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1章
ルーツ
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昨日、私の部屋の窓ガラスを破壊したユリシーズの従妹。
「汚らわしい」と言われた時点で良く思われていないのは確かね。
「なあに? わたくしと遊びたいの?」
「馬鹿にするな!」
よく見ると、まだ15歳くらいの女の子だ。
私は18歳だけど、3歳の差は大きい。
ちなみに、クリスティーナ姫は私より1歳年上の19歳、私はクリスティーナ姫のふりをしているので19歳ということになっている。
ユリシーズとクリスティーナ姫が出会った当時、二人は会話を交わしたりはしなかったと聞いた。ドレスを着て化粧をしっかりとしていれば、16歳のクリスティーナ姫でも大人びて見えていたのかもしれない。
そして、目の前の彼女は一見少年のような男装をしている。肩まで伸びた髪、細身で平坦な身体。年相応というか、どちらかと言えば子どもっぽい印象が残る。
私は馬の上にいて、彼女は地面に立っているからずっと見下ろすようになってしまっていて、失礼かなと下馬することにした。
「クリスティーナ様、こんなところで道草を食わないで先を急ぎましょう」
ユリシーズは相手にするなという態度だ。
「そういうわけにもいきません。昨日はわたくし、この子に部屋の窓を破られたのですもの」
にこりと笑うと、ユリシーズは不安そうな顔を浮かべる。
「いい度胸だな、女。公爵家出身だと聞いてどれだけ世間知らずなのかと思ったが」
「世間知らずはあなたよ。人のものを壊したら謝るか弁償するかなさい」
「嫌だ! ユリシーズを奪った女に謝ってたまるか!」
「私は奪われていませんよ、ペトラ」
ユリシーズが思わず反論する。
「そうよ、奪われたのはどちらかと言えばわたくしよ、ペトラ」
「お前は馴れ馴れしく呼ぶな!」
ユリシーズを真似してみたら嫌がられた。
つんけんしているわね……。
「オルブライト家当主の嫁がこんなひ弱な女なんて」
ペトラはそう言って私を睨む。嫁に腕力なんかは要らないんじゃないかと思うのだけれど、この子にとっては重要な要素なのね。
「一応聞いておきたいのだけれど、どんな女なら納得していただけたの?」
「ユリシーズの母のような、強くて勇敢でカッコよくて優しい女が良かった」
ペトラともタイプが違う気がするけれど。ユリシーズのお母さん。
強くて、かあ。人狼の女性と私じゃ、強さなんか比較にもならないでしょうね。
「強くはないけれど、優しくはできるわ」
「……それで?」
「ほら、いらっしゃい、撫でてあげるから」
「喧嘩売ってんのか?」
警戒心の強い子ね。無理矢理撫でたら嫌がりそう。
こういう犬って、無理矢理近寄ったりじっと見たりすると逆効果なのよね。ちょっと目線を外してみようかしら。
「お前、どこを見てる!」
「どこも見てないわ!」
「やっぱ喧嘩売ってんだろ!」
よく吠えるし……。警戒心が強くて臆病な子なのかもしれない。
「クリスティーナ様、なぜ急に視線を外したのですか?」
「いや、怖がられているのかなって」
「あの……接し方は人間と同じで大丈夫です」
ユリシーズに小声で指摘された。驚いて「ほんとに?!」と口の動きだけで声に出さずに尋ねる。ユリシーズは無言でうなずいた。
「奥が深いわね」
「深いですか?」
ユリシーズって夜の間はノクスが優位だから、自分が人狼になっている時の記憶がそこまで残っていないらしいし。
自分が犬によく似てるってこと、実は知らないのかもしれない。
「ペトラ、私とクリスティーナ様はこれから出かけるところなのです。邪魔をしないでいただけますか?」
「嫌です!」
まあそうよね、どう見ても邪魔をしに来ているし。
「わたくしとユリシーズは結婚してしまったのだからどうしてあげることもできないのですが。何が望みなの?」
「本当はオルブライト家を追いつめるつもりなんだろう?」
その視点は無かった。
確かに、ユリシーズがクリスティーナ姫に危害でも与えようものならオルブライト家は立場がなくなる。
私が本当にクリスティーナ姫だったら、という場合だけれど。
「心配なのはよく分かります。それでしたらユリシーズを信じてあげるべきよ」
「お前が刺客かもしれないだろ」
ペトラに刺客と言われて、おもむろにぎくりとした。
私が皇帝の計画に乗っているという意味では……同じような存在なのかもしれない。
「どこまで失礼なんだ、ペトラ。これ以上の無礼は許さないぞ」
いつもは穏やかなユリシーズが、珍しく声を荒らげる。
みるみるとペトラの目に涙が溜まり、「ユリシーズが騙されるから悪いんだ!」と捨て台詞のようなものを吐いて林の中に走って行ってしまった。
「林に入っていってしまったけれど、大丈夫かしら?」
「大丈夫です。出くわすのが狼なら言い聞かせられます」
「会話ができるの?」
「会話というか、行動と態度で大体わかります」
いいなあ……。狼と自由にコミュニケーションできるのってどんな感じなのかしら。
「では、私たちは先を急ぎましょう」
ユリシーズはペトラの出現など全く何もなかったように切り替え、私を馬上に乗せる手助けをしてくれた後で馬に乗る。
私は、「刺客」という言葉が引っかかっていた。
皇帝が私をここに送り込んだのは、単にクリスティーナ姫の代わりが必要だっただけなのかしら。
何かを企んでいないと言える?
