会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏

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第3章

鶴のみた夢

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 2020年、5月25日に緊急事態宣言が解除された。それでも松味食品の業績はまだまだ厳しい。今迄エースだなんだともてはやされてきたけど、こういう状況になってみるとなんて自分は無力なんだろうなと思ったりもする。

 5月が終わって6月に入った日、赤堀が急に変なことを言い出した。

「茶谷さん、実は私、茶谷さんに出会った日に夢を見たんです・・。茶谷さんが2020年の5月に亡くなっちゃう夢で」
「へえ、良かった生きてて」
「しかも、自死でした」

 出会った日って、俺が赤堀を助けた日だよな? 3年近く前か? いや、なんつー夢を見てくれたんだ。

「こえーこと言うな。でも・・いっこだけ心当たりあるかも」

 自死って言われるとあれだけど、ちょっとだけ心当たりがあったんだ。

「赤堀がここに来るまで、実は割と寝不足で・・あんまり熟睡できてなくてさ。一回車で、アクセルとブレーキを踏み間違ったことあんだわ」
「あぶな・・」
「あれをもう一回、大きな道路でやってたら死んでた気がするし、そうなったら自殺の噂をされたんだろーなと思う」

 そうなんだよなあ、赤堀と一緒に寝るようになってすっかり忘れてた。あまりにも先行きが見えなくなってた頃、ずっと寝不足で・・死ぬかもって思ったことがあったんだよ。

「今は大丈夫なんですか?」
「ああ、寝る前の適度な運動のお陰でよく眠れるし」
「へーそっすか」

 ほんとお前は、すごいと思う。今は寝不足とは無縁になっている。

「理由はともかく、茶谷さんが生きててよかった」
「かわいいこと言うねえ、赤堀さん」

 もしかすると、赤堀はずっとそれが正夢になるんじゃないかとか疑っていたのかもしれない。真剣に俺を心配してた時、夢に見た光景を思い出して、不安になっていたのかもしれない。


 そして、赤堀にそんなことを言われた1週間後、珠里から久しぶりにメッセージが来た。無事に養子を迎えて、毎日育児が大変だ、という一報だ。

 その連絡をもらって、俺はすぐ赤堀に報告した。赤堀はえらく喜んで、元カノさん良かったですね、と嬉しそうにしていた。

「なんで、見ず知らずの他人のことでそんな喜んでんのか、聞いても良いか?」
「だって・・これでもう、正式に吾郎くんは私のものです」
「ずっと正式だったんだけど・・」
「だって吾郎くん、元カノさんを傷付けたこと、ずっと引きずってた」
「うん・・」

 赤堀に言われてようやく気が付いた。俺はずっと、珠里を傷付けてしまったことを引きずっていたんだ。
 今なら分かる。あの日の珠里が今の赤堀だったら、俺は、迷わず養子の話を受け入れていた。一緒に生きていくっていう意味を、パートナーの夢や希望を叶えられるのがどれだけすごい事かってのを、最近ようやく理解したからだ。
 親になりたいなんて気持ちはまだこれっぽっちも無いけど、もしも赤堀が欲しいと言い出した時には、それが自分の人生なんだと思える気がする。

 以前の俺は珠里への想いに溺れて、本当の珠里のことを理解なんかしてなかった。ちゃんと向き合えていなかったから、あんなことが言えて、あんな結果になったんだ。

 長い間ずっとモヤモヤしていたのが嘘みたいに、今は赤堀と過ごす未来を考えている。自分だけでは見られなかった景色が、そこにあると思うからだ。

「赤堀、あのさあ・・」
「はい」
「緊急事態宣言も明けたことだし、やっぱり今度、赤堀の両親に会いに行こうか?」
「はい、でも、あの・・」
「なんだよ・・」
「吾郎くん、先に言う事があると思う。私に」

 赤堀は、それはもう期待に満ちた顔でこっちを見て、今か今かと俺の言葉を待っている。いや、お前、プレッシャーがすげえよ。

「赤堀と、家族になりたくなった」
「はい。家族になるんですから、赤堀じゃなくて?」
「結、一緒になろうか」
「はい! 喜んで!!」
「居酒屋の店員かよ」

 赤堀は思い切り飛び込む形で抱き付いてきて、衝撃すごくてかなりよろけた。おっとっとレベルではなく本気で倒れそうになり、後ろのテーブルに激突するわ、それはもうひどい姿勢で抱き止める。なんだこれと思ったら笑いが止まらない。

「おっまえ、何してくれてんだよ」

 ひーひー笑いながら、赤堀がぶつかって来た胸が痛むわ、テーブルにぶつかった尻が痛いわ、物理的な痛みが伴う。俺が腹が苦しくなるレベルで笑っているのに赤堀は感極まってビービー泣き出してるし、本当にカオスだ。

「う、うー・・ごろーくんんー・・ゆいを、ゆいを、お嫁さんにしてえええ」
「だから、するっつってんだろーが!」
「し、信じられなくて、幸せすぎて、わあああああん! つ、つらいいいい!」

 おい、何だよこれ。誰か説明しろ。
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