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1章
ルーツ 2
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「どうされたのですか? クリスティーナ様」
「あ、いえ……わたくし、ユリシーズの両親について何も知らないわ」
「ああ、そうですね。興味を持ってくださったのですか?」
「はい」
もしも私が両親について聞かれたら、クリスティーナ姫と打ち合わせをした簡単な内容のものを答える。
公爵様と奥様については手放しで褒めなければならないけれど。
アイリーンという子爵令嬢が両親にどんな扱いを受けていたのかなんて伯爵家のユリシーズが知るはずがない。私が親に愛されずに生きてきたなんて、ユリシーズには理解できないだろう。
「では、馬での旅はもう少し続きますから、私の両親の話をしましょうか」
ユリシーズはそう言って両親の話を始めた。
初めて聞く人狼の話は、どこかのおとぎ話のようだった。
ユリシーズのお母様は人狼の一族では狩りが一番上手い女性だったそうで、夜に人狼の姿になると獣を狩りに行くような方だったらしい。
お父様はそんな強さに惹かれたのか、お母様の狩りを協力するために同行して二人は伴侶になり、ユリシーズが生まれた。
オルブライト伯爵家は、人狼であることを秘密にしている。
人狼は数が少なく、外戚が入ったため血も薄くなり、昼間はすっかり人間らしい生活を送れるようになっているのだとか。
「ユリシーズのご先祖様は、昼間も人狼化していたの?」
「昼間は人間の姿と変わりませんが、社会になじめなかったのだと言われています」
「それでも生き残ってきたのだから、順応できたのかしら」
「人間の伴侶を迎える者が多かったのです。人間と暮らすうちに習慣を覚えて行ったのでしょう」
まあ、話は分かる。
でも、そんな一族がこの帝国内にいるなんて知らなかった。
「それで、ご両親は?」
「……先の戦争で、帝国が攻められたときに父は戦死しました。母は父の死を知り、その後を追うようにして亡くなっています」
「そうですか……」
「人狼というのは狼と同じで、一夫一妻制を生涯貫きます。伴侶が亡くなると飲食ができなくなり、やがて息絶えます」
「……」
夜、初めてノクスに出会った時に私を伴侶に決めたと言っていたけれど、それって人生にとって相当重要なことだったんだろうと思う。
「あなたも、その覚悟でわたくしを迎えたの?」
「……覚悟というか、一生に一人の異性しか愛せない生き物なのです」
つまり、ユリシーズはクリスティーナ姫を見て、生涯にひとりの伴侶に望んでしまったのね。
まさか代わりに私が来るとも知らず、皇帝陛下に直訴までして……。
「そんな風に伴侶を決めたら苦労しそう」
「どうでしょうか。ただ不器用な生き物だと笑っていただいていいのですが」
ユリシーズはどこか晴れやかな声をしていた。
伴侶を変えられず、一人の相手としか生きられない宿命でも、自分の思い通りの伴侶が手に入って幸せだと言いたいのかもしれないけれど。
こんな事情を知ってしまったら、昼のあなたに私がアイリーンである事実を伝えるのは無理だ。
皮肉なもので、夜のノクスは私が一生に一度の出会いになった。
昼のディエスはクリスティーナ姫しか愛せない。
つまり私は、昼と夜でクリスティーナ姫とアイリーンを使い分けなければユリシーズのそばにはいられない。
「ねえ、ディエス」
「その名で呼ばれるのは珍しいですね」
「もしもノクスと愛する相手が異なったら、伴侶はどう決まるのですか?」
ディエスは、ノクスがクリスティーナ姫を嫌っていたのを知っていたはずだ。
私は馬の上でディエスの答えを待つ。
足元では蹄の音が軽快に鳴っているのに、審判を待つカウントダウンをされている気持ちになっていた。
「実は、ノクスがクリスティーナ様を嫌っているのは分かっていました」
ごくりと喉が鳴ってしまう。
もう一人の自分が嫌う伴侶を選ぶって、どんな気持ちなのかしら。
「それでも私は自分に抗えない。ですから、ノクスはノクスで伴侶を探すかもしれないという懸念はありました」
「……それはどうするつもりだったのですか?」
「それぞれで愛する者を一人ずつ持つ可能性もあったということです」
