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第2章
信頼関係
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そのスーパーマーケットは、50店舗もあるうちの客先としては結構な規模の企業だ。ここで信頼関係が崩れると、本当にマズい。
急いで会社からタクシーに乗り込んだ。役には立たないけど格好だけにはなる部長も連れて。
「茶谷くんさあ、菓子折り持ってかなくて平気?」
「その時間すら惜しいんですよ、発注のこと考えたら」
「そっか、ふうん。切腹最中くらい持って行きたかったなあ」
「そのジョーク、あの担当者には通じねえと思います」
あ、言葉遣いが微妙にまずかったな。まあいいか、うちの部長だし。
「大丈夫だよ、あのスーパーさんは」
「何言ってんすか。あの規模のスーパーがこんな失敗許すわけがないですよ」
「大丈夫、ほんとに」
楽天的な部長が羨ましい。他人事だからなんだろうか。こんなことなら執行役員くらい連れてくればよかった、と思っても間に合わない。
いつも通りのオフィスに到着すると、すぐに担当者(バイヤー)がやって来て応接室に案内された。部長と共に、担当者と役員に事の次第を説明し、代わりの商品になりそうな、さっき赤堀が送ってきたメーカーBのカタログを提示する。
「そっか・・メーカーAさんの商品は、このタイミングで欠品か」
「申し訳ございません」
担当者のプレッシャーが刺さる。申し訳なさ過ぎて、頭が上げられなかった。
「この、メーカーBさんの特長と、採用したらどうなるか教えてくれる?」
「はい。仕入れ単価は30円ほど、B社の方が安くなります。メーカー名が無名な分、客の指名買いは起きない可能性が高いですが、パッケージの見た目はこちらの方が良く・・棚展開には問題が出ないと考えています。生産ラインを確認したところ、今からでも間に合うということでした」
頭を下げながら答える。少しの時間だけ沈黙があった。
「ふうん。じゃ、B社さんで行けばいいんじゃない?」
え・・・?
「この度は、大変ご迷惑をお掛けしまして・・」
「いやいや、まだ迷惑掛かってないって、茶谷くん。販売した後に商品に何か重大な問題があったとかなら大迷惑だけどさ。代わりの商品だって入るんだし、当初の松味食品さんの提案と同じなんだし、大したことじゃないでしょ」
いつも向き合っているその担当者は、まるで全く気にしていないみたいに、そう言った。
「ねえ、部長さんも一緒に来てるけど、茶谷くんから担当者変えるとか言わないよね?」
「違います、これからも茶谷をこき使って下さいと言いに同席しまして」
「なんだーびっくりしたー」
え? そんだけ?
俺は、訳が分からずに、ただ、客が納得してくれて問題にならなかったことに、ほっとして何が起きているのか理解ができない。
「あのスーパーさんさあ、茶谷くんのことすごい好きみたいでさあ。茶谷くんお客さん増えすぎてるし担当者変えようかと思って、何気なく僕からこっそり提案してみたことがあるんだけど、『断る』って言われちゃったんだあ。茶谷くんじゃなきゃ嫌だって。贅沢な客だよねえ」
「・・はあ」
「茶谷くんの提案が好きなんだってさ。妬けるよねえ」
「・・はあ」
「提案いっぱいするからトラブルも起きますよ、って言ったら、それでも挑戦してくれるから好き、っていうんだもん。奇特な客だよ」
「・・ええ」
帰りのタクシーで、饒舌な部長から色々と聞いた。あのスーパーが、どれだけ俺の提案を好意的に受け取ってくれているのか、リスクも理解した上で取引してくれているのか。
「すいません、部長。発注掛けたいんで、電話します」
止まらない部長の話を切って、メーカーBに電話を掛けた。すぐに正式発注をかけたい旨と、納品先や受発注の流れについてなど。
電話向こうの担当者は飛び上がるように喜んでいて、電話口の向こうで礼でもしてんのかなって位に何か動きを感じる電話だった。電話を切ると安心したし、どっと疲れが出る。
ああ、良かった――。
深呼吸をして、ここ数時間のうちで抱えた緊張から自分を解放した。タクシーも会社ビルに到着する。部長に一本電話を入れてからオフィスに戻ると伝え、その場で解散した。
『赤堀、さっきもらったメーカーBの商品、代替で入れることになったわ。サンキューな』
ビルの入口で、今回の功労者になった後輩にメッセージを送る。
『茶谷さん、好きです』
赤堀は、一言それだけ送って来やがった。そこはどういたしまして、とか、お役に立てて良かったです、とか、そういう返事なんじゃねえのか。
『バーカ』
一旦、アホらしいメッセージに対する返事を送る。
『でも、お前がいてよかったわ』
追加でそれだけ送って、返事を待たずに会社に戻ることにした。赤堀のことだから、どうせまたテンションのおかしなメッセージが届くんだろう。
