売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

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2章

私の家 2

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「奥様、お呼びでしょうか?」

 自室に着くと、エイミーにお願いしてメイド長を呼んでもらった。
 ふくよかな体型のメイド長は、50歳くらいだろうか。黒い髪に優しい目をしている。

「こんにちは。メイド長の旦那様は人狼の料理長だと聞きました」
「はい、そうですが」
「昼と夜で夫が変わるのに、どうしたら円満にすごせるの?」

 私が椅子に座ったまま、駆けつけたメイド長にストレートに尋ねたからだろうか。
 メイド長は驚いた後でクスクスと笑い出す。

「あら、奥様とご主人様は円満ですのに」
「円満だと思えないから困っているのです。だってユリシーズったら自分に対して激しい嫉妬をするんですもの」
「ご主人様は、狼の血が濃いですからね。その分だけ嫉妬も強いのでしょう」

 しゅんとすると、メイド長は「あらあら」と驚いていた。

「ご主人様の自分自身に対する嫉妬など、奥様は気になさらなくていいのですよ?」
「悲しそうにされると胸が痛みます」
「お優しいのですね」

 初めて会話をしたメイド長は、ふっくらした顔をさらに柔らかくして笑ってくれる。
 私の座る席の前に「失礼します」と言って腰を下ろした。

「夫も昼と夜で人格が違いますし、確かに自分に嫉妬することもありましたが、あれは我が儘です」
「我が儘……ユリシーズもですか?」
「だって、本来ご主人様側の問題では?」
「まあ、そう、ですね」
「昼と夜は別人格ですが、狼の血の強さによるもので元々は同じ人物ですよ?」

 それはユリシーズ本人からも聞いた。
 同じ人物という割には、随分と違うなとは思ったけれど。

「でも、人狼は昼と夜で好みの異性も違うのですよね?」
「そういうこともある、というだけで大抵は同じです」
「……そうなのですか?」
「本能で相手を選ぶ人狼に、そんなに複雑な事情は存在しません」

 メイド長にきっぱり言い切られて、ノクスに初めて会ったときに告白されたのとディエスに白状された初日の涙の訳が同じだと気付く。

「メイド長も、料理長に一目惚れされたのですか?」
「うふふ、想像に任せますがそんなところです」
「人狼はすぐに相手を決めるものなのですね」
「匂いの情報だけで分かるそうですよ」

 メイド長は得意げに笑う。
 この人も、料理長が若いときに匂いを嗅がれて「好き」と言われたのかもしれない。

「料理長は、昼と夜ではどう違うのですか?」
「昼は優しい味付けの料理を好みますが、夜は獣を裁くのが好きになるのです」
「性格は? 別人格になるのですか?」
「いいえ、ご主人様ほど変わりはしませんよ。あの方は王者の血を引く気高い方ですから」
「ユリシーズは、気高いのですか?」
「人狼の中では特に大切な方です」

 ユリシーズは、同胞に守られて生き残ってしまったと話していた。
 それはつまり……ユリシーズが特別だったから?
 このお屋敷の中には、そういう気持ちで仕えている人が多いのかもしれない。

「ありがとうございます。私はまだ、ユリシーズについて知らないことが多いの」
「あまり難しく考えなくても良いのではないでしょうか? ご主人様は奥様が来てから毎日楽しそうにしています。わたくしたちにとっては、それが何よりですから」

 毎日楽しそう……。私が来るまでは違ったのかしら。

「参考程度に教えてほしいのだけれど、これまでのユリシーズってどんな感じだったの?」
「……戦地から帰ってきたご主人様は満身創痍で、しばらく食事も取れず、毎日部屋から一歩も出られませんでした」
「何かきっかけがあったの?」
「皇帝陛下に呼ばれて奥様を望んでからは活動的になりましたが、それも随分と無理をしているように見えたのです」

 クリスティーナ姫を望んで、一生誰かを愛することはないと決めた頃だったのかしら。
 ユリシーズも不器用な人ね。私も人のこと言えないけれど。

「わたくしどもは心配しましたが、実際に奥様がいらしてからは人が変わったように元気なられて……感謝してもしきれませんわ」
「でも、執事には嫌な顔をされたわ。私のことがなんとなく好きになれないって」
「バートレット様は疑り深い方なのです。時間が解決してくれますよ」

 バートレット様……あの執事の名字か。これからバートレットって呼ぼうかしら。

「ありがとう、メイド長。あなたのお名前は?」
「は、わたくしはジュディ・ワイルドと申します、奥様」
「覚えたわ、ジュディ。これからもよろしくね」

 料理長もワイルド姓ってことね。
 このお屋敷の誰かが公爵家と通じている可能性がある以上、私は全員の名前と顔を覚えて対策をしなくちゃ……。
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