会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏

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第2章

クリスマスシーズン

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 クリスマスシーズン、流通業界はどこも大変だ。サービス業なんかもそうだと思うけど、年末にこのイベントがあることで、毎年てんやわんやだ。

 どうして、日本人はこんなにクリスマスに消費をするんだろうか。
 なぜ、クリスマスにはチキンを食べるのか。なぜ、アドベントカレンダーを買おうとするのか。なぜクリスマスツリーを飾るのか。なぜ、シュトーレンやクリスマスケーキや高級チョコレートを買いたくなるのか。

 もっと言えば、なぜ老若男女、このイベントが好きなのだろうか。

 もともと、日本は祭り好きな文化がある。祭りというのは、季節の邪気払いや神様への感謝などから生まれているものが多く、日本では七夕(旧暦)に基づいたものなんかが多い。あとは節句が定番で、流通業界はまず節句の販売促進を押さえるのが基本だ。

 クリスマスは、海外でやっているものから宗教色をごっそり抜いて祝うのが日本流。
 クリスマスから宗教色を抜いたら殆ど何も残らないので、日本のクリスマスにはコンセプトが無い。日本では赤い衣装のサンタクロースが定番になっているが、あれはアメリカ企業が生み出した広告キャラクターだ。

 あー、クリスマスは街に沸くミニスカサンタ以外、俺は認めない。
 いけねえ、話がズレた。

 そんなわけで、松味食品もクリスマスシーズンは売上も一番伸びるし、トラブルも起こりやすい。大体どこかで何かが起こる。

 というわけで、とあるメーカーAからありえない電話が来たので、俺は相当苛ついている。

「ええ? 生産中止って何でですか?! 今更言われても、こっちは受発注済んだものとして計画立て終わってますけど」
「すいません、年末の特需で生産ラインがパンクしてしまいまして、これ以上、その商品の生産は難しいという判断になりまして・・」

 ふっざけんな! もうお前のとこの商品扱わねえぞ!? 生産守ってのメーカーじゃねーのかよ!

「ちょっと待ってください、今の時期にその連絡ってのは、無いんじゃないですか?」
「弊社としましても、最大限の努力はさせていただきました・・」
「それはおたくが言うことじゃないでしょうが。ちょっと、今から上の人と話せます?」

 ありえねえなあ・・。どうすんだよ。もう、50店舗分の棚を確保してるっつーの・・。クリスマスの目玉にこっちから提案して採用された商品なのに、やっぱり手配できませんでした、とか、言えねえよ。
 どんだけ無能なんだよ・・。いや、俺の責任なんだよ、こうなってくると。



 メーカーAの取締役が、担当者と一緒に2時間後に松味食品に来ることになった。このクソ忙しい年末にただ謝られるだけなんて時間の無駄だから、何とかしてこの危機を乗り越えなきゃならない。

 急いでうちの会社の営業本部長と営業2部の部長の時間をこじ開けて同席させる約束を取り、営業企画部に50店舗分の棚に代わりに入れられそうな商品のピックアップを急がせる。この後の打ち合わせで出た結論をもって、スーパーの担当者と責任者、そしてやっぱり、向こうの役員にも謝罪に行かなきゃ収まらないだろう。

『茶谷さん、大丈夫ですか?』

 こんな時にも、空気を読まねえ赤堀。相変わらずメッセージの頻度がすげえ。大丈夫ですかって、お前にできることはねえよ。

『大変なんだよ、お前は自分の仕事しろ』
『あの商品の代わりに、これどうですか?メーカーは無名になっちゃうんですけど、コストダウンにはなるので、代わりの提案には良いかもしれないです。 https://www.●●●.co.jp/product/index』

 ・・・ん? 赤堀、お前、今のトラブル案件に対応できんのか?

『なんで知ってんだよ、この件』
『藍木さんが担当してるので、さっき連絡もらったんです。たまたま、私が資料にしてたリストがあって』

 やるな、赤堀。たまには役に立つじゃねーか。

『役に立つか分かんねーけど、参考にするわ』

 よし。まだ、運は俺を見捨てていないらしい。

「浅黄、今からURL送るから、さっきの商品との違いを調べてまとめておいて。電話で俺が簡潔に話せるように、特長だけ箇条書きな」
「はい、承知しました」

 後輩の浅黄に調べさせている間に、代わりになりそうな商品を作っているメーカーBに電話をかける。最短納期やロット数、必要な個数に対応できるかどうかの、最低限必要な情報を押さえとかなきゃならない。

 電話を掛けると、あまり大きくないメーカーだったからか、こっちの指定した数に割と驚いていた。すぐに返答は出来ないので生産ラインを確認して折り返しの連絡、となる。綱渡りだ。

「浅黄、その商品どう?」
「いいと思いますよ。私、見栄えはこっちの方が好きです」
「あ、そう」

 その後、問い合わせをしたメーカーBの営業から折り返しの連絡が来て、是非対応したい、と熱意のある返答がもらえた。俺は、このギリギリのタイミングだというのに正式発注は待って欲しいとだけ告げて、今日中に一報入れる約束をする。相手が乗り気で助かった。

 浅黄のまとめてくれたメーカーB商品の特長を読み上げる。決して、従来のメーカーA商品から劣化する提案にはならなかった。あとは、客先が納得してくれなきゃ収まらない。ここからが、営業の真価が問われるところだ。

「部長、これから本部長と事前の打ち合わせお願いします」
「はいよ。クリスマスっていつもなんか起きるよね」

 ゆるい・・。おめーの給料もこっから出てんだよ! 危機感持ってくれ!

「よろしくお願いします」

 とりあえず、うちの部長と本部長への相談はつつがなく終わり、その後で行われたメーカーAと松味食品の打ち合わせは、俺の怒りが収まらずに部長と本部長にたしなめられた以外は普通に終わった。
 メーカーAの営業担当が平謝りでビクビクしているのを見る度に、営業が代わりに怒られてるだけで、会社的にどうしようもなくてこうなってんだろうと、向こうの社内事情が透けて見える。

 でも、俺の切った発注という期待に応えてもらえなかったのは、単純に残念だったんだ。うちだって、あの商品が採用されるためにスタッフが頑張ってくれたし、採用したスーパーだって期待してた。それを裏切られるってのは、やっぱりつらいもんがある。

 メーカーAの担当者と役員が帰った後で、俺は客先のスーパーマーケットに事の次第と謝罪の電話を入れ、これから謝りに行きたいと伝えて電話を切った。
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