これから海の見える村に行くというのに、気持ちに靄がかかって晴れてくれない。
「汚らわしい」と言われた時点で良く思われていないのは確かね。
「なあに? わたくしと遊びたいの?」
「馬鹿にするな!」
よく見ると、まだ15歳くらいの女の子だ。
私は18歳だけど、3歳の差は大きい。
ちなみに、クリスティーナ姫は私より1歳年上の19歳、私はクリスティーナ姫のふりをしているので19歳ということになっている。
ユリシーズとクリスティーナ姫が出会った当時、二人は会話を交わしたりはしなかったと聞いた。ドレスを着て化粧をしっかりとしていれば、16歳のクリスティーナ姫でも大人びて見えていたのかもしれない。
そして、目の前の彼女は一見少年のような男装をしている。肩まで伸びた髪、細身で平坦な身体。年相応というか、どちらかと言えば子どもっぽい印象が残る。
私は馬の上にいて、彼女は地面に立っているからずっと見下ろすようになってしまっていて、失礼かなと下馬することにした。
「クリスティーナ様、こんなところで道草を食わないで先を急ぎましょう」
ユリシーズは相手にするなという態度だ。
「そういうわけにもいきません。昨日はわたくし、この子に部屋の窓を破られたのですもの」
にこりと笑うと、ユリシーズは不安そうな顔を浮かべる。
「いい度胸だな、女。公爵家出身だと聞いてどれだけ世間知らずなのかと思ったが」
「世間知らずはあなたよ。人のものを壊したら謝るか弁償するかなさい」
「嫌だ! ユリシーズを奪った女に謝ってたまるか!」
「私は奪われていませんよ、ペトラ」
ユリシーズが思わず反論する。
「そうよ、奪われたのはどちらかと言えばわたくしよ、ペトラ」
「お前は馴れ馴れしく呼ぶな!」
ユリシーズを真似してみたら嫌がられた。
つんけんしているわね……。
「オルブライト家当主の嫁がこんなひ弱な女なんて」
ペトラはそう言って私を睨む。嫁に腕力なんかは要らないんじゃないかと思うのだけれど、この子にとっては重要な要素なのね。
「一応聞いておきたいのだけれど、どんな女なら納得していただけたの?」
「ユリシーズの母のような、強くて勇敢でカッコよくて優しい女が良かった」
ペトラともタイプが違う気がするけれど。ユリシーズのお母さん。
強くて、かあ。人狼の女性と私じゃ、強さなんか比較にもならないでしょうね。
「強くはないけれど、優しくはできるわ」
「……それで?」
「ほら、いらっしゃい、撫でてあげるから」
「喧嘩売ってんのか?」
警戒心の強い子ね。無理矢理撫でたら嫌がりそう。
こういう犬って、無理矢理近寄ったりじっと見たりすると逆効果なのよね。ちょっと目線を外してみようかしら。
「お前、どこを見てる!」
「どこも見てないわ!」
「やっぱ喧嘩売ってんだろ!」
よく吠えるし……。警戒心が強くて臆病な子なのかもしれない。
「クリスティーナ様、なぜ急に視線を外したのですか?」
「いや、怖がられているのかなって」
「あの……接し方は人間と同じで大丈夫です」
ユリシーズに小声で指摘された。驚いて「ほんとに?!」と口の動きだけで声に出さずに尋ねる。ユリシーズは無言でうなずいた。
「奥が深いわね」
「深いですか?」
ユリシーズって夜の間はノクスが優位だから、自分が人狼になっている時の記憶がそこまで残っていないらしいし。
自分が犬によく似てるってこと、実は知らないのかもしれない。
「ペトラ、私とクリスティーナ様はこれから出かけるところなのです。邪魔をしないでいただけますか?」
「嫌です!」
まあそうよね、どう見ても邪魔をしに来ているし。
「わたくしとユリシーズは結婚してしまったのだからどうしてあげることもできないのですが。何が望みなの?」
「本当はオルブライト家を追いつめるつもりなんだろう?」
その視点は無かった。
確かに、ユリシーズがクリスティーナ姫に危害でも与えようものならオルブライト家は立場がなくなる。
私が本当にクリスティーナ姫だったら、という場合だけれど。
「心配なのはよく分かります。それでしたらユリシーズを信じてあげるべきよ」
「お前が刺客かもしれないだろ」
ペトラに刺客と言われて、おもむろにぎくりとした。
私が皇帝の計画に乗っているという意味では……同じような存在なのかもしれない。
「どこまで失礼なんだ、ペトラ。これ以上の無礼は許さないぞ」
いつもは穏やかなユリシーズが、珍しく声を荒らげる。
みるみるとペトラの目に涙が溜まり、「ユリシーズが騙されるから悪いんだ!」と捨て台詞のようなものを吐いて林の中に走って行ってしまった。
「林に入っていってしまったけれど、大丈夫かしら?」
「大丈夫です。出くわすのが狼なら言い聞かせられます」
「会話ができるの?」
「会話というか、行動と態度で大体わかります」
いいなあ……。狼と自由にコミュニケーションできるのってどんな感じなのかしら。
「では、私たちは先を急ぎましょう」
ユリシーズはペトラの出現など全く何もなかったように切り替え、私を馬上に乗せる手助けをしてくれた後で馬に乗る。
私は、「刺客」という言葉が引っかかっていた。
皇帝が私をここに送り込んだのは、単にクリスティーナ姫の代わりが必要だっただけなのかしら。
何かを企んでいないと言える?
これから海の見える村に行くというのに、気持ちに靄がかかって晴れてくれない。
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