あなたも、アイリーンのままで過ごしていてくれたらいいのにって、ずっと思っていたわ」

 こっそりと小声でささやかれる。

 クリスティーナはここまで案内を務めてくれた男性を部屋から追い出して扉を閉めさせると、「ああ、アイリーン! 以前よりも健康そうで、すごく綺麗になったわね!」と嬉しそうな声を上げた。

「そう……ですか?」

 変わったと言われても1か月程度しか経っていないし、クリスティーナは以前と特に変わりないように見える。でも、クリスティーナから見た私はどうやら変わっているらしい。

「もしかして、死神伯? 恋でもしているの?」

 嬉しそうに聞かれてしまい、「ま、まあ……」と急に歯切れが悪くなってしまう。
 クリスティーナに隠すことではないのだけれど、ユリシーズへの気持ちを誰かに話すのはどうしたって照れくさい。

「すごいのね、あなたって」
「え……??」
「あの死神伯の心を掴むなんて、誰も想像していなかったのよ。どうせ、死神伯が当初語っていたわたくしに対しての気持ちは嘘だったのでしょう?」
「は……??」

 クリスティーナは、最初からユリシーズの求婚が別の意味を含んでいることに気づいていたの??
 どうして??

「戦場の死神伯は、誰に対しても心を開かず、ただ狂ったように戦い続けていたのだそうよ。本当に恐ろしいのはああいう男なのだと帝国軍の誰もが言っていたし、女性に対してはおろか、誰に対しても無関心な方だったのだから」

 ああ、ユリシーズは心を殺していたのね。そんな状態でずっと戦っていたのだと想像すると……どれだけ辛かったのだろうと思う。

「それで、クリスティーナに一目惚れをしたという話を信じなかったのですか?」
「半信半疑にもなるでしょう? わたくしは戦地に行って直接オルブライト伯爵を見ているのよ。冷たい獣のような目をした男の人で、それはもう、すごく怖かったのだから」

 冷たい獣の目、かあ……。むしろ、あの目がかわいいのに。

「それが、どうして私が伯爵の心を掴んだということになるのですか?」
「しらばっくれないで。オルガに聞いたわ。伯爵はあなたに溺れきっているそうじゃないの」
「オルガさんが……?」

 確かにクリスティーナと連絡を取りたいとは伝えたけれど、そんなことまで報告されているなんて。

「あなたに対するときの伯爵が、とても紳士で色気があるというのも聞いたの」
「あのおばさん、そんなことを?」

 やっぱり人って分からない。ユリシーズと話していたオルガさんがユリシーズの色気を感じているとは思わなかったし。

「ふふ。いいじゃない。わたくし、あなたならどんな男性も魅了すると思ったもの。さて、本題に入りましょうか? アイリーン、あなたの望みを話して頂戴」
「え……と」

 確かに私は、クリスティーナを頼るためにここにいる。
 だけど、ここまでお見通し状態だと、ちょっと構えてしまうのが人っていうものよね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

処理中です...