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2章
死神伯の記憶 2
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ユリシーズが話し始めてから、外の観衆の声が随分と落ち着いてきていた。
余韻すら残らずに街の喧騒が戻り始めている。
私たちは宿の3階の部屋で隣り合って座っていて、ユリシーズは小さく震える手で私の手を握っていた。
「敵国の最重要拠点に着くところで、いつものように公爵様……総司令官からの命令で私の部隊は最前線への出兵を命じられました。もう何十回目かも数えられない、いつもの命令でした」
「……ユリシーズは常にその役目を?」
「死なない駒だと思われていたのか、死神伯が最初に出て行けば敵陣が動揺すると思われていたのか、とにかく私はそういう役回りだったわけです」
「……」
公爵様はユリシーズを一番最初に敵地に送っていたの?
兵士として大切にされていたら、毎回そんな役目を担わせるとは思えない。
誰に対しても冷たい公爵様らしいけれど、大切な家族や一族と一緒に出兵していたユリシーズのことを考えるとぞっとした。
「いつも通り、私たちは敵地に向かいました。恐らく相手の数は多く、危険が多いだろうと分かりながら」
「……」
「その日は援軍が普段よりも遅かったのです。その事実に気付きながら、私と一族を含む部隊は必死に戦っていました。今を耐えれば、後ろから仲間が来ると信じて……」
「……」
「そして私たちは帝国に捨てられたのだと悟りました。私たちの頭上を、無数の大砲が襲ってきたのです」
「えっ……?」
「私は敵と共に葬られる計画だったのです。その後の光景は酷いものでした。私は一族の者たちに押さえつけられ……仲間が自分の傍らで命を落としていくのを……ずっと大砲が撃たれる音を聞きながら泣き叫び続けました。私は、同朋たちに守られて生き延びてしまったのです」
「ユリシーズ……」
隣にある腕に抱き着いて、彼の知ってしまった絶望を想って泣いた。
ユリシーズの部隊に大砲を向けた理由は、直接公爵様に聞いたわけではない。
だけど、これまで帝国のために戦い続けた兵士たちに対して、どうしてそんなことができるのだろう。
私は、公爵家の身代わりになってここにいる。
クリスティーナ姫の代わりを求めた公爵様は、私のことも、必要な犠牲だと割り切ったのかしら。
「私は、ユリシーズが生き延びてくれて……こうして出会うことができて良かったです」
「アイリーン……」
「公爵様の縁で出会った私たちですが、この先も一緒にいてみませんか?」
ユリシーズを見つめると、悲しそうな顔がこちらを見ている。
「こんな私でも、貴女の隣に立っていいのでしょうか……。アイリーンは、私には美しすぎて……」
「ユリシーズは私が初めて出会った心の優しい男性です。これまで私が出会った方は、みんな私を組み敷こうとでも企むような目をしたのに……あなただけは違った」
クリスティーナ姫を望んだ理由を、復讐だと言っていた。
人狼(ウェアウルフ)一族の命を奪った公爵家と血縁で繋がることを、そうやってクリスティーナ姫を通して公爵様がしたことを分からせようと思ったのかもしれない。
「本当は優しいユリシーズが、その能力を活かして人の命を奪わなければならなかった。戦地であなたの犠牲になった大切な人がいた。そして、頭上に落とされた大砲……帝国や公爵様の企みだと、そう思うのですか?」
「……皇帝と公爵が関わっていたのは紛れもない事実です。私は仲間や家族を失った絶望の中で、誰かを恨まなければ生きていることも困難でした……」
隣で悲しそうに俯く姿。寂しそうに丸まった背中。
そっと手を添えて、頭を撫で、背中をさすった。
「それでは、ユリシーズの生きる理由に、私を加えてみませんか?」
「アイリーンを?」
「そうです。毎日一緒に何かをしましょう。散歩でも、乗馬でも、ピクニックでも」
「こんな話を聞かされても平気なのですか? 命すら狙われているのですよ?」
ユリシーズの部隊の上に大砲を落としたのが公爵様の指示だとしたら。
公爵様はユリシーズが死んでも構わないという判断をしたということ。