ほんと、嘘みてえな話なんだけど、お前のお陰で余計な時間が掛からずに済んだんだ。たまには役に立ってくれんだな、鶴の恩返しも。
急いで会社からタクシーに乗り込んだ。役には立たないけど格好だけにはなる部長も連れて。
「茶谷くんさあ、菓子折り持ってかなくて平気?」
「その時間すら惜しいんですよ、発注のこと考えたら」
「そっか、ふうん。切腹最中くらい持って行きたかったなあ」
「そのジョーク、あの担当者には通じねえと思います」
あ、言葉遣いが微妙にまずかったな。まあいいか、うちの部長だし。
「大丈夫だよ、あのスーパーさんは」
「何言ってんすか。あの規模のスーパーがこんな失敗許すわけがないですよ」
「大丈夫、ほんとに」
楽天的な部長が羨ましい。他人事だからなんだろうか。こんなことなら執行役員くらい連れてくればよかった、と思っても間に合わない。
いつも通りのオフィスに到着すると、すぐに担当者(バイヤー)がやって来て応接室に案内された。部長と共に、担当者と役員に事の次第を説明し、代わりの商品になりそうな、さっき赤堀が送ってきたメーカーBのカタログを提示する。
「そっか・・メーカーAさんの商品は、このタイミングで欠品か」
「申し訳ございません」
担当者のプレッシャーが刺さる。申し訳なさ過ぎて、頭が上げられなかった。
「この、メーカーBさんの特長と、採用したらどうなるか教えてくれる?」
「はい。仕入れ単価は30円ほど、B社の方が安くなります。メーカー名が無名な分、客の指名買いは起きない可能性が高いですが、パッケージの見た目はこちらの方が良く・・棚展開には問題が出ないと考えています。生産ラインを確認したところ、今からでも間に合うということでした」
頭を下げながら答える。少しの時間だけ沈黙があった。
「ふうん。じゃ、B社さんで行けばいいんじゃない?」
え・・・?
「この度は、大変ご迷惑をお掛けしまして・・」
「いやいや、まだ迷惑掛かってないって、茶谷くん。販売した後に商品に何か重大な問題があったとかなら大迷惑だけどさ。代わりの商品だって入るんだし、当初の松味食品さんの提案と同じなんだし、大したことじゃないでしょ」
いつも向き合っているその担当者は、まるで全く気にしていないみたいに、そう言った。
「ねえ、部長さんも一緒に来てるけど、茶谷くんから担当者変えるとか言わないよね?」
「違います、これからも茶谷をこき使って下さいと言いに同席しまして」
「なんだーびっくりしたー」
え? そんだけ?
俺は、訳が分からずに、ただ、客が納得してくれて問題にならなかったことに、ほっとして何が起きているのか理解ができない。
「あのスーパーさんさあ、茶谷くんのことすごい好きみたいでさあ。茶谷くんお客さん増えすぎてるし担当者変えようかと思って、何気なく僕からこっそり提案してみたことがあるんだけど、『断る』って言われちゃったんだあ。茶谷くんじゃなきゃ嫌だって。贅沢な客だよねえ」
「・・はあ」
「茶谷くんの提案が好きなんだってさ。妬けるよねえ」
「・・はあ」
「提案いっぱいするからトラブルも起きますよ、って言ったら、それでも挑戦してくれるから好き、っていうんだもん。奇特な客だよ」
「・・ええ」
帰りのタクシーで、饒舌な部長から色々と聞いた。あのスーパーが、どれだけ俺の提案を好意的に受け取ってくれているのか、リスクも理解した上で取引してくれているのか。
「すいません、部長。発注掛けたいんで、電話します」
止まらない部長の話を切って、メーカーBに電話を掛けた。すぐに正式発注をかけたい旨と、納品先や受発注の流れについてなど。
電話向こうの担当者は飛び上がるように喜んでいて、電話口の向こうで礼でもしてんのかなって位に何か動きを感じる電話だった。電話を切ると安心したし、どっと疲れが出る。
ああ、良かった――。
深呼吸をして、ここ数時間のうちで抱えた緊張から自分を解放した。タクシーも会社ビルに到着する。部長に一本電話を入れてからオフィスに戻ると伝え、その場で解散した。
『赤堀、さっきもらったメーカーBの商品、代替で入れることになったわ。サンキューな』
ビルの入口で、今回の功労者になった後輩にメッセージを送る。
『茶谷さん、好きです』
赤堀は、一言それだけ送って来やがった。そこはどういたしまして、とか、お役に立てて良かったです、とか、そういう返事なんじゃねえのか。
『バーカ』
一旦、アホらしいメッセージに対する返事を送る。
『でも、お前がいてよかったわ』
追加でそれだけ送って、返事を待たずに会社に戻ることにした。赤堀のことだから、どうせまたテンションのおかしなメッセージが届くんだろう。
ほんと、嘘みてえな話なんだけど、お前のお陰で余計な時間が掛からずに済んだんだ。たまには役に立ってくれんだな、鶴の恩返しも。
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