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1章

ディエス

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 私は昼(ディエス)のユリシーズに尋ねた。
 養子を迎えればいいと思っているから、私たちの部屋は別々なのか、と。

 ディエスのユリシーズは、ノクスという別の人格を私に隠している。
 部屋を別々にしているのは、ノクスの存在を隠すためなのではないか。

 誠実な夫なら、本当のことを言ってくれてもいい。

「クリスティーナ様の血を引く子は、さぞ素晴らしいと思います。ですが、私にはその資格がないので……」
「結婚を望んだのに? 皇帝に直訴までしておいて?」
「それを言われてしまうと……」

 気まずそうに言葉を失ってしまった。
 どうしてノクスのことを隠しているの?
 あの血塗られた薔薇だって、ノクスの仕業なのかもしれない。
 ディエスは、ノクスの存在をどう思っているの?

 ノクスはーー夜のあなたは私をアイリーンとして好きだと言ってくれたのに。
 はっきりとプロポーズをしてくれたノクスは、昼のあなたとは別人なの?

「別に、子どもが欲しいわけではないのです。ですが、夫婦ってなんなのでしょうか?」
「一生を添い遂げるパートナー、でしょうか……」
「ただ一緒にいればいいということですか?」
「私は、クリスティーナ様が側にいるだけで幸せなのです」

 ノクスは、すぐに私に触れてキスをしたわ。
 私のことが、好きだと言って。
 恋も愛もまだよく分からないけれど、ノクスの気持ちは伝わってきた。

 目の前のユリシーズは……ディエスは、私のことが好きなのではない。
 クリスティーナ姫を慕っていた過去があり、その延長の今を楽しんでいる。

「今のわたくしを見てはくださらないのですか?」
「それは、どういうーー」
「あなたは、三年前のクリスティーナを見ているように感じます。わたくしの心は、今ここにあるのに」
「あ……」

 図星だ、という顔をした。
 三年間もクリスティーナ姫を想い続けたことは素晴らしいと思う。
 人を想う気持ちを否定するつもりはないし、クリスティーナ姫は素敵な人だから。

「わたくしは、あなたの妻です。過去の存在ではありません」
「そうですね……過去にとらわれていたわけではないと思うのですが」

 朝食前の食堂で、ユリシーズが銀色の目を泳がせる。

「ユリシーズ、あなたは優しい人です。血塗られた薔薇を用意した方とはまるで別人のようだわ」
「……本当はただの薔薇を贈る予定でした」
「何があったのですか?」
「豚の生き血を掛けた理由や何があったのかは言えません」

 やっぱり、ノクスがやったことなのね。それを私に言えないんだわ。

「使用人の仕業でしたら、罰するべきでは?」
「……そうですね」
「そうできない理由があるのですね?」
「はい。今は何も言えなくて申し訳ございません。本当はきちんとお話ししたいのですが」

 ユリシーズは申し訳なさそうにずっと頭を下げている。
 そんな風に謝り続けてまで秘密にしたいの? あなたにとって夜に現れるノクスは、そんなに邪魔な存在なの?

 私は、彼のこと……嫌いじゃないのに。

「昨日……ユリシーズはわたくしの部屋に来ましたね?」
「!?」
「覚えていませんか?」
「……その、私は、何を……」

 明らかに動揺している。
 知らないところで、自分が何かをしているというのは恐怖よね。
 どうやら本当に昨晩のことは記憶にないのだわ……。

「あなたはわたくしを好きだと言ったのよ。生涯でただ一人の伴侶にすると」
「ああ、そうです。もともとそのつもりでしたから」
「その時に、何をしたのか覚えていないのですか?」
「……申し訳ございません」

 謝らせる気はないのに、ユリシーズは悲しそうに頭を下げていた。

「どうしてあなたは死神伯と呼ばれていたのですか?」
「戦場で私に会うと、殺されるという噂が立ち……」
「あなたが恐ろしかったからだと聞きました。でも、私には理解ができません」

 周りが恐れたのは、ノクスが表に出ていたからなの?
 私は、ディエスとノクスを別人だと思って接しなければならない?
 まだまだ分からないことばかり。

「戦場の私は、恐ろしかったのでしょう。クリスティーナ様にお話しできないような姿で人を殺めてきましたから」
「わたくしの知っているあなたは、穏やかで優しいわ」

 ユリシーズは首を振った。どこか寂しそうな顔だった。
 こんな顔をさせるつもりはなかったのに。
 そう思ったら、私も泣きたくなってきた。

「すません、ちょっと出かけてきます」

 ユリシーズはそう言って、私との別行動を宣言した。
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