その中を生き抜いたユリシーズに対して何らかの脅威を感じていてもおかしくはない。
公爵家とのつながりができたユリシーズを邪魔だと思っているのなら、これからも狙われ続けるのかしら……。
「人狼(ウェアウルフ)は、一度決めた伴侶を生涯覆せないのではないの?」
「そうなのですが……」
「ユリシーズの生涯の伴侶は、私なのですよね?」
「でも、アイリーンは自らの意思でここに来たわけではありません。私に縛られる必要はないのですよ?」
ノクスとは違って、ディエスはこうやって遠慮がちな配慮をする。
でも、ノクスは言っていた。ディエスの伴侶として、私の匂いが記憶されていると。
「それでは、ユリシーズは私と一緒にはいたくないのですか? ノクスは私のことが好きだと言ったわ」
「いや……いたくないわけではないのです」
「はっきり言ってください。さっきまでの話との辻褄が合いません」
ディエスは、これまで我慢が多かったのね。
自分の希望や要求を口にする機会が少なかったのかもしれない。
「アイリーンが……一緒にいてくれるのなら私は幸せになってしまう」
「それの何がいけないのですか?」
「私のせいで犠牲になっていった仲間に申し訳ないのです」
「それでクリスティーナ姫を望んだのですか?!」
「相手が公爵の娘だと思えば、愛することはないと自信がありました。クリスティーナ様を恨んではいませんでしたが、公爵と繋がっていられる」
これまでのクリスティーナ姫に対する憧れの言葉はすべて嘘だった……?
そんな理由でクリスティーナ姫を望んだの?!
「最初の頃に聞いたクリスティーナ姫の話は、なんだったのですか?」
「実際に彼女に会ったときのエピソードです。事実と違うのは、そんなクリスティーナ姫に対してなんの感情も湧かなかった。公爵に大砲を落とされた日、あの日のクリスティーナ姫が浮かびました。憎い男の娘として」
「そんな……」
ユリシーズがクリスティーナ姫に惹かれていたことに、どこかで納得していた私がいた。
クリスティーナ姫は私にとっても大切な方だったから。
こんな風に否定されてしまうと、ユリシーズに対する信頼が揺らいでしまう。
「やめてください。クリスティーナ姫は素敵な方です」
なんだか悔しくなって、私はユリシーズに対して声を荒げていた。
余韻すら残らずに街の喧騒が戻り始めている。
私たちは宿の3階の部屋で隣り合って座っていて、ユリシーズは小さく震える手で私の手を握っていた。
「敵国の最重要拠点に着くところで、いつものように公爵様……総司令官からの命令で私の部隊は最前線への出兵を命じられました。もう何十回目かも数えられない、いつもの命令でした」
「……ユリシーズは常にその役目を?」
「死なない駒だと思われていたのか、死神伯が最初に出て行けば敵陣が動揺すると思われていたのか、とにかく私はそういう役回りだったわけです」
「……」
公爵様はユリシーズを一番最初に敵地に送っていたの?
兵士として大切にされていたら、毎回そんな役目を担わせるとは思えない。
誰に対しても冷たい公爵様らしいけれど、大切な家族や一族と一緒に出兵していたユリシーズのことを考えるとぞっとした。
「いつも通り、私たちは敵地に向かいました。恐らく相手の数は多く、危険が多いだろうと分かりながら」
「……」
「その日は援軍が普段よりも遅かったのです。その事実に気付きながら、私と一族を含む部隊は必死に戦っていました。今を耐えれば、後ろから仲間が来ると信じて……」
「……」
「そして私たちは帝国に捨てられたのだと悟りました。私たちの頭上を、無数の大砲が襲ってきたのです」
「えっ……?」
「私は敵と共に葬られる計画だったのです。その後の光景は酷いものでした。私は一族の者たちに押さえつけられ……仲間が自分の傍らで命を落としていくのを……ずっと大砲が撃たれる音を聞きながら泣き叫び続けました。私は、同朋たちに守られて生き延びてしまったのです」
「ユリシーズ……」
隣にある腕に抱き着いて、彼の知ってしまった絶望を想って泣いた。
ユリシーズの部隊に大砲を向けた理由は、直接公爵様に聞いたわけではない。
だけど、これまで帝国のために戦い続けた兵士たちに対して、どうしてそんなことができるのだろう。
私は、公爵家の身代わりになってここにいる。