「……」
つまり、ノクスが別の伴侶を見つけてしまった場合、二人の妻を持つ伯爵という体にするのか、ノクスの伴侶を妾に囲うのか……。
ディエスとノクスにとっては一夫一妻制を貫いていながら、外からの見え方はそうではないという体裁になるのね。
「結果的にはノクスがクリスティーナ様を受け入れたので、その可能性はなくなりましたが」
「ユリシーズのご両親には、昼と夜で違うパートナーがいたの?」
「いえ、元々夜に出会った二人は人狼の部分で惹かれ合っていたので。婚姻して朝になっても普通に伴侶でした。私の両親は、昼と夜で性格も変わらなかったようです」
「そう」
「最近はペトラのように、昼と夜でも姿しか変わらない者も多いのです。人間の血が濃くなった証拠でしょう」
ディエスは人狼同士から生まれているし、人間の血が濃いとは言えない。
本物のクリスティーナ姫と会ったら本能的に分かってしまうのかも。
そしてそれは、私がパートナーになっているのが誤りだったと気付くということ。
相手が手に入るような人物であれば、昼と夜で別のパートナーを求めるのかもしれないけれど。クリスティーナ姫は皇族になってしまうから望むのは不可能に近い。
皇族入りをするクリスティーナ姫と、この先出会ったりはしないのかしら。
「ショックを与えてしまいましたか?」
ユリシーズの声で我に返る。
「あっ……。ごめんなさい」
皇帝と公爵家はクリスティーナ姫をユリシーズの前に出そうとはしないだろう。
でも……クリスティーナ姫がアイリーンとして存在感を現し始めたら?
「私もノクスも、あなたを伴侶に決めたのです。覆ることはありません」
「……そうですよね」
ディエスは私をクリスティーナ姫だと思っているのだから。
誤解し続けてくれれば、誰も不幸にならない。
私は、クリスティーナ姫が言っていた『女の戦い』というものが怖くなっていた。
クリスティーナ姫がアイリーンとして、帝国を盛り立ててくださればと願っていたのに。
私と同じ顔をしたアイリーンが存在感を増せば、ユリシーズが知ってしまう可能性だって充分考えられる。
「最低だ、私」
ユリシーズに聞こえないよう、声を出さずに呟く。
こんなに自分のことばかりを心配してしまうなんて。
「あ、いえ……わたくし、ユリシーズの両親について何も知らないわ」
「ああ、そうですね。興味を持ってくださったのですか?」
「はい」
もしも私が両親について聞かれたら、クリスティーナ姫と打ち合わせをした簡単な内容のものを答える。
公爵様と奥様については手放しで褒めなければならないけれど。
アイリーンという子爵令嬢が両親にどんな扱いを受けていたのかなんて伯爵家のユリシーズが知るはずがない。私が親に愛されずに生きてきたなんて、ユリシーズには理解できないだろう。
「では、馬での旅はもう少し続きますから、私の両親の話をしましょうか」
ユリシーズはそう言って両親の話を始めた。
初めて聞く人狼の話は、どこかのおとぎ話のようだった。
ユリシーズのお母様は人狼の一族では狩りが一番上手い女性だったそうで、夜に人狼の姿になると獣を狩りに行くような方だったらしい。
お父様はそんな強さに惹かれたのか、お母様の狩りを協力するために同行して二人は伴侶になり、ユリシーズが生まれた。
オルブライト伯爵家は、人狼であることを秘密にしている。
人狼は数が少なく、外戚が入ったため血も薄くなり、昼間はすっかり人間らしい生活を送れるようになっているのだとか。
「ユリシーズのご先祖様は、昼間も人狼化していたの?」
「昼間は人間の姿と変わりませんが、社会になじめなかったのだと言われています」
「それでも生き残ってきたのだから、順応できたのかしら」
「人間の伴侶を迎える者が多かったのです。人間と暮らすうちに習慣を覚えて行ったのでしょう」
まあ、話は分かる。
でも、そんな一族がこの帝国内にいるなんて知らなかった。
「それで、ご両親は?」
「……先の戦争で、帝国が攻められたときに父は戦死しました。母は父の死を知り、その後を追うようにして亡くなっています」
「そうですか……」
「人狼というのは狼と同じで、一夫一妻制を生涯貫きます。伴侶が亡くなると飲食ができなくなり、やがて息絶えます」
「……」
