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2章
クリスティーナとして
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クリスティーナ姫の部屋にいたのは、他国の王女から公爵様に嫁いだ奥様だった。
キャラメルのようなブラウンのウェーブヘアで、目は黒に近い。
クリスティーナ姫の外見は、公爵様から受け継いでいるものが多そうだ。
「どうやら、『クリスティーナ』は本を読みたいのだとか」
「はい。ずっと部屋にいるのは気が滅入りますので」
「あら、そうでしたの。ずっと部屋から出てこない子なのかと思っていたのに」
それは、どういうーー?
私が首を傾げると、ダークブラウンの目が細くなる。
「その美貌が外に披露されるのは稀だったと報告書に書かれておりました。ずっと家に閉じ込められて育ったのでしょう?」
「報告書……」
それが理由で私がクリスティーナ姫の身代わりに選ばれたのだろうか。
公の場では知られていない子爵令嬢。両親が有力者に売りつけるためだけに外に出される籠の中の存在。
それが、アイリーン・クライトンの正体だ。
ひとたび外に出されれば、飢えた男性の目に晒される。
そうやって、私は知る人ぞ知る美姫だと言われていた。
「あなたのような方が公爵家の名を背負えているなんて思わないことよ」
「背負うなんて。わたくしはただ売られただけですから」
「高貴な血は色で男性を魅了などしない。それが浅はかだと知っているの」
お妃様、と言えばいいのだろうか。彼女の薄い唇が引き結ばれ、眉がつり上がった。
私がクリスティーナ姫の名を騙るのが嫌なのね。
「浅はかでも、わたくしは自分のために使えるものを使います」
「ああ、本当に。娼婦と変わらない思考だわ」
「身一つで生きる潔さは蔑まれるべきですか?」
「お黙りなさい。それ以上言ったらクリスティーナを名乗るのを禁止します」
「……」
禁止されても私は全然かまわないのですけれど。公爵様が許して下さるとは思えないわ。
周りに比べて酷い両親に育てられたと思ってきたけれど、この様子じゃクリスティーナ姫もいち早くこの家を出たかったでしょうね。
「『お母様』におうかがいしたいのですが」
「なあに? 汚らわしい内容はお断りよ」
「『アイリーン』はどうしてあんなに早く挙式を行うことに?」
「皇帝陛下が復興の機運を高めるために、国民に明るい話題を早く出したいとおっしゃったの。子爵令嬢が皇室入りだなんて、市民にとっておめでたいじゃない?」
「はあ……」
公爵様といい、皇帝陛下といい、使えるものはなんでも使うというわけね。
皇室のイメージを上げるには、公爵家のお姫様より子爵令嬢の方がよかった、と。
「事実、挙式はとても盛り上がったの。知る人ぞ知る美姫を見ようと集まった貴族階級の方も多くいらっしゃって。まあ、思ったより大したことはないと言われていたから、あの場に立つのはあなたの方が相応しかったのかもしれないわね」
「わたくしと彼女は瓜二つですが」
「男性を魅了するために作られたあなたに、あの子が適うわけがないでしょう?」
私が男性を惑わせる魅力だけを磨いてきたと言いたいのね。
確かに、クリスティーナ姫のように教養を身に着けているわけではないけれど。
「自分を守る能力です。そのお陰で死神伯に嫁いでも困っておりません」
「ユリシーズ・オルブライトを怖くないと言ったそうね?」
「事実、怖くないのですから」
お妃様は扇子を取り出すとおもむろに自分の顔を仰ぎ始めた。
頭に血が上って熱くなってしまったかしら? 風に乗ってホワイトリリーの甘い香りがこちらまで漂ってくる。
「怖いもの知らずで羨ましいこと。せいぜい強がっておけばいいわ」
「そうですね。死神伯がわたくしの両親を殺したくならないよう、うまくやります」
「ーー!」
私を見るお妃様の目が今までにないほど開かれて、扇子を仰ぐ勢いが増した。
「んまあ、なんて生意気な子!」
「申し訳ございません。育ちがよくないものですから」
わざとらしく頭を下げると、お妃様は私の横を通り過ぎ、そのまま部屋を出て行ってしまった。
よほど頭に来たのかしら。
半分冗談だったけれど、あながち嘘ではない。
公爵様とお妃様に尽くす義理など、これっぽっちもないのだから。
キャラメルのようなブラウンのウェーブヘアで、目は黒に近い。
クリスティーナ姫の外見は、公爵様から受け継いでいるものが多そうだ。
「どうやら、『クリスティーナ』は本を読みたいのだとか」
「はい。ずっと部屋にいるのは気が滅入りますので」
「あら、そうでしたの。ずっと部屋から出てこない子なのかと思っていたのに」
それは、どういうーー?