クリスティーナ姫の代わりを求めた公爵様は、私のことも、必要な犠牲だと割り切ったのかしら。
「私は、ユリシーズが生き延びてくれて……こうして出会うことができて良かったです」
「アイリーン……」
「公爵様の縁で出会った私たちですが、この先も一緒にいてみませんか?」
ユリシーズを見つめると、悲しそうな顔がこちらを見ている。
「こんな私でも、貴女の隣に立っていいのでしょうか……。アイリーンは、私には美しすぎて……」
「ユリシーズは私が初めて出会った心の優しい男性です。これまで私が出会った方は、みんな私を組み敷こうとでも企むような目をしたのに……あなただけは違った」
クリスティーナ姫を望んだ理由を、復讐だと言っていた。
人狼(ウェアウルフ)一族の命を奪った公爵家と血縁で繋がることを、そうやってクリスティーナ姫を通して公爵様がしたことを分からせようと思ったのかもしれない。
「本当は優しいユリシーズが、その能力を活かして人の命を奪わなければならなかった。戦地であなたの犠牲になった大切な人がいた。そして、頭上に落とされた大砲……帝国や公爵様の企みだと、そう思うのですか?」
「……皇帝と公爵が関わっていたのは紛れもない事実です。私は仲間や家族を失った絶望の中で、誰かを恨まなければ生きていることも困難でした……」
隣で悲しそうに俯く姿。寂しそうに丸まった背中。
そっと手を添えて、頭を撫で、背中をさすった。
「それでは、ユリシーズの生きる理由に、私を加えてみませんか?」
「アイリーンを?」
「そうです。毎日一緒に何かをしましょう。散歩でも、乗馬でも、ピクニックでも」
「こんな話を聞かされても平気なのですか? 命すら狙われているのですよ?」
ユリシーズの部隊の上に大砲を落としたのが公爵様の指示だとしたら。
公爵様はユリシーズが死んでも構わないという判断をしたということ。
その中を生き抜いたユリシーズに対して何らかの脅威を感じていてもおかしくはない。
公爵家とのつながりができたユリシーズを邪魔だと思っているのなら、これからも狙われ続けるのかしら……。
「人狼(ウェアウルフ)は、一度決めた伴侶を生涯覆せないのではないの?」
「そうなのですが……」
「ユリシーズの生涯の伴侶は、私なのですよね?」
「でも、アイリーンは自らの意思でここに来たわけではありません。私に縛られる必要はないのですよ?」
ノクスとは違って、ディエスはこうやって遠慮がちな配慮をする。
でも、ノクスは言っていた。ディエスの伴侶として、私の匂いが記憶されていると。
「それでは、ユリシーズは私と一緒にはいたくないのですか? ノクスは私のことが好きだと言ったわ」
「いや……いたくないわけではないのです」
「はっきり言ってください。さっきまでの話との辻褄が合いません」
ディエスは、これまで我慢が多かったのね。
自分の希望や要求を口にする機会が少なかったのかもしれない。
「アイリーンが……一緒にいてくれるのなら私は幸せになってしまう」
「それの何がいけないのですか?」
「私のせいで犠牲になっていった仲間に申し訳ないのです」
「それでクリスティーナ姫を望んだのですか?!」
「相手が公爵の娘だと思えば、愛することはないと自信がありました。クリスティーナ様を恨んではいませんでしたが、公爵と繋がっていられる」
これまでのクリスティーナ姫に対する憧れの言葉はすべて嘘だった……?
そんな理由でクリスティーナ姫を望んだの?!
「最初の頃に聞いたクリスティーナ姫の話は、なんだったのですか?」
「実際に彼女に会ったときのエピソードです。事実と違うのは、そんなクリスティーナ姫に対してなんの感情も湧かなかった。公爵に大砲を落とされた日、あの日のクリスティーナ姫が浮かびました。憎い男の娘として」
「そんな……」
ユリシーズがクリスティーナ姫に惹かれていたことに、どこかで納得していた私がいた。
クリスティーナ姫は私にとっても大切な方だったから。
こんな風に否定されてしまうと、ユリシーズに対する信頼が揺らいでしまう。
「やめてください。クリスティーナ姫は素敵な方です」
なんだか悔しくなって、私はユリシーズに対して声を荒げていた。
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