夜、初めてノクスに出会った時に私を伴侶に決めたと言っていたけれど、それって人生にとって相当重要なことだったんだろうと思う。
「あなたも、その覚悟でわたくしを迎えたの?」
「……覚悟というか、一生に一人の異性しか愛せない生き物なのです」
つまり、ユリシーズはクリスティーナ姫を見て、生涯にひとりの伴侶に望んでしまったのね。
まさか代わりに私が来るとも知らず、皇帝陛下に直訴までして……。
「そんな風に伴侶を決めたら苦労しそう」
「どうでしょうか。ただ不器用な生き物だと笑っていただいていいのですが」
ユリシーズはどこか晴れやかな声をしていた。
伴侶を変えられず、一人の相手としか生きられない宿命でも、自分の思い通りの伴侶が手に入って幸せだと言いたいのかもしれないけれど。
こんな事情を知ってしまったら、昼のあなたに私がアイリーンである事実を伝えるのは無理だ。
皮肉なもので、夜のノクスは私が一生に一度の出会いになった。
昼のディエスはクリスティーナ姫しか愛せない。
つまり私は、昼と夜でクリスティーナ姫とアイリーンを使い分けなければユリシーズのそばにはいられない。
「ねえ、ディエス」
「その名で呼ばれるのは珍しいですね」
「もしもノクスと愛する相手が異なったら、伴侶はどう決まるのですか?」
ディエスは、ノクスがクリスティーナ姫を嫌っていたのを知っていたはずだ。
私は馬の上でディエスの答えを待つ。
足元では蹄の音が軽快に鳴っているのに、審判を待つカウントダウンをされている気持ちになっていた。
「実は、ノクスがクリスティーナ様を嫌っているのは分かっていました」
ごくりと喉が鳴ってしまう。
もう一人の自分が嫌う伴侶を選ぶって、どんな気持ちなのかしら。
「それでも私は自分に抗えない。ですから、ノクスはノクスで伴侶を探すかもしれないという懸念はありました」
「……それはどうするつもりだったのですか?」
「それぞれで愛する者を一人ずつ持つ可能性もあったということです」
「……」
つまり、ノクスが別の伴侶を見つけてしまった場合、二人の妻を持つ伯爵という体にするのか、ノクスの伴侶を妾に囲うのか……。
ディエスとノクスにとっては一夫一妻制を貫いていながら、外からの見え方はそうではないという体裁になるのね。
「結果的にはノクスがクリスティーナ様を受け入れたので、その可能性はなくなりましたが」
「ユリシーズのご両親には、昼と夜で違うパートナーがいたの?」
「いえ、元々夜に出会った二人は人狼の部分で惹かれ合っていたので。婚姻して朝になっても普通に伴侶でした。私の両親は、昼と夜で性格も変わらなかったようです」
「そう」
「最近はペトラのように、昼と夜でも姿しか変わらない者も多いのです。人間の血が濃くなった証拠でしょう」
ディエスは人狼同士から生まれているし、人間の血が濃いとは言えない。
本物のクリスティーナ姫と会ったら本能的に分かってしまうのかも。
そしてそれは、私がパートナーになっているのが誤りだったと気付くということ。
相手が手に入るような人物であれば、昼と夜で別のパートナーを求めるのかもしれないけれど。クリスティーナ姫は皇族になってしまうから望むのは不可能に近い。
皇族入りをするクリスティーナ姫と、この先出会ったりはしないのかしら。
「ショックを与えてしまいましたか?」
ユリシーズの声で我に返る。
「あっ……。ごめんなさい」
皇帝と公爵家はクリスティーナ姫をユリシーズの前に出そうとはしないだろう。
でも……クリスティーナ姫がアイリーンとして存在感を現し始めたら?
「私もノクスも、あなたを伴侶に決めたのです。覆ることはありません」
「……そうですよね」
ディエスは私をクリスティーナ姫だと思っているのだから。
誤解し続けてくれれば、誰も不幸にならない。
私は、クリスティーナ姫が言っていた『女の戦い』というものが怖くなっていた。
クリスティーナ姫がアイリーンとして、帝国を盛り立ててくださればと願っていたのに。
私と同じ顔をしたアイリーンが存在感を増せば、ユリシーズが知ってしまう可能性だって充分考えられる。
「最低だ、私」
ユリシーズに聞こえないよう、声を出さずに呟く。
こんなに自分のことばかりを心配してしまうなんて。
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