私が首を傾げると、ダークブラウンの目が細くなる。
「その美貌が外に披露されるのは稀だったと報告書に書かれておりました。ずっと家に閉じ込められて育ったのでしょう?」
「報告書……」
それが理由で私がクリスティーナ姫の身代わりに選ばれたのだろうか。
公の場では知られていない子爵令嬢。両親が有力者に売りつけるためだけに外に出される籠の中の存在。
それが、アイリーン・クライトンの正体だ。
ひとたび外に出されれば、飢えた男性の目に晒される。
そうやって、私は知る人ぞ知る美姫だと言われていた。
「あなたのような方が公爵家の名を背負えているなんて思わないことよ」
「背負うなんて。わたくしはただ売られただけですから」
「高貴な血は色で男性を魅了などしない。それが浅はかだと知っているの」
お妃様、と言えばいいのだろうか。彼女の薄い唇が引き結ばれ、眉がつり上がった。
私がクリスティーナ姫の名を騙るのが嫌なのね。
「浅はかでも、わたくしは自分のために使えるものを使います」
「ああ、本当に。娼婦と変わらない思考だわ」
「身一つで生きる潔さは蔑まれるべきですか?」
「お黙りなさい。それ以上言ったらクリスティーナを名乗るのを禁止します」
「……」
禁止されても私は全然かまわないのですけれど。公爵様が許して下さるとは思えないわ。
周りに比べて酷い両親に育てられたと思ってきたけれど、この様子じゃクリスティーナ姫もいち早くこの家を出たかったでしょうね。
「『お母様』におうかがいしたいのですが」
「なあに? 汚らわしい内容はお断りよ」
「『アイリーン』はどうしてあんなに早く挙式を行うことに?」
「皇帝陛下が復興の機運を高めるために、国民に明るい話題を早く出したいとおっしゃったの。子爵令嬢が皇室入りだなんて、市民にとっておめでたいじゃない?」
「はあ……」
公爵様といい、皇帝陛下といい、使えるものはなんでも使うというわけね。
皇室のイメージを上げるには、公爵家のお姫様より子爵令嬢の方がよかった、と。
「事実、挙式はとても盛り上がったの。知る人ぞ知る美姫を見ようと集まった貴族階級の方も多くいらっしゃって。まあ、思ったより大したことはないと言われていたから、あの場に立つのはあなたの方が相応しかったのかもしれないわね」
「わたくしと彼女は瓜二つですが」
「男性を魅了するために作られたあなたに、あの子が適うわけがないでしょう?」
私が男性を惑わせる魅力だけを磨いてきたと言いたいのね。
確かに、クリスティーナ姫のように教養を身に着けているわけではないけれど。
「自分を守る能力です。そのお陰で死神伯に嫁いでも困っておりません」
「ユリシーズ・オルブライトを怖くないと言ったそうね?」
「事実、怖くないのですから」
お妃様は扇子を取り出すとおもむろに自分の顔を仰ぎ始めた。
頭に血が上って熱くなってしまったかしら? 風に乗ってホワイトリリーの甘い香りがこちらまで漂ってくる。
「怖いもの知らずで羨ましいこと。せいぜい強がっておけばいいわ」
「そうですね。死神伯がわたくしの両親を殺したくならないよう、うまくやります」
「ーー!」
私を見るお妃様の目が今までにないほど開かれて、扇子を仰ぐ勢いが増した。
「んまあ、なんて生意気な子!」
「申し訳ございません。育ちがよくないものですから」
わざとらしく頭を下げると、お妃様は私の横を通り過ぎ、そのまま部屋を出て行ってしまった。
よほど頭に来たのかしら。
半分冗談だったけれど、あながち嘘ではない。
公爵様とお妃様に尽くす義理など、これっぽっちもないのだから。
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