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3章

新月の夜

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 私たちは長い道のりを終えて宿に着くと、また「例の持病」を理由にユリシーズとシンシア、バートレットを連れて部屋に籠った。
 そうして陽が暮れてしまうと、とうとう新月の暗い夜は三匹の狼とのボール遊びに突入する。

「そーれ!」

 私がボールを投げると、トタトタトタ、と足音がして「アウゥ」「クウン」と声が上がる。
 ロウソクの光が届かない場所に走って行かれると動きが見えなくなるから、黒い狼がボールを咥えて私の膝に飛び乗ってきたときにようやく姿が見えた、と思う。目だけは暗がりでも爛々と光っているのだけれど。

「こら。ユリシーズはシンシアのボールを取っちゃダメでしょう?」
「グウウウ」
「反抗しないの」

 ふさふさの黒い毛に手を潜らせてワシワシと撫でると、咥えていたボールを離して太い大きな尻尾がぐるんと揺れ、「ハッハッ」と息が荒くなった。

「あーんもう、かわいいいい」

 思わずぎゅうっと抱きしめてしまうと、隣に白い狼がちょこんと座っていることに気付く。

「シンシアも来たのね」

 白い狼の喉元を撫でると、「クゥウウン」と尻尾を振りながら声が上がった。
 両手に狼……凛々しい顔が懐っこい目を向けてくる感じ。なんて素敵なシチュエーションなのかしら。

 あれ? バートレットの姿がないわね。

「バートレット?」

 声をかけると、暗がりの中で光る目が揺れて「ワン」と控えめな返事がした。

「もしかして、遠慮をしているの?」

 バートレットは人狼族で一番足が速いらしい。
 主人のユリシーズを差し置いてボールを追いかけて、自分が奪う状況を避けているのかしら。

「こういう時は、遠慮しなくていいのよ?」
「……ワウ」

 控えめな声で灰色の狼が近寄ってきた。細身で老犬……まではいかないけれど、ユリシーズやシンシアに比べると白髪のような毛はハリが少ない。
 そっとその首を撫でると、ユリシーズが嫉妬で私の手を甘噛みしてきた。

「こら。怒らないの」
「グルルルル」
「唸っちゃダメでしょ」
「クウン」

 黒い狼は、身体をベタっと床につけて伏せの姿勢でこちらを上目遣いに見て来る。
 その頭を撫でて「あなたって本当に嫉妬深いわね」と声をかけながら笑ってしまった。

「バートレットがどんなに速いかを見せてもらおうと思ったのよ。ユリシーズとシンシアは『待て』をしていてね」
「アウ」

 不満気に伏せているユリシーズはともかく、シンシアは嬉しそうに眼を輝かせて、白い尻尾をフリフリしながらバートレットの方を見ている。
 ユリシーズが口から離したボールを手に持つと、「行くわよ、バートレット」と声をかけてそれを部屋の向こうに向かって投げた。

 灰色の狼はボールが落ちかけたタイミングでさっと走り出すと、私の目が捉えられない速さでボールを咥えて戻ってくる。

「……今、あっちまで走って戻ってきたの?」
「アウウ」
「バートレットは動きが速いのね」
「グルルルルルルル」
「ユリシーズは唸らないの」

 私が他の狼に構うと唸りだすユリシーズは、嫉妬深いのは勿論、序列一位のプライドがあって攻撃的なのかもしれない。

 仕方がないわねと伏せながら唸っていたユリシーズの背中を撫でる。
 ユリシーズはゆっくり尻尾を振り始めて「キュウン」と甘えた声を上げると、突然耳をピンと揺らして立ち上がった。

「どうしたの??」
「ワン!」

 シンシアとバートレットも牙を剥いて険しい顔をしている。

「誰かが、来たの……?」

 ユリシーズは窓の外をじっと見て小さく唸っている。私は近くにあるロウソクの火を息で吹いて消した。
 こちらが明るいと、侵入者の姿が見えない。
 言葉で意思疎通ができないのは怖いけれど、あの狼の身体は簡単に傷つかないらしいから、今はそれを信じるしかない。
 三匹の狼が窓の方に釘付けになっている。
 牙を剥き、毛は逆立っていて、これから侵入してくる部外者に対して威嚇をしているのか、怒っているのか。
 恐らく、あそこから誰かが上ってくるのだ。公爵家の護衛のうちの誰かなのか、もしくは雇われた誰かが。

 滞在している村は森の中にあり、宿は2階建て。簡単に窓まで上がってこられてしまう。
 つまり、ユリシーズはこういう展開が来ることを想定していたのだと思う。

 月が出ない新月の夜、部屋は外と同じ暗さになっている。
 夜目がきかない私は静かに息をひそめることしかできないけれど、ユリシーズもシンシアもバートレットも、外の誰かの気配をしっかり把握しているはず。

 三匹の足手まといにならないようにするには、どうしたらいいのかしら。
 緊張でドキドキと胸の音が大きくなってきた。息を整えようと深呼吸をする。

 その時、窓ガラスの割れる音がして人の姿が部屋に飛び込んできた。

 怖くて悲鳴をあげそうになったけれど、その侵入者の足にユリシーズが、手にバートレットが噛みついて「ひいい」と間の抜けた悲鳴が上がる。
 後ろからも続いて男が入ってきたのを、今度はシンシアが飛びついて肩に噛みついた。

 心配だけれど、私が巻き込まれるとユリシーズはもっと不利になってしまうからじっと息をひそめて隠れている方がいい。だけど、ずっと男に蹴られている狼の姿が薄っすらと見えていて、じっとしているのが辛い。

 相手は多分、大型犬に噛まれたと思っているはず。
 部屋の中に狼がいるわけがないし、番犬に襲われたのだと思う方が自然だ。
 相手が狼だと知ったら、もっと恐怖で慌てて取り乱しているはずだもの。

 早く逃げて行ってくれないかしらとやきもきしていると、三人目の男が割れた窓から侵入してきた。

「なんだ、こりゃあ」

 獣に噛まれている仲間を見つけて腰から拳銃を引き抜く。
 まさかあの銃に銀の弾丸が入っているとは思わないけれど、こんなところで拳銃を使われたらこの部屋に人が集まってくるかもしれないし、いまは狼の姿が犬だと誤魔化せるけれど、そうもいかなくなる。
 どうしよう――。

「止めて! わたくしの愛犬を撃たないで!」

 がくがくする身体をなるべく意識しないようにしながら、暗闇の中で立ち上がる。
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